鳴滝荘
「それじゃ、入りますよ」
正門前で白鳥はジャックにボソッと告げると、木戸をグッとつかんだ。
ガラガラッと音がして木戸が開く。
人の気配がしない。
まあ、十一時を過ぎてるのだから無理はないが。
「よかった、大家さん、もう眠ったみたいだ」
白鳥はホッとした様子で呟いた。
カツコツカツコツ…………
はて、なにか音がしたような……
「なんだ、もう明日の朝には元通り、か」
ジャックは残念そうに呟いた。
この辺り、二人はとても、対照的といえる。
「あの、元に戻ってくれていれば、それに越したことはないんですけど……」
カツコツ……
続いていた足音がやんだ。
げんなりと呟いた白鳥に声がかかった。
「なにに越したことはないって?」
白鳥は怒った声の主に向かって呆れ声で言った。
「だから、乱暴な早紀さんが眠ってくれてよかったって言ったんですよ」
「ほー、だったらアタシは誰なんだろうな、白鳥」
後ろに立っていたのは早紀だった。
「誰が乱暴だって? 誰が!!」
言いながら早紀は白鳥にヘッドロックをかけた。
「ぎええー、そういうところが乱暴なんですよー」
早紀と白鳥はいまひとつ会話がかみ合っていなかった。
「まあいい、とりあえず部屋行くぞ、部屋。もう用意はできてんだ」
そう言うとヘッドロックをやめ、白鳥の部屋へと向かった。
「一体何の用意ができてるんだい?」
ジャックは白鳥に尋ねてみた。
「大体予想できます……」
あまり答えになっていない、とは突っ込めないくらい暗く、ボソッと呟いた。
「おーい、白鳥がやっと帰ってきたぞー」
早紀がそう言ってドアを開けると。
「あら、遅かったじゃない、白鳥クン」
恵がすでに、完全に酔っ払って出迎えた。
「あまりに遅かったから、始めてしまったですよ〜」
十一時過ぎなら、もう眠っている時間なのだが、珠実も起きていた。
「ああ、やっぱり……」
白鳥の部屋はすでに宴会場になっていた。
「まったく、全然帰ってこないから、今日はやめにするか、とも言ってたんだぜ」
早紀の説明からすると。
九時に白鳥の部屋を宴会場にして、いままで待っていたという。
しかも先ほど、早紀は最後に見に行っていなかったら、もう十二時でお開きにしよう。
とも言っていたらしい。
「しまった。あと一時間ねばればよかったのか」
白鳥は十二時を過ぎてから帰ってくればよかったと、後悔していた。
「さあ、これからが本番だ。飲むぞー」
早紀は拳を振り上げ、酒を口にした。
「ほら、一週間のうちの金・土くらいはつきあって欲しいもんだわねー」
トクトクトクトク……
恵が白鳥のグラスに酒をついだ。
「あ、あのー……」
(僕はもう眠りたいのにー)
白鳥は、さっさと飲んで、宴会は別の所でやってくれと言おう。
そう思って飲み始めた。
白鳥が飲み始めた頃、早紀・恵・珠実の三人の視線はジャックに向けられていた。
「てめぇ、なんでそんな変な格好してんだ?」
早紀は尋ね方がどうもケンカ腰になってしまう。
しかしそんな態度にジャックは動じずに答えた。
「これはこれで、格好いいと思うんだけどねえ」
しかし珠実は完全否定した。
「あらあ〜、タキシードに、袴は似合いませんよ〜」
珠実は可愛い顔で、とことん言う。
しかも悪気がないから、始末が悪い。
もちろんさっきので終わりではない。
「麦わら帽子に、色白の肌もよくないですし〜」
まだまだ出るぞ、ジャックもメタメタだ。
「これで、あだ名が西洋にかぶれてたら、最悪に格好悪いですね〜」
「!!」
ジャックはかなりショックを受けたらしくサングラス越しに、目が点になっている。
と、いきなり。
「うおおーっ」
白鳥がようやく、一杯飲み終えたのだ。
さっそく作戦(というほどでもないが)を、実行に移した。
「あの、桃乃さん」
しかし白鳥の言葉は遮られ、
「あら、白鳥クンにしては早いわねー。はい、もう一杯」
と返されてしまった。
「……………………」
あまりの早業に返す言葉がなく、白鳥はただ、呆然としていた。
「おい、白鳥、飲んでんのかー!?」
早紀に言われ、白鳥は反射的に返事していた。
「はっ、はいっ」
しかし白鳥はもう宴会に疲れきっていた。
(そうだ、ジャックさんにお願いして)
しかしジャックは、いまだにショックが抜けきらないようだ。
(じゃあ早紀さんを、潰さないと)
「早紀さんは飲まないんですか?」
梅酒を飲んでいる早紀に話しかけた。
「なにバカ言ってんだ。もう飲んでるだろ。今日は朝まで飲むぞ」
白鳥は早紀にこう申し出た。
「じゃあ、この梅酒、飲みます?」
「おお、飲む飲む。ちょっと貸せよ」
しかし、梅酒と書かれた酒は、よく見ると日本酒だった。
しかも瓶(びん)ごとラッパ飲みだ。
「ろひ、ひらろり〜、ほへはんは〜? (訳:おい、白鳥ー、これなんだー?)」
バタッ。
早紀はすっかり酔いつぶれ、眠ってしまった。
早紀はその言動からして、すごい大酒飲み(うわばみ)に見えるが、本当はお酒といえば、梅酒しか飲めない、ものすごい下戸(げこ)だった。
「ふう、よかった。これが焼酎(しょうちゅう)だってばれてたら、もうひと悶着あるところだったよ」
白鳥は 『梅酒』と書かれたラベルをはがしつつ、言った。
「あら〜、じゃあ早くばらせば、もっと面白くなったんですね〜」
珠実はまたもキツい一言を発した。
「にしても白鳥クンもずいぶん早紀ちゃんの扱いが上手くなったわねー」
しかし一歩間違えれば、しこたま殴られていただろう。
「とにかく宴会はもうやめてくださいよ」
しかし恵は残念そうに呟いた。
「えー、まだ一時を過ぎたばかりなのに」
「お願いですから、大家さんを連れて帰ってくださいよー」
白鳥は恵に涙目で訴えた。
「あー、わかったわよ。ほら、珠ちゃん、行くだわよ」
恵は早紀と珠実を、引きずりながら部屋を出て行った。
「ふう、やっと収まっ……」
自分の部屋を眺めると、白鳥は固まってしまった。
それから五分後。
「はあ、とりあえず片づけるか」
さらに三十分後、時計の針は一時五十分を過ぎていた。
「やっと片づけ終わった。そういえば課題もやらないと」
机に向かった白鳥に、ショックから立ち直ったジャックは突然、深刻な表情で訊いてきた。
「君は彼女の事を真剣に考えているのかい」
――――作者のコメント(自己弁護?)
どうも、『マテそば』や『ザ・スペリオル』を並行しながら書いているルーラーです。おかげでひとつひとつの作品の更新が遅い遅い。水面下で『スペリオル紋章編』も書いているものだから、なおさらです。
そんなわけで(どんなわけで?)手直ししたくて仕方のない『まほらば〜三つの心〜』第四話をここにお届けします。
いや、本当に手直ししたくてウズウズするのですよ。例えばこの話の最後のセリフ。あそこには最後に『?』を入れるべきでしょうに。他にも『、』や『。』を打つべきところを間違えていたり、打っていなかったり。6年前の僕に一言言ってやりたい気分です。
「文章が稚拙にもほどがあるぞ」
と。
ともあれいまは、句読点の打ち方ひとつでここまでレベルが変わるんだなぁ、と実感しております。ええ。
さて、次の話――第五話ではようやく鳴滝荘の全メンバーが登場します。
どうか読み進めてやってみてください。少しは面白くなると思いますので。
ああ、それにしてもあとがきは書くのが楽でいいなぁ。
それでは。
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