ただひとつ確かなもの



 ――激しい痛みで目が覚めた。

 なにがなんだかわからなかった。だから、まず最初に働いたのは防衛本能。
 それによって『それ』の希望の光はいなくなってしまった。
 唯一の、とさえ呼べる希望の光。

 『それ』は光のあるほうへと向かいながら、自分の記憶を掘り起こしにかかる。
 まず思い出したのは、『混じる』感覚。そう、本来なら絶対に混じってはならないものが混じってしまった。
 それはまるで、水と油が混じってしまったかのよう。不快だと感じた瞬間そのものを認識できないほどの不快感。そして訪れる、侵食の瞬間(とき)。

 ――――。

 次に思い出したのは、屋上から見た風景だった。付随して脳裏に浮かぶ金髪の少女の凛々しい立ち姿。
 そう、人間には両の腕があるものなのだと、あのとき、ようやく思い出せた。
 そこですぐ、記憶は途切れ――。

 最後に思い出したのは、自分は死んでいないという事実(こと)だった。
 そう、死んでいない。そして『死んでいない』ということは『生きている』ということ。

 死んでいない。

 だって、足があるのだから。

 死んでいない。

 だって、両の腕の再生を果たせたのだから。

 死んでいないのだから、自分は生きなければならない。

 ああ。だというのに、どうして。

 どうして再び両の腕を失った『それ』は、見つけだすことのできた『希望の光』に死神のイメージを重ねてしまったのだろうか――。


○式見蛍サイド

 唐突とすら呼べるほどの短時間で雨の上がった午後五時頃。
 今度はこちらから仕掛ける気満々で新築建築物から出た僕たちを出迎えたのは、さっきよりも少しだけ綺麗になった空気と、これからフィッツマイヤーさんの能力で捜し出すつもりでいた《見えざる手》という名の悪霊だった。

 …………。

 ――この悪霊、もしかしたら『霊体物質化能力』を持つ僕という存在を避けているんじゃ。
 少しだけそんな風にも考えていたためか、《見えざる手》の突然の出現に僕は驚く。しまった! 建物を出る前にフィッツマイヤーさんか九恵に居場所を再特定してもらっておけばよかった!

 《見えざる手》には現在、やっぱり両腕が存在しない。そのことにホッとするも、こちらの油断を誘うためにわざと『消している』という可能性もあるのだと思い出し、気を引き締める。

「――見つけた……」

 しゃべった!?
 いや、よくよく考えてみれば、驚くほどのことではないのかもしれない。過去、僕が戦ってきた悪霊は、そのどれもが会話という手段で意思疎通を図ってきたし、この《見えざる手》だって、さっきの戦いのさなか、苦鳴や気合の声らしきものを漏らしてはいた。
 けれど、ちゃんと意味のある言葉をこの悪霊が発したのは、初めてだったものだから……。

 《見えざる手》が動く。驚きを露(あらわ)にした僕に向かって。それは、まるで抱擁を求めるかのような、ゆっくりとした足取り。そして僕の能力効果範囲に脚を踏み入れようと――

「――ハッ!」

 その声が《見えざる手》の歩みを止めた。不快そうに表情を歪め、慌てたように飛び退く。

「蛍! 大丈夫!?」

 緊張に身を強張らせながらも僕のところへ駆け寄ってくるひとりの少女。それは――

「鈴音!」

 そう、そこにあったのは、あのとき、フィッツマイヤーさんの言葉にショックを受けて屋上から走り去ってしまった彼女の姿だった。
 割と元気そうな表情を見て安堵する僕。しかし、それを手放しでは喜べない人がここにはいるわけで。

「――なぜ……」

 苛立つあまりに震えてしまう。そんな感じの声をフィッツマイヤーさんが漏らす。そして、怒りが容易く沸点に達したのか、彼女は鈴音へと厳しい言葉を放った。

「なぜ来ましたの!? わたくしは言ったはずです! 足手まといだと!」

 鈴音はその声の大きさに一瞬、びくりと身体を震わせる。そして、そのまま顔をうつむかせ……るとばかり思っていたのだけれど、驚いたことにそうはならなかった。

 雨に濡れた寒さからか、フィッツマイヤーさんに対する苦手意識からか、はたまた『足手まとい』と再度言われた怒りからか。それはわからない。けれど鈴音は震えこそしているものの、フィッツマイヤーさんの顔をまっすぐに見据えていた。

「私じゃ蛍の――いえ、フィッツマイヤーさんたちの足手まといになる。それはわかっているつもりです」

「でしたら――」

「けれど、それを理解してもなお、私はここに来たかった。蛍と一緒に……蛍の『仲間』でありたいと思った。それを私が――私の『心』が望んだ。だから私はここに来たんです」

「な、なにを勝手な……!」

「勝手でかまいません。だって、これは私の『わがまま』だから。無力な私に張れる、たったひとつの意地だから」

「…………」

「それを否定されることに文句はありません。でも、私が望む立ち位置をあなたに譲ろうとは思いません。譲ってしまったら、私が『私』でいる意味がなくなってしまうから」

 強い決意のこもった声で。

 鈴音は、フィッツマイヤーさんにそう告げた。

「…………。す、好きになさいませ!」

「はい、そうさせてもらいます。――ごめんなさい。これが私の中にある、たったひとつの確かな感情なんです。いまはまだ伝えられないけど、でも、いつかは伝えたいから、だからいま、私はこうして……」

 うん? なんだ? いきなり話の方向が見えなくなったような……?

 それにしても、鈴音がフィッツマイヤーさんを言い負かすなんて……。正直、すごく驚いた。だって、この二人の関係性を見た限り、鈴音がフィッツマイヤーさんに勝つなんて、逆立ちしたって無理っぽかったじゃないか。
 なんというか、鈴音、もしかして強くなった? 一体なにが彼女を強くしたのかはさっぱりだけれど。

『――精神裂槍(ホーリー・ランス)っ!』

 ほんのわずかに訪れた沈黙を切り裂くように、サーラさんとマルツの声があたりに響いた。二人の掌から放たれる、蒼白く光る魔法の槍。
 ――っと、そうだ! いまはまだ全然、戦闘中だったんだ! ついつい、鈴音とフィッツマイヤーさんの作り出していた、尋常じゃない雰囲気に呑み込まれてしまっていた!

 二人の放った<精神裂槍(ホーリー・ランス)>は牽制程度の役目しか果たさなかった。僕は自分の役目を思い出し、いつでも武器を作りだせるように精神を集中させながら、《見えざる手》が物質化範囲に入るよう、悪霊との距離を詰めにかかる。

 ――あと一メートル、三十センチ、十センチ……。

 …………。よし、これで入った、はず……。

 悪霊がこちらを振り向く。おそらくは物質化範囲に入った瞬間、何らかの変化を肌で感じとったのだろう。向けられた瞳に、わずかに腰が引けたものの、僕がやることに変更はない。《見えざる手》が常に物質化範囲に入ったままでいるよう、立ち位置を調節し続ける。

「――たぁっ!」

 静かに移動し、悪霊の背後に回り込んでいた九恵が仕掛けた! ここからだと少し見えにくいけど、おそらくは右手首のスナップを利かせた裏拳だろう。でもいきなり背後から殴りかかるって、やってることはまるっきり悪役だよ、九恵!

 九恵の裏拳がヒットする。しかし《見えざる手》は背後を振り向くことさえしなかった。苦痛に表情を歪めたまま、僕のほうへと歩みを進めてくる。
 なぜ応戦しようとしないのか、という疑問は残るものの、この状況、僕たちにとっては都合がいい。悪霊が一歩を踏み出すたびに、僕は一歩後退る。もちろん、いつでも武器創造ができるように精神を集中させながら。その光景は、傍からは情けなく映るかもしれないけど、これがいま、僕がこなすべき役割だ。

 訝しげな表情を浮かべながら、九恵が《見えざる手》の正面に出るようにサイドステップを踏む。その勢いを利用して、右脚で敵の足元へと蹴りを一閃。狙い通りバランスを崩せたのか、真横から黒いスーツの胸元部分を掴み、引き倒すように地面へと投げ転がす。

 ……おかしい。攻撃を受けている間、九恵に対するアクションは一切なかった。もしかして、あの悪霊にはもう戦う意思なんてないんじゃ……。

 そう思った、刹那のことだった。
 地面に転がされた悪霊が異常なほどの瞬発力で跳び起き、僕のほうへと突進を仕掛けてきた!
 僕は慌てて、けれど心を乱すことなく右手に武器を作り出す。武器は使い勝手のよさからドスを選択。以前、《顔剥ぎ》と戦ったときに作ったものだ。

 《見えざる手》が僕のところへ到達する瞬間、右の掌をこちらに向けたまま硬直しているサーラさんの姿が視界の端に見えた。正しい判断だと思う。僕と敵の距離がほぼゼロに近いのだから、あの槍なんかを放たれたら僕に当たる危険だって出てくる。マルツやニーナのほうを見ている余裕はなかったけれど、きっと同じように動きを止めていることだろう。

 《見えざる手》を挟んで、僕のちょうど正面にいる九恵が制服から札を取り出した。霊能力でこの悪霊の動きを止めてくれるつもりなのだろう。
 しかし、札を構えた九恵の口が『オン』を形作ろうとした瞬間。

「――竜王烈弾波(ドラグ・スラッシュ)!」

 いままでまったく動いていなかったニーナの声が横手から飛び込んできた!
 反射的に目をそちらにやれば、そこには両の掌を合わせ、こちらに向かって突き出しているニーナと、こちらに飛び来る緑色の帯の姿!
 九恵の攻撃には無反応だった《見えざる手》も、これには恐怖を感じたのか、例の異常な瞬発力を活かして数歩分、飛び退った。
 そして緑色の帯の軌道上には僕一人が残るのみ!

 ちょっ! ニーナ、どうしてこんな状況で<竜王烈弾波(ドラグ・スラッシュ)>なんて、いかにもとんでもない威力がありそうな魔法を撃ったんだ!
 思わず腕を顔の前で交差させ、目を固く閉じる僕。そうして一秒、二秒……。

 …………。あれ? なんにも起こらない……?

 恐る恐る両腕を下ろし、目を開けてみる。目の前ではニーナが「やっぱり……」なんて難しい表情で呟きながら、僕の頭上に視線をやっていた。それに倣って僕も空を振り仰いでみる。
 空へと吸い込まれるように消えていく緑色の帯が見て取れた。……つまり、あれの軌道は斜め上にずれたってことか? それも、僕に当たる前に。助かったのだからいいのだけれど、なんだか出来すぎてる気がしなくもない。
 ニーナが意図的に軌道をずらしたわけでもないようだし、一体どうなって……。

 そんなことを考え始めたときだった。タックルを食らい、硬い地面に押し倒される。のしかかってきたのは言うまでもなく《見えざる手》!
 ま、まずい! なんとかしないと……!

 もがいてはみるものの、逃れられない。腕に掴まれている箇所がないのに、だ。全体的に体重をかけられ、悪霊の両足に片足を絡めとられている。たったそれだけで、身体の自由は八割以上、奪われてしまった。

「腕……。両腕……」

 その呟きにゾッとした。この悪霊、まさか僕の両腕を口かなんかで引き千切って、自分の物にしようなんて考えてないだろうな……?
 そんな嫌な予感を覚えたときだった。

「――ハッ!」

「――alleluia!」

 鈴音とフィッツマイヤーさん、二人の霊力の行使に《見えざる手》がその身体をのけぞらせる。そして生まれた隙を見逃さず、

「――ふっ!」

 鋭い呼気と共に、九恵が《見えざる手》の脇腹を蹴り飛ばした!

「あ、ありがとう! 助かったよ!」

 悪霊が僕の上を離れ、地面をゴロゴロと転がると同時、立ち上がって三人に礼を言う。そして、もう絶対に油断はするまいと、地面にうずくまって咳き込んでいる《見えざる手》にドスを向けつつ、三歩ほど後退った。
 両の腕のない悪霊に視線を固定しつつ、九恵が僕に応じる。

「どういたしまして。それにしてもこの悪霊、あなた以外には基本、恐ろしいほどに無関心ね」

「うん。それは僕もさっき思った。なんか変だよね。まるで戦う意思がないみたいっていうか……」

「まあ、戦う意思がないってことはないようだけどね」

 そうなのだ。この悪霊、僕にだけはどういうわけか戦意を失っていない。さっきだって鈴音とフィッツマイヤーさん、九恵の助けがなかったらどうなっていたことか……。

「なんにせよ、あなた以外の人間に戦意を向けないというのは、こちらにとって好都合――」

「ちょっと待った! 戦意がないっていうのと関係があるかはわからないけどさ!」

 大声で割り込んできたのは、マルツだった。

「さっきからダークマターの力をまったく感じないぞ! そいつから!」

 ――それって、つまり……?

「さっきって、いつからかしら?」

「本当にさっき! いま、そいつと対峙したときから!」

 いま、そいつと対峙したときから……?

 この悪霊の戦い方だけれど、いまさら考えるまでもなく、さっきの戦いといまの戦いでは、明らかに異なる箇所がひとつある。さっきの戦いではフィッツマイヤーさんに攻撃を仕掛けたりもしていたのに、いまは僕以外に関心を示そうとしない、という異なるところが。
 もしかして、僕以外の人間に手を出したのは、ダークマターに操られていたから? そして、いまそれがないのは、単純に『霊体物質化能力』に救いを求めているから……?

「――オン!」

 札を構え、九恵が霊能力を発動させた。

「さっきといま。その間にこの悪霊にどんな変化があったとしても、この場で倒しておくべきという結論は変わらない。そうじゃないかしら?」

 誰に向けてのものなのかはわからない。けれど九恵は言外に『私が動きを止めているうちに止めを刺せ』と言っていた。けれど、もし《見えざる手》が、ただダークマターに操られていただけだったとしたら……?

「生きる……生きている……だから生きる……」

 風に乗って流れてくる、悪霊の小さな呟き。それを耳にして、九恵が焦りの表情を浮かべる。

「! 口だけとはいえ、動けている!? マズいわね、私の力、いよいよ底を尽きかけているみたい……!」

「生きる……。生きる、生キル、生キル、キル、キルキルキルキル……!」

「確か、『キル』って『殺す』って意味だったよね……?」

 ニーナが呆れ口調でそんなことを呟いたが、それに応じている心の余裕なんて、僕には存在しなかった。

 ――やっぱりそうだ。この悪霊はただ、『生きる』ことを望んでいるだけにすぎない。さっきまではともかく、いまはそのためだけに僕を狙ってやってきたんだ。僕には『霊体物質化能力』があるから……。

 この悪霊の願う『生きたい』という気持ちは、理解できないけれど。
 いまの僕は、もっと根本的なところで《見えざる手》に共感を覚えていた。
 それは、自分の望みを頭から否定されることに対する憤りと、絶望感。

 ――駄目だ。僕じゃこいつに止めを刺すなんて、できない……。

 そう、結論を出したときだった。

「――生きたいと願うのは悪いことじゃないけどな。死んでなお、それを思うのは、ただの『執着』になっちまうぜ?」

 悪霊へと向けられた、僕には聞き覚えのない声。そちらへ目をやると、二十歳を少し過ぎたくらいの青年の姿があった。金色をしている髪の長さは腰ほどまであり、かるくウェーブがかかっている。
 身につけているのは白いシャツと青いジーンズ。少し着崩しているところに彼の緩そうな性格がうかがえた。瞳の色は青。僕の考えを裏づけるように、そこには気楽そうな光が宿っている。

 顔だけはいい、ちゃらんぽらんなお気楽青年。

 失礼かもしれないけれど、それが彼に対する、僕の一番最初の印象だった。
 だって、そうだろう。こんな状況に乱入してくる人間にしては、あまりにも外見的に緩すぎる。要領はよさそうだから事件の犠牲者になることはなさそうだけど――

「後輩! 無事か!?」

 僕の思考を遮るように。今度は聞き慣れた女性の声が耳に飛び込んできた。それが誰かなんて、間違えるはずもない。だって、僕のことを『後輩』と呼ぶ人は、この世にたった一人、この人しかいないのだから。
 だから、僕も例の呼び方で返す。僕の知る呼称の中で、この人以外を差すことは絶対にないという呼び方で。

「先輩! そっちこそ大丈夫でしたか!? フィッツマイヤーさんのお兄さんと合流――」

 そこまで口にして、気づいた。先輩――真儀瑠紗鳥は僕たちとは別行動をとっていた。その理由は、フィッツマイヤーさんのお兄さんと合流するため。
 そしていま、先輩はここに来た。おそらくは、フィッツマイヤーさんのお兄さんと無事に合流できて、彼をここまで案内することになったから。
 じゃあ、フィッツマイヤーさんのお兄さんと思われる人物は誰だろうか。決まってる。たったいま先輩と一緒に現れた、この緩そうな青年だ。

 …………。

 正直、信じられない思いだった。フィッツマイヤーさんの性格が性格だから、『なんだかんだいっても真面目そうなお兄さん』を僕は想像していたのだ。兄妹仲は悪いようだけれど、なんらかの誤解で仲が悪くなっているだけなのだろう、と。
 なのに。なのに、まさか本当にこんな緩そうな人がフィッツマイヤーさんのお兄さんだなんて……。
 なんというか、似てないにも程があるだろう、この二人! いや、外見は兄妹以外の何者でもないってくらいに似ているんだけど……!

 フィッツマイヤーさんのお兄さんは、九恵によって動きを止められている《見えざる手》を一瞥すると、こちらへと足を踏み出しながら軽く手を掲げてみせる。フィッツマイヤーさんに対する挨拶なのだろう。仲が悪いとはいってもやっぱり兄妹は兄妹――

「よう、鈴音。久しぶりだな。最後に会ったのは、確か三年くらい前だったか。あのときは俺の膝くらいまでしかなかった身長がこんなに伸びて……。それに美人さんにもなったな。女の子は成長が早いというが、どうやら本当らしい」

「いえいえ! 初対面のときであってもそこまで身長は低くありませんでしたよ、いくらなんでも!」

「おや、それは失敬」

 いきなり鈴音と和やかな会話を始めるフィッツマイヤー(兄)。というか、鈴音もにこやかに応じるなよ……。
 これでもかというくらいに緩んだ表情で彼は続ける。

「しかし、可愛くなったのは本当だぞ? 男共が放っておかないだろうな、うちの妹とは違って」

「ちょっと! わたくしを引き合いに出すことはないでしょう!」

 神経を逆撫でされたフィッツマイヤーさんが怒鳴る。僕もまったくの同感だったので宥めるようなことはしないでおいた。それにしても彼、鈴音が赤面するようなことをずいぶんサラッと……。きっと、人を赤面させて喜ぶタイプなんだろうな。
 しかし、鈴音は赤面なんて微塵もせずに。

「そう言われても、あまり嬉しくはないんですけどね。好意を寄せている相手には放っておかれているので……」

「なんと! 放っている男がいるのか! なんと罰当たりな!」

 ため息をつきながら返した鈴音に、両手を広げ、大げさに肩を竦めてみせるフィッツマイヤー(兄)。でもフィッツマイヤー(兄)の言うことにも同感だった。まったく、誰だ? 鈴音に想われていながら放っておいてるなんていう罰当たりな人間は。もしそれが原因で鈴音が泣くことにでもなったら、僕はそいつを絶対に許さないぞ。……あー、なんでだろう。なんかすごくムカムカしてきた……!

 わずかにその青い瞳を細め、フィッツマイヤー(兄)が「ところで」と口調を改める。

「それはそれとして、鈴音。なんでお前がここにいるんだ? そこにいる『歪み』――悪霊が元々持っていた霊力総量のことを考えると、お前がここにいるのは決して褒められた行為じゃないと思うんだが?」

 …………! 前言撤回。この兄妹、やっぱり性格的にも似ている。
 今回こそは鈴音のフォローに回ろうと、僕は一歩フィッツマイヤー(兄)のほうへと踏み出し――

「スピカさんには、もう言いましたけど。――理由は、私がそう望んだからです。足手まといとか、褒められたことではないとか、そういったことは二の次。もちろん、こんなこと言ったらまた怒られてしまうでしょうけどね」

 自分という存在の小ささをちゃんと認識した上で発せられる鈴音の毅然としたセリフに、フィッツマイヤー(兄)は「やれやれ」と頭を掻いた。

「昔、ここまで姉に似ていない妹も珍しい、と思ったもんだが……。やっぱり、姉妹は姉妹なんだな」

「? そうですか?」

「ああ。こうと決めたら覆さない強さとか、あとは……そう、ため息のつき方とかが、な」

「それを言ったら、スピカさんもシリウスさんとよく似てますよね」

「ええっ!?」

「わたくしのどこを見てそう言いますの!」

 驚く僕。心外そうに叫ぶフィッツマイヤーさん。鈴音は『なんでそんな反応を?』とでも言いたげに首を傾げてみせる。

「えっと、それは……。責任感がありすぎるくらいにあるところとか、正義感が強いところとか……」

 確かにフィッツマイヤーさんは責任感がありすぎるし、正義感も強いけど、兄のほうはどうだろう……。
 僕がそんなことを考えていると、当のフィッツマイヤー(兄)のほうが否定の言葉を口にした。

「いやいや、俺には責任感も正義感も大してないさ。まあ、そう評価してもらえることは単純に嬉しいけどな。――ああ、我が妹にも鈴音の十分の一くらい可愛げがあったら……」

「そういうこと、聞こえよがしに呟かないでくださる? 不愉快ですわ」

 怒りを直接向けられていない僕ですら身震いしてしまう声で兄に迫るフィッツマイヤーさん。フィッツマイヤー(兄)は意に介した風もなく、

「まあ、そんなことはどうでもいい。ともあれ、鈴音がそうと決めたのなら、それにどうこう言う権利は俺にはないさ。――いや、その決定を覆す権利なんて、鈴音以外の誰も持ってはいないんだ」

 正直、男らしくないかな、とは思うのだけれど。
 フィッツマイヤー(兄)の言葉に、僕は再度、前言を撤回させてもらうことにした。

 この兄妹、似ていないわけじゃない。でも兄のほうが妹よりも遥かに柔軟な思考を持っているんだ。強風を受け流す柳のようとでもいうか、とにかく考え方が柔らかい。包容力があるともいえるだろうか。

「さて、楽しい楽しい雑談はここまでだ。そこのキミだって『動こうという意志をなくさせる力』を行使し続けようにも、そろそろ限界って感じだろう?」

 ザッと鳴らし、《見えざる手》のほうを向くフィッツマイヤー(兄)。九恵は彼の方をちらりと見て、特に悔しそうな素振りもみせずにうなずいてみせた。

「じゃあ、そろそろ幕にしよう。そこのキミが式見くんだな? 『霊体物質化能力』を持つという」

「え? ええ。そうですけど。でも、どうして僕のことを?」

「真儀瑠ちゃんに聞いた。――ああ、もちろん『霊体物質化能力』の詳細に関しては教えてもらえなかったよ? そっちは俺の『力』を使って知ったことだ」

「『力』、ですか?」

「そのことは、いまは知らなくても問題ないだろう。とりあえず、この『歪み』の物質化を解いてくれ」

 その申し出に僕は驚く。

「で、でも、物質化を解いたら怪我とかが治――」

「別にかまわない。それに過去の事例からして、物質化させた状態では成仏させることができないからな」

「過去の事例って、もしかして……」

 僕以外にも、『霊体物質化能力』を持っていた人がいた……?

「言っておくが、式身くんの『霊体物質化能力』は他に類を見ない『力』だぞ? 過去の事例というのは、ただ単純に俺がキミの周囲で起こった出来事を『記録』として知ってるからだ。それが俺の使う『力』だからな」

「その『力』っていうのは、一体……?」

「この事件が無事に終わったら教えてやるさ。もちろん、教えてやれない箇所もあるけどな」

「…………。わかりました」

 僕の過去を『記録』として知っているというフィッツマイヤー(兄)は正直、不気味な存在だった。けれど疑ってばかりじゃ状況は進展しない。そして九恵がそろそろ限界であるという事実がある以上、進展しないということは状況の悪化に繋がる。
 そう判断し、僕は数歩、後退った。

 《見えざる手》を、物質化範囲から、外す。

 悪霊の物質化が解けると同時、フィッツマイヤー(兄)が慣れた調子で言葉を紡ぎ始めた。

「さて、世界の正常な流れから外れ始めている『歪み』さん。お前の望みは一体なんだ?」

「望、み……。生き、たい……。生きたい……」

「生きたい、か。できることなら叶えてやりたいところだが、お前はもう、どうしようもなく死んでいる。厳然たる事実として、な」

「死んで……? 死んでない……。生きている……。意思がある……。『思う』ことができる……。だから、生きている……。生きているのだから、生きなければならない……」

「……やれやれ、『我思う、ゆえに我あり』のデカルト流にかぶれてやがるか……。なあ、『歪み』よ。それは確かに間違ってねぇよ。人間は『思い』によって在り続けるんだ。
 ただな、一番重要な前提。それを間違えてる。いいか? 人間の魂は基本、消滅しない。自我が消えるなんてこともそうはなく、意識が消滅する瞬間というものもない。
 存在している限りは『思う』ことができ、『器』にして『縛り』である肉体を持たないのなら、『思う』ことができないなんて事態には絶対にならないんだ。
 つまり、だ。『思えること』は『死んでいないこと』ではないし、『死んでいないこと』は『生きていること』とイコールでもないんだよ」

「…………」

 フィッツマイヤー(兄)の言葉からなにを感じ取ったのだろう。《見えざる手》は両の瞳を見開き、ただただ絶句している。

「わかったか? わかったのなら、大人しく『あの世』に還れ。その姿でいるのは不便で不自由で……なにより、不快だろう? 『あの世』に還ればそういった不自由さからは間違いなく開放されるぞ? なぜなら、そういった姿になる理由は、『なぜこんな姿でいなければならないのだろう。元いる世界に還って本来の姿に戻りたい』と思わせるがためにあるんだからな。
 それとも、地獄に落ちることを恐れているのか? 自殺した者は地獄に落ちるから、と? まあ、あながち間違っちゃいないが、今回の一件は一種の事故さ。どの『階層』に還るかの判断基準には含まれない。もっとも、生前にかなりの悪事を働いていたのなら、その限りではないがな。
 けれど、そうでないのなら、そう低階層には堕ちずに済むさ」

 彼がそこまで語ったところで、《見えざる手》に変化が起こった。キラキラと、その身体が光に変換され始める。――まさか、いまの『説得』で成仏を……?

 悪霊の姿が、薄くなっていく。そんな彼に「あ、そうだ」と軽い調子で声をかけるフィッツマイヤー(兄)。

「今回の一件は事故だったんだろうが、俺にはどうしても自然に起こったものだとは思えない。なあ、『歪み』よ。お前が道を踏み外した理由になにか心当たりはないか?」

「心、当たり……。風……。シル――」

 《見えざる手》がそこまで言葉を発した瞬間のことだった。見えない『なにか』が三つ飛び来て、悪霊の身体を輪切りにする!

 彼はそのまま光に変換され、上空へと昇っていった。おかげでスプラッタな光景が広がることはなかったが、だからといって心が穏やかになるはずもない。
 フィッツマイヤー(兄)を含む全員が呆然としていると、空から誰かが勢いよく飛び降りてきた。そして、一言。

「――危なかったわね、ケイ」

 声をかけてきたのは、ダークマターを倒すために共闘したあの日を最後に姿をくらませていたシルフィードさんだった。でも、危なかったって、なにが? もう事件は解決したも同然の状況だったじゃないか。なのに、どうしていま、このタイミングで……。

 シルフィードさんの姿を認めて、フィッツマイヤー(兄)が「ちっ」と舌打ちした。

「強制成仏かよ。後味悪ぃな……」

「強制成仏?」

 オウム返しに訊いたのはサーラさん。

「本人の意に沿わない形で無理矢理に成仏させることだ。力ずくっていえばわかりやすいか。キミたちの使う『魔術』とやらも霊を強制成仏させる手段のひとつだよ。さっき、あの『歪み』にも言ったが、魂は基本、消滅しないんだ。もちろん例外はあるがな」

「例外って?」

 ユウが尋ねた。自分が幽霊だから、やっぱりそういうことは気になるのだろうか。

「例外というのは、そうだな……。まず、核兵器。知らない霊能力者が大半だが、あれは魂を破壊する。爆発は物理的なものであるにも拘わらず、な。メカニズムは判明していないが、そういう事例が『記録』されているんだ」

「『記録されている』って、どこに?」

「『アーカーシャー』という『世界のすべてを記録しているもの』に。俺の『力』は端的に言えば、この『アーカーシャー』に『アクセス』できる、というものだ。まあ、俺が深く関わっている記録に限り、という制限はあるんだけどな」

 なるほど。だからフィッツマイヤー(兄)は僕の『霊体物質化能力』のことも知っていたのか。彼のことを捜していた先輩の思考は、常に彼に深く関わっていただろうから。そして、そこから芋づる式に僕の存在と『物質化能力』のことを知った、と。

「もうひとつの例外は、式見くんの持つ『霊体物質化能力』だ。あれは霊を『成仏』させるのではなく『消滅』させるのだから。そういった意味で、キミはこの世界にとって、とても危険な存在といえる、のかもしれないな」

 いきなり話の矛先が僕のほうへと向けられ、絶句した。いままでもフィッツマイヤーさんから『歪み』だの『危険』だのと聞かされてはきたけど、ここまで『世界にとって危険な存在』である理由を理路整然と語られたことはなかったから。

 ……そうなんだ。僕の持つ『霊体物質化能力』は、きっと、世界の『法則』とでも呼ぶべきものに反しているものなんだ。起こしてはいけないことを起こしてしまう力。消滅させてはいけないものを消滅させてしまう力。それくらいのこと、本当はわかってた。ただ、ずっと目を逸らしていただけで……。

「まあ、しょせんは『かもしれない』だ。そこまで深刻になることもないだろう」

 気楽げに笑って、僕の肩にポンと手を置くフィッツマイヤー(兄)。しかし、その瞳はまったく笑ってなんかいなかった。彼は瞳にある深刻さの色をそのままに、シルフィードさんへと問いかける。

「ところで、今回の事件において、キミの出番はもう終わりだと思うんだが?」

「……そうね。取り返しのつかないことにならなくてよかったわ」

 それだけを残し、宙に溶け消えるシルフィードさん。フィッツマイヤー(兄)は厳しい表情でそんな彼女を見送った。

 そして、僕は。

 シルフィードさんは一体、なにを目的としてここに現れたのだろうなんてことを、どこかボンヤリと考えていた。
 どうして、あのタイミングで《見えざる手》を『強制成仏』させたのだろう、と――。


○蒼き惑星

 魔道学会フロート・シティ本部の地下に存在する特別資料閲覧室には現在、四人の人物の姿があった。
 しかし誰も言葉を発することはなく、あるのはただただ沈黙のみ。
 その原因を作った魔道学会の会長――ルイ・レスタンスは裏世界の人間である老人、クラフェルを隣のイスに座らせたままで、シルフィリアの返答を待っている。

 ――私たちと共に、きみの祖国であるエーフェ皇国を再建しないか。

 彼はそう交渉を持ちかけてきた。
 そして、彼女はそれに答えるべく顔を上げた。

「申し訳ありませんが、あなたがたに手を貸すのはご遠慮させていただきます」

 こうなると思った、という感じの表情を浮かべるのは、シルフィリアの隣に座っているアリエス。一方、ルイは少し沈黙したのちに問いかけてくる。

「……なぜかね? 悪い話ではないと思うが」

「理由は、まあ、いくつかありますが……。
 まず、私がエーフェ皇国の再興にそれほどこだわっていない、というのがひとつ」

「再興を望んだことがない、というのかね?」

「いえ、もちろんエーフェ皇国がないよりはあったほうがいいですよ。でも、そのときに死んでしまった人たちなどが生き返るわけではありませんから」

「…………」

 険しい表情をして黙り込むルイにシルフィリアはイスから立ち上がりながら被せる。

「しかし、一番の理由はやはり、あなたがエーフェの『王』を望まなかったことです。あなたは仰いましたね? 宮廷魔道士として召し抱えられたいくらいは思うけれども、王になりたいなどとは思わない、と」

「……あまり大それたことを言うのは、やはり気が引けてね」

「そこですよ。そこで気が引けてしまうようでは駄目なのです。いいですか? 私が求めているのはエーフェ皇国の『王』なのです。宮廷魔道士なら私でこと足りますし、将軍ならアリエス様が務めてくださればいい。エーフェ皇国を再建するために足りないのは『王』となる人物、ただそれだけなのです」

「つまり、なにかね? エーフェの王になりたいから力を貸してくれ、と言えばよかったのかね?」

「ええ、とりあえず第一段階はクリア、と判断したでしょうね。もっとも――」

「仮にそう言っていたとしても、やっぱりシルフィーは首を縦には振らなかったと思いますよ。シルフィーは先ほど話に出てきたスペリオル共和国の第二王女――ミーティアに少なからず思い入れていますから」

 これで話は終わりだな、と軽く伸びをしながら、立ち上がったアリエスがそう言葉を継いだ。

「――じゃあ、帰ろうかシルフィー」

「ええ。――では紅蓮の大賢者様、ごきげんよう」

 どこまでも優雅に腰を折り、シルフィリアはアリエスと共に扉へと向かう。顔に泥を塗られたとでも思ったのか、ルイはまるで悪役のようなセリフを吐いた。

「ああ、ごきげんよう。この私の話を蹴ったこと、のちのち後悔することにならなければいいがね」

 しかし、それで二人の歩みをやめさせることなどできはしない。扉に手をかけながら、シルフィリアは静かに返した。

「ご心配なく。いまのあなたでは私になにかを後悔させることなど、できはしませんよ。それに、仮に私が後悔するような『なにか』をあなたが起こせるというのなら、それはそれで喜ばしいことでもあります。それだけあなたの器が大きかったと――あるいは、私が求める『王』にふさわしい器であるかもしれないということですから。
 ああ、もしそれが証明できた暁には、またお声をおかけください。そのときには喜んであなたにお仕えするといたしましょう」

「……っ!」

 拳を堅く握り込むルイ・レスタンス。代わりに口を開いたのはクラフェルだった。

「大した自信じゃな、シルフィリア・アーティカルタ・フェルトマリア。じゃが忘れぬことじゃ、お主は全知でも全能でもない。いやむしろ、ひとつの裏組織を壊滅させる際、数人の取り逃がしを出すくらいには能無しじゃよ」

 クラフェルの挑発にアリエスとルイが表情を固くする。当然である。もし、ここでシルフィリアが戦闘の意思をみせようものなら、魔道学会の本部ごと、この地下室が崩れ落ちてしまう。
 アリエスが恐る恐るシルフィリアの横顔をうかがった。そうして見た彼女の顔に浮かんでいたのは、呆れたような苦笑のみ。

「おやおや、自力ではなにを成すこともできない無能者に能無しなどと評されてしまいましたね。いいですか、クラフェル。人間以下の外道がなにを口走ろうと自由ではありますが、それで相手の心を逆撫でることは到底、できませんよ。どうしてもそれがしたいというのなら、まずは自らの力でなにかを成すということを憶えなさい」

「…………!」

 口を半開きにし、クラフェルは絶句した。先ほどの挑発、あるいは命を投げ捨てる覚悟で口にしたものだったのかもしれない。

 目を見開いたままでいる二人に、シルフィリアは最後までとうとう振り返らなかった。
 そして部屋を出る直前、アリエスが呟くように言葉を発する。

「すべての国を滅ぼし、新たな国を築く……。しかし、その犠牲となった者たちの血に塗れた手で、果たしてどれほどの国を創ることができるでしょうかね」

 それは紅蓮の大賢者に対する問いかけのようでもあり、ふと思いついたことをただ口にしてみただけのようでもある言葉。

 『紅蓮の大賢者』ルイ・レスタンスによる『白麗なる騎士姫』シルフィリア・アーティカルタ・フェルトマリアとの『交渉』は、こうして決裂を迎えたのだった――。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 今回の構成は、冒頭の部分、バトルシーン(VS《見えざる手》決着)、そして蒼き惑星サイド(シルフィリアサイドの決着)というものでした。なので、これは長くなるぞ、と思って挑んだのですが……。
 書き終えてみれば、文字数は約14500字、枚数は四十行×四十字換算で十四枚(冒頭が一枚、蛍サイドが十一枚、蒼き惑星サイドが二枚)という、僕自身が『あれぇ?』と首を傾げる短さになっていました。お、おかしいなぁ、予定ではもう少し長くなるはずだったんだけど……。

 ともあれ、そんなわけでルーラーです。ここに『マテそば』第一章の第十二話をお届けします。
 とりあえずの決着のお話、いかがでしたでしょうか? シリウスが『ウザい奴』、『いいところだけを取っていったむかつく奴』になってはいなかったでしょうか?
 そして、そちらはさて置くとしても、今回、キャラの出番は、バトルへの貢献度の差でかなり偏りが生じてしまいました。ユウなんて原作ではメインヒロインのはずなのに、今回はほぼ空気(汗)。
 正直、不満がある方もいらっしゃると思いますが、この物語『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』のメインヒロインは鈴音なのです。少なくとも、僕はそのつもりで書いています。なのでユウの空気っぷりには目を瞑っていただければ、と。

 話は変わって。
 蒼き惑星サイドことシルフィリアのパートでは、とにかく『シルフィリアを格好よく描く』ことを考えながら執筆していました。
 なにを言われようと悠然と。感情を波立たせることなく穏やかに。そんな彼女の『格好よさ』がちゃんと描けていれば嬉しいです。

 ちなみにこのあとシルフィリアたちが彼女たちの住む地――『レウルーラ』に戻り、そこで彼女たちの帰りを待っていた『とある人物』と邂逅を果たすことで、シルフィリアが辿り着きたいと願っている地――『アヴァロン』に行く手段が掴めたり掴めなかったり、また、その邂逅が『彩桜学園物語』という名の作品と『スペリオルシリーズ』をリンクさせることになったりする(と思う)のですが、まあ、それは『マテそば』では語られることのない、『また別のお話』ですね。
 ともあれ、その『邂逅の物語』はおそらく、ブログ『ルーラーの近況報告』内で『外伝』という形で公開することになるでしょう。……公開したいなぁ。できるといいなぁ。

 さて、ではそろそろサブタイトルの出典といきましょうか。
 今回は『スパイラル〜推理の絆〜』(スクウェア・エニックス刊)の第七十四話からです。
 このサブタイトルは、そのまま鈴音の心情を表したものですね。『神無鈴音という少女の中にある、ただひとつの確かな感情(もの)』という具合に。
 原作の式見蛍争奪戦では根本的なところでユウに負けてしまった鈴音ですが、この第一章のエピソードを経ることによって、『マテそば』ではユウのいる位置のかなり近くに立てるようになったんじゃないかな、と思っています。
 というか、ラストを原作とは違う形で締めくくる予定でいますからね。そのためには、いくら予定は未定とはいっても、いくつもの問題にぶち当たり、それを乗り越える過程で、多くの人に納得してもらえる形でもって彼女にユウと同じくらい強く――『蛍と並び立つ者』になってもらう必要があるのですよ。

 まあ、なんにせよ。
 これで第一章のエピソードもほぼ終わりました。あとは『エピローグ』的な話である第十三話を残すのみ、ですね。
 御影瑠天がようやく表舞台(?)に出てきたり、鈴音の姉――神無深螺が顔を見せたり、裏に隠れていた事柄がいくつか明らかになったりと、そんな話にする予定でいますので、楽しみにしていただければ、と思います。

 それでは、また次の小説でお会いできることを祈りつつ。



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