翼のざわめき



○???サイド

 空間に――歪みが生じた。

 二つの世界を――『蒼き惑星(ラズライト)』と『地球』を行き来できるようになった。

 それはまだ、私くらいの魔力を持っていなければ移動できないほどの薄い結びつきでしかないけれど。

 ――果たして、なにがきっかけとなったのか。それは分からない。いずれ調べる必要もでてくるだろう。

 しかし――。

 いまはまだ――そう、いまはしばし楽しむとしよう。

 そう。どうせしばらくは楽しいことなど起こりはしないのだから。いや、起こせはしないのだから。

 現段階で問題があるとするならば――。

 そう。見て楽しむか、私自身がことを起こして楽しむか、だ。

 まあ、ともあれ。いまはしばし、傍観させてもらうとしよう。

 それから判断すればいい。

 私が関わるほどの楽しみが――価値が彼らにあるのか、否か。

 彼ら――式見蛍という名の少年たちにあるのか、否か。

 もし彼らに、それほどの楽しみと価値があるのだとしたら。

 そのときは――与えてみるとしよう。彼らが活躍するべき、舞台を。

 起こしてみるとしよう。彼らのための、事件を。

 この、私の二つ名にかけて――。


○マルツ・デラードサイド

「荒乱風波(ストーム・トルネード)っ!」

 僕の放った強風を起こす術(じゅつ)は、目の前のテーブルに平積みにしておいた皿をすこしばかりあおり、

 ガシャーン!!

 と床に数枚落とした。皿はなかなかに派手な音を立てはしたが、いかんせんたいした強風はまだ起こせない。
 けどまあ、式見宅にやって来てからまだ3日。そよとも風が起こらなかった頃に比べれば、なかなかの結果である。

「あーあ、またお皿割って……。ケイ、さすがにそろそろ怒ると思うよー?」

 そんな心配無用なことを言ってくるのは、僕が式見宅にやってくる前からここの家主であるケイと同居していた同居人――いや、同居幽霊か――のユウ。
 そう。心配無用なのだ、そんなことは。

 なぜなら彼――ケイは、僕の使う魔法で『楽に死にたい』なんぞとぬかすヤツで、そんな彼の望みを叶えるためには、僕が魔法を使えるようになることが大前提なワケで。その結果、彼は僕の『魔法を使えるようになるための特訓』を容認しなければならないのだ。事実、少々迷惑そうな表情をしつつも、ケイはその特訓のせいで破損した物について僕にとやかく言ってきたことは一度もない。

 まったく、ユウは余計な心配ばかりして、むしろ自分の――

「……いい加減にしろっ!」

 コンッと。

 妙に小気味いい音をさせて、ケイが僕の頭を叩いた。どうやら洗濯物を干し終わったばかりらしく、片手に洗濯カゴを持っている。ああ、なるほど。その洗濯カゴで叩いたのか。……いやいやいや! いま重要なのはそんなことではなく。

「なんで叩くんだよ!」

 僕はケイに詰め寄ると、抗議の声をあげた。
 それに対する彼の返答は、

「いい加減にしろ! ウチを破壊する気か、お前は!」

 というすごく冷たいものだった。

「冷たくないよ、普通だよぅ」

 まるでこちらの心を読んだかのように横から口を挟んできたユウはとりあえず無視。僕はケイに対抗するだけでいっぱいいっぱいなのだ。

「別に破壊はしないって。いまの魔術だってさ、ただ風を起こすだけで殺傷能力はこれっぽっちもないんだぞ。だいたい、その風だってまだまだ本来のこの術に比べれば、百分の――いや、それは言いすぎか――十分の一くらいの力しか――」

「僕が言いたいのは――」

 ずいっと一歩踏み出してくるケイ。つい気迫負けして後ろに退ってしまう僕。なにしろここの家主は彼だ。本気で攻められたら勝ち目は薄い。

「ど・こ・に! 皿を割る必要がある! 言ってみろ!」

 お言葉に甘えて言わせてもらうことにした。

「いや、ただ風をおこすだけってのも、つまらなくてさ」

「もっと他に安全な魔法はないのか! 安全な魔法!」

「一応、<光明球(ライトニング)>っていう光球を出すだけの術っていうのもあるにはあるけど、それじゃやっぱりつまらな――」

「てめぇ、それ以上言ったらマジで怒るぞ!!」

 うおぅキレた! ケイさんご乱心! なんだよ。言ってみろと言うから言ったというのに。

「皿だって何枚も買えば値段もバカにならねぇんだ! ただでさえお前という食い扶持(くいぶち)が増えたってのに!」

 いえ、それは自分から増やしたのではありませんか。ケイ様。いくらなんでも理不尽な言い草なのではないでしょうか。ああ、なぜか丁寧語な僕。

 ……それにしてもこの人、確か理不尽なことが嫌いなんだよな? それなのに自分が理不尽なことを言うってどうなんだろう……?

 ……何も言わないでおこう。キレてる人にはなに言っても無意味だよ、うん。

 ケイはそれからもなにやら怒鳴っていたが(右の耳から左の耳に聞き流したのでダメージと反省は皆無)、やがて疲れたのか、肩で息をしながら呟いた。

「し……死にてぇ……」

 うん、もうこの3日間で飽きるほど聞いたおなじみのセリフだ。いっそ名ゼリフでさえあるかもしれない。
 これに関しては僕ももうすっかり慣れていた。……いや、慣れたくはなかったけどさ……。けどまあ、ムカつくことがある度に人に向かって『死ね』と言うヤツよりかは遥かにマシというものだろう。
 しかし、である。慣れたからといって、このセリフが心地いいものになるわけもなく。僕はとりあえずお返しとばかりにこう呟き返すことにしている。

「帰りたい……」

 もちろん元の世界――『蒼き惑星(ラズライト)』に、である。
 しかしこれを外で繰り広げると、周囲の人間からは僕が『おうちに帰りたい』という意味でこの言葉を使っているように見えるようなのだ。まあ、確かに不自然な返しではないだろう。

 それはともかく。

 息を整え終えたケイは、突然、僕が仰天することを言いだしてきた。すなわち。

「お前、バイトしろ。これまで壊した物の弁償代と――あと、自分の生活費くらい自分で稼いでくれ」

「えぇーーーっ!!」

 そんな成り行きで、僕はバイトをすることとなった。
 翌日ケイの機嫌が直ったであろう時にもう一度確認してみたが、やっぱりやらなきゃダメらしい。

 働き口はケイの通う学校の先輩である真儀瑠紗鳥(まぎる さとり)という人が世話してくれるそうなのだけれど(余計なコトを)、やっぱり不安だなぁ……。一体何をやらされることやら……。

 ……はぁ、死にたい……。

 ……って、いかんいかん! ケイの口癖がうつってしまった。

 頭脳労働だといいなぁ。そのほうが気持ちも楽だ。比較的、だけどさ……。




 ……ちっとも頭脳労働じゃあなかった。式見宅の周辺にあるコンビニでのバイトである。

 まあ、僕がやるのは主に接客ではなく、売り物を整理したり並べたりするほうだけど。ちなみに現在僕が着ているのはTシャツにジーパンという、いかにもなバイトの衣装である。

 ……それにしても、あのケイの先輩は僕の履歴書をどうやって用意したのだろうか。僕、この世界じゃ学歴はおろか、戸籍もないはずなんだけど。……気になるなぁ……。

 ともあれ、ときおりダラダラとサボりながらコンビニでバイトすること今日で5回目(5日連続でバイトしているわけではないので、あしからず)。僕はこの世界に来てしまった理由をそれとなく考えつつ(一応、仮説のひとつくらいは立ったのだ)、週刊誌コーナーに現在『最高に面白い』と大人気だという週刊誌『週刊・醤油差し』(税込み980円)を並べていた。

「……って、『週刊・醤油差し』!? この世界の『最高に面白い』って、一体どういう基準なんだよ!? それに980円!? 高っ! 本当に週刊誌か!? これ!? っていうか、買う人本当にいるのか!?」

 僕が思わず本にツッコミをいれていると、レジのほうからケイと同年代くらいであろう女の子三人がやって来て、それぞれが迷わず『週刊・醤油差し』を持っていく。

「買うのか!? マジで買うのか!? いや、バイトとして喜ぶべきことではあるんだけどさ! ……いや、どうせ給料は増えないんだから、買ってもらえようともらえまいと僕には関係ないかぁ……」

「なんか……、さっきから叫んだり呟いたり色々と忙しいね、マルツ」

「うおぅ!?」

 唐突にかけられた声に振り向くと、そこには浮遊霊のユウと、その隣で呆れた視線をこちらに向けているケイがいた。いや、それと彼と同年齢くらいの少女があと二人ほど。
 一人は一応見知っている顔だ。腰まである長い黒髪に文句なしに『美人』と言える顔立ち。そしてスラリとした長身。そう。ここでバイトをすることが正式決定したときに会った、ケイの先輩こと真儀瑠紗鳥。しかしもう一人のほうは――と、そこでケイが紹介してくれる。

「コイツは神無鈴音。ほら、お前がウチに来た日にだったか、話を聞いてみたいって言ってただろ? ちょっとワケ話して、来てもらったんだ。まあ、鈴音もなんか『説明できる』って妙に乗り気だったし」

「ケイ! お前、実はすごくイイヤツだったんだな! バイトしろとか言われた日からお前のこと、どこか悪魔めいて見えてたんだけど!」

「大声で言うセリフじゃないな、それ」

 ケイがこめかみに少しばかり青筋を立てたが、気にしない。というか、気になどしていられない。僕はケイを無視して、肩の辺りまである髪を無造作に散らしている、華奢(きゃしゃ)でどことなく神秘的な雰囲気を持つ少女――鈴音さん(初対面の女性を呼び捨てはまずかろう。ユウは除くけど)に話しかけた。ちなみに学校帰りなのか、ユウを除く全員は制服姿である。

「ええと――どうも」

「え、ええ。どうも」

 なんというか……最強だな。『どうも』。

 それにしても、ちょっと見たところ人見知りするタイプっぽいな、彼女。だからといって、いつまでも互いに頭を下げつつどうもどうもと言い合ってても進まない。なので――。

「えっと……僕、こことは違う世界から来たんですよ……って言っても信じてもらえませんかね……」

 なんか、彼女は常識人っぽいし。こんな突拍子もない話を信じてくれるのなんて、それこそケイとユウくらいのものだろう。そもそも僕は会話を始めるにあたって、いの一番にまったく信じてもらえなそうなことを話題にして、一体何を考えているのだろうか……。
 そんな風に自己嫌悪に陥っていると、

「ええと……蛍とユウさんから聞いてますよ。だからここまで来たんだし」

 信じてくれてる……。信じてくれてるよ、鈴音さん……。そっか、彼女は『霊能力者』だって以前ケイが言ってたっけ。だから多少常識外れのことも受け入れられる価値観を持ってるんだ。

 これは僕の勝手な想像だけど――きっと彼女もこの世界では非常識とされる力を持っているから、それで苦労したこともあったのだろう。だから同じように苦労している僕のことも理解して――あるいは、理解しようとしてくれようとしているのだろう。『人は苦しみ(悲しみだったっけ)が多いほど、人には優しく出来るのだから』とかいうフレーズの曲をつい最近聴いたけど、まさにその通りだ。

 ジーンと感動している僕に「あの」と鈴音さんが尋ねてくる。

「それで、マルツさん? が住んでいた世界ってどういう……?」

「え、そうですね……って、なんかこのしゃべり方、ガラじゃないな。……えっと、そうだな。この世界でいうところの『剣と魔法の世界』に近いかな。魔法も使えるし」

「それじゃあ、なんでこの世界に? それも魔法で?」

「いや、えーと……」

 いつだったか、ケイが『鈴音は筋金入りの説明好きだから』と言っていたが、なるほど。説明するにはまず説明するための情報を手に入れなければならない。つまるところ、鈴音さんは説明好きであると同時に、重度の訊きたがり屋でもあるわけだ。僕はそれにちょっぴり(本当にちょっぴり)ウンザリしながら、僕がここに来た経緯を話して聞かせることにした。ちなみにケイとユウにはもちろん、真儀瑠先輩(別に僕の先輩ではないが、なんとなくこう呼ぶことにしている)にも語ったことなので、三人は週刊誌コーナーという場所柄、黙々と立ち読みをしていた。とはいってもユウは自分で本を持つとさすがに大騒ぎになりそうなので、ケイの隣から覗き込んでいるのだが。そしてそんな二人を少々殺気のこもった視線で見やる鈴音さん。こ……怖い……。

 ともあれ、僕は語った。途中何度もあった鈴音さんからの質問にはさすがにウンザリしたが。というか、話の途中でも式見蛍殺人事件を起こしそうな視線をケイに送るあたりが恐ろしい。同時にそんな視線を向けられ、脂汗を流しているケイに少し同情。

 僕は事情を語り終えると、続けざまに僕なりに考えた仮説も話すことにする。まあ、それを話すには僕の世界の神話――というかなんというか――から話す必要があるのだけれど。まあ、ところどころはしょりながら話せばいいだろう。鈴音さんがそれを許してくれれば、だけど。

「まあ、昔話でも聞く感じで聞いててよ。神話の時代になにが起こったか、なんて、僕だってどうでもいいことだと思ってたくらいなんだから」

「はぁ……、そういうもの、なの?」

「うん。そういうものなの。じゃあ、昔々――『界王(ワイズマン)悪夢を統べる存在(ナイトメア)』が『聖蒼の王(ラズライト)スペリオル』と『漆黒の王(ブラック・スター)ダーク・リッパー』を創りました。するとこの二者は――」

「あの――」

 うおぅ。さっそく質問ですか。いくらなんでも早すぎませんかい?

「マルツさんが住んでいたのが『蒼き惑星(ラズライト)』なんじゃ?」

「ああ、それと『聖蒼の王(ラズライト)』は別物――というか、蒼き惑星(ラズライト)の名を取って『聖蒼の王(ラズライト)』としたという説と、その真逆の説があるんだよ」

 ううむ。卵が先か、鶏が先か。

「それともうひとつ」

 おいおい、まだあるんですかいな。まだ話し始めたばかり、序盤も序盤ですよ?

「その『界王(ワイズマン)ナイトメア』ってなんなの? 神とするなら『漆黒の王(ブラック・スター)』を創るのはおかしいし、魔王とするなら『聖蒼の王(ラズライト)』を創るのが不自然になってくるし」

 ああ、それは確かに疑問かもしれない。『界王(ワイズマン)』は僕だって理解に苦しむ存在だからなぁ……。まあ、分かっていることといえば、

「属性としては、聖でも魔でもないんだ。とにかく気まぐれで、自分が楽しいと思うことに全力投球する存在、とでもいうか、自分が生み出した存在が――神族でも魔族でも人間でもエルフでも――困っているのを見て無邪気に楽しんでいる存在、とでもいうか。まあ、一言で言うなら迷惑な存在、かな」

「それはまた厄介な……」

 ええ。厄介なのですよ、とても。
 ――と、思い出したかのようにケイが会話に加わってきた。

「なんか、ユウみたいなヤツだな。迷惑ってあたりが」

「ケイ、それ酷くない!? 私の場合、ちょっと睡眠妨害する程度じゃない。『界王(ワイズマン)』っていうのほど迷惑かけたりなんかしてないでしょ!」

「いや、そこまで迷惑かけられてたら、本当に鈴音にお祓いしてもらうことになってるだろうし」

「ひどっ!」

 ひとしきり漫才をすると、二人は再び雑誌へと視線を落とした。聞いているのか、いないのか……。

 説明を再開しようと鈴音さんのほうに向き直ると、彼女はどこか悔しげな表情でケイの背中を睨みつけていた。この人の精神構造もまだまだ謎だらけだな……。ともあれ、僕は説明を続ける。

「で、『聖蒼の王(ラズライト)』と『漆黒の王(ブラック・スター)』はお互い部下を創って戦ったんだ。この戦いは『第一次聖魔大戦(せいまたいせん)』・『第二次聖魔大戦』と呼ばれてる」

「ふむ。こちらでいうところの第一次・第二次世界大戦の神話バージョンか? 魔法少年」

 振り向いてそんなことを言ってきたのは真儀瑠先輩。

「いや、世界大戦なんて地球の歴史、僕にはさっぱりですよ。真儀瑠先輩。というか、魔法少年って呼ぶのやめてください」

「…………」

 ああ、無視された……。まあ、いいや。鈴音さんを相手に話を先に進めよう。

「それで、その第二次聖魔大戦を終わりに導いたのが『光の戦士(スペリオル・ナイト)ゲイル』。なんでも『漆黒の王(ブラック・スター)』を異世界に飛ばしたんだってさ」

「うわ。ものすごくはしょったな。……っていうか、迷惑だろうなその異世界。いきなり魔王がやって来るんだから」

 ちゃんと聞いてたんだな、ケイ。

 そりゃあまあ、はしょりもするさ。鈴音さんの質問は出来る限り回避したかったし。そもそもこれから話すことこそが今日の本題なのだし。まあ、『漆黒の王(ブラック・スター)』が飛ばされた異世界の住人にはご愁傷様としか言えないが。けど、数年前に魔王はこちらの世界に戻ってきちゃって、僕の師匠たちがなんとかして倒したんだよな。だから突如魔王の現れた異世界の住人には、僕の師匠たちに免じて許して欲しいところだ。

 まあ、そんなどうでもいいこと(異世界の人たちからしてみればどうでもよくはないだろうけど)はおいといて、だ。

「で、ここからが本題なんだけど」

 僕はようやくその仮説を話し始めることが出来た。神話の部分をはしょりまくったおかげで鈴音さんからの質問もない。ああ、よかった。

「僕も『漆黒の王(ブラック・スター)』同様、なんらかの要因によって僕の世界でいうところの異世界――つまりこの世界に飛ばされたんじゃないかって思うんだ」

「なんらかの要因って?」

 それは訊いて欲しくなかったよ、鈴音さん。

「いや、それは分からないんだけど……」

 バイトしながら片手間に考えた仮説なんてこんなもんさ。

「結局何も分かってないんじゃないか。……はぁ、死にてぇ」

 そんなこと言われてもなぁ……。……とと、忘れるところだった。僕も呟いておかないと。

「帰りたい……」

「え? ええっと……?」

 なんか、鈴音さんがやたら戸惑っていた。当たり前か。とりあえずフォローにまわるとしよう。

「ああ、気にしないで。社交辞令みたいなものだから」

「そ、そう……」

 余計に戸惑っているようにも見えるが気にしない。気にしたら負けである。何に負けるのかは知らないけど。

 ――と。

「あ、そうだ。ケイ、ちょっとどっか行ってて」

「はぁ? マルツ、何をいきなり……」

「多分ケイにとっては面白くない話だと思うから。いや、いまからする話をケイが『面白い』と思えるとしたら、それはそれでどうかと思うけど」

「……何の話だよ?」

 僕は敢えてキッパリと答えた。

「ケイの『死にたがり』に関する話」

 その場にいた四人全員が息を呑んだ。そう。ケイも、真儀瑠先輩までも、だ。

「……分かった」

 呟くように小さくそう洩らすと、ケイはレジ近くのおにぎりなどが置いてあるコーナーまで歩いていった。チラチラとこちらを見ながら、ではあったけど。

 こちらの会話がケイに聞こえないであろう場所まで彼が遠ざかると、早速僕は持論を語り始めた。もちろん小声で。

「いい? 怒らないで聞いてよ? これは僕の勝手な見解なんだけど――」

 そう前置きしておく。そうしておかないと真儀瑠先輩はともかく、ユウと鈴音さんはいきなり怒鳴ってきそうな気がしたから。事実、三人の表情はそれほどまでに真剣なもので、ああ、ケイはいい友達を持ってるな、なんて思ってしまえたほどだ。それに、僕がこれから話す内容はいきなり怒鳴られても――感情的になられても仕方のないものでもあった。

「さっきもちょっと話に出たけど、僕のいた世界には魔族っていう存在がいるんだ」

『魔族……』

 息を潜めて復唱する三人。僕は続ける。

「ケイの思想っていうか、考え方はね。魔族のそれにとても似てるんだよ。えっと、魔族の思想っていうのは、神族を、人間を、すべての生命(いのち)あるものを――そして世界を。最後には自らを滅ぼそうってものなんだけど――」

「少々規模がデカすぎるが、まあ、言ってしまえば確かに自殺志願者の思想だな」

「そう。そうなんですよ、真儀瑠先輩。魔族が言うには『生きることには常に不安と苦しみがつきまとうから、自分たちは滅びの中にこそ永遠の安息を見いだした』ということらしいんですが」

「つまり、不安だったり苦しかったりする時間を少しでも短くするためにすべてを滅ぼそうってことなの?」

 理解はしたが、呆れてもいるって口調で鈴音さん。

「どうかしてるんじゃない? その魔族っていうの」

「それに関しては同感。まあ、そもそも――」

「ねえ、ちょっと待って!」

 なにやら真剣な表情と声でユウが待ったをかけた。

「だったら自分たちだけで勝手に滅べばいいんじゃないの? なんで世界まで巻き込む必要があるの!?」

 はて? なんだか彼女、必要以上に真剣になっている気がするな。別に今この世界に魔族が来ているってわけでもないのに。……そうか。ユウは既に死んでいる存在だから……だからこそ、『滅び』に対して少し過敏に反応しているんだろう。自分がもう生者――生命(いのち)あるものじゃないから。

 僕はそんな彼女に返す明確な答えを持たない。そんなものは知らない。だから、せめてこう返す。

「それは分からないんだ、誰にも。ただ生命(いのち)あるものは『幸福になること』を目指していて、魔族は『不幸にならないこと』を目的としてるんだって。僕たちが魔族の思想が理解できない――というより、理解したくないのは当然なんだってさ。そもそも理解しあえるようには創られていないんだって。そういう風に創ったのは『界王(ワイズマン)』なんだけど。――そう、人が機械や魔法の補助なしに空を飛んだり、深海に潜ったり出来るようには創られていないように、ね。――『界王(ワイズマン)』がそう言ったらしいよ」

 その僕の言葉に、真儀瑠先輩があごに手をやりながら呟くように言う。

「ふむ。そういう風に創ったのは、おおかたお前たちと魔族との戦いをいつまでも見ていたかったからだろうな。恐らくは、単なる暇つぶしとして。『界王(ワイズマン)』には両者を和解させるつもりなど微塵もないのだろうから」

 この人、一体何者だ? そんな『界王(ワイズマン)』の心理、僕はこれっぽっちも話してないぞ。真儀瑠先輩も他人に迷惑をかけて楽しむタイプだから、その辺りの心理はよく分かるのか? 同類ってやつ?

「何を意外そうな表情をしている? 魔法少年。『界王(ワイズマン)』というのは迷惑極まりない存在なのだろう? なら、そのくらいのことはやるだろう」

 それはまったくもってその通りなのだが、普通そこまで見抜くか?  たったいま異世界の存在を知ったばかりだというのに。いくらなんでも洞察力がすごすぎる。それはそれとして、そろそろ『魔法少年』っていう呼び方やめてくれないかな……。抗議してもムダだろうし、そんな空気でもないから何も言わないでおくけどさ。

「それはそうと魔法少年。お前の口ぶりからするに、お前は『界王(ワイズマン)』と会ったことがあるんじゃないのか?」

「いえ、僕はありませんよ。『界王(ワイズマン)』と会ったことがあるのは僕の師匠たちです。まあ、僕もニーナ・ナイトメアっていう娘とは会ったことありますけど」

「師匠? 師匠がいたのか、お前。いや、それよりも、そのニーナとかいう娘、名前からして怪しくないか?」

「別に怪しいところなんてない普通の女の子でしたよ。……って、なんか話逸れてますね」

「そうだな……。戻すとするか」

 話の内容を軌道修正。ついでに少しバック。

 僕は一度三人をぐるりと見回し、話を再開する。

「まあ、とにかく。魔族の考えは僕たちには理解できないものなんだよ。――で、似てると思わない?  魔族の思想とケイの考え方。『不幸にならないこと』を目的にしているところとか、『僕たちには理解できない』ところとか、さ」

「そっ! そんなこと――」

「確かに……ね」

 大声を上げそうになったユウの言葉を遮り、鈴音さんがうなずいた。真儀瑠先輩も無言ながらうなずく。どうやらこの二人は感情より理性を優先できるタイプのようだ。僕はそう悟り、これなら大丈夫だろうともうひとつの仮説を話した。

「それともうひとつ。人間って腹が立つとなんで物を壊すか知ってる?」

『?』

 ユウと鈴音さんが揃って首を傾げる。答えを返してくれたのは真儀瑠先輩だった。この人、こういう話をしてるときはすごく頼りになるなぁ。

「他人を壊す――というか、殺すことができないからだな」

「そう。じゃあ――」

「ついでに言うと、他人を殺せる人間は自分を殺せないから他人を殺すんだそうだな」

 ついでの説明ありがとう。うぅ……余計な手間が省けたのに妙に寂しいのはなぜだろう……。

「で、それがなんだと――」

 そこまで口にして真儀瑠先輩には分かってしまったのだろう。首を傾げ続けているユウと鈴音さんを放置して、彼女は険しい表情をして黙り込んだ。
 仕方ない。僕が後を継ぐとしよう。

「そう。どうしようもないことがあると普通の人は自分を殺せないから人を殺す。そして人を殺せないから物を壊す。物の場合は壊すというけど、この行為はつまるところ物の寿命をゼロにする行為。つまり、人間は他人を殺せないから物を壊す――。物を、殺してしまう」

『…………』

 僕の解説に三人は重い感じで沈黙している。

「けどケイは――比較的、だけど――それをしないように思う。要するに彼はどうしようもないこと――この場合は理不尽なこと――があると、まず自分を殺そうとしてしまうんじゃないかな? そうすることに対して恐ろしいほどにためらいがないような気がする。そうだとするならケイの自殺志願も多少なりと理解できると思わない?」

 三人はまだ黙りこくったままだ。鈴音さんに至っては、すっかりうつむき加減になってしまっているし。
 僕はパンパンと二度ほど手を叩いて、三人の視線をこちらに向けさせた。暗い話はこれくらいでいいだろう。

「僕の考えはこの程度のものだよ。〜かもしれない。気がする。それだけの――そう、仮説でしかないんだから。ケイの考えてることはどれだけ言葉を並べたところで……、分かった気にはなれても、完全に分かることはできないんだから。――だから、もうこの話は終わりにしよう」

 そう。人の心の内など、どれだけ言葉を重ねようと人間には分からない。それこそ人外の存在なら――『界王(ワイズマン)』ナイトメアになら分かるのかもしれないけれど。それでも、『界王(ワイズマン)』とて全能ではないと師匠は言っていた。それなら人の心は絶対に誰にも――自分自身にも理解しきれないものなのだろう。人の心。それはどの世界でも共通する永遠の謎だ。謎の塊。ミステリだ。
 そんな謎を解くよりも、僕にはもっと大事な解かなければならない謎がある。そしていま、目の前にその手がかりとなりうる人がいる。そう。僕はそもそも鈴音さんに訊きたいことがあるからこそ、ケイのムチャクチャな提案も受けたのだ。

「あの、鈴音さん。ひとつ訊きたいことがあるんだけど」

 僕がそう口にした瞬間、鈴音さんは沈んでいた表情を一変させて瞳をキラキラと輝かせた。……ああ、そうか。説明好きなんだったな、彼女。

「なになに?」

「ええっと――」

 僕は少し身を震わせつつも勇気を出して尋ねた。今回のことで僕は『生きていくためには出すべきではない勇気もある』ということを学ぶことになるのだけれど――それはまた別のお話。

「この世界の霊能力ってどういうものなんだ?」

 それからしばし、『そのとき』が永遠に続くように感じられた――。


○式見蛍サイド

 どうやらマルツはよりにもよって鈴音に説明を求めたらしい。命知らずなヤツだ……。知らなかったがゆえのこととはいえ、ちょっと尊敬。

 それにしてもやたらと長い話だったな。まあ、鈴音には及ばないけど。なんかユウも先輩も沈みがちだし。復活しているのは鈴音のみだ。ううむ、さすが巫女。いや、巫女は関係ないけどさ。

 そんなことを考えながらボンヤリしているときだった。
 自動ドアがガーッと開いて、覆面をした男がコンビニ内に飛び込んできたのだ。うん。多分男。こんなガタイのいい女の人はまずいないだろう。
 そんな余計な洞察を働かせたのが致命的なロスとなった。

「てめぇら、動くな! 手ぇ上げろぉ!!」

 僕はそのコンビニ強盗(覆面といまのセリフからして、まず間違いないだろう)に後ろから羽交い絞めにされ、首元にナイフを突きつけられた。なんてこった。死にてぇ……。もちろんナイフで刺されるのは嫌だけど。痛そうだし。というか、確実に痛いだろう。

 いや、よく考えなくてもさ。動かずに手を上げるって、どう考えても不可能だろ。などと意識的に平静な思考を保とうとしてみる。

 それからユウたちのほうに視線をやってみた。あ、鈴音のヤツ、こんな状況だというのにまだマルツ相手に説明を続けてやがる。もしかして説明に夢中で気づいてない? その説明を受けているマルツは涙で潤み始めている瞳をこちらに向けていた。『助けて』とでも言いたいのだろう。いやいやいや! 助けて欲しいのはむしろこっちだ! あ、でも鈴音の説明を延々と聞かされるのと、強盗に人質にとられるのとどっちがいいだろう。……どっちもどっちだな。

 じゃあ、先輩とユウは何をやってる? 密かに僕を助けだすミッションでも練ってるとかいう展開は……ないな、やっぱり。二人してどこか呆れた視線を向けている。それも僕にではなく、強盗に対して。
 どうせすぐに捕まるんだからやめときゃいいのに、とかいう視線かと思ったが違うようだ。よし、ユウの――はまだムリだから、付き合いの長い先輩の視線の意味を解読。どうも二人して同じこと考えてるっぽいし。

 えーと、なになに。『自殺志願者を人質にしたところで無意味だろうに。喜んで自分から刺さってくれるに決まってる。馬鹿な犯人だな、まったく』……って、ちょっとちょっと!!
 ああ、なんか先輩……、らしくなく僕のこと誤解してる。僕は慌ててアイ・コンタクトを試みた。

『先輩! そんなわけないでしょう! 僕は死にたがりやですけど、こんな痛い死に方は嫌ですって!!』

『うむ。そのくらい分かっている。ちょっとふざけてみただけだ。後輩』

 ふ……ふざけてたのか、こんなときに。しかもアイ・コンタクトで……。ユウのほうは――本気で僕がこの状況下で死にたいと考えてると思ってるんだろうな。

 とりあえず分かったこと――。皆が皆、助けてくれる気配はナシ。ああ、絶望的だ。……楽に死にてぇ。せめて鈴音が気づいてくれてれば、また違った展開も期待できたんだろうけど……。まあ、最悪の場合は『霊体物質化能力』でなんか武器でも出して――。

 うわ! そんなこと考えてるうちに強盗が焦れてきたのか、ナイフがプルプルと震えている! マ、マジで怖い……。
 店員さーん! 早くお金渡してあげてー! 今は警察呼ぶより人命救助が最優先ですよー! まあ、人命救助って言っても、助けるのは自殺志願者の命だけど……。

「け、蛍っ!!」

 おお! やっと鈴音が気づいてくれた! あ、でもとっさのことに弱いからオロオロしているだけだ。

 まあいいか。鈴音が気づいてくれたってことは、マルツも戦闘体勢に移れるってことだし。アイツは命のやりとりを当たり前にやっていた世界から来たってくらいだから、きっと頼りに――ならない。なんかやってるっぽいけど、掌に蒼白い光が集まるだけでそれ以上のことはなにも起こってない……。というかアイツ、僕ごと強盗を殺すつもりじゃないだろうな。
 そんなイヤな想像が頭をよぎったとき、マルツが大声で助けを求めるかのように呼びかけてきた。

「どうしよう! ソイツ、殺さないくらいの術でなんとかしようと思ったんだけど、威力が十分の一くらいしか出ない!」

 ……アホか。十分の一もなにも、ほとんどなにも起こってないだろ。というか、だ。

「だったら普段なら人が死ぬくらいの術を使えばいいだろ! 威力が十分の一になるんだから、それで大惨事にはならないって!」

「あ! なるほど!」

 さてはアイツ、冷静そうに見えて実はものすごく混乱してるんじゃないだろうか。

 ――と。

「喋んじゃねぇ! ガキィ! ぶっ殺すぞ!」

 強盗の大声と共に、僕の首がナイフと仲良しに! ……って、ふざけた言い回し考えてる場合じゃないぞ、これ! 仕方ない。僕の能力(ちから)でなんとかするか。いまは誰も頼りにならない。
 そう思い、なにか武器をイメージしようとしたときだった。

「呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)っ!」

 マルツの声が聞こえ、彼の手から放たれた蒼白い一条の光の筋がこっちに迫ってくる! ひぃ! 死ぬぅ!!

 そう思った瞬間。コロンと音を立てて床に落ちる蒼白い光の筋。いや、蒼白い細い棒と化しているけど。……これって、マルツの撃った<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>? でもなんでこんなことに……。あ、まさか、僕の『霊体物質化能力』のせい!?

「脅かしやが――」

 怒鳴る強盗。しかしそれを無視するかのように唐突に。

「はい、邪魔邪魔。闇の矢(ダーク・アロー)。」

 そう。唐突に聞こえた女性の――いや、少女の声。そしてそれとほぼ同時に黒い矢が一本だけ飛んできた。そしてそれは――

 「――っぶっ!?」

 強盗の顔面に見事に命中した。強盗の身体から力が抜け、ナイフがカランと落ちる音。ドタッという音からして、強盗はおそらく後ろ向きに床に倒れ込んだのだろう。しかし、僕を含めて誰一人として強盗には目をやっていなかった。

 そう。僕たちの視線は、店内に唐突に現れた目の前の少女に注がれていた。

 茶色がかった短めの髪に赤いヘアバンド。大きな赤い――けれど少し暗めの瞳。そしてゲームなどで『武闘家』が着るような緑色のコスチューム。
 まるでゲーム雑誌から抜け出して来たかのような風貌。少々幼い印象を受けるが、おそらく僕と同年代だろう。

 まず硬直から脱したのはマルツだった。非常識な世界から来たヤツだから、非常識な事態もすぐに受け入れられるのだろうか。

「……ニ、ニーナさん!?」

 少女――ニーナは無視するでもなく答える。

「ああ久しぶり、マルツくん。……キミも間が抜けてるよねぇ。物質化能力を持つ彼の――」

 そこでちらりと僕を見て、

「――その範囲内に向かって『霊王(ソウル・マスター)』の力を借りた<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>を放つなんて」

 えーと……、『霊王(ソウル・マスター)』? それに『物質化能力を持つ彼の――』って、まさか彼女、僕の『霊体物質化能力』のことを知っている?

「霊体を物質化させるのが彼の能力(ちから)なんだから、あの術が物質化するのは想像つきそうなものじゃない?」

 やっぱり知っている。……一体彼女は何者なんだ? マルツの知り合いなんだから悪いヤツじゃないとは思うけど……。

 それはそれとして、僕いきなりカヤの外ですか? 僕のことが話題になってるっぽいのに。そもそも『霊王(ソウル・マスター)』って誰? 言葉の響きからして、幽霊の親玉っぽい印象があるけど。

「それにしても――」

 次の瞬間、ニーナは僕をはっきりとその赤い瞳に捉えて、こう言った。

「やっぱりこの世界も淀んでるんだねぇ。式見ケイくん」

 思わず息を呑む僕。

 せめて相手の雰囲気には呑まれないよう、とりあえず適当なことを口にしてみた。

「えーと……ひょっとして、ミリカ・カミュラさん?」

「まあ、キャラはちょっと似てるかもしれないけど……、そういうメタなネタはマズいと思うよ。いろんな意味で」

 ニーナはジト目でそう言ってくると、ひとつ息を吐いてから改まって自己紹介してきた。

「初めまして、だね。式見ケイくん。ボクの名は――」

 そこで彼女は瞳の色を深くする。

「――ニーナ・ナイトメア。『界王(ワイズマン)悪夢を統べる存在(ナイトメア)』の端末たる存在(もの)のひとり。……よろしくね?」

 周りを見ると、ユウたち四人ともが身体を硬くして絶句していた。

 ……なんなんだよ、一体……。相手はユウよりちょっと(いや――かなり、かもしれないけど)迷惑なだけのヤツじゃないのか?
 だいたいマルツが語った内容から察するに、コイツは神話の中にしか登場しない、伝説上のイキモノなんじゃないのか?

 ……ホント、なにがどうなってるんだよ、まったく……。

 ……はぁ、死にてぇ……。


○???サイド

 ――見つけた。

 あの人間がこの世界の歪みの中心たる者か。

 式見蛍。この世界には存在しない新たな理(ことわり)の力――『理力(リりょく)』を持ち、扱う者。

 しかし、まさか我と同格たる『界王(ワイズマン)』まであの人間に興味を持つとは……。

 いまは傍観するのみのようだが、だからといって油断していられる奴というわけでもない。

 ――それにしても、あの人間をここまで早く見つけられるとはな。幽霊間の情報網もあながち捨てたものではない、ということか。

 いや。この程度は出来なければ。

 この程度も出来ぬのならば、悪霊を取り込んでまで我がこの瞬間(とき)まで我で在(あ)り続けた価値がないというもの。

 そう。かつて『奴ら』に滅ぼされかけ、精神のみの存在となった我が、恥を忍んで悪霊如きをこの霊体(からだ)の核とした意味が消失してしまうというものだ。

 無論、悪霊と同化したこの姿は一時だけの仮初めだ。すぐに完全であった頃の我に戻ってみせよう。あの人間の持つ理力を――霊体を物質化させる能力(ちから)を用いることによって。

 我――『闇を抱く存在(ダークマター)』はこの世界で再びすべてを手に入れ、すべてを滅ぼすのだ。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 どうも、ルーラーです。第二話です。少々シリアスな話にしてみたのですが、いかがでしたでしょうか? 面白いと思って頂ければ嬉しい限りです。

 今回から追加した○○サイド。これ(特に???サイド)のせいで話が分かりにくくなってなければいいのですが。ああ、分かりにくいといえば、今回からいろいろな単語や固有名詞にルビをつけております。いえ、第一話でもあったことはあったのですが、ここまで大量には出しておりませんでしたから。
 基本的に『悪夢を統べる存在(ナイトメア)』は「ナイトメア」とお読みください。『界王(ワイズマン)』など、その他に関しても同様です。

 今回はマテリアル2を参考にバイトの話を、と思っていたのですが、ほとんど参考に出来ませんでした。主に僕の力量不足が原因です。……いや、アレはなかなか参考にはできませんよ。下手するとパクリになってしまいます。
 力量不足といえば、今回は戦闘シーンを入れようとしたのですが、まあ……、ああいう結果になりました。スピーディーでもなんでもない辺り、未熟さを思い知らされます。楽しく書けはしたのですけどね。蛍には申し訳ありませんけど。

 そうそう、今回からプロットを立て始めました。やっぱりプロットを立てると執筆が早く進んでいいですね。もっとも僕の場合、プロットを立てると(ストーリーばかり優先するせいか)一気に話が暗くなることが欠点なんですけど。いつか、バカ騒ぎするだけの一発ギャグのような短編も書いてみたいです。

 さて、今回ついに主要メンバーが出揃いました(???サイドで独白している人外の存在も含めて)。神無鈴音嬢と真儀瑠先輩も、です。

 あ、ちなみに僕は鈴音のファンです。それが高じてか、現在考えている第七話から十三話は鈴音がメインとなる予定です。ほら、鈴音のファンである証拠に、今回は鈴音多めでしょう? それに第九話以降は鈴音の姉にもご登場願うつもりですし。そんなわけで、マテリアルゴースト3では鈴音の姉が登場してくれることを切に願っております。というか、登場してくれない限り九話以降は書けません。

 いや、もちろん分かっておりますよ? それよりも第三話の執筆をするべきだって。まあ、マルツがメインの話は第六話で終了の予定ですので、そこまではダーッと書ききってしまいたいです。あ、この言い方は少々語弊がありそうですね。基本、どの話も『蛍+メインのキャラ』としていくつもりです。まあ、つまり六話以降もマルツの出番はあるということでもありますが。

 話は変わりましてサブタイトルのことですが、今回のサブタイトル『翼のざわめき』は『スパイラル〜推理の絆〜』(スクウェア・エニックス刊)の第六十三話からで、意味は「まだ姿は見えず音しか聞こえてこないけど、『何か』が起こり始めている」というものです。
 ちなみに第一話の『異邦人』は、同名のポップス曲(?)からです。誰が歌ったのかは知らないのですが。意味のほうは……、そのまんまの話ですね。

 それと、今回はせきな先生の作品から小ネタ(『週刊・醤油差し』など)をいくつか使わせて頂きました。僕の作風と合っていればいいのですが。

 それでは、稚拙な文をここまで読んでくださりありがとうございました。時間のムダでなかったのなら幸いです。



――――作者のコメント(転載するにあたって)

 初掲載は2006年5月28日。

 いまとなってはなかなか出来ない、ハイペースでの公開となっております。
 まあ、当時は一日に巡るブログサイトもせいぜい4つ程度でしたし、なにより、自分のブログもホームページも持っていませんでしたからね。必然的に執筆する時間が多く取れたわけです(笑)。

 第一話に引き続き、『週刊・醤油差し』や『ミリカ・カミュラ』など、いまとなってはわかる人のほうが少数なのでは、という人名・作品名が出ています。また、第一話とは違って本編中に出ているため、いまとなってはこの小ネタ、かなりタチが悪いのでは、とも思っています。『ミリカ・カミュラ』なんかは特に。
 まあ、今後はなくなってますけどね、こういうやっちゃマズい類の小ネタは。

 物語のほうは、この回から伏線を張り始めています。
 主なものを挙げるとすれば、『蒼き惑星(ラズライト)』という世界の存在、『神族と魔族』、『界王(ワイズマン)』の登場、『???サイド』といったところでしょうかね。他にも細かい伏線はあちこちにありますが。
 でも、まだ行き当たりばったりで書いていた部分もあるため、この回で張った伏線は『さて、どう回収していったものか』と頭を悩ませるものになっていたりもします(苦笑)。

 そうそう、サブタイトルに出典を求め始めたのもこの回からなんですよね。サブタイトルを『お題』と捉えて、それに合わせた話を書く、という感じにしたかったので。まあ、最近はオリジナルのサブタイトルをつけることも増えてきましたけど。

 そういえば、この当時は僕、鈴音のことを『嬢』づけで呼んでいたんですね。時間の流れを感じます。



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