ありふれた手法
○式見蛍サイド
「久しぶりだね。――いや、かつてキミと戦ったときに会ったのはニーネのほうだったから、初めましてのほうが正しいかな。『闇を抱く存在(ダークマター)』」
人の形をした闇色の存在――『闇を抱く存在(ダークマター)』はそうニーナに語りかけられると、緩慢な動きで彼女にその目を向けた。血の色にも似た、その一対の紅い瞳を。
「ナイトメア、なぜ我の邪魔をする? 貴様もかつては我と同じく滅びを望んでいただろう?」
「かつては、ね。いまは違うよ」
冷たい微笑をその口に浮かべてニーナはそう返す。その微笑に込められている感情がなんなのかは、僕には分からなかった。
「……なんなの? あれ……。悪霊のようだけど、それだけの存在じゃない……。ただの霊が悪霊に取り込まれた風でもない……」
ヤツの持つ圧倒的な『力』に圧されてか、少し声をかすれさせて鈴音が呟く。それは疑問を呈してはいるけれど、誰に向けての言葉でもなかっただろう。
だから、それに言葉を返す人なんていないと思っていたが、
「コイツは『闇を抱く存在(ダークマター)』。神族でも魔族でもない、ボクと同格の存在だよ。もっとも、かつてミーティアさんたちに滅ぼされかけたときのダメージが大きかったせいか、完全な人型をとることも、彼単体で存在することも不可能になったっぽいけどね。――実際、この世界の悪霊を取り込んで、なんとかその姿とそれだけの力を維持してるって感じだし」
その言葉に鈴音が息を呑む。
「……っ、じゃあ、そのダークマターのほうが悪霊を取り込んでいるの? そんなこと、できるわけが――」
「できる。人間の小娘よ。以前に比べれば弱体化したとはいえ、我の『力』を侮ってもらっては困るな」
「よく言うよ。魔法を使えない人間が『地の支配者』をやってるこの世界に来たっていうのに、キミのやってたことはといえば悪霊の取り込みだけ。いまもなお滅びを望んでるキミが悠長にそんなことをやってたってことは、キミ自身には大して『力』がないってことでしょ?」
ダークマターの瞳が不快そうに細められた。
「言ってくれるな、ナイトメア」
「いやいや、それほどでも。――で、確かキミ、ミーティアさんにやられたときバラバラになったよね。そのとき、本来キミが持っていた『力』や『意志』、『記憶』も身体と一緒にバラバラになったと思うんだけど、キミはそのどれを持っているのかな?」
「そのようなこと――」
ダークマターが右の掌をこちらに向け、
「貴様に言う必要はない!」
目に見えない『なにか』を放ってくる!
「っ!」
それほどの威力はなかったものの、なにかに押し潰されるような感覚があった。しかし、なにをされたのかさっぱりなものだから対処のしようがないな、これは。とりあえず間違ってもダークマターに取り込まれることのないようにユウを『霊体物質化能力』の効果範囲内に入れる。
鈴音や先輩もいまの攻撃は受けたのだろう。けれどダメージを受けた様子はほとんどなく、ただ単に驚きで固まっているだけのように見える。
そしてニーナはというと、なんの圧力も感じなかったかのように嘆息して肩をすくめた。あるいはいまのダークマターの攻撃、物理的な効果しかなくて、そしてニーナは瞬時に実体化を解いたのかもしれない。実体化していなかったユウがけろりとしているのがその証拠だろう。あ、ということは実体化しているほうがもしかして不利? ユウは能力効果範囲から出しておくべきか?
いやでも、取り込まれる危険を考えると……。
「それで本気を出してたりする? ひょっとして。だとしたら、いくらなんでも弱すぎるんじゃない?」
「ほざけ! 我の『力』の使いかたに文句を言われる筋合いはない!」
わめくダークマター。どことなく余裕がないように見えるのは僕の気のせいだろうか。
「まあ、それはそうだけどね。でもさ、ひょっとしてキミ、自力で魔法力の回復が出来なくなってるんじゃない? だから多少なりとも魔法力を使う実体化はしないんでしょ? いまだって取り込んだ悪霊をベースにして何とか具現化してるって感じだし」
「……っ! やかましいっ!」
「あ、やっぱり図星? でもって、怒りに任せてさっきの魔力衝撃波、もう一度撃ってはこないんだ。そうだよねぇ。魔法力もったいないもんねぇ。回復できないんだもんねぇ」
…………。ニーナがダークマターをおちょくり始めた。しかし、なんだろう。この、弱い者いじめでもしているかのような展開は……。
「ええいっ! なめるな!」
いや、そりゃなめるだろ。なんだかボスらしきヤツが出てきたと思ったら、《中に居る》や《顔剥ぎ》よりずっと弱いんだから。
「確かに我は魔法力を回復できん。だがな、取り込んだ悪霊どもや我自身の魔法力が尽きるまでは充分『力』を使うことができるのだぞ!」
僕はその言葉に思わずツッコミを入れてしまう。
「でも、それを使い切ったら火の玉ひとつ出せなくなるんだろ?」
「〜〜っ!」
「あははははっ!」
地団太を踏むダークマター。僕のツッコミがツボだったのか、腹を抱えて大笑いしているニーナ。
う〜ん、自分と同格の存在が僕みたいな平凡な人間に言い負かされているのが笑えるのだろうか。ニーナの感性は僕には理解不能だ。
と、先輩がなんだか呆れた口調で口を開いた。
「一体なんなんだ、アイツは。見た目はそれなりに怖い部類に入るというのに……」
まあ、確かに見た目だけなら……って、
「先輩、アイツが見えてるんですか?」
「もちろん見えているぞ? それがなんだというんだ?」
先輩に『見えている』ということは、ヤツはやはりかなりの『力』を持っているんじゃないだろうか? だって、あの《顔剥ぎ》だって先輩には声しか届かなかったんだから。
でも……、どうにも、すごく強い敵には見えないんだよなぁ、アイツ。
そんなことを考えていたら、ようやくニーナが笑うのをやめた。
「あ〜笑った笑った。さて、じゃあそろそろ終わりにしようか? ダークマター」
なかなか酷いことをサラッと言うニーナ。ああ、なんだかダークマターが不憫になってきたな。
「ふざけたことを……! そこにいる人間、式見蛍さえ殺せば我は完全であった頃の姿を取り戻せるのだぞ!」
え? 僕を殺せばって……?
「ど、どういうことなんだ? ニーナ?」
「どういうことって、そのまんまだよ。キミが死んだらキミの能力――理力は世界中に拡がる。そうなればダークマターも自分の魔法力を消費しなくても常に実体化していられるようになるんだよ。それがダークマターの狙いだろうね。
もちろん悪霊を取り込んで魔法力を補充するってことは出来なくなるけど、世界中の悪霊が実体化すれば自分が手を出すまでもなく世界も滅びるだろうし、すべてを滅ぼしたいダークマターにとっては満足のいく結果になるんじゃない?」
「おいおい、冗談じゃないぞ。それは」
「そうだね。冗談じゃ済まない。けどさ、ダークマターが完全だった頃の姿に戻るのはやっぱり不可能だとも思うよ?」
それに反応したのはダークマター。
「なんだと!?」
「だってそうじゃない。取り込んだ悪霊はケイくんを殺す直前に外に出すつもりなんだろうけど、そうしたところでやっぱりキミは不完全な『ダークマターの欠片』のままだよ。完全体に戻るには『蒼き惑星(ラズライト)』にいる他の『ダークマターの欠片』と融合しないと」
「……。そのような些細なこと、いちいちこだわりはせん! 我が望むはこの世界の滅びのみ!」
「ええっと……。あのさあ、ダークマター。キミもしかして、『知能』が欠落してるんじゃないの? 本来のダークマターはそんな単純でおバカさんじゃなかったよ? そもそもキミは『闇を抱く存在(ダークマター)』の望みをちゃんと憶えてる?」
「我の望み、だと?」
「というより、ミーティアさんにやられる前の――本来のダークマターの望み」
「本来の、我の望み……」
考え込むように同じ言葉を繰り返すダークマター。
「…………。憶えてないんだね。そもそもさぁ、ミーティアさんだって『聖戦士』とはいえ人間の器に縛られていることには変わりないんだよ? そんな彼女が力押しでキミに勝てたわけないでしょ」
「どういう……ことだ……?」
「つまりね。キミは、望んでいたんだよ。孤独な世界から解放されることを。誰かに滅ぼされることを。キミはあのとき確かに『希望という名の光』を受け入れた。自分を滅ぼしかねない力を持ったあの光を」
「そのようなこと……我は望んでなどない」
「記憶がバラバラになっちゃったみたいだもんね。おそらくその望みを憶えているのは、キミではない別の『闇を抱く存在(ダークマター)の欠片』なんだよ」
ダークマターの中でなにかが膨れあがった――ような気がした。
「認めん……認めんぞ……そのようなことは……。その望みは、いまの我の存在意義に反する!」
かつてのダークマターが望んでいたのは『滅びたい』。しかし、いまのヤツが望んでいるのは――
「我は滅ぼす! すべてを滅ぼす! そのために――その人間を殺す!!」
「まあ、過去の記憶を失ってるんだから、そういう結論になるよね。けど、それはさせないよ。彼が死んだら困るのはボクなんだし。それになにより、キミには彼を殺せないでしょ。確かに魔力はかなりのものだけど、魔法力のほうは――」
「まずは貴様からだ! ナイトメア!」
ダークマターから放たれた黒い波動がニーナを襲う!
彼女は驚きつつも虚空に姿をにじませ、消えた。
少しダークマターから距離を置いたところに現れる。
「ちょっ……、嘘でしょ!? そんな強力な波動を撃ったら、魔法力なんてすぐに尽きる――」
「そうそうすぐに尽きはせん!」
そのセリフを聞いて、僕はなんとなく事態を理解した。
ダークマターは自然に魔法力が回復しない。それは事実なのだろう。しかし、RPGで言うところの最大MP――魔法力の上限はかなり高いんじゃないだろうか。
そして、もし僕の考えどおりだとすると、状況はけっこう最悪の部類に入るんじゃないか? なにしろダークマターの魔法力が尽きるまでひたすら逃げ回るしかないのだから。反撃の手段なんてないのだから。
そう思った矢先、ニーナが反撃に転じた。
「実力差、分かってないんじゃない? ダークマター。ボクも弱体化した身とはいえ、キミよりは強いと思うよ。というわけで、くらえ! 呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)っ!」
ダークマターに向けた掌からは、しかしマルツのときのような光の筋すら出ない!
「……あれ? まさかとは思うけど……ボクの魔法力、けっこう尽きかけてる?」
ええっ!? 冗談じゃないって、それ!
ああもう! やっぱり事態は最悪なんじゃないか!
「実力差を計り間違えていたのは貴様のようだな、ナイトメア!」
次々に黒い波動を放つダークマター。
「うわわわわっ!?」
あるいは身体を動かし、あるいは空間を渡ってかわすニーナ。
ちなみにあの黒い波動、僕のアパートやらその辺りの壁やらに当たってもなんの影響も及ぼしていない。もちろん、だからといって人体に影響がないというわけではないだろうけど。
どうやらダークマターのあの攻撃は『物質』を破壊することはないようだ。とりあえずこの辺りが廃墟になるのでは、といった心配はいらないようなので一安心。
――いや、安心なんてしてられないか。
正直、僕としては死ぬこと事態は大歓迎だ。ただ、いまの状態で死ぬと世界中に迷惑がかかるっぽい。まあ、別に世界の誰が困ることになろうと別に僕の知ったことではないのだけれど、ユウや鈴音、先輩といった『大切な人たち』に迷惑をかけるのは出来る限り避けたい。
それになにより、やっぱり殺されるのはイヤだ。仮に痛くなかったとしても、やっぱり怖い。
と、ニーナが走りながらこっちに近づいてきた。空間を渡って僕の目の前に現れないのは、やはり消耗するからなのだろう。
「ユウさん! ケイくんの能力効果範囲から出て!」
『え?』
思いもかけない言葉に僕とユウの声がハモった。
「ほら、早く! ボクに考えがあるんだよ!」
「わ、分かった……」
言って僕から離れるユウ。そして――
「よし、じゃあボクも実体化を解いて、と」
次の瞬間、僕は自分の目を疑った。
なんと、憑依したのだ。
ニーナが。
幽霊である、ユウに。
「ニーナさんがユウさんに――幽霊に憑依した!? 嘘! 取り込んだのなら分かるけど……」
鈴音が驚愕の声をあげている。とすると、やはりこれは常識外れの行為らしい。もっとも、幽霊や『界王(ワイズマン)』なんて存在自体が既に常識の範囲外なのだけれど。
ユウに憑依したニーナは鈴音の驚きなんてまったく意に介した風もなく、
「よし、成功。やっぱり波長は合ったね」
などと呟いている。ユウの声で。
「さて、これでユウさんの魔法力を使えるようになったし、今度こそ反撃開始といこうか。自分の力を使うのにも呪文の詠唱が必要なのは不便だけど」
ああ、なるほど。ダークマターが悪霊の魔法力を使っているように、ニーナもユウの持つ魔法力に目をつけたのか。とすると、魔法力というのは誰でも持っているものなのか? 鈴音の持つ霊力のようなもの? いや、なんとなく少し違う気がするな。なんとなく、だけど。
ともあれ、これである程度危機は脱したと見ていいのだろうか。
ニーナが意味不明な言葉をブツブツと呟き始めた。これが呪文の詠唱に違いない。マルツも魔法を使う前に似たような言葉を呟いていたし。
「火竜烈閃咆(サラマン・ブレス)!」
ニーナの掌から、まるで竜が吐きそうな炎がダークマターに向かって一直線に撃ち放たれた!
○ファルカス・ラック・アトールサイド
(――と、こんな感じでいい?)
サーラが<通心波(テレパシー)>を使ってオレの精神に直接話しかけてくる。
オレたちは目の前の魔族――フィーアに気づかれないよう、そうやって簡易作戦会議を開いていた。まあ、サーラはうつむいて目を閉じているので、端から見ると彼女の姿は降伏しているように見えるかもしれないが。
(サーラ、ちょっとムチャなところが多すぎないか? お前らしくもない)
オレの意識を読み取り、それにサーラが自分の思いを伝えてくる。
(なに言ってるの。ファル、普段はこれくらいのムチャ、当たり前にやってるじゃない)
実はこの術、別にオレがなにかしているわけではなく、サーラが勝手にオレの考えていることを読み取っているだけだったりする。なので、当然うかつなことは考えられない。
(……ファル? くだらないこと考えてないで、そろそろ実行に移したほうがいいんじゃない?)
ほら。
(『ほら』って、なにが?)
あー、やっぱりやりにくいなぁ、<通心波(テレパシー)>でのやり取りって……。
まあ、それはともかく。
(よし、じゃあ始めるぞ)
(うん。気をつけてね)
こっちにばかり危険を背負わせる作戦立てておいて、なにをいまさら……。
(ファル、なにか言った?)
(いや、なにも)
さて、じゃあ始めるとするかな。
オレは口の中で小さく呪文を唱え始めた。サーラも、また。
そこに聞こえてくるフィーアの声。
「さて、一番手ごわそうなのはあなたですからね。『悪魔殺し(デモンズ・キラー)』。あなたから死んでいただくとしましょう」
おいおい、オレからかよ。まあ、こんなピンチに陥っているのは誰のせいかと問われたら、フィーアを甘く見たオレのせいなんだけどさ。だからまずオレから狙われるのは自業自得ともいえる。
しかし、だからといっておとなしく殺されてやるつもりはない。
「病傷封(リフレッシュ)」
実はオレは回復呪文を一切使えない。サーラがその系統の術の専門家(エキスパート)なものだから、学ぶ気が起きないのだ。けど動けないくらいダメージを負ったときにそれでは、当然、困ることになる。
だからオレはせめてこの<病傷封(リフレッシュ)>を覚えた。
<病傷封(リフレッシュ)>はケガの痛みや病気・毒などの症状を押さえ込む白魔術だ。治すわけではない、応急処置のための呪文。時間が経てばいずれ効果は消える。けど、いまはそれで充分!
オレは素早く後ろにとび退ると、続けて早口で呪文を唱えつつサーラのほうを見やった。サーラのほうの呪文の詠唱は――くそっ、まだ終わってないか。大がかりな術なものだから唱えるのにも時間がかかっているな。
オレは唱え終えた術をフィーアに向けて放つ!
「火炎弾(フレア・ショット)!」
赤みがかった光球がフィーアに向かっていって直撃、中程度の爆発を起こす!
う〜ん、オレの放った<火炎弾(フレア・ショット)>、アイツの――アスロックの使うやつと比べると、やっぱり爆発力が弱い気がするな……。まあ、アイツの使う火の術の威力がケタ違いなだけなんだが。
爆炎収まりやらぬうちにフィーアの嘲笑が耳に届く。
「恐怖で狂ってしまいましたかな? 物質を介した精霊魔術など、精神生命体たる魔族に効くはずがないのは知っているでしょう?」
言われなくてもそれくらい知っていた。具現させるのに魔力を介していようと、しょせん火は火だ。効くはずがない。
そして、オレもいまのでダメージを与えようとは思っていない。いまのはただの目くらましだ。
さて、あとは――。
「すべての滅びを望みしもの
消えぬ絶望を背負うもの
皆が知る 大いなる汝の存在において
我 汝の持つ虚無(うつろ)を扱わん
汝の力の末端(まったん)である
その剣身(けんしん)を我に預けよ
ひとつになりて
共に滅びを撒(ま)き散らさん!」
よし、これでこっちは準備OK。サーラのほうは――
「破邪滅裂陣(ホーリー・グランド)っ!」
さすがサーラ! タイミングぴったり!
サーラの声がしたと同時にフィーアの姿がかき消える!
そしてすぐさまオレの後ろに現れる殺気!
オレを盾にサーラの術を防ごうというつもりなのだろうが――甘い! <破邪滅裂陣(ホーリー・グランド)>は広範囲にわたって破邪の結界を張り、魔の存在やアンデッドにのみダメージを叩き込む術! ちょっとやそっと移動したところで逃れることは不可能!
さらに言うならこの術、人間やエルフ、竜などにはまったく効果を及ぼさない! つまり、オレにダメージはまったくない!
「――があぁぁぁっ!?」
周囲一帯を蒼白い光が淡く包み込むと同時に、フィーアの苦鳴の叫びが辺りに響いた!
おしっ! 効いてる!
ちなみに、魔族と戦うときにはちょっとしたコツがある。
端的に言うなら、短期決戦、一撃必殺、不意を突く、である。
そしていま、まさにサーラは油断していたフィーアの不意を突いてみせた。
あとはヤツが立ち直らないうちにさらに不意を突いてとどめを刺す!
空間を渡ったフィーアがオレの背後に現れるであろうことは予想のうち。
なので、オレは身をひねって振り返りつつ、唱えた呪文を発動させる!
「聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)っ!」
『界王(ワイズマン)』ナイトメアの力を借り、闇の刃と成す術である。しかし、これは禁呪法。扱える人間はそうそういないし、仮に扱えても魔法力の消耗が激しく、なかなか使いこなすのは難しい。
さらに言うなら、いまオレの使っているこの<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>は『界王(ワイズマン)』のことを誤解して組み立てた不完全なものだったりする。完全版のこの術と比べると威力は十分の一ほどしかない。当然、魔法力の消費スピードも十分の一――のはずなのだが。
ぐらりと、地面が揺れたかのような錯覚に陥った。腕にも、脚にも力が入らない。
くそっ! 不完全なものですら、ここまで消耗が激しいか!
目の前にはフィーアの姿。オレは気力を振り絞って闇の――いや、虚無の刃を突き出した!
振りかぶって斬りつけるなんてことはできない。そんな悠長なことをやっていたらとても魔法力がもたない。
そして――手には何の手応えも伝わらずに。
オレの虚無の刃はフィーアの胸元を貫いていた――。
○マルツ・デラードサイド
<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>に貫かれたフィーアの身体は一瞬にして塵となり、風に吹かれて消えていった。
それが――下級魔族フィーアの最期だった。
フィーアを貫いた虚無の刃は、刹那の間をおいてファルカスさんの手から消え去る。ファルカスさん自身も力尽きたようにその場にへたり込んだ。
そしてそれは師匠も同じ。二人とも、ギリギリのギリギリまで魔法力を使ったようだった。
そこで僕はハッとする。
人間には――というより、生命(いのち)あるものには誰にでも魔力と魔法力がある。特に魔法力は人間が生きていくためには必要不可欠のものだったりする。それは地球で会ったケイたちにも言えることだ。
そして、魔法力を本当の意味で使い果たした者は衰弱して死に至る。
そうならないよう生命(いのち)あるものは『生命維持の魔法力』と呼ばれる必要最低限の魔法力を本能的に残している――のだけれど、もしかしたら師匠もファルカスさんも必死になるあまり、その『生命維持の魔法力』まで使い果たしてしまったのではないだろうか。
「お〜い、マルツ〜」
ファルカスさんの僕を呼ぶ声がした。どうやら彼は大丈夫なようだ。本当に『生命維持の魔法力』まで使ってしまった人間は、声を出すことも出来ないというから。
傍らの師匠を見てみる。
すると師匠は肩で息をしながらもニッコリと笑って見せた。うん。師匠もこれなら大丈夫。
僕はファルカスさんのところへ走って行った。
「悪い。回復呪文かけてくれ。いつ<病傷封(リフレッシュ)>の効果が切れるか分からないからな」
「あ、ハイ」
ファルカスさんの傍らにかがみ込んで僕は呪文の詠唱を始める。キズはそれほど酷くないから初歩の回復呪文<回復術(ヒーリング)>で充分だろう。
「回復術(ヒーリング)」
呪力を集中させた掌をキズ口にかざし、僕は口を開いた。
「それにしても、ファルカスさんの切り札は確か、『魔王の翼(デビル・ウイング)』の一翼、『火竜王(フレア・ドラゴン)』サラマンの力を借りた<火竜剣(サラマン・ソード)>じゃありませんでした?」
「ああ。以前はそうだった。でも最近ようやく<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>を習得してな。いまはそれが切り札だ。――まあ、使いこなすとまではいかないんだけどな」
「あの術は『虚無の魔女』の専売特許じゃありませんでしたっけ? 勝手に使って怒られません?」
「いくらなんでも怒られはしないだろ。それにミーティアの専売特許は不完全なこの術じゃない。完全版の<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>と――<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>だ」
――<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>。
<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>と同じく『界王(ワイズマン)』ナイトメアの力を借りた魔界術だ。威力の程は、なんと世界そのものを消し去ることも可能だという。もちろん言うまでもなく禁呪法。
はっきり言って、魔道士うちではあまりその術の名は口にされない。なぜなら、威力が強大すぎて恐ろしくさえあるから。『界王(ワイズマン)』の力を借りた術は確実に術者を破滅に導く、とまで言う魔道士だっているくらいだ。
「それにしても、あの詠唱文を聞いてるとやっぱり『界王(ワイズマン)』って魔王の中の魔王って感じですよね。……って、ニーネさんがいるところで言うことじゃないか……。
あ、でもちょっとひどいと思いません? 全知全能の代名詞である界王(ワイズマン)――ニーネさんのことですけど――ならフィーアをどうとでもできそうなものじゃないですか。なのになにもしないで――」
「ちょっと待て」
ファルカスさんが手を振って僕の言葉をさえぎってきた。
「お前、ニーネ――『界王(ワイズマン)』のことを誤解――っていうか過大評価しすぎてないか?」
「――え?」
「いいか。『界王(ワイズマン)』っていうのはな――」
○ニーナ・ナイトメアサイド
「永くすべてを見守るもの
すべての幸福(しあわせ)を望むもの
皆が知る 大いなる汝の存在において
我 汝の持つ精神(こころ)を扱わん
汝の力のすべてである光よ
我が未来(みち)を切り拓(ひら)く
希望の剣(つるぎ)となり 今ここに!」
一般的にボクは全知全能であると勘違いされることが多いけど、決してそんなことはなかったりする。
『蒼き惑星(ラズライト)』に存在する、とある書物にちゃんと書いてあるはずだ。
――あれは光と闇、聖と魔、生命と死、起源と終末、調和と対立、それら全てを統(す)べる存在(もの)。
生み出されし世界。
全ての滅びを望み続ける存在(もの)。
輝く光。深き闇。見え隠れする希望。消えることのない絶望。
己の夢の中に全てを生み出せし存在(もの)。
生み出されし存在(もの)達、この存在(もの)の夢から決して逃れることは出来ない。
すなわち――『界王(ワイズマン)悪夢を統べる存在(ナイトメア)』。
――と。
「聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)っ!」
開放された呪力はボクの――ユウさんの両の掌の中で虚無の刃を形作る。
これでダークマターにまともに一撃を入れられれば、おそらくはこちらの勝ち!
――そう。ボクは決して全知でも全能でもない。世界を――『蒼き惑星(ラズライト)』を創ったのはボクだって言う人間もいるけど、それだって本当は違う。
ボクは――創られた側だ。そう書物にも記されている。ちゃんとあれを解読すればそう書いてあることに気づけるはずだ。
すなわち、『あれは光であり、闇であり、聖であり、魔であり、そしてなにより、生み出された世界である』――と。
誰に創られたのかは分からない。誰の意図も働いていない可能性だって高い。
ただ――ボクはビッグバンという名の大爆発によって誕生した。
虚無の刃に吸い取られるかのように、魔法力がどんどん消費されていく。そのくせ威力は不完全な<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>とそう変わらないようだ。これは完全版のほうだというのに。
横薙ぎに払った刃は、しかしダークマターをわずかに捉えられない。
――ボクは光であり、闇であり、聖であり、魔でもある。だからこそ、神族と魔族を創りだせたのだろう。
けれど、ボクは――ボクの心の在り方は、造物主には程遠い。
正しい心と間違った心を同時に持っていたボクは。
消えることのない絶望を胸に生きてきたくせに、希望を捨てることが出来なかったボクは。
結局、『強大な力を持って生まれてきてしまった人間』に他ならないのではないだろうか。
ボクの心は『人間』以上でも以下でもないのではないだろうか。
きっと造物主は、希望を抱いて苦しくなることも、絶望に直面して、すべての滅びを望むようなこともないだろうから。なにより――ボクのように『孤独』なんて感じないだろうから――。
一気にダークマターに迫る!
虚無の刃を縦に振り下ろす!
――捉えた!
そう思った瞬間――虚無の刃が両の手の中から消失した!
空振りして少しばかり隙ができてしまったけれど、ダークマターの放ってくる黒い波動はなんとか身をひねってかわす。そのままバックステップして距離をとった。
空間を渡ってかわすことはできない。ユウさんの身体(?)に憑依しているからだ。
それにしてもなんで虚無の刃が――あ、そうか! ユウさんの魔法力が尽きたんだ!
おそらく、『生命維持の魔法力』までは使い果たしていないだろうけれど。
それはそれとして、正直、ボクの魔法力も残り少ない。高位の呪文は唱えたところで発動しないだろう。
状況は、絶望的なものとなった――。
○マルツ・デラードサイド
「…………」
知らなかった。『界王(ワイズマン)』が僕たち人間とそう変わらない存在だったなんて。
だって、普通は想像しないだろう。世界を創った全知全能の存在なのだと思っていたものが、実は人間と同じように悩んで、苦しんで、なんとか答えを出しながら生きている存在なんだ、なんて。
そしてなにより、『界王(ワイズマン)』が『蒼き惑星(ラズライト)そのもの』だったなんて――。
ニーネさんが僕の様子は気にした風もなく、唐突に口を開く。
「ファルカスくん、サーラさん。ニーナ、どうも思ったよりも苦戦してるっぽいよ。やっぱり戦ってる場所が悪いのかな。『闇を抱く存在(ダークマター)』の相手だけでも苦戦気味だから、『魔風神官(プリースト)』まで出てくることがあったらいよいよマズいね」
「『魔風神官(プリースト)』!?」
それは『魔王の翼(デビル・ウイング)』の一翼、『魔風王(ダーク・ウインド)』シルフェスの直属の部下である高位魔族の二つ名だ。そんなのがなんで地球に? いや、それに『闇を抱く存在(ダークマター)』だって?
だとすると、この世界に帰ってくるときに感じたあの敵意の正体は――。
いや、でも――。
「なんで!? なんでそんな凶悪な奴らが地球に!?」
僕がここに戻ってきたのは、地球に魔族が行かないようにするためだ。ケイたちにそういう危険が及ばないようにするためだ。いや、もちろんそれだけが理由ではなかったけれど。
それにしてもなんで――
「キミが地球ってところに行ったすぐあとぐらいにね、ダークマターと『魔風神官(プリースト)』も地球に向かったんだよ。止められなかったし、止めるつもりもなかったけどね。なにしろこの世界に実害があるわけでもないから」
「そんな……、だからって……。それで、ケイは? ケイたちは!? みんなは無事なの!? ニーナさんと一緒にいるんだよね!?」
「――なるほど」
その声に振り向くと、ファルカスさんが「やれやれ」と頭を掻いていた。
「その『ケイ』って奴らのことが心配で戦闘に集中できてなかったってわけか」
「う……」
「…………。行ってこい」
「え……?」
いま、なんて……?
僕の肩に手が置かれた。柔らかい、女の人の手が。
「マルツ、行っておいで。そして、ちゃんと納得できるかたちで帰ってきて。でないと最悪、いつまでも悔いが残るだけだから。――ニーネちゃん。『刻の扉』、頼めるよね?」
「いや、反対できないって。この雰囲気じゃ……」
そう言って『刻の扉』を作りだすニーネさん。
「まあ、ニーナにも助けが必要だろうしね。ボクからも頼むとするよ、マルツくん。――ニーナをよろしくね」
「あ、ハイ……」
なんか、妙な気分だ。『界王(ワイズマン)』から頼まれごとをされるなんて……。
「あ、わたしも魔法力が回復したらすぐ助けに行くよ。だからそれまで頑張っててね、マルツ」
「え? 師匠も来るんですか?」
「そうだよ。なにか問題ある?」
「えっと……」
僕はファルカスさんとニーネさんを交互に見やる。
口を開いたのはニーネさんだった。
「大丈夫。『悪魔殺し(デモンズ・キラー)』のファルカスくんもいるし、このボク、『黒の天使』ニーネ・ナイトメアもいるんだから。そうそうモンスター如きには負けないよ」
「そ、そうですよね。……って、え……? 『黒の天使』?」
――『黒の天使』。
それは七人いる『聖戦士』たちのひとりが持つ二つ名だ。『黒の天使』だけは本名が明らかにされていないんだけど……。
「ほ、本当に……?」
「もちろん。さあ、行った行った」
僕の背中をグイグイと押してくるニーネさん。そんなに押さなくてもすぐ行くって……。
気を取り直し、三人に告げる。
「――それじゃあ、行ってきます」
そして僕は再び地球へと向かった。事故によって、ではなく、自らの意志で。
○神無鈴音サイド
ニーナさんが憑依を解いてユウさんの中から出てきた。その顔には焦りの表情が色濃く貼りついている。
私にだって分かった。状況は最悪だって。この事態をどうにかすることは――少なくとも私には出来ないって。
それなのに、ニーナさんは私に目を向けてきた。
「鈴音さん。ダークマターの『力』は取り込んだ悪霊の力がほとんどなんだ。だから、ダークマターの取り込んだ悪霊をどうにかして引き剥がせないかな? それが出来ればどうにかなりそうなんだけど」
私は一瞬、返事をするのを戸惑った。出来ない、なんて残酷な現実をニーナさんに突きつけたくなかった。そう思わせるほどにニーナさんは私の霊力(ちから)をアテにしているようだったから。
でも、やはり出来ないものは出来ない。そう言うしかなかった。
「ごめん、私には……。感づかれずに少しずつ干渉できればあるいは可能かもしれないけれど、一気に引き剥がすとなると……」
「要するにダークマターが自分に干渉されてることに気づかなければなんとかなるんだね?」
「理屈の上ではそうだけど……。私の除霊法は相手に不快感を感じさせるものだから、どうやっても気づかれると思う……」
自分の力のなさを口にするのは正直、辛い。蛍たちも隣で聞いているし。でも、出来ない以上はそう言うしかなかった。
ニーナさんは私が不可能だと言っているのに、なおも言い募ってくる。
「じゃあ、気づかれても鈴音さんが集中を切らさずに干渉し続けられれば――ダークマターの邪魔が入らなければ悪霊を引き剥がすことは出来るんだね?」
「それは――確かに時間をかけて徐々に干渉できれば可能だろうけど、でも、そんな状況でダークマターが私を無視してくれるわけが――」
と、そこで蛍が口を挟んできた。
「鈴音の与える以上の不快感を同時に与え続ければいいんじゃないか? ほら、痛みはより強い痛みでごまかせるっていうし」
「でも蛍、どうやってそれをやるの?」
「う……、それを言われると……」
「ボクもあんまり残ってないしねぇ、魔法力」
「もう一度ユウに憑依してみるとかは?」
「やめてよ、ケイ!」
「ケイくん、ユウさんの魔法力はもう、まったくといっていいほど残ってないんだよ」
「う〜ん、そうか……」
「ちょっと! 無視!? 私の発言無視!?」
ちょっと会話が混乱してきた……。
そこに、ねちりっ、とした声が割り込んでくる。
「さて、ではもう終わりにしようか」
言うが早いか、ダークマターがこちらに――蛍に掌を向けて黒い波動を放ってきた。
やられる――!
思わず目を閉じかけたそのとき、ゆらりっ、と蛍の目の前の空間に揺らぎが生じた。
刹那の間をおいて現れた緑の髪のその人は、なんと腕の一振りでダークマターの黒い波動をはじき散らす!
「ずいぶんと強気じゃない、『ダークマターの欠片』さん。弱いものいじめがそんなに楽しい?」
「あ……」
その人が誰であるかをようやく脳が認識し、私は思わず声を洩らした。
『彼女』はそんな私を一瞥すると、すぐにニーナさんに視線を移す。
「思ったよりも手こずってるじゃない、貴女らしくもない」
長い緑の髪が風に揺れる。
年の頃は24〜25。
「なんだったら、手伝ってあげましょうか?」
そのありがたいとしか思えない申し出に、しかしニーナさんは固い口調で返す。
「へえ、どういう風の吹き回し? 高位魔族のひとり、『魔風神官(プリースト)』シルフィード」
その言葉を聞いて、私は絶句した。
『高位魔族のひとり、『魔風神官(プリースト)』シルフィード』。
ニーナさんにそう呼ばれた女性は今日、遊園地でたまたま出会った人だったから――。
○同時刻 アメリカ某所
フィッツマイヤー邸、と呼ばれる豪華な屋敷の一室で。
老人と少女がテーブルに向かい合わせに座って、しばしの平和な――祖父と孫娘という関係に戻れる時間を過ごしていた。
たゆたうように流れている時間は、なんとも穏やかで和やかなものである。
「なにやら、この世界にはあってはならぬ『歪み』を感じるな……」
老人がそうポツリとこぼした途端、穏やかさも和やかさもあっさりと霧散したが。
少女は全身を少し強張らせてうなずいた。
「『歪み』の源は――日本にあるようですわね」
老人の名はレグルス・フィッツマイヤー。
それに向かい合っている金髪碧眼(きんぱつへきがん)の少女の名はスピカ・フィッツマイヤー。
悪霊の退治を――より正確に言うのなら、世界の『歪み』を正すことを生業(なりわい)としている家系、フィッツマイヤー家の当主とその孫娘である。
テーブルに置いてあったカップを手に取ると、レグルスは中に入っていた紅茶を一口飲んだ。
「スピカ、シリウスに伝えてくれ。すぐに日本に飛ぶように、と」
「お兄様に? 必要ありませんわ。わたくしひとりで行ってまいります」
シリウスという名が出た途端、スピカの声に険が込もる。明らかに不機嫌になっていた。彼女はそれを隠そうともせずに手にしていたカップの中身を一気に飲み干した。ちなみに入っていたのはミルクティーである。
「明日、一番の飛行機で向かうとしますわ」
カップを少々乱暴に置いてスピカは席を立った。かるくウェーブのかかった肩くらいまである金髪がふわりと揺れる。
レグルスはそれに心配げな表情を浮かべた。
「お前がひとりで、か? しかし日本では神無か九樹宮(くきみや)の家がことにあたるのが慣例となっている。正直、あまり余計ないざこざは起こしたくないのだが……」
「お爺様はわたくしが神無家や九樹宮家といざこざを起こすと、そうおっしゃりたいのですか?」
レグルスとて、そんなことは言いたくなかった。しかし孫娘の性格からして、神無や九樹宮と接触があった際、問題を一切起こさずにことを収めるのは無理があると思われた。なので老人はその辺りを正直に口にする。九樹宮のほうはまだしも、神無家といざこざを起こすことはしたくなかった。
「そう思っているからこそシリウスを向かわせたいのだ。あいつなら上手く立ち回りそうだからな」
スピカの沸点はかなり低い。普段ならそろそろ怒鳴りだしている頃だ。しかし、そうはならなかった。おそらく、神無家には自分と同年齢の少女がいるという事実が彼女の負けん気を刺激しているのだろう。
「っ……! とにかく、お兄様に向かっていただく必要はございません。わたくしだけで充分ことは収められます」
「……だと、いいのだがな」
思った以上にねばるスピカにレグルスは嘆息した。
スピカは苛立ちまぎれに、日本にいる同業者に文句を言いだす。
「まったく……神無や九樹宮はこのような大きな『歪み』が生じているというのに、なにをやっているのか……」
「なにもやっておらん、ということはないだろう。だが、法律に縛られ、動きが遅くなっている可能性はあるな」
「ともあれこの件、わたくしがなんとかしてみせますわ。もし『歪み』を起こしているのが人間だった場合でもきちんと処理してまいりますから、ご心配なく」
そこまで言われて、レグルスはとうとう折れた。もちろんこの場合の『処理してくる』というのは『殺してくる』という意味である。スピカは状況をそこまで想定していて、なお自分が行くと主張しているのだ。折れるしかない。
「うむ……。神無や九樹宮とのことで不安要素は尽きぬが、お前がそこまで言うのなら仕方がない。だがシリウスにも一応伝えていくのだぞ」
「承知していますわよ」
憤然として言い、スピカはシリウスの部屋へと向かうのだった。
「まったく、なにかある度にシリウス、シリウスと……。わたくしだってもう充分に一人前だといいますのに……」
そんなことを不機嫌そうな表情のまま呟きながら――。
――――作者のコメント(みんなで座談会)
作「どうも、ルーラーです。マテリアルゴースト二次創作小説『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』の第六話(本当なら第五話でやるはずだった内容なのですが)をここにお届けします」
ユ「なに!? その『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』ってサブタイトル!?」
作「いや、もう第六話まできたことだし、『短編連作(その2)』も『起こった』シリーズにタイトルが変わってるし(元永さん、感謝)、このシリーズも『短編連作』だけじゃあ味気ないかな、と思って。ほら、長くもなりそうだしね。あ、ちなみに出典はなし。オリジナルのタイトルです」
ユ「それが普通なんだよ!」
蛍「おいユウ、お前のっけから怒鳴ってばかりだぞ。……というか、なんで僕までここに来なきゃいけないのか……。はぁ、死にてぇ」
作「おお! なんと脱力感に溢れた『死にてぇ』だ! 真似しようとしても真似できないんだよな、これが」
蛍「いいよ! 真似するなよ!」
作「ほら蛍くん、クールダウン、クールダウン。キミは本来クールなキャラなんじゃなかったっけ?」
蛍「ああもう、なんかグダグダとした空気が辺りに……。じゃあ本題に戻して。――で、そのサブタイトルの意味は?」
作「よくぞ訊いてくれました! それも心底面倒くさそうに!」
蛍「うん。面倒くさいよ。でも訊かなきゃ始まらないし、終わらないだろう? で?」
作「まあ、いまは敢えて『完結が近づけば分かるよ』とだけ」
蛍「そりゃ完結が近づけば分かるって! というか、分からなきゃ詐欺だよ!」
ユ「じゃあここは私が勝手に解釈しちゃおうっと! ん〜……、まあ、要するにあれだよね。私、ユウはいつまでもケイのそばにいるよって意味だよね」
蛍「だよねって……」
作「同意を求められても……。意味をバラすのは現段階ではなんとなくイヤだし、なにより僕は鈴音のファンであることを忘れないでほしいなぁ……。あ、ちなみに第二位は綾。三位が蛍」
蛍「主人公が三位っ!?」
ユ「私、ベスト3に入ってないの!?」
作「男主人公で三位っていうのはかなり上位だと思うよ、いまの時代。それにほら、これはあくまで僕のベスト3だから、ユウが一番って人も世の中多いと思うよ。きっと」
ユ「なんで『きっと』がつくかなぁ!?」
作「だって、僕は僕でしかないから。他の人の気持ちまでは分からない。分かったつもりにはなれるけどね」
ユ「なにその妙に哲学的なセリフ! しかもエセ風味!」
鈴「えっと……、三人に任せてるといつまでも終わりそうにないので乱入します」
作「おお、助かった。さっきからどうも話が脱線気味で。こうならないようにプロット練って座談会に臨んでいるっていうのに……」
鈴「あとがきのためにプロットまで用意……? しかも作者自身が脱線させている気がひしひしとしますけど、それはともかく。――ユウさん、今回ちょっとテンション高すぎるんじゃないの?」
ユ「だって鈴音さん! 今回私、憑依されてるんだよ! してる側じゃなくてされてる側なんだよ! 死んでまでとり憑かれることになるなんて、まったく思いもしなかったよぉ!」
鈴「ああ、うん。それは確かにね。ちょっと予想できないわよね」
作「そこは確かに今回の反省点なんだ……」
ユ「あ、ようやく私に対する罪悪感を持ち始めた? 作者?」
作「作者って、僕にはちゃんと『ルーラー』ってHNが……。まあ、それはそれとして。別にユウに対して悪いとは思ってなくて」
ユ「思ってないの!?」
作「うん。ただ、憑依するって展開は唐突過ぎたかなって。もっとそれを予想できるように伏線張るべきだったかなって思って」
蛍「反省点はそこなのか……」
作「そう。まあ、いずれやるであろうエピソードの伏線になってるんだけどね、今回の『憑依ネタ』は。でもやっぱり今後、大抵の人が予想できる倒し方・解決の仕方を書いていきたいなぁ。もちろん僕の能力で出来る限り、の話だけれど。あ、それにほら、フィーアを倒す方法はけっこう多くの人が予想できたんじゃないかな」
鈴「まあ、確かに。第五話のラストでそれなりに伏線は張られてた気がするし。もちろん読んでくれる方がどう判断するかが一番重要だけど」
作「うっ、それはそうなんだけど……」
鈴「あと他に話すことは――(作者の手からプロットを書いた紙を取る)、あ、これだね。下級魔族フィーアの名前の由来」
ユ「鈴音さんがいるとなんかサクサク進むねぇ」
鈴「フィーアというのはドイツ語で『4』のことです」
作「つまり『4』と『死』をかけたわけですね。分かりにくいかもしれませんが」
鈴「分かりにくすぎると思います。ほとんど小ネタの域だし。それで、ドイツ語で数字を表す言葉は私の知っている限りでは『1』がアインス、『2』がツヴァイ、とんで『7』がズィーベン――」
作「それはそれとしてっ! このシリーズのラストを一言で言うとっ!」
鈴「え?」
作「(よかった、止まった。放っておいたら鈴音の説明で本編よりも長いあとがきになるところだった……)」
ユ「そんなことバラしていいの?」
作「問題ないと思う。変わるかもしれないし、鈴音にしか言わないし」
ユ「あー! えこひいきだー!」
作「(鈴音にボソリと)蛍×鈴音のラブラブEND。もちろんキャラを壊さないように(ああ、『×』とか使うと同人っぽくてなんだかなぁ……)」
鈴「はぅっ!?」
蛍「な、なんだ? 顔、真っ赤だぞ、鈴音」
鈴「わ、私と蛍の……」
蛍「うわ。なんかうわ言っぽく呟き始めたし……」
作「それにしても、今回は第五話以上に長くなったなぁ……」
沙「本当は第五話とこの話を合わせて『生垣を隔てて』にするつもりだったのだろう?」
作「うん。でも改めて読み直してみると、この話も第五話もかなり長い話に……って、真儀瑠紗鳥先輩いつの間に!?」
蛍「さっきからいたって。驚きすぎだぞ、作者」
作「蛍、なんて落ち着きっぷり……。さすがは帰宅部副部長、先輩と付き合い長いだけのことはあるなぁ……」
沙「さて、あとやることは――と(まだうわ言を言っている鈴音から紙を取り上げて)。ふむ。フィーアの名の由来のついでに作者のHNの名の由来も、か」
作「あ、それ僕がやります(なんで敬語……?)。僕の名前は某有名RPGの呪文『○ーラ』からです。いや、ネットの『お気に入り』から登録してあるサイトに飛べるシステムを『なんだかドラ○エのルー○みたいだなぁ』と思ったもので。でもそのまま『ルーラ』って名前はどうだろうと思い、結果『ルーラー』にしたという――」
沙「しかし後輩、あと一話でこの『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』のプロローグ部分にあたる『マルツ・デラード編』は終了する予定らしいが、本当にあと一話で終わるんだろうか」
蛍「さあ〜、どうでしょうね〜。多分終わるんじゃないんですか?(適当)」
作「ああっ! 真儀瑠先輩から『あんたまったく眼中にないですよ』な空気がひしひしとっ! まあ、でもここはビシッと言わせて頂きましょう。(声を大にして)予定は未定!」
ユ「いや、それはどうかと……」
作「でも世の中なんてそんなものだし。――って、蛍っ! 真儀瑠先輩っ! なんで『まったくコイツは……』とでも言いたげに首を左右に振って嘆息しているんだよっ!」
沙「なんでもない。なんでもないからとっとと話を進めろ。そろそろ時間が推してるんじゃないのか?」
作「(普段はつけもしない腕時計を見て)あっ、ホントだ。じゃあ、ええと。まあ、あと一話で終わるよう頑張ります、『マルツ・デラード編』。――で、前々から思ってたんだけど、この『マルツ・デラード編』とか『神無鈴音編』というのもなんか硬いなーと思ってるんですよね。僕個人が使う呼称としてそれぞれサブタイトルをつけてみました。ああ、こんなことにばかりこだわる僕って……」
蛍「いいからさっさと発表しろって。時間無いんだろ」
作「ああ、そうだった。それで、『マルツ・デラード編』は『プロローグ 風のはじまる場所』にしようかと。出典はZONEの同名ポップス曲から」
鈴「『神無鈴音編』のほうは?」
作「おお、鈴音が復活した。――そっちのほうも一応決めてはあるんだけれど、まあ、まだプロローグも終わってないし、発表はまた今度ということで」
鈴「本当は決めてないんじゃ……」
作「いや、決めてありますって。『第一章 なんとかかんとか』という感じになると思います」
ユ「さて、じゃあそろそろ今回のサブタイトルの出典を!」
作「今回は『ドラマCD スパイラル〜推理の絆〜 もうパズルなんて解かない』(エニックス時代のものですね)のトラック4からです。トラックタイトルがあるんですよね、このドラマCD。で、意味は『ファルカスの<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>でなにもないところに剣を生み出すという勝利方法は、蛍のやっている武器を創造するというのとほとんど変わらないよなぁ。かなりありふれたものだよなぁ』といったものです」
ユ「ちなみにこの『手法』っていう単語の意味、作者はすっかり取り違えているんだよね〜」
作「え?」
ユ「なんでも『手法』っていうのは『その人が芸術作品などを作るときの独特のやり方』のことなんだって」
作「え、そうなんだ……。僕は『方法』って意味で使ってた……」
ユ「ちゃんと調べてから使わないとこういうことになるんだねぇ」
作「ええと――、それじゃあ次のマテリアルゴーストの二次創作小説で会えることを祈りつつっ! それではっ!」
ユ「あっ、逃げ出したっ!」
蛍「それにしても、このあとがきの量はどんなもんなんだ……。しかも終わり方グダグダだし。まあ、僕が気にすることじゃないけどさ……。さ、帰ろ」
――――作者のコメント(転載するにあたって)
初掲載は2006年8月12日。
ただひたすらにバトルの回です。
そして、スピカ・フィッツマイヤー初登場の回でもあり、九樹宮家の存在を明らかにした回でもあります。
でも、第十二話現在では、スピカはたいして活躍しておらず、むしろ九樹宮家の長女、九樹宮九恵(ここのえ)のほうが出張っているんですよね(苦笑)。
まあ、もうそろそろスピカのほうも活躍するとは思いますが。
そうそう、この回で初めて出したんですよね。『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』というタイトル。いまでは『マテそば』という略称まで出来ているわけですが、『短編連作』としか表記されていなかった期間、けっこうあったんですね。
人に歴史あり、とはよく言いますが、小説にも歴史あり、ですね。
あと、ラストを早々にバラしていますが、現在もラストの構想自体は変わっていなかったり。
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