夢の迷子
著者:管理人


 夢を、見ている。

 よく見る夢。

 大事な夢。

 来るはずのないときが来るのを願って、幾度もこの夢を見る――。


 夢を、見ている。

 永遠に続く夢。

 早くこの夢を終えて別の夢を見たいと思っているのに、なのに、どこかでもうひとりの自分がこの夢を終えたくないとも願っている――。


 夢を見始めた日のことが頭から離れない。忘れたいとも思わない。だってそれは、大切な日であったことも事実だから。

 涙がとても、しょっぱかった。

 温かみを感じられた廊下が、冷たかった。

 男の子が描いた絵が、温かかった。

 でも、その絵はなぜだか、悲しくもあった。

 なぜ悲しかったのかは、はっきりとしない――。


 大きくなって、学校に行くようになって。

 だけど、一日が終わると必ず夢の中へと帰ってくる。

 ――ところで、これは本当に夢?

 もうひとりの自分が訊いてきた。

 夢だ、という確信は自分の中にはない。

 もしかして、学校に行く毎日こそが夢?

 いま、ここにいるのが現実?

 自分で答えは出せない。

 だから、待っている。

 答えをくれる人を。

 あの男の子を。

 問いかけてくる人を、私は知らない。

 もうひとりの自分は誰なのか、考えたこともなかったし、それに、これからもきっと考えない。

 そう、考えない――。


 夢を、見ている。

 泣いている私をなぐさめてくれるのは、あの男の子だけ。人は、こんなにもたくさんいるのに。

 ほら、またなぐさめてくれてる。

 温かい絵と、穏やかな笑顔で。

「――またね」

 それは、誰の言葉だっただろう。

「さよならは、言わないね」

 夢が――見える光景が段々とぼやけてきた。

 でも、これは終わりじゃない。

 またこれまでと同じように、繰り返されるから――。




 彩桜(さいおう)学園の高等部、2年3組の教室。
 恵理(えり)は静かに目を覚ました。

 現在、授業は6時間目。身体がどこかふらつくように感じられるのは、うたた寝をしていたからだろうか。幸い先生には見つからないで済んだらしく、恵理はほっと安堵した。

 視線を黒板に移すと、いくつか公式が書いてある。

 ――そっか。いまは数学の時間だったっけ。

 急いでノートをとろうとシャーペンを握りなおしたそのとき、チャイムが鳴った。

「よし、今日はここまで。ここはテストに出る大事なところだから、ちゃ〜んと復習しておくように」

 数学の先生はそれだけ言うと、黒板に書かれた公式を消して足早に教室から出て行った。

 しばしペンを握りなおしたその姿勢のまま固まる恵理。だがしかし、固まっていても仕方ないと思い直して、ため息をつきながらペンをペンケースに仕舞う。

 ――あとで友美(ともみ)ちゃんに見せてもらおうっと。

 そう割り切って恵理が帰り支度を始めていると、

「恵理ちゃん〜」

 友美が話しかけてきた。

「あっ、友美ちゃん。ちょっと頼みたいことが――」

「お客さんですよ〜」

「お客さん?」

「はい〜」

 のんびりした声でうなずき、教室の出口のほうを目で示す友美。そこには一人の少女が立っていた。

 外見は恵理たちよりも幼く見えた。確認のため、少女の上履きに視線をやる。そこに走っているラインの色は赤。1年生の生徒であることを示す色である。やはり彼女は恵理たちよりも下の学年であるようだ。

「なんの用だろうね?」

 恵理は机の上にカバンを置いたまま、少女のほうへと近づいていった。

 恵理が近づくと少女は緊張からか、怯えのようなものを見せた。しかし近づかずに話すのは変としか言いようがない。なので、なるべく怯えさせないように恵理は穏やかな表情を心がけた。
 もっとも、心がけずとも恵理の表情は穏やかなのだが。

「どうしたの?」

 恵理が笑顔でそう問いかける。すると少女の顔から怯えの色がなくなり、代わりに表情をほころばせたのだった。



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