客将と戦禍と約束の騎士
著者:shauna
それは矢羽だった。
空を埋め尽くすほどの炎を纏った矢羽。
雨のごとく降り注ぐそれは一瞬にして建物へと燃え移り、ものの数分のウチに街を炎の海へと沈めてしまった。
「アルフヘイムだ!!!アルフヘイムが攻めて来たぞ!!!!」
狼狽える村人の中で誰かが大声でそう叫んだ。
そして、まるでそれを合図にするが如く、雪崩のように街に入り込んできたのは全身を赤と黒を基調とした軽鎧で固めた騎兵だった。
騎兵達は避難もしていない・・・悲鳴を上げ続ける一般民に向かって槍を投げ、剣で斬りつけ、弓を穿つ。
響くのは悲痛な叫びと武器の音。真っ赤に燃える空とそして・・・恨みと恐怖に染まった瞳の輝きで街はまるで昼の如く輝いていた。
リナライト歴1892年・・・光の月12日。
この日、エーフェ皇国の国境の街“タルブ”が敵、アルフヘイム連合の元へと陥落した。
※ ※ ※
RC.1892年、光の月の15日。
エーフェ皇国、皇都“アトランディア”の中央に位置するヴィクトリア調の皇城“ラヴィアンローズ”の玉座の間。
その場において、これに対する軍事会議が開かれていた。
「・・・調査を進めましたところ、今回の兵力はアルフヘイム連合の中でも第3の強豪であるペラジア王国の勢力だとわかりました。その後も敵勢力はそのまま我が国に侵攻。現在は近隣の辺境兵とヘンリー=デール准男爵が一時防衛戦線を張っていて、一旦はペラジア軍勢を退かせましたが、まだ国境周辺に留まっています。」
一般将校が報告を終え、頭を下げる。
それと同時に、他の上級将校達が口を挟んだ。
「・・・奴らに襲撃された集落は2つや3つでは済まされん。犠牲者も相当な数だ。」
「このまま放っておいてよろしいのか?こちらから攻めこむと言う選択肢もあるぞ。」
「私もそれに賛成だ。このままで済ましていいはずがない。」
「つまり、敵に潰される前にこちらから敵を潰してしまおうと・・・そういうわけですか?」
「無論だ!!!このまま舐められたままでたまるか!!!」
白熱した議論が飛び交う。
当然だ。なぜなら、自分の国が奇襲を受けたのだから。
だた・・・
その中でたったひとりだけ、皆が大声で言い合うテーブルの周りではなく、少し後方の柱に冷めた態度でそれを見つめている
全身を白銀の鎧で覆い、地につくほど長い純白のマントを靡かせたその男は、金色の髪と共に、非常に端正な顔立ちをしていた。
「痴れ者共が・・・」
男は小さな声でそう呟く。
「え・・・」
その一言が聞こえたのは隣で控えていた黒い鎧に身を包んだ側近だけだった。
驚いて思わず呟いた一言に男はフッと笑いかける。
「ジュリオ将軍。どういう事ですか?」
側近の男の質問に男は答える。
「わからないかヴェフリ。」
せせら笑いすら浮かべながら、ジュリオは目の前で大討論を引き起こしている武官達をまるで嘲るように言う。
「奴ら・・・このままだと連合軍に・・・いや、ペラジアの国土へ進行するつもりだぞ。」
「当然でしょう!?」
ヴェフリは怒ったように言い返した。
「このままじゃ、舐められっぱなしです!!それに犠牲者だって!!」
「では聞くが・・・戦いを仕掛けてペラジアを乗取って、それで今回犠牲になった者たちはうかばれるのか?ん?」
「そ・・・それは・・・」
言葉に詰まるヴェフリにジュリオは大きなため息をついた。
「ヴェフリ・・・お前はもう少し合理的に物事を見ようとする努力をすべきだな・・・いいか?まず、今回の作戦。お前が敵側の軍人だったらどう考える?」
「どうって・・・そりゃ・・・」
「言い方が悪かったから言い直そう。お前が敵側の軍人なら、何故あの村を襲った。」
「それは単純に自分の力を見せつけたいからで・・・」
「そんなわけあるか、バカが・・・」
疲れたようにジュリオが嘆息する。
「いいか・・・どこの国でもそうだが、意味もなく敵を攻撃するようなことはしないんだよ。しかも、今は戦争中だ。そんな状況下で、無駄に兵力を削ぐようなマネだけは防ぎたいと考えるのが世の常だ。・・・逆に言えば敵としては・・・」
「こちらの戦力を削ぎたいわけですね・・・」
なんとなくシステムがわかってきたヴェフリにジュリオは「その通り。」と頷いた。
「つまりそれを踏まえて、お前が敵だったら“敵国に侵入し、民を殺して国境近くまで撤退した”今、何を考える。」
「・・・もし俺が敵だったら・・・」
「そう・・・もしお前が敵だったら・・・」
ハッと何かに気がついたようにヴェフリはジュリオの顔を見つめた。
「・・・・・・まさか!!」
「そう・・・私がもし、敵の司令官なら、敵軍の反撃が一番嬉しい。領土内に山のように罠をしかけ、来る奴らを全員まとめて一掃してやるよ。なにしろ、敵国ならいざ知らず、自分の国内なら好きなだけ罠でも魔法陣でも仕掛けることができるからな・・・」
「じゃ・・・じゃあ、あそこの武官達って・・・」
「そう・・・そんな単純なことにすら気が付かず、敵国に攻め込もうとしているんだ。ちなみに、そんなことを考えられるのも至極簡単な理由だがね・・・。」
「理由・・・ですか?」
「そう・・・理由は自分が戦わないから・・・。自分が戦場に立ったことも無く、人を殺したことなどありはしない。そんな奴が指揮を取っているんだ。おそらく戦争などゲーム程度にしか思ってないんだろうよ。自分たちが名家の出であることを鼻にかけ、下の者の兵士が怪我をしようが死のうが自分たちには関係のないことと再びゲームを楽しむ。いわば、実力主義とは名ばかりの世襲制軍需国家の内面ってとこだな・・・誠に持ってバカバカしい。」
「そんな・・・」
「まあ、そのおかげで・・・私のような客将や、グロリアーナのような戦前で戦う将軍達が利益を上げるんだ・・・皮肉なものだな・・・。」
「チェザーレ将軍・・・」
「少し静かにしてくれないか!!チェザーレ将軍・・・!!我々は今、重要な会議をしているのだが!!」
目の前で会議をしていた武官達にそう叱責され、ジュリオは静かに「失礼・・・。」と静かに頭を下げる。
そして・・・
「では、私が行きましょうか?」
その言葉に武官達の視線が一気にジュリオに集まる。
「閣下方が決めかねると言うなら・・・私の舞台がとりあえず、国境の向こう側まで追い返します。それからまた、国境の向こう側での事は考えればいいではないですか?とりあえず今守らなければならないのは国民ですよ。」
「うむ・・・しかしだな・・・。」
そうなるとやはり心配なのは自分たちに対する民衆からの声なのだろう・・・
ジュリオは元々民間の義勇軍の兵士。そして、軍よりも高い功績を上げ続け、そのせいで正規軍よりも民衆からの支持が出てしまった。
だからそこ、かれら武官達は彼を客将として迎え入れたのだ。
これ以上義勇軍の支持が上がらぬように・・・
そして、ここでもしジュリオを出して、自分たちが手を拱いて会議をしていた3日間よりも短く・・・例えば出陣から2日で侵攻を全て追い返してしまったとしたら・・・
正規軍は自分たちの役立たずを証明してしまう。
武官達からすればそれをどうしても避けたいのだろう。
今こうしている間にも・・・市民は死んで行くというのに・・・。
「なら、あなた方が命令すればいい・・・報道では『今回の事件は“ジュリオ・チェザーレ”に処理させたいと考えたために命令を中々受領しようとしないため、3日間に渡り説得し、やっと出陣にコジつけた』と・・・」
「う・・・む・・・まあ、それなら・・・」
武官はそう言って頷いた。
「では、改めて命令する・・・ジュリオ・チェザーレ・・・及びその傘下の舞台に命令する。急ぎ国境近くまで向かい、今回の事態を平定せよ。」
その言葉にジュリオは静かに足を折り、最高の礼を尽くしたお辞儀をした。
「仰せのままに・・・」
議会がとりあえずの解散を見せ、武官達が立ち去ってからジュリオも静かにその場を立ち去った。
「気に入りませんね・・・あの連中・・・」
従属するヴェフリがジュリオに問いかける。
するとジュリオはフッと笑った。
「気に入る気に入らないなど些細な問題だ。」
「でも・・・軍上層部がこんな状態なのに・・・俺たちに戦う理由ってあるんでしょうか?」
頭を垂れるヴェフリの肩をジュリオが軽く叩く。
「・・・それも些細な問題だ。」
「え?」
「無ければ見つけろ。国民を守りたい。自分の力を活かしたい。なんでもいい。目的なくして戦っていては、それこそ軍の奴隷人形になってしまう。」
「奴隷・・・人形ですか・・・」
「その通りだ。ヴェフリ。出発は明日の明朝7時。それまでに隊の全員に出発準備をさせておけ。」
「了解です。」
しかしまだ不満そうにしている彼に、ジュリオは静かに言いかけた。
「心配するな。気に入らないのは・・・ワタシも同じさ。」
と・・・
「何が気に入らないって?」
後ろからかけれられた声にヴェフリの心臓が撥ねた。
やばい!!
もし今の会話を聞かれたのがさっきの馬鹿な官僚たち・・・あるいはあいつらに通じている奴らだったら・・・
秘密の漏洩を防ぐためにヴェフリは静かに腰の剣へと手を伸ばし、そして、静かに振り向く・・・と・・・
途端に剣から力が緩んだ。
というのも・・・そこにいた2人の人間は・・・
いや・・・もっと正確に言うと、一人の女性は・・・
とてつもなく綺麗な人だったのだから・・・
肩辺りまであるセミロングの髪も瞳もまるで燃える火のような赤をしていた。
そして体に纏うのはソレに合わせたストールと赤のドレス。
手には黒のドレスグローブと扇。
隣にはきちんとした身なりの執事らしき金髪の美男子が控えていた。
それだけでも彼女はかなり高貴な身分であることを表しているのに・・・
彼女は・・・まるで神話に登場する女神なんじゃないかと言うほどに美しかった。
それこそ・・・100人が100人魅了されてしまうほどに・・・
「シェリー・・・」
ジュリオが振り返りその名を呼ぶ。
その名には聞き覚えがあった。確か・・・そう・・・
シェリル=リ=シェリサント・・・元皇室近衛騎士隊隊長にして、元側室皇后。
すなわち・・・
現在の国王とその摂政。キャスリーンに全てを奪われた・・・いや・・・無理矢理剥奪された人物。
「なになに〜?またあのアホどもワケの分からない事言い出したの?」
彼女の言葉にジュリオはスッと笑って返す。
それは常に側に控えているヴェフリでも見たことの無い晴れやかな表情だった。
「何・・・大した事じゃない。ちょっと面倒な仕事なだけだ。」
「まあ、気に病む事ないわよ。あのバカ共の相手を真面目にしてたら肩が凝るだけだしね・・・」
「肝に銘じておくよ。で、シェリー・・・そっちもまた任務か?」
ジュリオの投げやりなこの場にシェリルは嘆息する。
「そうなの・・・IMMを用いてシルヴィア山脈の砦を奪還しろ・・・だってさ・・・無茶言ってくれるわよね〜・・・。しかも機関は2日以内。」
IMM・・・その名前もヴェフリは聞いたことがあった。
Independent Movement Military・・・つまり独立機動隊のこと。
シェリルの唯一の直轄機関ではあるものの、その名前の優美さに反し、その実は寄せ集めばかりのゴミ部隊で、本来戦闘が行えるような部隊ではないと聞く。ソレにも関わらず、任されるのは大抵最前線かあるいは無茶苦茶な攻略戦なのであり、殉職者も多いと聞く。実際、今回の任務にしても数ヶ月前に攻略されてしまい、正規軍が現在も攻略出来ないでいるシルヴィア砦を2日で奪還など不可能に等しい任務だった。
しかしどういうわけか、現在までの任務の成功率は100%であり、軍としては目の上の単瘤(たんこぶ)らしい。つまり自分たち、義勇軍上がりの人気者と同じ状況だった。
「まあ、こっちはいつも通りなんとかするわ。そっちは大丈夫そうなの?」
シェリルの言葉にジュリオは静かに首を振る。
「まあ、正直なところかなり厳しいな・・・。俺の隊は義勇軍上がりだから・・・本軍からの人員援助は一切無い。人数は減っていくばかりだ。」
「あのジジイ共に言わせれば、私も・・・それからあなたも邪魔者に過ぎないのよね・・・まあ、状況が状況だし・・・後ろから味方に撃たれないだけでも安心しなきゃ・・・」
「・・・そうだな・・・」
「でも、まあ、人数不足だっていうのなら、ウチから一人、ソッチに廻してあげましょうか?」
その言葉に今まで嘲笑を浮かべていたジュリオの目が見開かれる。
「本当か?」
「ええ・・・こっちの山が終わり次第、そっちに一人・・・」
「冗談じゃない!!」
ヴェフリが入れた横槍に2人とも目を見開き、彼を見つめる。
「たった一人だけ支援にこさせて何だと言うんです!!それも寄せ集めを!!人員を何だと思ってるんですか!!まさか、あなたまで私たちを馬鹿にするつもりですか!!!いくら元王妃だからって、これはあまりにも!!!!!!」
と・・・
ゆっくりとしたペースで近づいてきたシェリルはヴェフリの前に立ち・・・
クシャクシャとその髪を撫でた。
「何この子!!可愛い!!君幾つ!!?」
「じゅ・・・18ですが・・・」
「アハハ〜・・・ウチのレーナルドと同い年だ。ねぇ?」
後ろの男―着ている服装から察するに彼女の執事だろうか―に問いかけると男は静かに腰を折って「御意」と返事をした。
「シェリル・・・済まないな・・・部下が失礼なことを言って・・・」
ジュリオが静かに頭を下げると「いいっていいって・・・」とまた軽い感じの返事が帰ってきた。
「ヴェフリ君まだ若いわね〜・・・そーゆーのは・・・私は嫌いじゃないな〜・・・でもね・・・」
シェリルがその顔をもう少しで唇が触れるところまで近づけた。
「でも・・・状況を考えられるようにならなきゃ、一人前にはなれないわよ。貴方達は今、とってもキツイ状況・・・そうでしょ?」
「・・・はい・・・」
苦しそうにヴェフリが答える。いや・・・あるいは悔しそうにだろうか・・・
「でも、国の為に命を捧げるのに、躊躇いはありません!!」
「うん・・・それはもちろん私もだから、よくわかる。でもね・・・今回の作戦・・・どっちかって言うと、先導したのはあの無能なジジイどもよ。あのゴミに命を捧げるのは御免でしょう?ね?」
それを聞いて、ヴェフリは「うっ・・・」と押し黙った・・・
もはや、ぐうの音も出ない・・・そう判断したシェリルは笑って顔を離した。
「ま、そんなわけだから、援軍が居るに越したことはないでしょう?それに、私がたった一人で送るぐらいだもん・・・期待していいわ。あの子は一人で100人分の仕事をする。そういう子なの・・・」
ヴェフリが目を見開く。だってシェリルの言葉・・・
それはまさに信じられない言葉。
一人で100人分・・・
それはつまり・・・魔術師・・・あるいはそれに順ずる人間・・・
優秀な技術を持ち、たった一人居るだけで勝利の鍵を作ってしまう・・・
それゆえに、エースを超える呼び名・・・この国の言葉において、“ストライカー”と言い称される絶対の強者・・・。
だた・・・
現在、その“ストライカー”として認められているのは現総員200万人といわれるエーフェ皇国軍内において、最上特殊特務騎士隊である円卓の騎士団(レオン・ド・クラウン)を入れても僅かに20人前後・・・
そんな貴重かつ有力な人材が、寄せ集め部隊と称されるIMMに存在するのだろうか・・・
そして・・・
もし仮に居たとして・・・正規軍がそれを放っておくだろうか・・・
権力と力・・・そしてなによりも人気が欲しい国軍は有力な人材や国民からの支持がある人材と知ればすぐに義勇軍に召集令状を叩きつけ、半強制的に国の見世物的なポストへ付けるというのに・・・
それとも一応、元皇后の直轄部隊としての例外か・・・
まあ・・・しかし・・・
シェリルの言うとおり、今は一人でも人材は多い方が良いに決まっている。
なのでヴェフリは静かに頭を下げ・・・
「先程の言葉・・・大変失礼致しました。援軍の件・・・どうぞ、よろしくお願い申し上げます。」
と最高の礼を尽くした侘びと敬意を示す。
シェリルはソレに対し、
「やめてよ・・・照れるじゃない・・・」
と静かに目線を逸らし・・・
「まあ、わかったわ。任せなさい。」
そう言って踵を返し・・・
「少なくとも,私が生きてる限りは・・・一人でも多くの兵士を助ける・・・そう決めたから・・・」
「え・・・?」
「いえ・・・なんでもないわ・・・忘れて頂戴・・・」
そのままシェリルは廊下の向こう側へと消えていった・・・。
「ヴェフリ・・・行くぞ。」
ジュリオがそう呼びかけ、歩き始めたため、ヴェフリも慌てて「待って下さい!!」と後を追う。
一方その頃で・・・
シェリルはというと・・・
さきほどの会議室の前でその歩を止めた。
「状況は?」
「順調です・・・すべて予定通りに始まり・・・予定通りに終わるでしょう・・・」
中でなにやら新たな企みをしている様子の武官達・・・
それを見て、シェリルは再び、執事を引き連れて、歩き去っていった。
「レーナルド・・・私たちは私たちの仕事をするわ。6時間後・・・16:00にてIMMは出陣。私も出るから、武器の用意を・・・」
「御意・・・それで、チェザーレ将軍の方はどうします? 掃討作戦が終了し次第の転身を?」
「いいえ・・・シルヴィア砦の攻略の序盤には、多くの人数が必要だけど、プランが成功すれば中盤には殆ど要らなくなるはず。そしたら、“坊や”をすぐに向かわせるわ。」
その言葉を聞いて、レーナルドがフッと笑いを強くした。
「”坊や”・・・ですか・・・」
「駄目かしら・・・まだ若いけど、実力派十分・・・いいえ・・・十分すぎる程にそなわっているわ。」
「・・・命令時はコールサインでお願いします。」
シェリルが笑う。
「戦術プランがフェイズ3まで終了した時点で、リブラ7(セブン)をチェザーレ将軍の援軍に向かわせなさい。馬は手配しておいてね。」
「仰せのままに・・・」
準備のため、一人離れて行く、レーナルドを見送りつつ、シェリルも準備のために自室へと戻る。
そして、先程の、会議室から漏れてきた声を思い出し・・・
「気に入らない・・・」
ただ一言・・・
そんな言葉を残しつつ・・・
※ ※ ※
いざ、戦場の“農村タルブ”に着いてみると・・・
そこはまさに地獄だった。
焼き払われた村からは未だ死臭が立ち込め、焼けた脂の油分で唇が濡れる・・・
血を踏まずには歩けないほど、地面には血溜まりが出来、生き残った者たちの顔は皆、死人のようだった。
「4年前と・・・同じですね・・・」
ヴェフリの言葉にジュリオが首を振る。
「4年前の方が酷かったさ・・・たった3人を残して・・・皆殺しだからな・・・しかも・・・今現在、その生き残りは聖女以外消息が掴めないらしい。残りの2人は一人はこの村で失踪。もう一人は皇都の教会から失踪したそうだ。唯一の証言者が後から到着したエリーただ一人ということもあって、未だに調査が難航してるんだそうだよ・・・」
「・・・全滅・・・ですか・・・では、今回ここに住んでいた者たちは・・・」
「4年前に全滅の知らせを聞いて、新たに移住した人間たちだよ。この村は水にも土にも恵まれているからな・・・当時の被害者を葬った墓を別の場所に移し、慰霊碑を立てて、新たに生活をスタートさせたそうだが・・・皮肉なものだな・・・埋葬し治し、家を再建し、畑を使える状態にして、やっと来年は収穫ができるという時期に・・・再び焼き払われようとは・・・」
「・・・・・・呪い・・・ですかね・・・昔の村の・・・全滅した村人たちの・・・」
ためらうように言ったヴェフリの言葉をジュリオは笑い飛ばす。
「呪いならまだいい・・・恨む相手が大自然や心霊など、目に明確に映らないものだからな・・・だが・・・今は明確に敵が見えてしまっている・・・連合軍と言う・・・今回だとペラジア王国という敵がな・・・これは本当に嫌な状況だよ・・・人々が・・・国民が・・・明確に恨む対象を描いてしまっている。そして・・・その矛先が間違った方向に向けられることもある・・・」
「間違った方向・・・ですか?」
ジュリオが頷く。
「そう・・・恨みは怒りに・・・そして怒りは凶器になる・・・いや・・・狂気と言うべきか・・・。」
「狂気・・・」
「そう・・・そして・・・表面に怒りは時間か・・・あるいは血をもってしか沈めることはできない。まったく厄介だよ・・・人間の感情というのは・・・」
「はあ・・・」
「そして・・・やがて、爆発した怒りは・・・敵に向けられる・・・だが、訓練されたプロの兵士に、田畑を耕す農民が適うはずもない。となると・・・次に怒りが向けられるのは国家だ。」
「それは・・・戦争をしている・・・エーフェ皇国へ・・・ということですか?」
ジュリオが頷く。
「その通り。」
それを聞いた途端にヴェフリはやっと、ジュリオの言わんとすることを理解できた。
戦争中に怒りが溜まった国民が反乱する。
4年間にもわたる戦争の中で疲弊した兵士・・・そしてただでさえ、アルフヘイム連合の驚異にさらされるこの状況で・・・
国民が内乱を起こす。
その結果起こりうる事態・・・それはすなわち・・・
国家の転覆である。
そして、おそらく、大陸の半分を占める大国が無くなれば、経済貿易・・・その他すべての点において多かれ少なかれ影響を及ぼすだろう。
結果として、起こりうるのは・・・そう・・・
この大陸が数千年に渡り培ってきた歴史の没落。
数百年前の怒った暗黒時代の到来だ。
いや・・・あるいはアルフヘイム連合による植民地化されたエーフェ内での暴政か?
どちらにしろ、国民はさらなる不安と苦渋を舐めることになる。
「避けなければならない事態ですね・・・」
その言葉にジュリオは・・・いつにも増して重い真面目な顔で頷いた。
※ ※ ※
一方その頃で・・・
エーフェ皇国からすれば敵・・・アルフヘイム連合も、タルブの村を発端としたエーフェの国土切り取り作戦。オペレーション“ジャベリン”の準備が進んでいた。
「バーツ・イルハム中佐。」
その声に一人の男が反応する。
全員が赤の軍服を着用する中で、一人、臙脂色の軍服を着用し、胸にはいくつかの勲章を、して、襟につけられた階級章が彼がこの作戦の現場責任者であることを示していた。
静かにスコールの降る窓の外を見ているためか、その声への反応はゆっくりとしたもので、思わず、声をかけた部下は、
「どうかしましたか?」
と聞き返してしまう。
それに対し、バーツ中佐は「いや・・・」と苦笑いを見せる。
「ついつい懐かしくなってしまっただけだ。君は知らないだろうが・・・私は以前、国家の命令でこの村へ侵攻したことがあってね。」
「そう・・・なんですか?」
「まあな。そして、そこで出会った一人のガキを思い出してただけだ。」
「ガキ?」
「恐ろしいほどにまっすぐな目をした黒い髪に黒い目のガキだった。傍にいた小さな小娘を必死に守って・・・私に持っていたナイフの刃を突き立てたよ。今考えれば・・・中々おもしろい奴だったと思ってな・・・」
「はぁ・・・」
突然の思い出話に部下の男はワケもわからなそうに返事をする。
その空気を察したのか、バーツは静かに笑い・・・
「いや・・・すまないな・・・4年とはいえ、年をとるとついつい感傷に浸ってしまう。それで?報告があったのではないのかな?」
「あ・・・はい!!」
男はあわててファイルに目を落とした。
「侵攻作戦のことなんですが・・・」
「うむ。本部にはいつも通り、『問題無し』という隼便を送ってくれ。」
「いえ?そうではなく・・・」
「ん?」
「どうやら、敵軍本部から将軍が到着した模様で・・・」
バーツは静かに目を閉じる。そして・・・
「ジュリオか・・・」
「え?」
呟かれた言葉に部下は目を見開いた。
「ジュリオって・・・客将ジュリオ・チェザーレのことですか?」
「その通りだ。」
「となると・・・」
「作戦も変更せざるを得ないだろうな・・・」
「・・・でも・・・」
「なんだ?」
「どうして、来た将軍がジュリオだって・・・わかるんですか?」
ソレを聞いて、バーツが笑う。
「昔ならともかく、今の脆弱かつ国王の親戚ばかりで構成された軟弱な国家で、ここまで早く決断が下せるわけがないだろう?・・・なにしろ、現在の皇国宰相のジラード=フェルトマリアの無能ぶりは有名だからな。絶対に国民のことなど考えずに、自分たちの尊厳や利益を優先するに決まってる。・・・となると、こんなに早く決断が下せるだけの権力と能力があるのは・・・大将アルフレッド=グロリアーナか、客将ジュリオ=チェザーレだ。このうち、大将は現在、北の防衛戦に足止めされてる。一応、IMMという事も考えたが、奴らが出動する前には必ず無能な将軍が来て、自軍の一方的な勝利に終わる場合が多い。しかし、今回はそれほどの大勝をこちらが収めたわけではない。なら、ジュリオしかいないだろう。単純な消去法だよ。」
「・・・・・そうですか・・・」
「でも・・・となると・・・大幅な作戦変更を強いられることになるな。」
「・・・一応本部に連絡ぐらいはしておきますか?」
「そうだな・・・作戦通りにコトが進めばどうということはないが、やはり一応連絡はしておこうか?一応私も武勲を手に入れなければならないしな。下手に本部から来た男共に手柄を横取りされたのではかなわん。作戦は予定通り、明日18:00に決行する。それまで兵士に急速と食事をとらせろ。」
「了解しました。」
綺麗な敬礼の後で、部下は足早にその場立ち去る。
そして・・・
「まったく・・・戦争など早く終わらせたいものだな。」
バーツは再びスコールの降る窓の外を眺めながらそうつぶやくのであった。
エーフェ皇国軍の戦線司令部テントの中。
そこでジュリオ並びに彼の隊のメンバー、約100人は状況説明を兼ねたブリーフィングを行っていた。
現状はかなり酷い状況だった。
仮の司令官としてこの地を守備していたヘンリー・デール准男爵の私兵団はすでに損害が6割に及び、これ以上の戦闘継続は不可能な状態。
つまり、自軍の兵力は全体でも200人前後。ソレに対し、相手は5倍以上の数に及ぶ。
まさに限界ギリギリな状況。
しかも、更に悪いことがある。
それはジュリオの予想の的中だった。やはり、敵は自国領土内森の中に幾重にも罠を張り巡らせているらしい。結果、森に先発隊として派遣した人員達は現在でも帰ってくる様子を一切見せないとのことだった。
「以上が・・・現在の状況説明です。」
ジュリオの手前、申し訳なさそうに准男爵が呟く。
ソレに対し、しばしの間をおいて、ジュリオが静かに口を開いた。
「了解だ・・・しかし・・・まさかここまでの状況とは思いもしなかったよ。」
「すいません・・・私は・・・実戦経験が無いので・・・」
うな垂れる准男爵の肩をジュリオが軽く叩く。
「何、心配いらないさ。むしろ、良くここまで軍をもたせた。後は、我々の仕事だ。」
「・・・よろしくお願いします。」
お互いの敬礼の後、准男爵は部屋を出て行く。
おそらく、資料を集め、同時に部下に適切な支持を出すためだろう。
そう思ったジュリオは静かにテントの中に残った自分の隊のメンバーへと告げる。
「さて・・・聞いたとおりの状況だ。」
メンバーのなかには女性やまだ20に年齢が届かない者も何人か混じっていたが、それでもジュリオは一切動じること無く続けた。
「現在、どう考えても我が軍に不利な状況である。その為、まず初日は防衛戦を張りつつ、敵の出方を観察しようと思う。どちらにしろ、焦ったところでどうこうなる問題でも無いしな。それに明日になればシェリル閣下より派遣されるIMMのストライカーも到着する。作戦を決めるのはそれからだ。」
そして・・・ジュリオの口調は一層の強さを増した。
「いいか・・・私は作戦の度にコレを言っている。戦いにおいて一番大切なのは何か? 肉体的な強さか? 違う。 経験か? 違う・・・確かにそれらはどちらも重要なものだ。しかし一番ではない。最も大切なのは・・・君たち一人一人の命だ。・・・確かにこれは甘い考えかもしれない。だが、戦いを続けていけば、いろいろなことが有る。嬉しいこと、悲しいこと、イラつくこと・・・しかし、そのどれもが生きていなければ味わうことは出来ない。逆に・・・生きてさえいれば、かならず希望はある。これだけは忘れるな。そして・・・何か困った事態になった場合は・・・必ず私に相談しろ。一人で悩むな。死にかけた者は私の元へ来い。私が生きている限りは、少なくとも、私の目の届く範囲ぐらいは守って見せる。以上だ。」
その言葉を隊員たちは動揺した面持ちで聞き届けた。
とはいえ・・・
これを、確実に理解するのはまず不可能だとジュリオは思う。
だって、そもそも、戦場で死ぬなと言う方が間違いなのだ。
祖国のため・・・力を尽くそう・・・たとえ、命に変えても・・・そう考えているからこその元義勇軍だ。
いくら正規軍へと格上げされたところでその意志はかわらないだろう・・・
「現状を説明します。」
静まり返った会議室にヴェフリの声が響きわたった。
「現在、我が軍の防衛ラインは敵の奇襲攻撃と待ち伏せやトラップにより本土深くまで押し込まれています。しかしながら、エーフェとしてもこれを見過ごすわけではありません。現在、義勇軍並びに正規軍で、新たに部隊の再編成を行っています。そして、体制が整い次第、我が軍は速やかに反撃に移ります。
その中でもこのタルブ農村は、攻略の要所です。周りを深い森に囲まれた地形ゆえに敵の発見が困難であり、また、皇都アトランディアへと通じる街道も通っています。すなわち、このタルブ農村を敵が手中に収めるか・・・または現状の通り、我々エーフェの国土として守れるかで、今後の戦局は、“首元に剣をつきつけられるか、あるいは堅牢な盾を手に入れることが出来るか”と言うほどに変革します。
現在我が軍は547名。敵はその5倍と予測されます。ですが、地の利や武器等の状況も鑑みれば、単独行動を起こさぬ限りは決して勝てない戦ではありません。
作戦決行は夕日が傾く16:30時。各小隊はそれまでに準備を済ませておくこと。以上。」
「「「了解!!」」」
多数の怒号のような声の後、その会議は解散となり、後にジュリオとヴェフリだけが残った。
「ヴェフリ・・・」
「はい・・・」
「嫌な予感がする。」
「嫌な予感・・・ですか?」
「ああ・・・何事もなく今回の任務。終わる気がしない・・・」
そして・・・そんなジュリオの勘はやがて的中することとなる。
※ ※ ※
予定通り16時半に集合し、そこから30分ほどの馬車での移動の後に国境の森にたどり着いてそこからさらに歩くこと10分。
森の中腹部にある2m程の有刺鉄線を超えると、そこは隣の国であり現在は敵国で有るペラジア国の領土となった。
そして・・・
その発見は思いのほか早いものといえたかもしれない。
敵国が仕掛けたであろういくつかのトラップ。
その全ての箇所でそれは見つかった。
遺体である。
血生臭い腐った匂いを発しながら、血飛沫を飛び散らせ・・・
腕のないもの、首のないもの、両足の無いものなど、それは多種多様ながらもあまりにも凄惨な光景だった。
「ヴェフリ・・・この状況をどう思う?」
ジュリオの問い掛けにヴェフリが鼻と口を押さえ、酷い死臭を堪えながら呟く。
「おそらく罠だけではありません。人外も混じってますね。」
人外。
それはモンスターや魔獣を表す言葉で有る。
要するに人に害なす獣。ただの野犬から食人生物や触手獣までの広意で使用される言葉であるが、現在ヴェフリが示す意味として使っているのはモンスターのことだ。
「やっぱり噂は本当だったんだ・・・」
2人の会話を聞いていた兵士の一人が震える声でそうつぶやく。
「噂だと?」
ヴェフリの言葉に兵士が頷く。
「連合軍の侵攻部隊は、魔獣を飼い慣らしているって噂です・・・。」
「魔獣を飼うだと?」ジュリオの眉間に皺がよる。「そんなことができるのか?」
魔獣というのは基本的に獣と同程度の知能しか持ち合わせない。
すなわち、魔獣を飼うという行為は単純にライオンや虎を飼い慣らすという行為に等しいのだ。おまけに魔獣は人間よりも何倍も強い。意思疎通の出来ない自らより強靭な相手を飼い慣らすなど・・・そんなことができるのだろうか?
だがしかし・・・
「魔獣の足跡を探せ。」
ジュリオは部下たちにそう命じた。
「いかなる形であれ、あの骸を見る限りは今回の件に魔獣が関わっていることはまず間違いない。足跡が見つからなければ抜けた毛でもいい。ともかく見つけよ。それを追った先には・・・必ず奴ら・・・ペラジアの前線基地がある。」
それから部下の兵士達が総出で地面を探し、見つけたのは真っ黒な人間の髪の数倍の太さを持つ体毛だった。
「追うぞ。」
ジュリオの一声により、部下達が後を追う。
しかし・・・この時まだ・・・彼らはとある策略に気が付いてはいなかった。
そう・・・エーフェ皇国によるとんでもない策略に・・・
※ ※ ※
一方その頃、王宮にて・・・
「シェリル・リ・シェリサント。此度のシルヴィア砦の奪還。まずまずの出来であった。」
「まあ、一日で奪還したことに関しては、褒美の言葉をくれてやらんでもない。」
玉座の間にて、皇帝アルファディオと王妃キャスリーンの鎮座する玉座の前にシェリルは腰を折ってその言葉を聞いていた。
まったく・・・
本当に適当な奴らだと思う。
普通に考えればまず無理な作戦。どうせ、これによるIMMの全滅とシェリルの権威の失墜を狙ったのであろうが、考えが甘い。
シルヴィア山脈にはかつて石炭を発掘するために幾重にも坑道がまるで迷路のごとく張り巡らされている。
もちろん、現在は落盤事故などの危険性ゆえに閉鎖されているが、そんなのは地元民に少し情報と地図を貰えば、現在でも十分活用できる通路となる。
ましてや迷路になっているなら、相手を撹乱するためになお都合がいい。
コレを使うことでわずか1日にして敵の懐に潜り込み、見事、シルヴィア砦をわずか6時間で奪還し、意気揚々と国民の祝福する凱旋門を通って王宮へと戻って来たのだが、ソレに対する言葉はあまりにも片腹の痛くなるものだった。
それはまるで、坑道を使うなどと言う作戦を思いもつかなかった癖に、「その程度の事は我々でも十分にこなせた。若干24歳の小娘がたまたま運良く成功したからと言って意気がるな。」とでも言わんばかりの傲慢な態度での褒め言葉。
まあ、この程度のことはいつものことだし、自分が無能なことにすら気がつけない哀れなヤツらが喚いているただそれだけのことなので、気にも止めないが、それでも、今回の作戦で命を散らす結果となった3人の未来ある若者についての賞賛の言葉が無いのは流石に腹立たしい。
そして・・・今回の作戦。やはり、発案者はあの元國皇の隣で優雅に口元を扇で隠し、美しいドレスに身を包んでいるあの自分からすべてを奪った王妃(バカ女)だろう。
まったくもって腹立たしいし、忌々しい。
私がいらないならいらないとそう言えば、今すぐにでも新しい義勇軍を結成し、正規軍なんて、あっという間に信頼度をガタ落ちさせて、わずか数カ月で再び有力ポストに戻って、こんな馬鹿げた戦争など終わらせることができるのに・・・
いや・・・あるいはソレを見越した上での判断か?
だとしたら少しは面白いかもしれない。そして・・・いつかはあの女が泣き喚くのを見てみたいものだ。
シェリルが小さくクスッっと笑ったのを知ってか知らずか、壇上のキャスリーンは側近の男になにやら耳打ちをする。
なるほど・・・庶民出身の自分とは直接口すら聞きたくないと言うことだろう。
まったく、お高く止まったものである。
「恐れ多くも、女王陛下の言葉を伝える。」
耳打ちを受けた執事風の男が声高にシェリルにそう宣言した。
そして・・・まさか、女王ときたか・・・。
権力の頂点は國皇であるはずなのに、自らは女王を名乗るとは・・・・・・
思い上がりが激しいのは一体どちらだろうか。
「お前たちIMMの奪還したシルヴィア砦により、戦局は大分こちらへと傾いた。よって、現在は中部戦線の立て直しを行っている状態だ。」
「失礼ながら・・・」
とシェリルが嘲る。
「その程度のことを私が知らないとでも?」
その言葉に場の空気が固まった。本来ならありえないことだ。家臣が主君の発言を冒涜するなど。
しかしながら、ここでシェリルを罰すれば必ず国民からの王宮支持率は下がる。
そして、それを解ってシェリルも言っているのだ。
悔しそうに顔を歪めるキャスリーンにシェリルは微笑を漏らした。
ソレを見たキャスリーンは再び執事に何かを耳打ちした。
「シェリル閣下。恐れ多くも女王陛下より『作戦内容の説明中ぐらいは静かにしろ』との仰せで有る。わきまえられよ!!」
「・・・・・・失礼。よろしければ続きをどうぞ。」
案外素直な返事に、執事は大きく咳払いをして続ける。
「そこで、中部戦線への立て直しの鍵となるのがブルーフィールドに存在する森で有る。あの中には、現在我々敵国である神聖アリティア帝國の補給基地がおかれている。」
へぇ・・・あの森にそんなものがあったのか・・・何度か海軍士官学校時代に課外ゼミで何度か行ったことがあったが、その頃には全然気がつかなかった。
「この補給基地は、いわば連合の我が国侵略の生命線。補給路を断絶すれば、戦況は確実に有利になる。」
なるほど・・・ということは・・・つまり・・・その作戦に・・・
「よって・・・今回の作戦はIMMは一切関与するなとのお達しで有る。」
・・・・・・
は?
そのあまりのぶっ飛んだ言葉に、流石のシェリルも目を見開いた。
「それは・・・つまりどういうことですか?」
「わからないのぉ?シェリル・・・」
業を煮やしたのかついに、キャスリーンが扇を閉じ、嫌味な声でシェリルへと語りかけた。
「こういう大事な作戦に、あなた達がいたら足手まといでしょぉ? 最も、わたくしの命令の元に動く正規軍の盾になってくれるというのであれば、話は別だけどぉ・・・」
玉座の間にクスクスと笑い声が響いた。
「作戦の指揮はドルトー伯爵が長男のアリ・ドルトー将軍がお取りになる。」
その名前を聞いてシェリルはさらに愕然とした。
まさか・・・あの家柄だけのバカでボンクラ男に指揮をとらせるというのだろうか・・・
だが・・・
参加するなと言われた以上は、下手に反撃しても、かえって相手に良い取引材料を与えてしまうだけである。
なれば・・・
「わかりました。私たちIMMは本作戦には一切関わりません。失礼します。」
シェリルはそういうと、さっさと踵を返し、玉座の間を後にした。部屋から出ると同時にレーナルドがタオルと飲物を差し出す。
「事実上の戦力外通告ですか?」
「盗み聞きとは趣味が悪いわよ。」
それを受け取りながら、シェリルは自室へと戻る道順を辿る。
「で、珍しく今日は言い返さなかったんですね。」
苦笑いを浮かべるレーナルドにシェリルはピシャリと言う。
「私も成長ぐらいするわ。自己顕示欲の塊みたいなあのバカ共には真面目に取り合うだけ無駄だからね。それに、正規軍はIMMの支援を要らないと言うんだから、それでいいじゃない。ともかく、私たちはいつでも出撃ができるように準備だけはしておいてね。・・・あぁ・・・そうだ・・・後、”坊や”は?」
「半刻ほど前に出立いたしました。早馬を使わせております故、国境まで反日とかからんでしょう。」
その返答にシェリルは満足そうに頷き、
「そう、ならいいんだけ・・・」
と・・・とある部屋の前で足を止めた。
「どうしました?」
レーナルドが聞くそこは会議室の前で、今、まさに重要な会議が行われているのか、入り口には入室禁止の掛札がかけられている。
そしてシェリルは目を静かに閉じて中から漏れてくる声に神経を集中した。
そして・・・
「――――――――――――――――!!!!!!!!」
とある言葉を聞いて、シェリルの顔が一気に青ざめることとなる。
「クソッ!!そういうことか!!」
普段は使わないような汚い言葉づかいがその口から漏れた。
「レーナルド。急いでアリエスの元に鷹便を送りなさい。」
「? 何故です?」
「状況が変わったわ。坊やの身の安全を最優先で確保しないといけなくなった。」
※ ※ ※
その遭遇はあまりにも唐突なものだった。
それは斥候だったのか、見張りだったのか、あるいはただの散策だったのかもしれない。
それを知る術は無いにせよ、先程の足跡を追いかけること約30分で、ジュリオの部隊はその一行を見つけることとなった。
岩肌を縫うようにしてエーフェの国土への侵攻を目指す敵国の軍隊。
数にして2000人程であろうか?
現状でこちら側の兵士は400人程なので、約2倍超といったところだ。
「まったく・・・わずか2000名での攻撃作戦とは・・・10万人規模での突撃命令で一気に国土を切り取ればいいものを。国王陛下は何をお考えなのだろう。」
「仕方ないさ・・・我々がしたいのはあくまで戦争の阻止であり、エーフェ皇国を殲滅することではないからな。皇都アトランディアに続く主要道のある国境地点に武装地帯を設けて、相手の喉元に剣を突きつけておきたいのさ。場合によってはこの作戦が終われば、俺たちに有利な形で終戦交渉と条約の締結が済ませられるかもしれないからな。」
その中でも先頭を馬に乗りながら闊歩する将校2人がそんな会話をしているのを聞いてヴェフリの背に寒い気が走った。
もしそんなことになれば・・・。
おそらく不平等条約の締結ぐらいには進行してしまうだろう。
それだけは避けなければ・・・
不安に震えるヴェフリの肩をジュリオが叩いた。
「不安になることはないさ。俺たちが止めればいいだけのことだ。幸い、場所は谷。私たちはその上を取っている。ヴェフリ・・・オーダー45を適用する。どうすればいいかわかるな。」
その言葉にヴェフリが頷く。
そして・・・作戦が開始された。
「止まれ!!」
敵将のその号令で進軍していた軍が一気に停止した。
谷の前方にジュリオ率いる軍勢の姿を発見したためである。ジュリオを要として扇型に約100人の兵士が右手に長い槍を、左手に巨大な盾を持ち、真紅のマントをなびかせながら、広がっていた。
「おもしろい・・・こうでなくては・・・」
敵将がそう声を上げる。
「全軍に突撃命令だ。一気にたたきつぶせ!!」
その号令がかかったその時だった。
―バスッ!!―
という鈍い音がして・・・
「うぐぁあああああああああ!!!!!!!!!!」
とてつもない悲鳴の声とともに、軍を先導してた将校の一人が、馬から落馬し、地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
そして・・・その脳天に刺さっていたのは・・・矢。
「!!!!」
もう一人の将校が慌てて頭上を見上げる。
そこにいたのは・・・
「なんだと!?」
谷の上から一斉にこちらへと弓矢の先を向けるヴェフリの部隊の姿だった。
「ヴェフリ!! 未だ!! 太陽をかぎらせろ!!」
ジュリオの号令にヴェフリが頷く。そして・・・
「一斉掃射!!開始!!」
その号令とともに一気に放たれる矢。
降り注ぐそれは文字通り、空を真っ黒に埋め尽くし、太陽の半分を消し去った。
そして・・・
――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
耳を劈(つんざ)くような酷い悲鳴が無数に木霊した。
「ええい!!!隊を乱すな!!!!!!!!!!!!!!!」
そう声高に残った将校は声を上げ・・・
残った兵士達は混乱しながらも、なんとか隊列を整える。
そしてジュリオ達の部隊にも命中する危険性が出てきた為、ヴェフリの部隊は弓での攻撃を止め・・・ると同時に、ジュリオの部隊も行動を開始した。
矢野攻撃がやんだことにより、一気に突撃してくる相手に対して、谷を塞ぐように一直線に隊列を組み、一歩も動こうとしない。
そして・・・盾で体を防御しながら、一斉に槍を構える。まるで壁のように。
そして・・・
相手の突撃と同時に空気を揺るがすようなとてつもない爆発音が聞こえた。
突撃してきた兵士たちの体が盾へとぶつかったのである。
そして、ソコから始まるのはまるで相撲のぶつかり合いの如き、押し合い。
盾で防ぐジュリオの軍団と、それを突き破ろうとする相手の軍。
そして、互いの力が均衡し、進軍も後退もお互いにできなくなった瞬間・・・
「今だ!!!!!」
ジュリオが大声を上げると、同時に、兵士全員が盾を一気に上に払いそして・・・
鋭い槍の穂先を一気に相手めがけてつきたてた。
「―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
再び、とてつもない悲鳴が巻き起こる。
そのままジュリオ隊は倒れた敵兵を踏みにじり、再び盾を構えながら敵に接近してこれを繰り返す。
単純だが、これはとてつもなく効果的な戦法だった。
巨大な金属製の盾は自らの行動力を束縛するが、逆に言えば重い盾は自らの重さをかさ増しし、その場に押し止める錨(いかり)の役目を果たし、同時に自らの頭から足までを万全に守ることができる。
そして、長い槍は遠くの相手をも深く刺すことができる。
そして、相手が怯み、隊列を崩し始めたところで・・・
ジュリオも隊列を崩して一気に敵へと踏み込んだ。
「捕虜は必要ない!!全員殺せ!!」
そういう彼の声と表情は普段からは考えられないほど鬼のような形相になっていた。
向かってくる敵を巨大な金属製の盾で勢い良く殴り、切りかかってくる敵には槍を突き立て、一斉に攻撃してくる敵には槍で薙ぎ払い、時には3人を同時に串刺しにして、槍が使えなくなると同時にその槍を遠的に使ってさらに2人を串刺しにし、腰から剣を抜く。
そして、向かってくる敵の攻撃を盾で振り払い、殴り、剣で力任せに切りつける。
それはまるで戦いというよりは喧嘩だった。
だが、その無敵加減は確実に相手を怯ませていった。
そして・・・相手の軍隊は甲高い角笛の音とともに、一斉に撤退していった。
それを見て、ジュリオはようやくと言った感じのため息をつく。
「ふぅ・・・どうにか第一陣はしのい――――」
その声は獣の咆哮によって遮られた。
森の天幕を貫き、ジュリオ達エーフェ皇国軍の鼓膜を麻痺させる全身が痺れるほどの振動は、一瞬にして彼らの表情を苦悶に満ちさせた。
その隙をついて、崖の上から複数の影が飛び出す。
――それは、5体の獣だった。
秋の夕日の元、彼らの姿が明らかになる。
前傾姿勢のような猫背の姿勢ではあるものの、それは二本足で立ち、ゼェゼェと苦しそうに狂ったように息をするそれの全身は真っ黒な体毛で覆われ、前方に突き出された口からは滴るヨダレと共に、鋭い歯が何本も覗いていた。
2本足で自立する狼・・・簡単に行ってしまえばそれはそのような形をしていたのだが、人間の5倍以上はあろうかと言う太さの腕に3倍以上の身の丈。
大きく見開かれた鋭い目には理性の色はなく、狂気の色だけが色濃く彩っている。
「魔獣・・・」
崖の上からヴェフリがつぶやいた。
「ペラジアの兵士が魔獣を飼い慣らしているというのは・・・本当だったのか・・・」
そして獣達は一斉に行動を開始した。
しかし・・・
それはジュリオ達が想像していたのはまったく逆の行動だった。
獣達は、彼らを襲おうとはせずに・・・
なんとその異常なまでの跳躍力で彼らの頭上を飛びぬけ・・・
彼らの歩いてきた道を猛スピードで駆け抜け始めたのである。
「マズイ!!!」
ジュリオが大声で叫んだ。
「奴の狙いは俺たち、戦士の肉じゃない!!! タルブの村の農民の肉だ!!!」
そう・・・単純に考えればそれはものすごくわかりやすい話だった。
訓練により鍛え上げられた男の肉はまさに鋼のように固い。
比べて農民の・・・特に女や子供の肉は・・・柔らかくて美味しいに決まっている。
それに、奴らは人間ではない・・・獣だ。合理性なんてものより、優先させるのは欲求。食欲だ。
「全員、農村に向かえ!!!急げ!!」
その号令と共に、一気に軍は全速力でタルブ農村へと戻るのだった。
ただ、魔獣の足力にかなわず、差は一方的に開くばかり・・・
農村に到着するまでに、ジュリオは幾度となく舌打ちをすることとなった。
農村は・・・地獄絵図だった。
徘徊する魔獣に人々は逃げ惑う。
魔獣の人の頭程も有る拳骨は手近にいた農夫の顔面を打ち据える。農夫は高等部から地面に叩きつけられ失神。人間を一撃で無力化した獣は、その傍らで硬直していた農夫に五指を伸ばし、頭を鷲掴みにする。ヒィィ!!という悲鳴とともに農夫は持っていた鎌を魔獣めがけて突き立てるも、獣の厚い皮膚に弾かれ、それを意に介しもしない獣は農夫の体を持ち上げて片手で振り回した。
農夫の体はとても人間のものとは思えないような動きで大きくシナり、助けようと急いで駆けつけたジュリオ隊の兵士たちを次々になぎ倒していった。
まさに一方的な蹂躙。
素人の農民だけでなく、訓練された兵士までもが、たった5体の獣に次々と叩き伏せられて行く状況。
抵抗の余地も無く。
そして飛び散った血飛沫がヴェフリの顔を打った。
彼は呆然と呟く。
「なんだこれは・・・」
完全に頭がおいついていなかった。
出現から地獄絵図、そして蹂躙にいたるまでがあまりにいきなりのことで、ヴェフリは状況を整理しきれていなかったのだ。
いや、あるいは単なる恐怖感故だろうか。
ジュリオはすでに新しい巨剣を振りかざし、一体の魔獣に挑んでいるというのに、彼はだただた、目の前の光景を見ているしか無かったのだ。
だが・・・
「あっ・・・」
獣のウチの一体がヴェフリを振り返った。
肌が総毛立つ。
本能的なすさまじい恐怖がヴェフリを貫いていた。
気がつけば体がすでに動いていた。
彼の意志とは真逆に、体は剣を抜き払って静かな構えをとっていた。
訓練で培ってきた基本的な構えや動きを肉体が奇跡的になぞってくれたのだ。
被疑阪神を前にして、左右から横薙ぎに何度も切り込む。
しかし刀身は獣の寸前の空気を柵ばかりで当たる気配を見せない。
―既に見切られている!!?―
ヴェフリがそれを感じ取った瞬間・・・。
腹部にとてつもない衝撃を受け、彼は宙を舞い、そして意識が飛んだ。
「ヴェフリ!!!」
やっと一体の獣を葬ったところで2体目に取り掛かっていたジュリオが大声で副官の身を案じる。
気がついたときには既に地面に倒れていて、一瞬とはいえ自分が気絶していたことに気がついた。
「ゴホッガハッ・・・」
這い蹲り、咳き込みながら、ヴェフリはやっと自分の置かれた状況を理解した。
それは、全滅しかけているということ。
血液で見えにくい目を開いてみれば、周りには自分たちと同じエーフェ皇国軍兵士の死体や瀕死体や重傷体がゴロゴロ転がっている。
唯一怪我をしていないのはジュリオだけと言うこの状況。
あまりに呆気無く、自分たちはやられようとしている。
しかも、その状況で・・・自分は・・・
恐怖で足がすくんで動けなかったという最悪の結末。
18年生きてきて最悪の結末にして・・・そして・・・最悪の人生の終わり方。
頭をあげると、そこには拳を振り下ろそうとする獣の姿。
拳でありながら、大槌のように巨大なシルエットがヴェフリの頭上にある。
こんなの・・・
自然と悔しさが腹の底からこみ上げてきて行きが詰まった。
こんなの・・・あまりにひどすぎる。
何もしていない・・・
国を守るために軍に入って、腐敗した軍の中で必死に生きて・・・
その結果がこの体(てい)たらく。
もう終わってしまうのか?
理不尽にすら思えたが、既になにもかもが遅い。獣の拳が降ってくる。
ヴェフリは伏せたまま、超手で頭を庇い、目を瞑った。
その刹那・・・
ゴトッという音と共に再び頭上から鮮血が降り注いだ。
時は少し前後する。
この頃、エーフェからすると敵連合の中心国である国。神聖アリティア帝國において、いささか大規模なイベントが催されていた。
帝都ヴァルハラの円形闘技場は既に観客で満たされ、誰もがその中で行われる人間同士の殺し合いと言う名のショーに熱中している。
しかしながら、別にこれは野蛮な競技というわけでなく、あくまで戦っているのは奴隷達だった。
つまり、奴隷は自由を求めて。囚人たちは己の刑期をかけて戦っているのである。
そして、今年。そこに新たな王者が誕生した。
筋骨隆々としたスキンヘッドの男で手に持った剣はすでに血が滴り落ちている。
歓喜に湧く中、一際高いところにある豪奢な席に座った老人が立ち上がった。
それと同時に、観客たちは静かに立って、その男の方へと視線を向ける。
「貴様。名前はなんと申す?」
男の問いに、スキンヘッドの男は「イルと申します。皇帝陛下。」と頭を下げた。
「そうか・・・イル、よくぞここまで勝ち抜いた。褒めて遣わすぞ。」
皇帝と呼ばれた男は静かに拍手を送り、それに追随して闘技場の観客全員が彼に拍手を送った。
「しかしだな・・・もうひとりだけ・・・お前に挑戦したいと申してる者がおる。どうするねイル。飛び込み参加だ。断るも受けるも君次第だぞ?」
その言葉にイルはニヤッと笑って・・・
「恐れ多くも、もしその者に勝った場合、私にはどのような恩賞が与えられるのでしょう?」
と、皇帝を見据える。
その言葉に皇帝は・・・
「そうだな・・・では、黄金と領地を遣わし、貴様を今すぐ、剣闘士という身分から追放してやろう。」
と言ったため・・・イルは即座に「受けます!!」と声を上げた。
そして時を同じくして、彼の後方の柵がゆっくりと開く・・・つまり挑戦者の登場だ。
だが、その挑戦者の姿を見たとき・・・
その場に居た誰もが言葉を失った。
なにしろ、それは・・・真っ白な髪をした、歳の頃14歳程度の少女だったのだから。
そして漏れたのは・・・
まるで怒号のような笑い声だった。
「儲けたなチャンピオン!!!」
「あんな小娘相手で勝つも何もあるか!!」
と罵声もいくつも飛んでくる。
しかしそれに対し、登場した少女は一切動じる様子もなく・・・ただただ静かに腰から安物の剣を抜く。
「戦いの方法はどうする?」
審判の男からの問い掛けにイルは自信満々に、
「お前が決めていいゼェ・・・お嬢ちゃん。」
と笑い声を強めた。
しかし・・・
「では、ディマカエリを。」
その言葉が発せられた瞬間、場の空気の流れが止まった。
「なん・・・だとぉ?」
ディマカエリ。それはお互いの手首を短い手錠でつないで行うデスマッチを意味する。
つまり、一度手首を手錠でつながれたら、どちらかが死ぬまでその手錠は外されないというまさに死闘。
そして問題なのは・・・
一度言ったらもう決闘の方法を変えることは出来ないと言うルールだ。
お互いの手首が思い鉄製の手錠で結ばれる。
「ちっ・・・よりにもよって子供の女を殺すことになるとはなぁ・・・」
全くと言って良いほど乗り気ではないイルは仕方なさそうに剣を構え・・・
ドラの音とともに・・・
その首を地面へと落とした。
会場の空気が騒然となる。
そして・・・少女は静かに落ちたイルの首を見て、静かに剣を鞘へと納刀した。
「しょ・・・勝者・・・挑戦者・・・」
審判の弱々しい声をよそに手錠を開錠された少女は踵を返し、競技場を立ち去る。
自らが誰かを語ろうともせずに・・・
「いかがですかな?皇帝陛下。」
唐突に後ろからした声に皇帝は
「ヴェルンド・・・貴様か・・・」
と短く返す。
「あれが例のプロジェクトの産物でございます。」
「エーフェの貴族の娘を改造した兵器とやらか?」
「はい。」
うやうやしく礼をしながら頭を下げる後ろの男に皇帝は、静かに目を閉じた。
「見事だ。そして、約束通り、次の戦には参戦させてやろう。第三皇子の部隊でよかろう?」
「ありがたき幸せ・・・・・」
競技場には、チャンピオンに賭けて外れた賭博券が一斉に宙を舞い、まるで雪のような状態を作り出していた。
そう・・・まるで・・・
先程の少女の髪の色のように・・・。
「ごめんなさい・・・」
誰もいない帰り道・・・少女は短くそうつぶやいていた。
ゴトッいう音と共に落ちたのは獣の頭だった。
頭部を失った獣の首の切断面から赤黒く濁った血が迸(ほとばし)り、その巨体が昏倒する。絶命して倒れた肉体はズシンッと地響きを起こした。
はじめ、ヴェフリは何が起こったのか全く理解できなかった。
しかしながら、誰がこんなことを・・・
その答えは近くに立っていた。
少年だった。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳を持つ・・・IMM専用の青の軍服で身を包んだ・・・まだ15歳と歳をとっていないであろう少年。
爽やかな外見を持つ、黒髪黒目の東洋風の少年。
彼の容貌を説明するだけならばそれだけで事足りた。
だが、しかし・・・。
まず、歳の頃合いが十代半ば・・・いや前半とも思えるぐらい若い・・・
そして手には・・・
黒拵えの鞘から抜刀された剣は妙に細く長いシルエットに緩やかなそりを描く見慣れない形状をした剣を構えていた。
それこそ、軍から支給されるバスタードソードなどとは全く違う・・・片方だけに刃のついた剣。
獣の血の滴る剣を大きく払って、血糊を弾き、再び静かにソレを構える。
この少年が先程の獣の頭部を落としたと言うのであろうか・・・
だとしたら・・・
降り注ぐ陽光を弾く刀身は、ヴェフリの目に目新しく映った。
「き・・・君は・・・」
ヴェフリの問い掛けに、目の前の少年が答える。
「独立機動部隊、通称IMM第7席。認識番号Libra 7(Seven)。アリエス・フィンハオランです。総司令、シェリル・リ・シェリサント閣下の命令により、あなた方を援護します。今のうちに皆を避難させて、退避してください!!!」
そして・・・
「出てきたか・・・」
アリエスがそう呟くと同時に今の今まで隠れていた男達が、いつの間にかアリエスやヴェフリ、ジュリオを中心としたエーフェ国軍を包囲する形で現れていた。その身を包むのは赤の鎧。ペラジア公国軍。手斧や短剣など、各々の得物を振りかざし、無言で包囲網を作っている。
ざっと見て数は400・・・
なるほど・・・最初から魔獣を放つことを目的としていたということ。
すなわち、谷を進行してきた2000名の兵士は最初から囮だったのだ。
いや・・・あるいは人数から考えれば8割ぐらいの成功率を考えていたと考えるべきか・・・
相手がジュリオと知って2000人を配して来たと言うのなら、たいしたものである。
あるいは・・・あまり考えたくないが、ヘンリー伯が情報を横流ししていたと考えるのが妥当だろうか・・・
おそらく、人外の獣でこちらの布陣を砕き、残りは自分たちで一網打尽にするつもりだったのだろう。
そして、流れは完全に先程までは彼らにあった。
しかしながら、アリエスの登場でその空気が変わりつつあることに気が付き足踏みしているようだった。
「エーフェ皇国軍、並びにアルフヘイム連合ペラジア公国軍に告ぐ!!!!」
アリエスはそう大声を上げた。
「先程、我が主シェリル・リ・シェリサント閣下より伝えられた言葉をそのまま伝える!!!!具体的な内容は軍需機密故に言う事はできない!!!だが、今すぐここを離れた方が良い!!!さもなくば、死だ!!!!」
必死の様子のアリエス。
しかしながら、そんな言葉を敵国の軍隊が信じるはずも無く・・・
「詭弁で敵を騙そうとは!!!貴様それでも軍人の端くれか!!!」
大声でそう叫ぶと同時に・・・一斉に各々の武器で斬りかかってくる・・・
それと同時にアリエスは「仕方ない・・・」と静かに剣を構えた。
そして・・・
同時に突撃してくる5人の兵士に向かって・・・
一人目、まっすぐに斬り下ろされる剣を払い、斬り下ろし、そのまま体を回転させて2人目の向かってくる槍を払い、体を逆袈裟に斬りつけ、その遠心力を利用して3人目の上段から剣を振り下ろす隙をついて腹部を横一文字に斬りつけ、4人目をついでにその切っ先で払いのけ、さらに遠心力で5人目の首を落とす。
まるで流れるような・・・それでいて超高速の剣さばき・・・。
掛かってきた5人の相手がその傷口から噴水のように血液を飛び散らせ、地面へと堕ちたのはほぼ同時だった。
「アリエス君。一体何が起こるんだ!? この村で!!」
ヴェフリの言葉に尚もアリエスは闘いながら続ける。
「わかりません。」
敵の攻撃を寸出の処で避わし、向かってくる剣を弾いては、体を回転させてその腹部を斬りつけ、逆手に持ち替えて敵の体を引き裂く。
「しかし、シェリー様よりの報告によりますと、“急いで逃げろ”とだけ書かれていました。IMM最速の隼便で届いたメッセージです。」
そして流れるように自らの脇腹の横を通って、後ろ側から槍を突き立てる兵士の腹へと剣を貫通させ、静かに中段に持ち替えて、剣を弾いて、袈裟に切り下ろす。
「おそらく、余程のことがあるものと思われます。」
余程のこと・・・一体何であろうか・・・
と・・・
残る2匹の獣をなんとか退治したジュリオがアリエスの元へと駆け寄った。
「アリエス君!!一体何があるというんだ!?」
その言葉に、アリエスは静かに生唾を飲み込んだ。
「これは・・・とんでもない作戦です。」
「作戦・・・だと?」
「エーフェ皇国は・・・軍司令部はまもなくこの村に・・・開発したキメラ型魔獣“ドレッドノート”をこの戦場に介入させます・・・エーフェではなく、敵国が開発したものとして・・・」
―――――――!!!!!
話を聞いてたジュリオとヴェフリが固まった。
「その魔獣による無差別攻撃で、敵を全滅させるつもりなんです。あなたたち前線で戦っているジュリオ将軍の部隊と、このタルブ農村の民間人を生贄にして・・・。」
「そ・・・それはどういう!!?」
「なるほど・・・そういうことかよ!!!」
アリエスの言葉を聞き、ワケもわからなそうに慌てるヴェフリに対し、ジュリオは声高に叫んで持っていた大剣を地面へと勢い良く突き刺した。
「なるほど・・・確かに考えてみりゃ効率的だ!!軍が開発してたキメラならその戦闘力は折紙つき!! その作戦で敵軍は簡単に滅ぼせるし、ついでに軍部にとっては邪魔な人気のある私達“義勇軍上がりのジュリオ部隊”を滅ぼせる!! しかも、これを敵国の開発した魔獣ということにすれば、軍は『敵国が開発した魔獣の暴走』とでも公表して、それにより『ジュリオ部隊とタルブ農村の尊い市民たちが犠牲になった』ことにすれば、国民から怒りの声が自然と上がり、戦争の継続へと自然と票が集まる!!! クソッタレ!!!! まんまと騙された!!!!!」
ジュリオが叫んだシナリオを聞いて、ヴェフリが震え上がった。
そして訴えかけるような震える声でそれを呟く。
「戦争だから・・・軍人だから・・・俺たち・・・そうして死ねっていわれたらそうやって死ななきゃいけないんですか!?」
「・・・撤退する。」
ジュリオが命令を下したのはその直後のことだった。
「我々の目的が、敵を引きつけ、魔獣の生贄にすることならば・・・我々は十分にその任務を果たした。よって、民間人の救助と撤退をこれよりの最善の任務とする!!!」
ジュリオが張り上げた大声に生き残っていた200人程度の兵士たちが「はい閣下!!」と大声で賛同した。
「俺もできるだけ協力します。」
「あぁ・・・当てにしてるよ・・・アリエス君。」
と・・・その時だった・・・
「しょ・・・将軍!!あれ!!」
一人の兵士が上げた声に全員が指さした先を見る。
それは空だった。
ソコにいたのは・・・ひとつの気球・・・
「くっ!!遅かったか!!!」
ジュリオの声が響くのも虚しく、その気球から何かが投下され・・・凄まじい砂埃と共に地面へと着弾したそれは・・・
全身が氷で出来た魔獣だった。
「ドレッドノート・・・」
アリエスがつぶやいた。
何百本もの氷柱を組み合わせて作った模型のようなフォルムをもったそれはどことなくカマキリを連想させ、「オォオオオオオオオオオオッッォオォォオォオオン」と甲高い綺麗な鳴き声をあげる。
それと共に、体を包むのは白い冷気だった。
秋の夕方の気温が一気に10度以上下がる。
それには生気が感じられなかった・・・ただ・・・宝石で出来た黄色い瞳がこちらを睨んでいることだけは理解出来た。
それと同時にミシ・・・ミシ・・・という音があたりに響き渡る。
「全員物陰に隠れろ!!!!!」
ジュリオが大声でそう叫んだ瞬間・・・
氷の魔獣は背中に幾重にも連なった鋭いトゲのような氷柱が一斉に発射された・・・
それは放物線を描き、一気に降り注ぐ。
「うあぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
避けきれなかった者たちが一斉に悲鳴をあげ、絶命していく。
「「チッ…」」
2つの舌打ちが響いた。
「ヴェフリ!!すぐに民間人と負傷兵を避難させろ!!!」
「ここは俺と将軍で食い止めます!!!」
「しかし!!」
「急げ!!間に合わなくなる!!」
ジュリオの叫び声にヴェフリは大きく頷き、そして、急いで避難経路の確保へと尽力した。
呆然としているのはエーフェだけでない・・・ペラジアの軍隊もまた・・・だ・・・。
そして・・・
再び氷の魔獣は背中から鋭い氷柱の塊を発射し、
「――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」
何十人という人々の命を一瞬で奪っていく。
敵も味方も・・・兵士も民間人も関係なく・・・
それは先程の狼人間のようなケモノとはワケが違う・・・
一方的な蹂躙・・・完全な強者が弱者を虐げる他を寄せ付けぬ、まるで悪魔の所業だった。
「アリエス君・・・どうする?」
ジュリオの言葉にアリエスは静かに言った。
「アレはおそらく、何十分か時間がたつと爆発すると思います。」
「同感だな・・・」
そう・・・エーフェとてバカではない。
あの獣をいつまでものさばらせておけば、どうなるかわかったものではない。
それこそ想像していなかった被害を受けることぐらいは予想しているだろう。
だからこそ・・・
奴は最終的に自爆し証拠隠滅を測ると考えているのだ。
問題はそのタイムリミット・・・
「アリエス君・・・何分と読む?」
「15分ぐらいでしょう・・・」
うん・・・妥当な線だ・・・
「将軍。奴の注意を引きつけてもらえませんか?・・・その間に俺が、奴の足を切り落とし、この場から動けなくします。」
作戦は・・・他にない・・・しかし・・・
「疑うわけじゃないが、君に奴の足を切り落とせるほどの剣が使えるか?」
「祖父の名に誓って・・・」
「祖父?」
「シルバーニ・ド・フィンハオランの名に誓います。」
シルバーニ・・・なるほど・・・大陸一の剣士の名を出すか・・・
「期待するよ・・・」
そういった瞬間・・・
ジュリオが氷の魔獣の前に飛び出した。
そして・・・
「化物!!!」
そう大声で呼びかける。
「相手が居ないというのなら私がしてやろう!!来い!!!その冷えた体が溶けてなくなるまで!!あるいは粉々に砕けるまで!!貴様を我が大剣(グランドスラム)で切り刻んでくれよう!!さあ、来い!!」
ジュリオの言葉に氷の魔獣は静かにその身をジュリオの方向へと向け・・・
「オォオオオォオォオォォオオオォオオォオォン!!!!」
と再び凄まじい鳴き声を上げた。
そして・・・
再びあの氷の柱が発射される・・・
その一本一本がジュリオへと向けて・・・
目の前に大剣を立て、それを壁にしながら、ジュリオはひたすらに敵の攻撃に耐える。
しかしこの氷柱・・・
コレほどの鋭さと硬さを持っているとは・・・
鋼鉄で鍛錬された大剣は降り注ぐ氷柱に当たった瞬間・・・幾重にもひび割れ、もはや戦闘不可能な状態にまで追い込まれていた。
だがしかし・・・
敵の攻撃が終盤とわかったその瞬間・・・
ジュリオが声を張り上げる
「今だ!!!!!アリエス!!!!!!!!」
その声を合図にするが如く、アリエスは岩陰から飛び出し・・・剣を静かに構える。
そして・・・
「逆一文字流剣術(ファントム・マナー)・・・」
静かにそう呟く・・・そして手に持った刀を静かに構えると・・・そのまま・・・魔獣の足の前で踏みとどまり・・・
―『散華(サンカ)!!!!』―
心でそう唱えると同時にアリエスの剣が宙を待った。
袈裟に斬り下ろしてからの切り上げ・・・まるで、×印を描くような形で剣を振るい・・・
一本目の足を切り落とす。
と同時に、ジュリオも動いた。
残っていた最後の力を振り絞って持っていた大剣をぶん投げ、2本目の足を切り落とす。
その間にもアリエスは再びの『散華』で3本目の足を切り落としそして・・・
―『泉流(センリュウ)!!』―
そう心で唱えると同時に危険を承知で相手の下へと潜り込み・・・足の付け根に向かって高速の刀で斬りつける。
これにより4本の足を失った氷の魔獣はバランスを崩し、グラグラと地面へと倒れ込んだ。
ドシンという音とともに凄まじい土埃が舞う。
「ジュリオ将軍!! 後何分!!?」
アリエスの問い掛けにジュリオが懐中時計を取り出す。
「後3分!!!」
大声でそう叫ばれたため、2人は何の示し合わせもせずに同時に魔獣に背を向けて一気に走り出した。
まわりには目もくれず、本当に無我夢中で・・・
そして・・・
―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
とてつもない爆音が響き渡る。
思った通り・・・
魔獣が爆発したのだ。
そのあまりの爆風にジュリオとアリエスは吹き飛ばされ・・・
地面に叩きつけられ、気がついたときには仰向けになって寝転がっていた。
おしらく極短時間ではあるものの気絶していたのだろう・・・。
そして2人は・・・
静かに怒りを募らせた・・・
「オレは・・・ずっと・・・ずっと・・・逃げてきました。」
アリエスが語りだす。
「弱い自分から逃げて・・・駄目な自分から逃げて・・・そして・・・やっと力を手に入れた・・・だから・・・オレは今度こそ、絶対に探すって決めたんです・・・」
「誰をだい?」
ジュリオの問い掛けにアリエスは押し殺した声で答えた。
「4年前、謎の失踪を遂げた・・・一人の巫女・・・シロン・エールフロージェを・・・」
「君は・・・一体・・・」
不思議そうな声にアリエスが答える。
「正義の・・・味方に・・・なりそこねた男です・・・そして・・・今みたいな作戦が絶対に実行されない・・・平和な世界を創るために・・・戦う人間です。」
と・・・
「巫女を探すため・・・か・・・」
ジュリオのつぶやいた言葉にアリエスは寝たままの姿勢で頷く。
「約束しましたから・・・また、絶対に一緒に会おうって・・・」
「そうか・・・確かに途中から乱入した男は“アリエス”と・・・そう名乗ったんだな・・・」
逃げ帰ってきた兵士の言葉を聞いて、総司令のバーツ・イルハムはそう問い返した。
「はっ!!」
兵士は敬礼をもってそう答える。
「そうか・・・そうか・・・」
と言ってバーツはクスクスと笑った。
「しょ・・・将軍?」
圧倒的な敗戦に壊れてしまったのではないかと想う兵士に対し、バーツは静かに「いや、失敬・・・」と言葉をつないだ・・・
「ただ、感じただけだよ・・・新しい風をな・・・」
あの時のガキがどこまで成長しているかを・・・
その昔・・・
かつてエーフェ皇国にはIMMと呼ばれる独立機動部隊が存在した。
表向きは民間人の寄せ集め、足手纏いにしかならない邪魔な存在。所詮は権威を無くした女王による寄せ集め部隊と嘲笑われた。
だが、その実は・・・
女王によって民間人や貴族の息子などからスカウトされ、篩(ふるい)にかけられ、選別された本当の意味で国家を案ずる“ストライカー”達や特殊技能者のみによって構成された・・・。
シェリー専用の特別部隊であることが世間に知れるのは、これからさらに数年先のことであった。
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