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綾乃、律動
著者:新夜詩希


―1―

「ミギャァァァァァァ!!」



 月と星が出会う静か……だった宵の口。響き渡るは阿鼻叫喚。新種の音波兵器かと思しき空間の揺らぎは、あらゆる生物の鼓膜を強烈に刺激する。
 その発生源は目の前の『お城』。苦労に苦労を重ね、一代でモンスター企業にまで成長させた大人物の先代からその地位を引き継ぎ、社長の座に踏ん反り返って娘を愛でるだけというあーぱー世襲社長が経営する『鏡弥コンツェルン』の社長邸宅である。その概観は無駄に豪奢。このご時世において贅沢の粋を間違った方向に極めた、色んな意味でお城である建造物。その中心部より、件の怪音波は発せられている。

「ブラボー綾乃! 父さんは感動の涙を止める事が出来ないよ!」

「綾乃ちゃん! 貴女は天才よ! 可愛くて優しくて才能があって……ああっ! 貴女が天使でなくて何だというの!!」

「まあ、お父様にお母様ったら……。そんなに褒められても困りますわ……」

 問題の発生源。お城の一階にあるサロン。そこには涙を流して絶賛する二人の中年男女と、「困る」と言いながらも満更ではない様子でヴァイオリンを携えた一人の少女。

 この少女こそが、何の因果か神の悪ふざけか、はたまたバカの采配なのかは知らないが、在り得ない事に今作の主人公となっている鏡弥綾乃。そしてツッコミ所満載の賛辞を贈る中年男女が綾乃の両親だ。前述した『あーぱー世襲社長』というのは勿論、この中年男性の事であり、『愛でる娘』というのは綾乃の事である。こいつらは家族まとめて世界遺産に登録してはどうか。

「おお綾乃、父さんはずっと綾乃の演奏を聴いていたいよ!」

「まあ綾乃ちゃん、もう一曲弾いてくれないかしら? 私もまだまだ聴いていたいわ!」

「はい、分かりましたわお父様、お母様!」

 そう言って綾乃は再び、肩に乗せたヴァイオリンに左手の指を添える。その仕草だけは実に優雅である。そしてヴァイオリンに弓を掛け、一呼吸の後、弦の上を滑らせるように弓を引くと―――



 刹那、この世のものとは思えない怪音が、サロンのみならず宵口の薄闇に響き渡る。



 人呼んで『綾乃リサイタル』。その音色の正に殺人兵器と言っても過言ではない超絶的破壊力は、あまりにも筆舌に尽くし難い。音程・リズムが合っていないのは当然。それよりも何よりも、酷いのはこの音色である。例え地獄の怪鳥が咆哮を上げようとも、この音よりは生温い。何をどう弾けばこのような音色が紡ぎ出せるのか、これはいっそ神域の業に他ならない。聴くもの全ての鼓膜を直撃し、脳髄までをも侵食する悪魔の波動。不協音とかそういったレベルの話を遥かに凌駕している。
 事実、周辺を飛んでいた野鳥や野良猫、野良鼠の類までもが断末魔に近い叫び声を上げて逃げ去っている。この殺人的音響空間の中で生きられる生物などおるまい。……この変人家族を除いては。お前達は取り敢えず耳鼻科に行くがよい。その鼓膜構造は人としてあり得ない。否、精神科が先だろうか。
 この惨事は決して楽器そのものの所為ではない。何故なら綾乃が弾いているヴァイオリンは『ストラディバリウス』と呼ばれるヴァイオリンの名器中の名器で、お値段何とン億円というキ○ガイ沙汰。弾く人間が違いさえすれば、その音色は天上の歌の如く涼やかな響きを聴かせるであろうに。これは最早楽器……というよりも歴史、特に音楽史そのものへの冒涜としか思えない所業である。

「昨日弾けるようになった『カルメン幻想曲』をやってみましたわ、お父様お母様!」

「おお綾乃、もうそんな難しい曲が弾けるようになったのかい!? やっぱり綾乃は最高の娘だ!」

「まあ綾乃ちゃん、今度パリの楽団に紹介してあげるわ! 貴女なら間違いなく世界最高のヴァイオリニストになれるはずよ!」

 そんな原曲など見る影もなくなった『カルメン幻想曲』を心の底から絶賛する綾乃の両親。原曲の『カルメン幻想曲』は超絶技巧を使用する名曲である。確かに綾乃の奏法は違う意味で超絶技巧ではあるが、彼女が舞台に立ってしまったら間違いなく死人が出るだろう。南無。お前らがそんなだから綾乃がそうなってしまったのだ。恥を知れ。
 因みにこのお城にはもう一人、使用人として勤めている『トメさん』という、年齢はおろか性別さえも分からない斜め上な人物もいるのだが、真っ当な耳を持つ人間であるこの方は当然綾乃リサイタルの恐ろしさを知っているので、『お嬢様の素晴らしい演奏を私如き使用人が耳にするなど、恐れ多くも勿体無い事でございます』との理由を付けて、今は耳栓装備の上防音設備に優れている地下室へ引きこもっていたりする。ふむ、この方は他のバカ共と違いなかなか世渡り上手のようだ。人として尊敬に値する。

 そうして今日もいつも通り、地獄の綾乃リサイタルを皮切りに夜が始まるのだった―――





 おっと、挨拶が遅れたな。久方ぶりだ、諸君。私はこの作品の地の文担当、『脳内ツッコミ野郎』こと『フランス生まれのニクイ奴』こと『ムー大陸の忘れ物』こと『パラダイム・パラドックス』こと『ベル○ンディーは俺の嫁』こと『熱血☆自演乙』こと『べ、別にアンタの事、大好きなんだからねっ!』こと『汎用愉快型農村制圧決戦兵器超合金毒舌仕様』、ミッシェル権八だ。私の事は『ミッちょん』と呼んでくれ給え。サランヘヨ。



―2―

「さ〜て、今夜も元気に参りましょう♪」



 夜は深まり、秘め事をするには持って来いの時間帯。入浴を終え、両親との歓談も終え、当然の如く学校の宿題の存在など思い出しもしない綾乃は一人、自室の勉強机に向かう。引き出しから取り出したのは一冊のノート。都麦学園に入学し、『とある出会い』を果たしてから数ヶ月来、実に通算30冊目にも及ぶノートである。

「嗚呼……今日も素敵でしたわ、お姉さま……」

 うっとりした表情でノートに何かを書き綴る。
 このノートのタイトルは『九恵お姉さまお慕い申しておりますわスーパースペシャルプリティーデラックスラブラブニャンニャンローリングカミカゼサンダースウィーティストキャンディーキャラメルマキアートシェイキッダウンシェイキッダウンルビーバニラ添え甘酸っぱくも刺激的、なのに耽美で魅惑的なのは一体どう言う事なのかしらデスストロベリー風味ノート』という、一息で読めないどころか最早常人の理解を軽く100億光年ほど凌駕しているシロモノである。取り敢えず、タイトルに関しては100兆歩ほど譲ってスルーしておいてくれ給え。ツッコミ始めたら夜が明けてしまう。

「『お姉さま 募る愛しさ ああ無情』……す、素晴らしいポエムが完成してしまいましたわっ! 早速メモですわっ!」

 相変わらずの綾乃の感性はうっちゃっておいて、この『九恵お姉さまお慕い(中略)ノート』の恐るべき中身。それは、綾乃が恋焦がれる生徒『九樹宮 九恵(女性)』への思いの丈、九恵について知り得たデータ各種、日頃観察していた様子、願望、理想、想像、妄想、似顔絵、計画、計算、測定、予言、神託、その他もろもろのとても人様の前では口に出せないような事を一切合財臆面も無くブチ撒ける為のノートである。チラ見しただけで法や道徳や倫理に抵触している記述もわんさか出て来る。これは一種の地獄の黙示録やパンドラの箱のようなものだろうか。

「『お姉さまゲット大作戦・第16853項案。鏡弥コンツェルンの総力を結集して開発した巨大マジックハンドを使ってお姉さまを捕まえ、鏡弥家の地下室に拘束。あとは水も食料も与えずにじっくりとわたくしのオモチャになるまで調教』……こ、これは素晴らしい意見ですわっ!」

 そんな鬼畜系エロゲも真っ青な意見を至って本気で発案しつつ、恍惚とした表情でノートを書き潰していく綾乃。その情熱をもっと他の事に傾ければ……否、それは言っても詮無き事だ。何故なら、こうして九恵を想い、固有結界<男の遠き桃源郷(heavenly hallucination)>を発動している今この時こそが、綾乃のアイデンティティーなのだから。……作者も惨い事をする。人の作品の二次創作でこのような蛮行……否、愚行をかましているのだから。

「お姉さま………はふぅ………♪」

 長き時を経て一頻り書き倒した所で、綾乃は力尽きるが如く天蓋付きの所謂お姫様ベッドに倒れこむ。それでもキチンと毎晩ベッドで眠るあたり、曲がりなりにも育ちの良さが窺える。明らかに方向性は失敗しているが。その穏やかな表情は、実に幸福に満ちている。恐らく九恵の夢でも見ているのだろうが、しかし……時は既に空が白み始める『早朝』と呼んで差し支えない時間帯だ。

 お分かり頂けただろうか? こうして綾乃は今日も、バッチリキッカリいつも通り寝坊して遅刻の一途を辿るのである―――――





 第1話冒頭に戻………否、第3話に続く……のか?



――――管理人からのコメント

 とりあえず。
 『固有結界』という単語に吹きました(笑)。
 綾乃の両親もすごいですよね。この親にしてこの娘あり、というか……。

 それにしても、ハチャメチャぶりがレベルアップしていますね。
 これをシキさんが書いたというのが正直、信じられな……いや、ブログとかでもたまにこういうテンションになりましたっけ(笑)。
 それでは。



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