平成のブラックジャック



 白鳥が事情を語り終えると占い師はなにやら黙り込んでしまった。
 冬の夜は冷える。
 鳴滝荘へ帰りたい。
 帰りたいけど早紀が怖い。
 帰りたくない。
 でも寒いし、梢に戻っていたら怖くもなんともない。
 けれどもし早紀のままだったら……
 白鳥はきりのないことを考えていた。
 それに占い師がなにか言ってくれないと帰れない。
 そのまま走って帰ってもいいんだろうけど気の弱い白鳥にはできなかった。

「あ、あの」

 やっぱりいいです、とは言えなかった。

「その大家さんはかんしゃく持ちなのかい?」

 占い師がそう訊いてきたからだ。

「いえ、そうじゃなくて……」

 白鳥が梢の体質を説明しようとすると、

「分かった! 君はハメられたんだよ」

 占い師は白鳥の言葉をさえぎった。

「は?」

 白鳥は占い師があまりに突拍子もないことを言い出すので呆気にとられた。

「だから君はハメられたんだよ。ドッキリカメラというやつだ」

 白鳥はワケが分からなかった。
 占い師は、まだ分からないのかと言うように地団駄(じだんだ)を踏んで説明を続けた。

「まず桃乃恵という子はあらかじめ起きてドアの近くにいる。茶ノ畑(ちゃのはた)珠実という子もどこかに隠れさせておく。これで準備は整った」

 占い師の説明はこうだった。
 まず梢が白鳥を起こしにいく。
 これが作戦開始を二人に告げる方法だ。
 白鳥はなんの疑いも持たずに恵を起こしに部屋に向かう。
 白鳥の声を合図に珠実が出てくる。
 梢はなるべく白鳥の近くにいる。
 梢が学校の話を終わり辺りまで話したら恵が思いっきりドアを開ける。
 怒った梢が乱暴な態度で白鳥を殴る。

「きっと君が走って逃げたあとに他の二人も戻ってきて大笑いしてたはずだ。いやはや、まったく可愛い態度でとんでもない女の子たちだ。しかも遅刻まで狙うなんて、ますます悪質だ。遅刻したんだろう? 実際」

 確かに遅刻はした。
 したけれど、占い師のひどい言いようには穏やかで気の弱い白鳥も腹が立った。

「大家さんたちは確かに騒ぐのが好きだけど……好きだけど、そんなタチの悪いイタズラはしません!!」

 白鳥はかなり強い、怒りの込もった口調を占い師にぶつけた。
 しかし占い師は白鳥を哀れむようにこう言った。

「かわいそうに、始めは誰でも真実を受け止められないものだよ」
「だからっ……」

 そこで白鳥は黙った。
 どうすれば占い師の勝手な想像をやめさせられるか考えているのだ。

「まあ、そう落ち込まずに生きてゆくことだよ」

 白鳥がうつむいて考え込んでいるのを、占い師は、白鳥が真実を突きつけられ落ち込んでいるのと勘違いしたようだ。

(そうだ!)

 終わろうとした話に白鳥は待ったをかけた。

「ちょっと待ってください! じゃあ早紀さんは!? イタズラなら僕は大家さんって呼んでますよ!?」

 そう、なにも知らなくてイタズラに引っかかっただけなら早紀という名は出てこないのだ。

「うっ……」

 占い師は言葉に詰まった。

「さっきまで言っていたこと、訂正してください」

 白鳥は落ち着いた声で静かに言った。

「だっ、だったらどうして……他に理由があるわけないのねん」

 占い師は明らかに焦っている。
 語尾が変なのはそのせいだろうか。

「他に説明できるならしてみるのねん」

 さっきから説明しようとしてさえぎっていたのは誰だよ、と白鳥は突っ込みたくなった。

「大家さんは病気なんです」

 白鳥の言う大家、蒼葉(あおば)梢の病気とは『解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)』というものだった。

「解離性同一性障害? はて、聞いたことがないなぁ」

 占い師は宙に目をやり思い出そうとしている。
 どうやら焦りは消えたらしく、しゃべり方も変じゃなくなっている。

「俗に多重人格というやつですけど」

 白鳥がフォローを入れる。

「ほう、それなら知っているぞ。いくつかの心がひとつの身体に入ってしまった病気のことだな」

 占い師は多重人格を知っているらしい。

「詳しく話してみなさい。もしかしたら治せるかもしれん」

 白鳥は促されるままに多重人格について、あらゆることを話した。
 梢のほかに乱暴な赤坂(あかさか)早紀と、6歳でなにかに興味を持つと目がくりくりになり、納得すると、頬がつやつやになる金沢魚子(かなざわ ななこ)。
 人格が変わるきっかけは二つ。
 ひとつは精神的なショックを受けたとき。
 もうひとつは情緒が不安定になったとき。
 少しでも眠ってから起きると、大抵元に戻っていること。
 多重人格だという自覚がないこと。
 自覚がない代わりに記憶の補填(ほてん)をしてるらしいこと。

「ふーむ……」

 占い師は軽くうなった。

「なるほど、その早紀という人格が怖くて帰れないでいたのか」
「はい……」

 情けないことだが、事実なので素直に認めた。それと同時に、ようやく話を理解してもらえ、ほっとした。
 だがすぐに新たな疑問が、白鳥の頭をよぎった。

「あの、占い師さん。占い師なのにどうやって多重人格を治すんですか?」

 そう、職業からしても、多重人格を知っていること自体が珍しい。

「そうか、自己紹介がまだだったな。私は医者なのだよ。それも、とびきり珍しい病気しか受け持たないんだ名は神ノ手持三(かみのて もちぞう)。多重人格なんて、とびきり珍しい病気だし、受け持ってみたいんだ」

 持三はどうやら、多重人格に興味を持ったようだ。

「あの、神ノ手さん、別に治さなくても」

 しかし一度興味を持った持三を止めることは、できなかった。

「君はその早紀って子を、どうにかしたいのだろう? だったら私に任せるべきだ」

 持三の言うことも、もっともだと思った白鳥は、こう言っていた。

「じゃあ、お願いします。神ノ手さん」
「私のことはジャックと呼んでくれ」
「はあ? なんでまた」

 白鳥は思わず訊き返した。
 そこで持三は自分を指差して理由を語った。

「私は彼(か)の有名なブラックジャックに憧れて医者になったのだ」

 寒さに震えながら、白鳥はボソッと呟いた。

「じゃあ正式な医者じゃないんじゃ」

 そう、白鳥の指摘したとおりに物語のブラックジャックは医師の免許を持たない、モグリの医者だったはずだ。
 もっとも、凄腕であることに間違いはなかったが。

「そっ、そんなことないのねん。立派な医者なのねん」

 どうやら図星だったようだ。また語尾が変になっている。
 ジャックは落ち着くために、咳払いをした。

「失礼。少々取り乱してしまったようだ」

 ジャックはいつの間にか、話をはぐらかし、自分の話を続けた。

「ほら、顔に『つぎはぎ』のメイクがあるだろう。通り名は『平成のブラックジャック』。でも長いから『ジャック』と呼んでもらっているんだ」

 言い終わると、後ろにマントを投げ捨てた。
 すると、タキシードを着ていて、袴(はかま)をはいており、足にはゲタという、あまりにも妙ちくりんな格好だ。
 さらにサングラスをかけて、麦わら帽子を被った。
 こうなると、どこから見ても変な人としか言いようがない。

「あの、変な人は間に合ってるんで」

 失礼します、と言って逃げようとしたが。

「私と一緒に行かないと早紀っていう子にボコボコにされるんじゃなかったのかい?」

 と言われ、一緒に鳴滝荘へ帰ることになった。


 鳴滝荘までの道、白鳥は他にも疑問に思っていたことなどを、ジャックに訊いてみることにした。

「そんな簡単に珍しい病気なんて見つかるんですか?」

 するとジャックは冗談めかして答えた。

「そんな簡単に見つかるはずないさ。見つかるほうが奇跡だよ」
「じゃあどうやって食べてるんですか?」

 すると今度は疲れた顔で答えた。

「占い師さ。副業というわけだ」

 ここまで言ってジャックは疲れなんか吹き飛んだ、という顔になった。

「そういえば君は、占いの料金をまだ払ってなかったね」

 白鳥はびっくりして尋ねた。

「あれって占ってたんですか?」
「そうだよ」

 ジャックは当たり前、というように答えて、

「一回千円だけど初の客だから五百円に負けておこう」

 と言った。
 白鳥はまさか『君は悩んでいるね』の一言で五百円も取られるとは思わなかった。
 が、やはり払うものは払わなければと思い、財布を開けた。

(大家さんたちがグルになってハメたとか言ってたけど、ジャックさんのほうこそハメてるよ……)

 白鳥はしぶしぶ五百円玉をジャックに渡した。

「毎度ありー」

 ジャックはとても愛想よく言った。

「そう言えば、多重人格を治すのはいいけど、すごいたくさんのお金を払え、とか言うんじゃ……」

 白鳥は不安げに呟いた。

「大丈夫。4桁までにしておくから」

 ジャックはニコニコ笑っている。

「そう言えば、どうして悩んでいることが分かったんです?」

 白鳥は最後の質問を投げかけた。

「なんでも分かるんだよ」

 ジャックは急に引きつり、一言で片づけた。

(カマをかけたら当たった、なんてとても言えないな)

 歩き始めて十数分、鳴滝荘が見えてきた。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 唐突ですが。ツッコミどころが多すぎです、この作品。
 おかげで書くのがものすごく恥ずかしいです。一体なにを考えていたのでしょうか、6年前の自分は。
 地の文もすごく単調ですし。正直、直したい衝動に駆られます。でもそれはしないと決めているので、直しません。
 そんなわけで、どうも、ルーラーです。『まほらば〜三つの心〜』の第三話をここにお届けします。
 物語はこれからやっと本格的に始まる感じでしょうか。
 読み続ける価値があると思ってくださった方、期待せずに第四話をお待ちください。
 この作品には価値なんてないな、と思った方、せめて僕の6年前の作品といまの作品を読み比べるくらいのことはしてやってください。これが現在の僕の力量だと思われるのはさすがに屈辱です。ええ、マジで。
 そういえばここのところ、僕は過去の作品ばかり書いています。『ザ・スペリオル』も過去の作品ですから。まあ、こちらは2年前の作品ですけどね。
 現在の僕のレベルで書いているのは、いまのところ『マテそば』のみです。これだけが前に進んでいる話なのです。
 こちらを読んでみて僕の作品に興味を持たれた方、ぜひとも『ザ・スペリオル』や『マテそば』、マテリアルゴーストの二次創作小説も読んでみてやってください。
 それでは、また次の作品でお会いできることを祈りつつ。



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