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本当に大事なことは
白鳥は夜、まったく眠れず、ため息ばかり、ついていた。
チュンチュン……
外では、小鳥が鳴いている。
どうやらため息ばかり、ついているうちに夜が明けたようだ。
コンコン……コンコン……
「誰ですかー? 静かにしてくださいよー」
白鳥が言うと、ガチャリと音がし、ドアが開いた。
「もっ、桃乃さん!? ずいぶん早いですね。……って、勝手に入ってこないでくださいよー」
入ってきたのは恵だった。
そして、白鳥の言葉を聞き流し、言った。
「なんか、まったく眠れなかったみたいだわね。白鳥クン」
目が赤いわよ、と軽く指摘した。
「そういう桃乃さんだって」
ずいぶん目が赤いじゃないですか、と白鳥も指摘した。
「あのねー、これは『もともと』だわよ。『もともと』」
恵は目を指し示しながら言った。
「そういえば、そうでしたね。ところで、なんでいきなり僕の部屋へ来たんですか?」
普段休みとなれば、十時まで眠っているのに、恵は今日、夜が明けたばかりなのに起きてきて、白鳥の部屋に来ている。
なにか用があるとしか思えなかった。
「うん、まあ。大家さんの病気をどうやって治すのか、知っておきたくてね。知ってるんでしょ? 白鳥クン」
「え……」
そういえば、治すとジャックは言っていたが、その方法を白鳥も教えてもらっていなかった。
「ええーっ、知らないの?」
恵は叫びにも似た声をあげた。
「しょうがないでしょ。ジャックさんってあまり自分から話さないんだから」
「まあ、確かにねー。とすると、ジャックさんに訊いてみるしか、なさそうだわねー」
すると恵は、まあ眠っているジャックに向き直った。
「おーい、起きて説明してよねー、ジャックさーん」
しかしまだ夜も明けたばかり。ジャックが起きるはずもない。
「しばらく起きそうもないですね」
白鳥はジャックを起こしにかかっている恵に言った。
「そのようだわねー。しょうがないし一度自分の部屋に戻るわ。ジャックさん起きたら連れて来てくれる?」
「ええ、わかりました」
恵は、あくびをひとつすると、部屋を出て行った。
それから約二時間後。
「う、うーん。しまった、眠り込んじゃった」
さらに屈辱的なことに、
「おや、おはよう。朝早くの空気は美味しいねぇ」
どうやら白鳥が眠ってしまったあと、ジャックはすぐに目を覚ましたらしい。
白鳥は一晩中起きていたので、朝になって眠気がやってきたのだろう。
「ジャックさん、もう起きてたんですか」
ほとんど、呆れていた。
時計はもう七時を過ぎていた。
早速白鳥は、恵の部屋へと向かった。
「桃乃さーん、遅くなりました」
「本っ当に遅くなったわねー。んじゃ、白鳥クンの部屋に行こっか」
「へ? なんで?」
思わず間抜けに訊き返してしまう白鳥だ。
「レディーの部屋に男二人を連れ込むってのはちょっとねー」
昼間から酒かっくらって、毎日のように宴会して、そのまま酔いつぶれ、眠ってしまう恵のどこがレディーなんだか……と思ってしまう白鳥だった。
かくして再び白鳥の部屋へ戻ることとなった。
「んでなんで、私の部屋に来るのかね?」
ジャックはドアを開けつつ、恵に訊いた。
「ちょっと、ここは僕の部屋です。ジャックさんは、押しかけてるだけでしょ」
もはや白鳥の部屋はジャックの部屋と化してしまったようだ。
「それがさ、大家さんの病気をどうやって治すのか知っておきたいのよ」
白鳥は無視された。
「ふむ、確かに方法を知っておかないと不安にもなるな」
もっともだ、というようにジャックはうなずいた。
「あの、勝手にどんどん話を進めないでくださいよ」
「よし、治す方法を教えておこう。多少手伝ってもらうこともありそうだし」
「あのー、僕の存在、気づいてます?」
白鳥はジャックと恵の会話に加わるタイミングをすっかり逃してしまった。
「へえ、手伝いねえ」
恵は目を丸くした。
「まあ、とりあえず話しておこう」
ジャックの言う多重人格の治し方はこういうものだった。
ジャックが考えている多重人格とは、ひとつの身体に複数の心が入ってしまった病気である。すなわち、この場合、蒼葉梢・赤坂早紀・金沢魚子の全部で三つの心がひとつの身体に入ってしまったのである。
ならばそのうちの二つの心を永遠に眠らせる、もしくは暗示をかけるなどして、二度と外に出てこられなくすればいいのだ。
「どうだね? 完璧だろう」
自分で述べた案にジャックは酔いしれていた。
「なるほどねー。確かに筋は通ってるわねー。けどさ、そんな簡単にいくの?」
けっこう痛いところを突く恵であった。
「そこで君に、口八丁手八丁で上手い展開に持っていってほしいのだよ」
「なるほど、自覚のない大家さんに、いきなり『多重人格を治すから』なんて言っても理解できないってもんだわね」
少し感心した恵であった。
「よし、庭に出て早速始めるぞー」
ジャックは意気込んで部屋を出て行った。
「あの……」
完全に忘れられていた白鳥だった。
すると突然ジャックが戻ってきて、電卓を突きつけた。
「お代は、こんなもんでどうかな?」
電卓の表示部分には5と、0が3つ並んでいた。
「はあ……」
白鳥のため息を、ジャックはうなずいたと、取ったようだ。
「よし、決行だ。始めるぞ」
白鳥のサイフから五千円を抜き取り、鳴滝荘の住人たちを、庭に集めるように手配し始めた。
数分後、庭の池の前に、住人たちは集合していた。
なお、梢には恵から、昨日の実験の成果を見せたいとジャックが言っていた、という嘘を吹き込んでもらっておいた。
「では蒼葉君、ちょっと来てくれたまえ」
「あ、はい」
ジャックの言葉に、梢はなんの疑いも持たずに近寄っていく。
梢を手近な石に座らせ、頭に手を置いた。
「では始めよう」
この日、何度目か数えきれない『始めよう』をジャックが口にすると。
「う……う……」
なぜか、梢は苦しそうな声をあげた。
消えてたまるか、消えたくない。
まるで早紀と魚子が、そう言っているかのように。
「なに……しやがる……」
苦しそうな声。
この口調、早紀だ。
「まずい、一度催眠術で眠らせるぞ」
ジャックも、早紀も、額に大粒の汗を浮かべている。
恵も、いつになく真剣な顔で、見守っている。
白鳥は、呆然としている。後悔しているのだ。
苦しそうな早紀を見て。
(こんな……こんな大変なことだったなんて……)
「ふう、やっと落ち着いたか。もう一息だな」
ジャックは、ブツブツとなにかを言っている。
おそらく、早紀と魚子の心を封じ込めようとしているのだ。
白鳥の頭に、不意に声がよぎった。
『殴るのは案外、愛情表現なのかもよ』
『ありがとう、お兄ちゃん』
気がつくと、白鳥はこう叫んでいた。
「もうやめて! やめてください!!」
しかし、時既に遅し。
「ふう、だいぶ手こずったが、成功だ。ところで、いまなにか言ったかね?」
「え……」
白鳥は絶句した。
気づくのが遅すぎたのだ。
「では、私はこれで。その子もじきに目を覚ます。多重人格は治っているはずだ」
ジャックは行ってしまった。
取り返しのつかないことになってしまった。
「……………………」
恵も、他のみんなも、白鳥を責められなかった。
――――作者のコメント(自己弁護?)
どうも、ここに『まほらば~三つの心~』の第七話をお届けします。ルーラーです。
ツッコミどころは山ほどありますが、それはまあ、スルーして頂けたら幸いです。
さて、物語もいよいよ佳境となりました。あと二話で完結なのですから、そうならなきゃ嘘です。
さあ、この事態がどう解決へと向かうのか、楽しみにして頂ければ幸いなことこの上ありません。
短めになりましたが、今回はこれにて。
それでは、次は『まほらば~三つの心~』の第八話でお会いできることを祈りつつ。
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