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『本質の柱』を求める者



 ――『生命あるもの』の幸福は、究極のところ、その生の中にしかない。


 唐突に。
 野宿の準備を終えた僕は、『彼』のその言葉を思い出していた。




 『本質の柱』というものがある。
 それは、いまから数百年ほど前には『存在していないのならば、人間はおろか、世界そのものも生まれてはいないはず』という仮説によってしか存在を認められていなかった蜃気楼のようなもの。『彼』の先祖にあたる『とある人間』が、その柱に触れ、それが実在することを証明でき、またそこから多くの知識を――真理とも呼ぶべき物事の本質を手に入れ、理解できたからこそ、現在、こうして『ある』と断定されているもの。

 もっとも、辿りつけた人間がいたからといって、現在、誰もが『本質の柱』に触れられるわけではない。というか、『彼』の先祖以外、それに触れられる者は誰一人存在してはいなかった。その事実はつまり、『彼』の先祖が、その一族がとても優秀だったという証で。

 僕はその『本質の柱』に触れたかった。それは、僕の住んでいたドルラシア大陸では野蛮と謗られている黒魔術を学ぶことすら躊躇しなかったほどに強い思い。
 あるいは、それを求めずにはいられないほどに、僕はこの世界に絶望していたのかもしれない。よくはわからないけど、かつての僕はやっぱり、『本質の柱』に触れられればいいというわけではなく、そこから得られる知識によって、希望なんて微塵もないこの世界を変えたいと、力ずくででも変えてやりたいと思っていたから。本当は、自分を変える以外の方法なんて、少なくとも僕の場合は、なかったというのに。

 ドルラシア大陸から南下し、エルフィー大陸を経由して。僕はリューシャー大陸にある国のひとつ、フロート公国の首都へと向かった。エルフィー大陸に住んでいたラルクという名のダークエルフの青年から、『本質の柱』から得た知識を代々受け継いでいる一族が住んでいると教えてもらえたからだ。

 そして、僕は『彼』と出会った。




 金色の髪に、フロート公国の首都に存在する魔道学会本部の会長、という肩書きからは連想できない優しげな顔立ち。年齢のほうは四十を少し過ぎたところだろうか。

 柔和な笑みを浮かべる『彼』に僕は矢継ぎ早に問いかけた。『本質の柱』とはなんなのか。この世界のどこにあるのか。この世界にあるのだとすれば、触れることの出来る人間とできない人間の差とはなんなのか。

 その日、『彼』は僕の質問には答えてくれなかった。ただ、僕をどこか哀れむような目で見るだけだった。

 それから、何度『彼』の元へと通っただろう。『彼』は仮にも魔道学会本部の会長であり、多忙を極める毎日を送っていた。だから魔道学会まで出向いても会うことすらできないなんてことはザラで、むしろフロート・シティにやってきた初日のように話をできる日というのは、『彼』にとっては非常に稀で、貴重なようだった。

 そうして、一月が経ち、二月が経ち、この大陸にやってきてもう半年になるなと、らしくもなく諦めが入り始めた頃。
 ようやく、『彼』と再び話す機会を得ることができた。

 これを逃したら次はいつになるかわからない。僕はこの数ヶ月のうちに要点をまとめておいた質問を『彼』にぶつけた。

「『本質の柱』はどこにでもあるとも言えるし、どこにもないとも言える。あれはね、そういうものなんだ」

 『彼』はそうとだけ語ると、掌を掲げてみせた。

「キミは目を閉じた状態でこの手が見えるかい? 見えないだろう? けれど『触れる』ことによってそこに『在る』ことは理解できる。私にとっての――いや、我々魔道士にとっての『本質の柱』というのもそれと似たようなものさ。
 すべてが始まった場所に『在る』柱。世界が生まれ、人間が生まれ、大気に満ちる魔力が生まれ。すべてに『始まり』や『原因』を求めた魔道士は、おぼろげながらもその柱の輪郭が理解できた。そして、それを理解できるだけでは満足できなかった。
 魔道士はね、誰もが『本質の柱』に触れたがっている。しかし、触れられない。それは私もだ。もっとも、私の先祖は触れることができたようだがね。私にできるのはただ『視る』ことだけさ」

 なんだろう。話がすごく脱線しているような気がする。それに『視る』ことは出来るけれど触れることはできない? それは僕にしてくれた例え話とはまったく逆だ。目を瞑った際に、触ることで掌が『在る』ことを理解はできるけれど、映像として目には入ってこない。けれど『本質の柱』の場合は『視る』ということができる段階で『在る』ことはこの上なく明確にわかっているのに、それでは足りない……?

「『視る』だけでは知識は得られないんだ。触れない限り、真理は、本質は流れ込んでこない。もっとも、私はそれを不幸だとは感じないがね。そして触れることができないまでも、稀になんとなくではあるものの『感じる』ことの出来るところまで辿りつけるものはいるんだ。――キミのようにね」

 最後の言葉に息が詰まった。僕が、『本質の柱』を感じとれている、だって……?

「あれに触れるということは、『死』を選ぶということとほとんど同義なんだ。『生命あるもの』の一生というのはね、『本質の柱』から始まり、それに呑み込まれて終わる。螺旋階段の始まりと終わりがそれぞれ、『本質の柱』の一番下と一番上にあるんだ。だから誰だって最低でも二回はあれに触れることになるんだ。
 『人生』というのはさしずめ、その螺旋階段を上っていく過程を言う。その途中で『本質の柱』に触れようとするというのは、究極のところ自殺と同じ意味合いを持つことになる。そしてそのことを無意識ながらに感じとってしまえる魔道士もいるということさ。ああ、もちろん意識的に感じとれている者もいるけれどね」

 僕はうつむいて黙り込んだ。僕のこの思い、『この世界には希望なんて微塵もない』という感情。これは僕が『本質の柱』の存在を感じとれてしまっているからこそ抱く思いだというのだろうか。そして僕は、その現状を『本質の柱』に触れることで打破しようと考えている。……そこにあるのは、矛盾。どうしようもない、矛盾。

 『彼』は僕が黙り込んでしまったのを、理解できなかったからだろうと解釈したらしい。

「……ふむ。『本質の柱』に触れるためには、ひとつ壁がある、としてみればわかりやすいかもしれない。通り抜けることのできる、けれど分厚く、入った瞬間に気が狂いそうになる『壁』だ。
 知識を持ち帰るということは、その壁の中を往復するということだ。普通の人間に――いや、大した力も持たない魔道士にできることだと思うかい? いや、強靭な精神力を有しているか、強大な魔力で精神を護らなければ、とても二度も壁を通り抜けて戻ってくることはできないだろう。それをできたのが私の先祖だったということさ」

 そんなことはどうでもいい。それより僕はどうすればいいんだ。この世界を変えたいと思うこの気持ちは『本質の柱』に近いからこそ抱いたもので、それを解決するには『本質の柱』により近づかなければならないのだという矛盾を抱えてしまった僕は……。

 よほど青ざめていたのだろう。『彼』はギョッとして僕の顔を覗き込んできた。

「どうした? 『本質の柱』に触れることは限りなく不可能に近いということが、そこまでショックだったのかい? あれに不用意に近づいて『死』を選ぶことになった魔道士たちに比べれば、キミの精神状態はまだマシだと思うがね。
 『本質の柱』に近づいた人間というのはね。大抵、自ら命を絶っているんだ。なぜか。それは『生きる』という行為そのものが世界にとって『悪』なのだと理解してしまうからだ。中途半端に『本質の柱』に近づけた人間は、そこから先を考えられなくなる。
 いいかい? 『生命あるもの』は間違いを犯し、それを正すことに生きる意味を見出している。自覚しているかどうかはさて置くとしてね。そして間違わなければ、間違いを正すことはできない。
 極論ではあるが、間違いというのは『悪』だ。それを中途半端に自覚してしまったものは『より早い死』を求めるしかなくなる。
 『人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ』。『人生』というものをそう要約したのは誰だったかな。まあ、誰でもいいか。大事なのは誰が言ったかではなく、そう要約されたという事実なのだから。これに従って考えるのなら、人生というのはただ苦しいだけのものなのだろう。そしてそれが『悪』だと定義せざるを得なくなったなら、確かに自ら命を絶ちたくもなるだろう」

 それはそうだろう。おそらくは、いまの僕と同じように。
 しかし、『彼』は僕のその思考を否定するように続けた。

「だがね。それはなにも全魔道士共通の見解というわけじゃあない。確かに『本質の柱』に近づいた魔道士の大多数は自ら命を絶っているがね、その事実を受け止めてなお、生きている者もいるんだ。私だってその一人さ。私の一族は現代において『本質の柱』にもっとも近い位置にいる。触れることはできないけれど、視ることはできる、という位置にね。
 ある魔道士は、平和な世界は全人類が滅びなければやってこない、と結論づけた。しかし、果たして本当にそうだろうか。ああ。確かに全人類が滅びなければ世界は平和にならないかもしれない。しかし、人間が観測できない世界は、人間にとって『存在しない』も同じなんだ。それはすなわち、『平和』もまた、『存在しない』ということになる。
 人間は――いや、『生命あるもの』はね、それが『悪』だと理解しても、それに耐え、生き続けることができるんだ。いや、生き続けなければならないんだよ。私がこうして先祖の遺志をこうして口にしているようにね。
 自ら命を絶つということは、様々な願いを抱き、それを叶えられずに死んでしまった者の遺志を絶つということだ。その願いを、希望を途絶えさせるということだ。私はね、たとえ自分が生きていることがこの世界にとって『悪』なのだとわかっていても、やはり死ねないな、と思うんだよ。そして、それをいつかは息子にも伝えることになるのだろう。我が一族は、そうして続いてきたのだから」

 長い、本当に長い一人語りを終え、『彼』は僕の頭にポンと手を置いた。

「『本質の柱』を追い求めるのはもうよしなさい。意識して無視するようにしたほうがいい。あれは確かに人を――魔道士を惹きつける。しかし、あれにはおそらく、『終わり』しかない。『始まり』はもう、はるか昔に終わってしまっているのだからね。
 それに、言っただろう? 誰だって最低でも二回はあれに触れることになる、と。だったら、そう生き急ぐことはない。結論を出すのは……そう、あと80年は先でいい」

 それから『彼』は僕の年齢を訊いてきた。僕は「15歳です」と返す。
 ただ、「そうか」とうなずく『彼』に僕は最後の質問をした。

「あなたの継ぐ『遺志』というのは、なんなのですか? それと、なんのために僕にここまで詳しく話してくれたんですか? ……あ、あの、お話からして、その息子さん以外には絶対に教えてはならないことのような気がしたものですから……」

「そうだね。本当なら『本質の柱』のことは、あそこまで詳しく教えるべきではないのだろう。しかし、それが私の先祖の――『彼女』の遺志だからね。教えないわけにもいかないのさ。
 『彼女』は『本質の柱』に触れて、こういう未来を予想できてしまったんだろう。それに近づくことによって、『死』を選ぶ魔道士が増える未来を。だったら、そういった苦悩を少しでも癒してあげたい。
 それが、『彼女』の遺した遺志なんだ」

 そして、だから『彼』は僕に告げる。

「いいかい。確かにこの世界には絶望が溢れているかもしれない。これ以上不幸になりたくないというのなら、確かに『死』を選ぶのもひとつの方法ではあるのだろう。けれどね。人の――いや、『生命あるもの』の幸福は、究極のところ、その生の中にしかないんだよ。『死』の先には幸福など、ありはしないんだ」

「なんというか、ずいぶんと当たり前の言葉ですね」

 僕の言葉に『彼』は、

「しかし、それが真理だよ」

 と柔らかな微笑を浮かべたのだった。




「ラット・シティに立ち寄ることがあったら、このことを息子に話してやってくれないか? 手間も省けるし、キミから話してもらったほうが実感の篭もった言葉になるだろうからね。偶然か、それとも必然なのか、息子はキミと同年代でもあるから」

 それが『彼』――トーマス・デベロップさんから聞いた最後の言葉だった。

 向かうところのない僕はいま、その言葉に従ってラット・シティへと向かっている。彼の息子さんに会うために。――幸福だと思えるその瞬間を、掴むために。

 さあ、明日にはラット・シティだ――。


<あとがき>

 思いついたことをちょっとだけのつもりで書いていたら、なんだかすっかり長くなってしまいました(笑)。執筆時間のほうも3時間を軽くオーバーしてしまっていますし……。
 それでも、とりあえず月イチ更新はできました。いや、外伝的なものであっても、そろそろなにか書いておかないと、今月はなにひとつ書けずに終わりそうだなぁ、と思ったので(苦笑)。

 あと、『空の境界』からものすご〜く影響を受けています、この作品。特に橙子さんと『根源の渦』からの影響がすごいすごい。
 以前から温めていた設定ではあるのですけどね。どうしてこう似てしまうのだろう……。

 ともあれ、楽しく読んでいただけたのならなによりです。
 それでは。



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