究極の遊戯(前編)



○星川 陽慈(ほしかわ ようじ)サイド

「君が陽慈くんだね?」

 そんな言葉がいきなり投げかけられたのは、オレが商店街をブラブラとしていたときのこと。

「?」

 怪訝な表情をしつつも声のしたほうに顔を向け、オレは更に怪訝な表情を浮かべることとなった。なぜなら、そこに立っていたのはオレのまったく知らない人だったから。
 黒いスーツに身を包んだ、28くらいの背の高い男性。……はて? この人はオレの知り合いじゃ……ないよなぁ……。でもオレのことは知ってるようだし……。

「蛍くんからちょっと伝言を預かっていてね。――知ってるよね? 式見蛍くん」

 オレの戸惑いをまったく無視してセリフを続けてくる男性。オレは怪訝な表情はそのままに、

「知ってる、というか、友達ですけど……。あなたは?」

「ああ、私は黒江という者でね。君のことを知っていたというのは、まあ、蛍くんから聞かされていたからなわけなんだが」

「黒江さん、ですか……。――あ、伝言って言いましたよね? 蛍、なんて?」

 彼は軽く肩をすくめて、空を仰いだ。

「なんでも、スーパーに来て欲しい、とかなんとか……」

「スーパーに、ですか? わかりました」

「……『わかりました』って、なんで来て欲しいのかも聞かされていないのに行くのかい?」

「理由なら蛍に会ってから訊きますよ。じゃあ――あ、伝言、ありがとうございました」

「あ、いや、どういたしまして」

 オレはすぐさまスーパーの方へと足を向ける。すると、後ろから黒江さんの声が小さく届いた。

「君は相当なお人よしだな……」

 ……そうだろうか?
 その後に続いた言葉はよく聞き取れなかったが、

「彼のほうはこれでよし、と。次は木ノ下 瞬のほうか。……これで少しは面白く――」

 そんな感じのことを言っていた。
 木ノ下っていうのは 2年の――篠倉のクラスの奴じゃなかったか?
 そういや篠倉、今日もなんか騒ぎを起こしてたな。いや、九樹宮もいたから、騒ぎに巻き込まれていただけという可能性もあるか。どっちにしても、厄介事に歓迎されてる奴だよなぁ……。


○式見蛍サイド

「死にてぇ……、というか、近いうちに本当に死ねそうだよなぁ、僕」

 そう呟きながら、ユウと二人、夕暮れの近い商店街をとぼとぼと歩く。
 実際、なんなんだ、あの金髪碧眼の少女は。まさか僕を殺しに来たなんて、昨日ニーナが喫茶店で言ってたとおりじゃないか。……これってやっぱり――

「ねえ、ケイ。これってやっぱり、『世界の復元力』の影響なのかな……?」

 隣を歩くユウが僕の気持ちを代弁してくれる。

「ケイが死んだりなんかしたら、『世界』にとってはよくない――んだよね?」

「昨日、ニーナは『それはボクの見解にすぎない』とも言ってたけどな。まったく、どっちなのかはっきりして欲しいもんだ……」

 ちょっと皮肉交じりにそう口にして、僕はついさっきの、『彼女』との邂逅を回想してみた。




「初めまして。わたくしはスピカ・フィッツマイヤー。『歪み』の源を処理する者ですわ。以後、お見知りおきを」

 その言葉に僕、ユウ、鈴音の三人はただただ絶句するしかなかった。誰も、口を開けなかった。その沈黙の意味を彼女――スピカ・フィッツマイヤーはどう取ったのか、

「……ちょっと、どなたかなにか言っていただけませんこと? せっかく格好よく決めたというのに、これでは間が抜けて見えるではありませんか。……それとも、わたくしの日本語、どこかおかしかった、とか……?」

 急に不安そうに視線をあちこちさ迷わせる。

「えっと、『処理』の意味は……間違っていませんわよね? この場合は『問題を解決させていただく』という意味ですけれど……」

 ああ、問題を解決するつもりなのか……。ん? 問題を解決? ということは……。

「別に僕を殺しに来たわけじゃないってこと……ですか?」

 初対面の相手には、なんとなく敬語を使ってしまう僕。

「ええ。そのような野蛮な解決策、わたくしは取りたくありませんから。あなたの中にある『歪み』を取り除くのがわたくしの目的です」

 真っ暗だった目の前が、パッと明るくなった気がした。なんだ、僕を殺しに来たわけじゃなかったのか。
 ……いや、僕は自殺志願者だから、殺されないことを喜ぶのは変だと思われるかもしれないけど、やっぱり嫌なものだよ。殺されるのは。僕は『殺されたい』んじゃなくて、ただ『死にたい』だけだから。苦しむことなく、ただこの『世界』からいなくなりたいだけなんだから、やっぱり殺されないとわかれば、そりゃ、ホッとは、する。

「今日はあなたに挨拶に来ただけですわ。やはり直接会ってみないことには、『歪み』の度合いも完璧にはわかりませんし。
 それにしても、やはりあなたの持つ『歪み』は桁違いですわね。こうして顔を合わせてみると、よくわかりますわ。なんでこんな大きな『歪み』を人間が内包していられるのか――」

「あの……」

 さっきからずっと沈黙していた鈴音が手を軽く挙げた。

「フィッツマイヤー、ということは、やっぱりシリウス・フィッツマイヤーさんの親戚の方ですか?」

 そう訊いた瞬間、フィッツマイヤーさんの眉が険しい角度にピクリと上がる。

「シリウスはわたくしの兄ですが、なぜあなたが兄のことを……?」

「あ、妹さんだったんですか。道理で似てると思いました。――えっと、シリウスさんは私の本家に来たことが何度かありまして、そのときにちょっと話したりしたんですが――」

「本家? じゃあもしかしてあなた、神無家か九樹宮家の人間ですの?」

「えっと、神無家の人間です。神無鈴音といいます」

 頭をペコリと下げた鈴音を見て、フィッツマイヤーさんはちょっと驚いたような、どこか呆れたような、そんな表情になった。はて? なんでだろう?

「神無の本家にはわたくしと同年齢の人間がいると聞いてはいましたが――」

「ええっ!? フィッツマイヤーさんって、鈴音さんと同じ歳なの!?」

 ユウが大声で鈴音と彼女の会話に割り込む。いや、これはちょっと失礼だろう。まあ、フィッツマイヤーさんが17歳だという事実には僕も少なからず驚いたけどさ。
 金髪碧眼の少女は、ユウのことは完全に無視して、話を続ける。

「あなた、神無の人間だというのに、彼を完全に放置しているのですか? 本来、彼に関することは神無家と九樹宮家がどうにかするのが慣例になっているというのに……」

 相当呆れたらしく、額に手を当てて空を仰ぐフィッツマイヤーさん。でもなんか僕、彼女の中で酷い扱いになってないか? 下手するとモノ扱い? それも爆弾とか、そういう感じの。僕の被害妄想だといいんだけど……。

「別に、放置するとか監視するとか、そういう必要は――」

「それ、本気で言ってますの? 彼の持つ危険性があなたには微塵も感じられない?」

「――そういうわけでは、ないですけど……」

 鈴音のセリフは段々小さくなっていって、消えた。僕からすれば彼女のそんな姿は見ていられなくて、「でもさ」と口を挟む。

「これからフィッツマイヤーさんも一緒に考えてくれるんでしょ? 僕の『能力』をどうするべきか」

 最悪、怒鳴られる可能性もあったわけだけれど、彼女は実に冷静にうなずいた。

「そうなりますわね。どうするのが一番か、わたくしなりに考えていくことにしますわ。とりあえず、今日はこの学校の敷地内に入る許可をとって、明日からあなたを監視させていただくことにします」

「監視……ですか」

「観察、と言い換えてもかまいませんけどね。どうやって『歪み』を取り除くのか、その方法はあなたの生活パターンから考える必要がありそうですし」

「はあ、まあ、学校内くらいでなら、お好きにどうぞ。……ユウみたいに家にやってきてまで、というのは困りますけど……」

「それでは、わたくしはこれで。学校長から許可をいただかなければなりませんし」

 言ってざっと鳴らして僕たちの横を抜けていくフィッツマイヤーさん。しかし途中でその足音はやみ、

「そうそう、蛍、言い忘れてましたわ」

「なんです?」

 もう呼び捨てなんだ、しかも名前で。そんなことを思いつつ後ろを振り返ると、そこには予想もしていなかった厳しい表情をしたフィッツマイヤーさんの顔があった。

「もし、解決策が見つからなかった場合は、あなたの殺害も当然、考慮はしています。無論、そんな野蛮な解決策、わたくしは採りたくないのですが、それ以外の解決策がないという可能性もまた、考えられはしますので」

 ……そりゃないだろ、さっきまでの会話の流れからして……。

「全力は尽くしますが、あなたも一応、そのつもりで」

 踵を返し、悠然と校内へと向かって歩いていくスピカ・フィッツマイヤー。……そのつもりでって……、一体どんなつもりでいろっていうんだよ、ったく……。

 僕たち三人は、彼女が校内に入ってからも、しばらくその場を動けなかった――。




 あのあと、鈴音と別れて、僕とユウは商店街に買い物に来たのだけれど、気分はなんとも暗かった。当たり前だ。『殺す』と宣告されて、しかもそれがいつのことになるかわからない状況なんて、普通の高校生が体験することじゃない。世界一平和な国だという日本に住んでる人間が体験することじゃない。ここで暗くならずにいつ暗くなれっていうんだ。

 しかし、本当にシャレになってないぞ、『世界の復元力』。まさかマジで僕を殺そうとする人間がやってくるなんて。

 珍しく気を利かせたのか、ユウが明るい声で僕に問いかけてくる。

「それで、ケイ。今日の晩ご飯、なににする?」

「ん〜、そうだなぁ……」

 晩ご飯のことを考えられるほど精神は回復していなかったが、わざわざ気を使ってくれたユウに無視を決め込むのも悪いと思い、ボンヤリと思考を始める。しかし、出た結論は、

「……スーパーに行ってから決めるよ」

 というつまらないものだった。しかしユウはそれで気分を害した様子はなく、「そうだね」とだけ返してきた。……ったく、コイツも他人の気持ち、察するところは察するからなぁ……。

 歩くこと数分。スーパーが見えてくる。それと、スーパーの前で誰かを待っているように立っている人影も。……誰かと待ち合わせでもしてるのだろうか。
 しかし、その人影が誰かわかるくらいの距離になったところで、僕はつい声をあげた。

『あ……』

 期せずしてユウと声がハモる。それを聞いてその人影は少し不機嫌そうな表情をした。なんでなのかはわからないけど。ともあれ、その人物は、

「九樹宮九恵さん……?」

 だった。


○九樹宮九恵サイド

「――知ってたの? 私の名前……」

 一緒にスーパーに入り、彼が買い物カゴを片手に食料品を物色し始めたところで、私はそう尋ねてみた。

「うん。今日、学校で鈴音に訊いて。――あ、鈴音っていうのは、この前、喫茶店で一緒にいた――」

「神無本家の次女のことでしょ。こっちの業界では有名だから、名前くらいなら知ってるわよ」

「有名って……鈴音が?」

「いえ、神無深螺――彼女のお姉さんが。神無鈴音のほうは、大抵、『神無深螺の妹』として覚えられてるわね」

「そうなんだ……。でも、それって、なんだか……」

 彼は神無鈴音に同情するような――いや、それとも違う、なんとも複雑な表情をして、顔をうつむかせる。……う〜ん、言い方がマズかったかな……。

 しばし、微妙な雰囲気になり、沈黙が流れた。……うぅ、気まずい……。その気まずい沈黙を彼と一緒にいる浮遊霊――いや、守護霊?――が破ってくれる。

「あれ? 九樹宮さん、アヤさんと同じ学校の人なんだ」

「アヤ?」

 私の着ている制服を見てのことなのだろうけど、唐突なその言葉に少し戸惑う。……アヤ、か。どこかで聞いたような……。あ、そうか。

「ああ、篠倉綾のことね。今日、自殺未遂をやらかしかけた」

『――自殺未遂!?』

 ものすごく驚いた表情をされた。……まあ、篠倉綾と彼らは知り合いのようだし、それは当然の反応なのだろうけど。

 ……ふと思う。もし私が今日の篠倉綾のようになったとして、果たして心配してくれる人間がいるものだろうか、と。霊は普通、そうそう見えるものじゃないから、私の意志で自殺しようとしていると思われるだろうし、退魔の仕事をしている人間からすれば、私はただの間抜けに見えるだろう。私の思っていることをそのままに受け取ってくれる人間なんて、この世には――。

 軽く頭を振って、嫌な考えを追い出す。不愉快な、それも既に答えの出ていることをわざわざ改めて自問しなければならない道理はない。彼らのほうに視線をやると、まだ驚きに固まっていた。――いや、少し違う。彼――蛍のほうはどこか、申し訳なさそうな表情をしていた。「《顔剥ぎ》のときのことが記憶に残っていて……?」とか「でも、あのアヤが……?」とか小声で呟いている。

 そのことから、彼らは――少なくとも蛍は篠倉綾と親しいのだな、と推し量ることができた。なにやら思いつめてもいるようなので、一応こうつけ足しておく。

「とはいってもね、悪霊に憑依されて自殺させられそうになってたってだけで、篠倉綾個人には自殺する気はなかったと思うわよ。……きっと」

 断定はできない。それは人の心の問題だから。でも、あの《見えざる手》に抵抗していたことを考えると、まず間違いないと思われた。

 まあ、篠倉綾がどう思っていたとしても、いまは関係ない。これでこの二人もとりあえず落ち着いてくれるだろう。そう思ったのだけれど、

『また!?』

 声をハモらせ、さっきにも増して驚く彼ら。私は少し呆れの混じってしまった口調で言う。

「またって、やっぱり悪霊に憑依されたことあるの? 彼女」

「うん。『完全憑依型』の悪霊に、ね」

 蛍の返してきた答えに私は思わず、「……うわぁ」とうめいた。……だって、『完全憑依型』って……。並の霊能力者じゃ太刀打ちできない相手だ。よく助かったわね、篠倉綾……。

 蛍からそのときのことを聞いて、またもうめく私。……いや、だって、霊能力者でもない人間が『完全憑依型』を倒してのけるなんて、常識じゃ考えられない。彼の能力があってこそ、だ。

「あ、じゃあもしかして、今回アヤに憑いていたっていう悪霊は――」

「ああ、私がなんとかしておいたわ。……逃がしちゃったけどね」

「そうだったんだ。ありがとう」

 ……………………。

 ……うん。まあ、あのときは彼女に訊きたいことがあったから助けたっていうだけだったけど、総合的に見て、これでよかったかな。……普段だったら私、おそらく見捨ててただろうけど、そこは、まあ、考えない方向で。

「ど、どういたしまして。蛍」

 おそらく真っ赤になっているであろう顔を少し背けて彼にそう言うと、視界の端で彼は私をじっと見つめ始めた。

「……なに?」

「いや……、もしかして、流行ってるの?」

「……は?」

「ほら、僕の名前、呼び捨てにしただろ? いま。ほぼ初対面なのに。ちょっと前にもそういうことがあったものだから、名前を呼び捨てにするの、流行ってるのかな、って」

「……ど、どうかしらね……」

 う〜ん……。やっぱり普通の人間とは一味違うわね。式見蛍……。

「ところで、僕の名前、知ってるんだ」

「……え? ええ。その綾さんからね。そっちの幽霊のことは聞かされてないけど……」

「ああ、アヤには幽霊が見えないから……」

 というか、見えるほうが少数派なのよね。彼の口ぶりからすると、友人は見える人ばかりのようだけど……。ふむ。類は友を呼ぶ、という奴かしら。ともあれ、蛍は傍らの霊を私に紹介する。別に紹介して欲しいとは思わないのだけれど。

「こいつはユウっていうんだ。浮遊霊のユウ」

「『遊ぶ兎』と書いてのユウだよ!」

「お前、いい加減その漢字の定着は諦めろって……」

「諦めたら終わりだよ! 人間、諦めることはいつでもできるんだよ! だから私はまだ諦めないんだよ!」

「ちょっといいことを言った、という感はあるけど、お前、人間じゃなくて幽霊だろ? それに諦めてくれ、頼むから」

「そういえば、シートベルトはちゃんと諦めましょう、とか言うよね」

「言わないよ! 『ちゃんと締めましょう』だよ、それ! というか、話が全然違うほうにぶっ飛んだよ!!」

「それこそが私の特技!」

「忘れてくれ! そんな余計な体力使う特技!」

 蛍とユウの仲のよさそうな掛け合いには少しムッとしたけど、私には彼らの会話に割って入れるほどの積極性も、面白い話題もない。
 なおも掛け合いを続ける二人から少しだけ目を逸らし――、どこかで見たような少年がこちらに歩いてくるのを私は見つけた。

「やあ、九樹宮さん」

「……木ノ下君?」

 私の記憶が確かなら、彼はクラスメイトのさわやか好青年、木ノ下瞬だった。

「なにか用?」

 その私の言葉に彼は「つれないなぁ」とか洩らしたが、これは私本来のしゃべり方だ。別にそっけない態度をとった覚えはない。……まあ、私の態度は大抵、小バカにしているか、そっけない態度をとっているかのどちらかに見えるようなのだけれど。

 彼はそのまま私のほうに歩いてきて――
 そこで、気づいた。彼にまとわりつく、かすかな、彼のものとは違う『霊気』に。

「別に用ってほどのものじゃないけどさ、クラスメイトを見かけたら声をかけるっていうのは、そんなに変かな?」

「普通ならそこまで変だとは思わないけど、相手が異性――それも私だとなると、ちょっと『おかしいな』とは思うわね。私としては」

 正直、言ってて少し悲しくなるが、わざわざ『見かけたから』なんて理由で私に話しかけてきてくれる間柄の人なんて、私にはいなかった。

「……あっそ。まあいいや。じゃあね。――っと」

 嫌がらせのつもりだろうか。彼は私の隣を抜けるとき、わざわざ肩をぶつけてきた。……はて? 私の態度を面白くなく思っているクラスメイトが数人いるのは知っているけど、彼はそういう類の人間じゃなかったはず……。まあ、こういったことには多少なりとも慣れてるから、別に気にしないけど。

 ふと視線を感じて蛍たちのほうに顔を戻すと、また蛍が私をじっと見つめていた。……自分の意志とは関係なく、顔が熱くなる。

「な、なに……?」

 そう声をかけられて、ようやく彼は私を見つめているのを自覚したらしい。

「あ、ごめんごめん」

 そう謝ってくる。私としては、謝ってもらわなくてもいいから、どうして私を見ていたのか知りたいところだ。

「いや、以前――大体一年くらい前にさ、僕が昼休みに学校の屋上から校内に戻ったときに――あ、なんで屋上にいたかっていうと――」

「おおかた、飛び降り自殺のため、でしょ」

「……なんでわかるの? というか、知ってるの? 僕の自殺志願。アヤには言ってなかったと思うんだけど……」

 ……しまった。これは黒江から得た情報だった……。

「え〜と……風の噂に聞いたのよ。現守高校には自殺志願者がいるって」

 かなり苦しいごまかし方だと、自分でも思う。

「……そんな噂があるんだ。死にてぇ……」

「ああ、でも私は別にそれを頭から否定したりはしないわよ。それなりに理由はあるんだろうし」

「はあ……、それは、どうも……」

「それで?」

「ああ、うん。それで屋上から戻ったときに上級生の女の人と会って。その人、僕や先輩と似ているなぁって、そのとき思ったんだけど、九樹宮さんを見てたら、急にそのときのことを思いだしちゃってさ。でもその人、名前がまったく思いだせないんだ……」

「だから考え込んでたの?」

「うん、まあ。……なんて名前だったかな……。外見ははっきりと思いだせるんだけど……」

 つまり、私もその『名前を思いだせない人』と似ている、というわけか。……まあ、それはイコールで蛍とも似ているということだから悪い気はしないけど。しかしその『先輩』というのは一体……?

「さて、買うものは買ったし、そろそろ出ようか」

 もしやその『先輩』も『名前を思いだせない人』同様、女性なのだろうか。そんなことを考えていたら、隣から蛍にそう訊かれた。私はもとから買い物目的でここに来たわけじゃない。すぐにうなずいた。

「そうね。――ところで、蛍」

「ん? なに? 九樹宮さん?」

「その『九樹宮さん』っていうの、やめてくれる? 不愉快だから」

「……そうなんだ。じゃあ……、『九恵さん』?」

 私はしばし考えて、

「――呼び捨てで」

「……ねえ、やっぱり流行ってるの!?」

 彼の反応は、やはりいちいち面白いものだった。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 どうも、だいぶ間が空きましたが、『マテそば』第十一話をここにお届けします。楽しく読んで頂けたなら幸いです。

 今回はスピカとの初の会話と九恵との再会がメインとなっております。そして、シリーズ初の前後編でもあります。まあ、本当は『前編』とはせずに一話として書きたかったのですが、全体の展開(山場や続き方など)を考えると、このほうがいいかな、と思いまして。

 あ、ところで今回九恵との話に出た『名前を思いだせない人』が誰なのか、おわかりになったでしょうか? そう。『インビジブルゴースト』に出たあの人です。

 いや〜、それにしても、今回は久しぶりに『書いた〜!』という気分です。というのも、『ザ・スペリオル』と『まほらば』の二次は、過去の僕が書いたものを書き写しているだけのものですので、やはり微妙にストレスが溜まるのですよ。すぐに直したい衝動に駆られるのです。

 さて、今回はシキさんが投稿してくださった木ノ下 瞬くんが再登場しております。前回はチョイ役でしたが、今回はメインと絡ませる気、満々です。……まあ、悪役として、ですけどね(笑)。

 今回のサブタイトルは天空十六夜さんが投稿してくださったものです。ありがとうございます。意味は後編のほうで明らかになるかな、と思います。まあ、もう意味を読み取っている方のほうが多いと思いますけど。

 それでは、次に書く小説で会えることを祈りつつ、今回はこの辺で。



――――作者のコメント(転載するにあたって)

 初掲載は2007年1月10日。

 『ザ・スペリオル〜夜明けの大地〜』や『まほらば〜三つの心〜』を執筆しながらだったため、本当に間が空いてしまいました。しかもこれは前編で、後編は更に間が空いてしまうことになるという、どうしようもないことになってしまい……。

 それはそれとして、中だるみしやすい中盤を頑張って面白くみせようとしているんだ、というのが伝わってくれたら嬉しい限りです。

 もっとも、第十四話(第一章でいうところの第七話)あたりまでは、まだまだ中だるみしないように書いていかないとなぁ、という感じなんですけどね(苦笑)。



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