心の底
「とりあえず、大家さんは部屋に戻したわよ」
「…………」
白鳥はあれから一言も発せずにいた。
「あの人、インチキ臭かったから、失敗してるかもよ」
恵は、ずっと白鳥に声をかけてはいるが、白鳥は、落ち込んだ表情を、隠そうともせずに、しょげ返っている。
(かなり深刻だわねー。無理もないけど)
いま、白鳥の心にあるのは、後悔と自責の念だけである。
もはやお門違いとわかっていても、ジャックを恨んでしまう。
(ジャックさんに会わなければ、こんなことにはならずにすんだのに……)
重い空気が白鳥を包んでいる。
白鳥は、なんとなくわかっていた。
なぜ恵と珠実が、多重人格を『面白い』と言っていたのかを。
早紀も、魚子も、ひとつの命だ。
なのに自分はそれを受け入れられずに、ただ梢に戻るのを待っていた。
目を背けていたのだ。
軽い気持ちでしたことが、とんでもない結果を生んでしまった。
ジャックが手をかざしていたとき、苦しそうにしていたのは梢じゃない。
早紀と魚子だ。
消えることを、本能で知ったのだろう。
(どうしよう……)
「梢ちゃんが目を覚ましたですよ〜」
梢の部屋にいた、珠実が呼びに来た。
「えっ……」
白鳥は、弾かれるように顔をあげた。
「で、どんな感じなの? 元気? 息してるの? ねえ、どうなの?」
恵が矢継ぎ早に質問を投げかけると、珠実は困った顔をした。
「それが、よくわからないですよ〜」
「よくわからない? あれ、白鳥クンは?」
ついさっきまで横でしょぼくれていた白鳥がいない。
「白鳥さんでしたら〜、部屋に行ってしまいましたよ〜」
「ええっ、もう?」
恵と珠実も、急いで白鳥のあとを追った。
「ふう、まったくもう、ずいぶん早いわね。どういうつもりなんだか」
「桃さん、走りながらしゃべると、舌かみますよ〜」
自分も走りつつ恵に言った。
そして。
「ハアハア……、どう? 白鳥クン?」
恵が肩で息をしながら部屋に入ってきた。
「ええ、それが……」
梢は起き上がっている。だが、目が虚ろだ。どこを見ているのかが、わからない。
梢は、真っ暗な空間にいた。
そして目の前に、自分にそっくりな人が二人。
「世の中には、三人、同じ顔の人がいるっていうけれど……」
次は早紀が言った。
「なに言ってんだ。てめェらがアタシに似てるだけだよ」
そして魚子は、
「わたしが三人いるー」
そう、ここは三人の心が、入れ代わる場所。
心の中心。
でも、梢意外は、薄く平べったい『なにか』によって、さえぎられている。
「ここから出られないよー」
魚子が言う。
すると梢は、
「待ってて。いま、出してあげる」
梢が触れると、その『なにか』は、消えてしまった。
「おい、こっちも出してくれよ。これ、カンにさわる」
「え……、うん」
言葉遣いがとても乱暴なので、最初、怖気づいたが、その『なにか』に触れると、怖いという感情もなくなった。
理解できたというか、なんというか、あまりよくわからないけれど。
「さて、白鳥をからかってくるかな。お前らは眠ってろよ。そのうち起こしにくるからよ」
「うん、おやすみー」
魚子はおとなしく、元来た道を戻っていった。
梢も、白鳥をからかう、と聞いても、咎めもせずにクスッと笑っただけだった。
それは、三人の心が繋がっているからなのかもしれない。確かなことはわからないけれど。
三人がばらばらになると、記憶も分かれた。
――――作者のコメント(自己弁護?)
『まほらば〜三つの心〜』を完結させるために、ひたすら執筆しております、ルーラーです。
今回は僕が比較的得意としている『抽象的な描写』があります。こういう『精神世界』を書くのが、僕はきっと好きなのでしょう。なんか、言葉にするのが難しい状況を、自分なりに文章に起こしてみるのがなかなかに楽しくて。
さて、『まほらば〜三つの心〜』もいよいよ次で最終話です。別に劇的ななにかが起こるわけではありませんが、最後までおつき合い頂ければ嬉しい限りです。
それでは、同時にアップした『まほらば〜三つの心〜』の最終話、楽しんで頂けることを祈りつつ。
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