女王と寄せ集めと攻略戦
著者:shauna
時は少し前後する。
銀色の鎧を身に纏った金髪の美男子が颯爽と白のマントを翻して、崖へと歩を進めた。
頭に掲げた金で作られたオリーブ型の冠に凛々しい容姿。
それだけでも、彼が相当高い地位にいる人物だと言うことが目にみえて分かった。
そして・・・
崖の先端から見下ろす先・・・
そこからは幾つもの煙が上がっていた。
倒れる黒い軍服の兵士たち。
死んでいる者もいる。
生き残っている者もいる。
だがしかし、生き残っている者達は全員、赤や白の軍服を身に纏った兵士達によって、連行されていた。捕虜とされるために。
さらに、男の目下で最も目立っているのは・・・
風にはためく美しい赤に金色の鷲の描かれた旗と、ボロボロになり、燃え、焼け焦げ、地面に落ちては兵士たちに踏みつけられている青と白に金色の獅子が描かれたエーフェの旗。
その様子を悠然と見下ろす男の後ろから一人の下級士官が彼に声を掛けた。
「おめでとうございます。制圧予定よりも3日も早い、完了にございます。オーギュスト殿下。」
その声にも殿下と呼ばれた男は一切嬉しそうな顔を見せず、ただ、静かに振り返る。
「戻るぞ。クラウド達を呼び集めよ。」
「はっ!」
士官は潔く敬礼をし、オーギュストの元へと追従する。
そして、彼は馬にまたがり・・・少し西に走った。
するとそこには、膨大な鉄を使って作られた砦が姿を表す。
アルフヘイム連合宗主国。神聖アリティア帝國の東方指令支部だった。
彼の到着と同時に門が開かれ、そして、砦内の全兵士が敬礼する。
そして彼が目指す塔の先。
そこには既に3人の人物が彼を待ち構えていた。
一人はメガネを掛けた初老の男。まるでドーベルマンのような厳格な顔つきに全身黒で固めた軍服に剣帯と勲章を幾つもぶら下げ、黒いマントに銀色の杖を付き、頭には黒の軍帽。
子どもが見たら、その威圧感だけで泣き出しそうな程、その姿は尊大かつ抜け目が無かった。だがしかし、どういうわけかこの人物は落ち着き無さそうに・・・いや、苛立ちを抑えられずにというべきか・・・
部屋の中をうろうろとゆっくりとしたペースで歩き回っていた。
その一方で、椅子に座って静かに時を待っていたのは、茶髪にピアスの若い男だった。
グレーのコート型の軍服をワイシャツの上に羽織っただけと言うなんとも簡素な格好だが、その分コートは豪華に作られており、勲章や襟元を飾る宝石がその官位の高さを物語っていた。また容姿も整っており、もし夏に海辺などで見かければおそらく簡単に一人や二人の女性を侍らせていられたであろう。
そして、彼の傍。そこには椅子が用意されているにも関わらず、ソコに座ろうとしない人物が佇んで居た。
いや・・・正確に言うなれば控えていたと言った方が正しいかも知れない。
白のゴシックな膝までのドレスに黒いソックスを着用し、上から黒の品の良いコートを羽織っている若干14歳程度の少女である。
静かに閉じられた目や手に持った長い純白の美しい装飾杖すら微動だにしない上に、そのあまりに美しく可愛らしい容姿から、実は精巧に作られた人形なのではないかと誤解してしまうが、時折杖を持ち替えたり、胸が上下して静かに呼吸をしていることなどからも彼女がきちんと生きてることを裏付けていた。
「オーギュストが圧勝してご帰還だそうだな?めでたいことだろう?ベネディクト少将。」
茶髪ピアスの男が落ち着かない初老の軍人にそう問いかける。
しかし、初老の軍人はそれに一切笑みすら見せずに逆に叱責すらした。
「これが落ち着いていられるものか!!“エーフェの狗”共に容易く我々の侵攻作戦を防がれたのだぞ!?魔獣まで持ちだしながら、歩兵部隊は一体何をやっておる!!」
「まぁまぁ・・・落ち着けって・・・」
脚を組み、腕組みをして茶髪ピアスの男が含み笑いを見せた。
「所詮、麻薬漬けにして自我を奪って操った獣じゃ、あの程度でも十分すぎる成果だとオレは思うけど?それに、敵の中に、あの黒狼が居たというのもまた面白い話だ。エーフェ皇国最強クラス・・・確かストライカーというのだったか?その地位に位置する男が、まだ少年だったと言うのは、実に興味深い。なぁ?そう思わないか?シルフィリア。」
「特には」
後ろで控える少女に声をかけるものの、少女はただただ、静かに素っ気ない返事を返すだけだった。そしてこの少女・・・服装こそ変わっているものの、先日闘技場にて、優勝者を打ち破ったあの少女であることがその素振りから理解できる。
「冷たいねぇ・・・」
茶髪ピアスのはそう言って苦笑いを含める。
と、また、ベネディクトの叱責が飛んだ。
「そんなことは問題ではない!!相手はあのジュリオ率いる下賎な民兵とたかが紛れ込んだ魔獣一匹だぞ!?そんな連中に対して敗北を喫するとは!!皇帝陛下の御威光に傷をつけおって!!」
そう怒り狂う彼に対して、茶髪ピアスの男はフフンッと鼻で笑う。
「はいはい。身分の差だけで勝てるなら、この戦争は随分と楽なものになったろうな・・・」
それを聞いてベネディクトは静かに「んっ・・・」と押し黙った。
一応、彼とて少将の地位にある軍人。
戦争のノウハウぐらいは理解している。
だが、愛国心ゆえに許せぬのだ。今回の戦闘の敗北が。
すると、そこへ、脇の扉を開けて、一人の女性が部屋へと入ってきた。
金色の髪を靡かせる。美しい女性。
豊満な胸や締まった腰などはまるで人間というよりは理想として構築された人形のようで、先程のシルフィリアと呼ばれた少女をガラス人形とするならこちらは蝋人形のような細かな色気が表現されている。
「そんなことを論じている場合ではない・・・」
入ってくるなり、その女性ははっきりとした口調でそう言い切った。
「シルフィード・・・お前も呼ばれたのか?」と茶髪ピアスがいうものの、そんな言葉には耳も貸さずに、彼女は椅子を引き、自分の席へと腰をおろす。
「問題なのは・・・エーフェ皇国軍がこの小さな勝利を期に、反撃へと転じようとしているということだ!!」
「その通りだよ・・・」
直後に響いた5人目の声に全員がそちらの方向を向く。
「オーギュスト殿下。」
その場に居た全員が立ち上がり、彼に敬礼を捧げた。
「狩りとらねばなるまい・・・今は小さな狐だが、やがてこの狐が群れをなし、我々へと牙をむくその前に・・・」
オーギュストはその純白のマントを靡かせ、静かに部屋の中央に置かれたテーブルの上に広げられた地図へ視線を落とす。
「エーフェ軍を黙らせるには、まず中部戦線の強化が必要不可欠。その為には、戦線の南部に位置する、ブルーフィールドの森からの補給路を磐石にする必要性が生じる。」
ほとんど感情を入れない静かな口調ですばやく的確に戦況を読んで行くオーギュスト。
それだけでも、彼がきちんとした教育を受け、さらに軍事にかけては天才的な頭脳を持っていることを証明していた。
「ベネディクト。お前は中部戦線を経由、ブルーフィールド補給基地へと向かえ。そして、基地を拠点とし、前線の指揮を任せる。」
「はっ!」
初老の男が足を揃え、見事な敬礼を見せる。
そしてオーギュストは静かに茶髪ピアスの男へと視線を移し・・・
その後ろで控えていたシルフィリアへも視線を向けた。
「クラウド。皇帝陛下より賜ったその少女。調子はどうだ?」
「3回ほど戦線に投入しましたが・・・こいつは化物ですよ。たった一人で一方位を全て制圧し、後には数千という死体が転がってる始末でした。一体、この娘。何者何ですか?」
「余計なことは詮索するな。クラウド。お前にはベネディクトの部隊の後方支援。並びに補給路の維持を命じる。その娘も連れていけ。ただ、忘れるな。あくまで後方支援だ。進んでの戦闘は控えよ。」
「まかせとけ・・・」
茶髪の男が少々チャラく敬礼を返した。
そして・・・
「シルフィード。」
「はっ!」
名前を呼ばれると同時に最後の女性が潔く敬礼を返した。
「近々、エーフェが大規模な作戦をするという情報が“エーフェの友人”によって齎された。これにより、アリティア帝國の帝都ヴァルハラにて、連合の緊急軍議が執り行われる。余の共をせよ。これより、ヴァルハラに向かう。」
「了解です。我が身心、殿下とともに。」
全員への指示が行き渡ったところで、オーギュストは一息ついて、静かに最終命令を下した。
「行け。犯行の兆しを見せる仔狐共を・・・大地からすべて刈り取るのだ!」
※※※
シャワーのコックを捻ると、頭上から暖かい湯が降り注いだ。
先日の一件があってからIMMはしばしの間、任務はなく休暇となっている。
そんなわけで、彼女。IMMの隊員であり、狙撃手でもあるリアーネ・エヴェンズはのんびりと2日目となる休日を満喫していた。
長い金髪は洗うのに面倒で、戦場ではつねに土と埃にまみれているが、それでも、彼女は自らの髪だけは切ろうとはしなかった。シャワーを浴び終え、長い髪をツインテールにまとめていると・・・
「そういえばさ・・・」
外から話しかけるのは彼女と同室のアイシャ・ルベリエだった。ちなみに彼女もリアーネと同じIMMである。
「聞いた?アリエス君の話。」
「アリエス?どうかしたの?」
「ほら、この前のジュリオ隊長の部隊の救援作戦・・・見事に成功だってさ・・・」
「・・・・・・そう・・・」
「あら?随分とあっさりと返事をするのね。」
「もちろん・・・だってアリエスのことは信頼してるもん。」
王宮に程近い6畳2間+DKにユニットバスのついたこの部屋。4階建てのアパートの3階に存在するこの部屋は通常兵舎に隊舎を持つことが許されないIMMの為に、シェリルが自費を投じて用意したものだった。
もちろん、他の隊員に対しても、IMMに所属する限りは全員に1部屋ずつこのようなアパートが割り当てられている。ただ、場合によってはこのように2人一組で部屋を使う場合もあるが・・・
1
有事の際には、小隊員全員に配られているミスリル製のカードから通信が入る仕組みで招集されるのだ。
そして・・・
「「ん?」」
平和な時間が長く続かないのもまた、戦時中という状況下での仕方の無い事実だった。
美しく光り輝く自らの隊章カードを手にとると、すぐに、カードの表面に文字列が現れた。
暗号化されたそれをは解読方法に照らし合わせながら、ゆっくりと読んで行く。
内容は・・・
“緊急入電。 IMMに特別任務 本日14:00に隊舎であるレウルーラ離宮の大広間に集合されたし from Sheryl Re Shelisant”
年頃の女の子2人の平和な休日は・・・わずか9時間もしないうちに、幕を閉じたのだった。
※※※
I
MMと言う組織は全部で50名を全部で7つの小隊・・・つまり約14名ずつに振り分けられている。
ピアノやビリヤード台が置かれたその空間は、隊舎というよりはオシャレなラウンジを思わせ、そこにはバーカウンターまでもが備え付けられていた。
置かれている机や椅子も備品というよりは調度品と言った方がより正確だと思う。
まあ、それも当たり前・・・
ここは他の隊が使ってる隊舎とは根本的に異なる。
なにしろ、国家からすればIMMはいわばシェリルの持つ最後の直轄独立部隊。いわば、近衛兵団。
人気も名声も高いシェリルは現在のエーフェ国家からすれば、事実上の最高権力者であり独裁者のキャスリーンに取って変わられるかもしれない完全なる邪魔者。
できれば早く排除したい。
だからIMMは他の正規軍の部隊とは違って兵舎も無いなら隊舎も無い。
できるだけ劣悪な環境に置き、できるだけ早く解散させて彼女の最後の砦であるIMMと言う権力を奪いたいのだ。
だが、それで黙っているシェリルではない。
彼女は彼女でダイアモンド鉱山を所有する大富豪でも有る。
その莫大な資金をバックに隊員全てに皇都内にアパートを構え、さらに武器や制服もその人物の個性に合わせて特注し、さらに、王宮内にプライベートスペースを保有しているため、その一部を改造してこうした隊舎へと変貌させたのである。
そのため、むしろ他の正規軍の部隊の隊舎よりも数段上の造りとなっているのだ。
まさに、金を惜しまない性格なシェリルであるからこその技と言えるかもしれない。
リアーネとアイシャが到着した時、そこには全メンバーが揃えられていた。いや、一人・・・唯一アリエスだけがまだ到着していない様子だったが・・・
全員が揃うと同時にレーナルドがドアを閉めて鍵をかける。
それと同時に、入り口とは逆の扉 ―その向こうはシェリルの個室・・・すなわり完全なプライベートスペースであるわけだが― からシェリルが真紅のドレスに身を包んで姿を現した。
そして、アリエスが実家の都合で一人別にブリーフィングを受けることを告げると、シェリルは一呼吸置いて、全員にまずはコトの顛末を話した。
すなわち・・・先日、参加を拒否された戦いの件である。
そして・・・それを聞いて、7割以上のメンバーが固まることになる。
「全滅・・・全滅って・・・」
シェリルの言葉を聴き終えた全員が驚愕した。
「そう・・・全滅・・・司令官だった、アル・ドルトーだけはなんとか逃げ延びたらしいけどね・・・」
シェリルの言葉の全貌を整理するとつまりはこういうことだった。
司令官に選ばれたアル・ドルトーは己が権力にモノを言わせて無能にも関わらず意気揚々と正規軍の一個師団1000人を自軍として戦場に赴いた。最新兵器もオンパレードで以て。
当然、数でも兵器の性能でも勝る戦い。いかに彼が無能とはいえ、負けることなど誰も予想していなかった。
しかしながら、とあるきっかけがあってそんな戦場は見事に崩落する。
敵の偵察隊を見つけ、彼らが逃げて行くのを見たアルはそのまま全部隊を以てそれを追撃した。彼らが逃げ延びる先には必ず敵の基地と司令部が有る・・・そう信じて。
だが、それは罠だった。
敵は偵察隊が逃げ延びる先に魔法陣を描き、罠を張っていたのだ。
見方の偵察隊をも犠牲にした作戦。
そんなことを予想だにしていなかったアルはパニックになり、すぐさま全軍を突入させ強行突破を図った。
だがしかし・・・敵はソコに向けて矢を一斉掃射。結果正規軍は損傷率7割を超え、さらに・・・敵は損傷した部隊の再編成すらせずに追撃を命令。
結果、残っている兵士に最終防衛ラインを敷かせて、アルは一人逃げ出し、敗走。
残された兵士は最後の一兵になるまで戦い抜き、結果、捕虜すらとられずに全滅。
戦場には珍しく、行方不明者も無し、敵軍からも捕虜とした兵士の名簿が届かなかったことからしても、それは確認出来た。
そして、今回の作戦の特性から、敵が“連合の悪魔”と恐れられる・・・血も涙もないと噂される将軍 ルーズベル・ベネディクト によるものであり、敵の司令官は彼と見て間違いないということを伝えた。
「IMMの参加を拒否されたことが、むしろいい方向に転んだわね。」
そう呟くシェリルの言葉はどことなく淋しげだった。
おそらく、戦争に敗北したからではない。
あんなくだらない司令官の無茶な作戦のせいで、多くの兵士が死んだからだろう。
エーフェは徴兵制を敷いている。だからこその惨劇・・・
シェリルにすればそれが許せない。
己の意志ではなく・・・無能な老害共に殺された若き兵士たちの無念が・・・
「さっき・・・武官達に呼び出されたわ・・・次の命令よ。『IMMは正規軍に変わって、ブルーフィールドの森に存在する敵拠点を、遅れを取り戻すべく、3日以内に陥落させよ。』とのことよ・・・」
「そんな!!」
リアーネが先陣を切って不満を漏らし、後の面々も口々にガヤガヤと騒ぎ始めた。
はっきり言ってしまおう。
これは無茶な作戦ではない。無謀な作戦だ。
前述の通り、IMMの武力は50名前後。
それに対し、ブルーフィールドの森の駐留する敵軍は200人を超える。
いや・・・正規軍の失敗により、事態を重く見たと考えれば、敵は当然その数を増やすだろう。なにしろ、敵の最前線補給拠点。
陥落させられたら、戦線を後退せざるを得ない。
想像するに4倍・・・つまり800人程度の敵と戦うことになる。
おまけに、敵は補給拠点。つまり、簡易ながら基地の中。圧倒的有利。
さらに、正規軍の失敗でもはや奇襲作戦もままならない・・・出来たとしても相当難しいものになるだろう。
それを3日で成せとは・・・
「グロリアーナとチェザーレを除けば、軍上層部は全部キャスリーンの部下共よ。私達は邪魔者以外の何者でもない。出来ればあなた達を全滅させて、私の権威を失落させるのが狙い・・・わかるわね?」
全員が押し黙ってシェリルの目を見据える。
「私が居なくなれば、国家は完全にキャスリーンに掌握されるわ。そんなことになったら、あなた達の祖国はあっという間に地図上から消える・・・敗戦国の苦しみってのは・・・歴史の授業で習ったでしょう?」
全員が静かに頷いた。敗戦国の苦しみ・・・それはすなわち、植民地化・・・
そんなことになれば・・・
「ただ・・・都合がいいことに、軍上層部は命令は出来ても、細かい作戦内容まで決める権限はないわ。私もまだ、前皇の側室だった経歴があるし、宦官共も簡単には手出し出来ないはずよ。いい?あなた達、IMMは命令権も指揮権も全て私にあるの。他の兵士と違って、たとえ将軍や大佐に命令されようとも一切無視していいわ。私の命令だけ聞きなさい。いいわね?」
全員が信頼を込めたビシッとした敬礼をシェリルに捧げた。
「みんなの言いたいことは当然わかるわ。アル=ドルトーもバカとはいえ、敵の数の倍、一個師団を率いて行って、結果は敗戦、全滅。それなのにたった50人で大丈夫なのかって・・・だから、この作戦について参加したくない人間は参加しなくっていい。素直に申し出て・・・」
司令官としてあるまじき言動に全員がざわつく・・・
だが・・・
「仕方ないねぇ・・・」
そう進み出たのは、他ならぬ、リアーネのルームメイトであり、褐色の肌に赤い髪を揺らす女性・・・アイシャ=ルベリアだった・・・
「付き合いますよ、シェリル閣下。私たちはアンタに惚れて、こんな“死んで来い部隊”に入ったんだ・・・」
それに隣に居た強面の男もフッと笑いを含めた。
重装歩兵隊長のティガ=メルガバだった。
「だな・・・それに、正規軍の奴らが手も足も出なかったんだ。ここで、俺達が勝利すれば、あの高慢稚気な女王をまた悔しがらせることができる。だろ!?みんな!!」
その言葉がトリガーとなり、全員が口々にヤル気の溢れる台詞を口にした。
ソレを見て、シェリルはフッと笑う。
「出発は明朝9:00。離宮の前に兵員輸送用の大型馬車を何台か手配するわ。必要物資に関しては、IMMの物資管理課に届け出て頂戴。明日までにはそれも一緒に兵器輸送用の馬車で運ぶから。それまで、全員休息を怠らないこと。続きは現場につき次第。地形を見てから指示する。“フィンハオランの坊や”はジュリオの支援で疲れてるだろうから、今日まで3日間の休暇中。現在はオスロに滞在中だから、おそらく現地集合って事になるはずよ。以上。解散。」
そして18時間後・・・IMMはブルーフィールドへと出発することになる・・・
しかし・・・
この戦いが・・・言わば戦争の分岐点になることは、まだ・・・誰も予想していない・・・
※※※
次の日のことだった・・・
予定通り出発したIMMは何の問題も無く1泊2日の道程を経て、目的のブルーフィールドの森へと到着することとなった。
そこは・・・本当に森だった。
遊歩道の整備された人口のものではなく、鬱蒼と茂る木々・・・
一応、苦労して、馬車がなんとか通れるぐらいの道を探し当てたが、おそらくコレも辿っていけば、敵の本陣へと真正面から行き着くのだろう。
となれば・・・
「う〜ん・・・」
地図に目を落としながらシェリルとレーナルドは静かに作戦を考えていた。
「シェリル様・・・作戦はありますか?」
レーナルドの言葉に、シェリルは静かに首を振る。
「駄目ね・・・幾つか考えてみたけど・・・どれも決め手にかけるわ。」
というわけで・・・
2人が作戦を決めるまでは他の隊員は暇というか、時間ができる。
武器を磨く者、周りを監視する者・・・
そして、一人先にこの合流地点へと到着していたアリエスはというと・・・
木に背中を預けて静かに寝息を立てていた。
よほど疲れていたのだろう。なにしろ、このところ連戦が続いたから・・・
そんな彼の事情を知らず、一人の少女が彼の元へと歩み寄った。
長い金髪にソバカスの多い顔・・・
「ったく・・・戦闘前だってのに緊張感ないわね・・・」
リアーネだった・・・
アリエスの元へと歩み寄ったリアーネは靴を軽く蹴って彼を目覚めさせる。
眠そうにその瞳を擦り、アリエスが静かに彼女の方向を向く・・・
「うるさいな〜・・・」
ものすっごい反抗的な瞳だった・・・
「こんなに天気良くって、疲れてりゃ、そりゃ誰でも寝ちゃうって・・・それに、休めるときにきちんと休んでおくのは兵士としての基本中の基本だろ?」
「そんなこと言ってる場合? ここはもう敵の基地の眼と鼻の先なのよ・・・」
「・・・・・・そんな堅いことばっかり言ってると、いざという時に的を外すよ?狙撃手は集中力が命でしょう?」
「あんた誰にモノを言ってるの?私が土壇場で的を外したことあった?」
「木の上の林檎落とそうとして失敗して、危うく塀の向こうに居た俺を突き刺しそうになった・・・」
「アレはオフでしょ? ノーカンよ。ノーカン。」
「そのノーカンのせいでオレは天国行きかけたんだ!!」
ついにアリエスが大声で叫んだ・・・
「何よ!!器量の小さい男ね!!!いいじゃないの矢の1本や2本!!」
「その1本や2本のせいでオレは死にかけたんだ!!」
「大丈夫よ!!昔、矢ガモって矢が刺さったままで長生きしたカモ居たじゃない!!」
「オレはカモじゃな・・・」
そう叫ぼうとして・・・
アリエスは咄嗟に目を細めた。
「どうしたの? アリエ・・・」
「シッ・・・静かに・・・」
そう言って、アリエスはすぐに異変に気が付き、こちらを気にしていたシェリルに対して、静かに茂みの向こう側を指さした。
リアーネも静かにそちらを振り返る・・・すると・・・
―!!!?―
風ではない・・・明らかに人為的に・・・
木々の間に生える腰ぐらいの高さの草の茂みが・・・
カサカサと揺れていたのだ・・・
−敵の偵察兵!?−
そう思ったリアーネはすぐに背中に背負ったアーチェリーを抜き払う。そして腰の矢筒から静かに抜いた矢を番え・・・
そっとシェリルが発射合図を出すのを待った・・・
当のシェリルもすぐにレーナルドに目配せをして、彼は腰からレイピアを抜いてできるだけ足音を立てないように尚もカサカサと揺れる茂みへと近づいていく。
そして・・・
相手が気が付き、逃げそうだと察するやいなや、シェリルが鋭く手を振り下ろし、リアーネの矢が発射される。
そして、茂みの中で何かが暴れる音が聞こえた。
レーナルドがすぐに確認に向かい・・・そして・・・
ドスっという音と共にレイピアが振り下ろされる音が響いた・・・
・・・・・・
「レーナルドさん?偵察兵は?」
アリエスの問いかけに茂みから戻ってきたレーナルドは苦笑いを浮かべていた。
「偵察兵は居なかったが・・・今夜の夕食は確保した。」
そう言ってレーナルドがスッと持ち上げたのは・・・
一頭の小ぶりの猪だった・・・
それに安堵して、いつの間にか戦闘態勢をとっていた全員が静かに武装を解除する。
「まったく!!!ビックリさせないでよアリエス!!!」
リアーネの怒声が響く。
「オレは一言もスパイだとか偵察兵だとかは言ってない!!」
アリエスも負けじと言い返す。
「シェリー様!!コイツになんか言ってやってくださいよ!!」
抗議の視線をシェリルへと移し、リアーネは彼女に助けを求める・・・
しかしシェリルはクスクスと笑うばかりだった・・・
そして・・・
「そうね・・・じゃあ、一言だけ言ってあげるわ・・・」
そう言うと同時に、シェリルは静かにアリエスの方に視線を移した。
「お手柄よ。“坊や”。」
それは、シェリルの中で今回の作戦が決まったことを意味していた。
大きな木の切り株を机がわりにして、そこに50名の隊員が円状に集まる。
切り株の上には地図と小さなチェスの駒が置かれていた。
「ブリーフィングを始めるわ。」
シェリルの声が響く。
「先程、リアーネが小さな猪を撃ち殺したけど、その場所は茂みの中だった。それで気がついたの。おそらく獣道があるって・・・それで、レーナルドに偵察に行かせたわ。」
「獣道は猪や鹿等が通ることによって、草木が踏み固められて出来た道です。その道を先程辿ってみたところ、敵基地のほぼ側面部へとつながっている事がわかりました。これは、基地を造るのに適しているのが水を確保しやすいことと、生き物が生きるためには水が必要不可欠であることからも裏付けられます。」
「その獣道を利用するんですね。」
「その通りよ。作戦を説明するわ。まず、私の率いる本隊は敵基地を正面から攻める。メンバーは私とレーナルド、及び重装兵隊と突撃兵隊は私と一緒に来て頂戴。ティガ、フォス。あなた達2人が要よ。きちんと隊を指揮して頂戴。」
「「おう!!」」
「それから、念のため、救護班も私と一緒に来てもらう。もちろん後方支援隊もね・・・キャサリン、ダイム。よろしくね。」
「「はい!!」」
「後は、通信兵。アイシャは私と来て頂戴。ルーシャは別動隊を任せるわ。いつも通りよろしくね。」
「「了解です。」」
そして・・・シェリルは静かにアリエスの方を振り向いた・・・
「・・・そして・・・その隙をついて、別働隊には獣道を通って、敵を側面から攻めてもらうわ。指揮は私がとるから、ルーシャからの通信をよく聞いておいて頂戴。ルーシャもどんな細かいことでもできるだけ私に報告して頂戴。ただし、こういう事言いたくはないけど、もしもルーシャが意識不明の重傷重体、もしくは戦死した場合はアリエス・・・あなたに指揮を任せる。なんやかんやで実戦経験が多いからね。期待してるわよ。」
「了解です。」
「後、リアーネ。あんたはアリエスの後方支援ね。狙撃手の腕の見せどころだからがんばりなさい。」
「了解です。」
「確認するわ。作戦概要はこうよ。正面から私達本隊が敵の注意を引き付けるわ。そして、敵がある程度出てきたところで、別動隊が獣道を通って、敵を側面から攻める。何か質問は?」
スッとガタイの良い鎧の男の手が上がる。
「何?」
「確かに理にかなっちゃいるが・・・その分リスクもでかいですね・・・」
そのままバトンを渡されたように、今度はアイシャが言葉をつないだ。
「別動隊の移動にどれぐらいかかるか知らないけど、馬車が使えない以上、測量に関しては素人の私の目で見積もってもおおよそ30〜40分・・・その間、本隊はわずか35人程度になるけど・・・たったそれだけの人数で数百人規模の敵を引き付け足止めするなんて・・・そんなこと出来るんですか?」
「できる!」
シェリルが断言した。
次いで、レーナルドがその言葉の裏付けを説明する。
「先程、地形を見てきましたが、人の手が加えられてない森林であるのが幸いし、敵補給基地の正面に幾つかの巨大岩があります。そこをこちらの陣として押さえれば岩陰に隠れながらの攻防戦を行うことが出来、さらに、重装歩兵となによりシェリル様の魔法で防御し、私のスピードで撹乱すれば、敵が例えこちらの10倍以上であろうとも、1時間程度の耐久戦なら可能なはずです。」
ソレを聞いて、アイシャは納得したように「うっ・・・」と押し黙った。
「・・・あの・・・」
また他の者が声を上げる。
「何?」
「・・・仮に持ちこたえられたとして・・・敵はそこまで本気で私達を叩きに来るのでしょうか・・・なにしろ、35人の軍隊です。800人規模のほとんどを引き付けるなんてそんなの不可能なのでは・・・」
「大丈夫。敵はあのアリティアの黒い悪魔・・・ベネディクトよ。多勢に無勢で圧倒的な物量を背景に殲滅戦を挑むのが彼の常套手段・・・だとしたら、例こちらが35人だとしても、相手は本気で私達を潰しに来るはずよ・・・」
それを聞いて声を上げた男も静かに押し黙った・・・。
そして、しばらくの沈黙の後・・・
隊員の一人が口を開いた。
「仕方ねぇな・・・俺達はシェリル様に拾われなきゃ、今頃路地裏で狗の餌になってるか、それとも、正規軍であのアホのキャスリーンに殺されてたか・・・そのどちらかの逸れモノや曲者ばっかの野良共だ・・・今更、シェリル様の為に命が惜しい奴なんて居ないよな!!」
「「「「おう!!」」」」
全員の声がひとつになって響いた。
「OK!一時間後に作戦開始よ!!全員!!準備せよ!!!」
かくして・・・
ブルーフィールドの森における敵基地攻略作戦。
後にオペレーション“ブルーイーグル”と呼ばれる作戦が実行されることとなった・・・。
1時間後・・・予定通り作戦は決行された。
先程までのドレスとは異なり、豪奢なエポレットや剣帯などを付けたロングジャケット風の騎士服に身を包んだシェリルは腰にレイピア・・・手にはバトンぐらいの長さの美しい装飾が施された金色の魔法杖を持ち、白馬に乗って他の兵士と共に予定通り、敵基地の正面へと向かっていく。
「別動隊が敵基地側面部へ到達するまでの所要時間はおおよそ45分。それまで、私達で出来る限り多くの兵士をおびき出すわよ!!いい!!?あくまでおびき出すのよ!!無駄な戦闘はなるべく避けてね!!」
そう言い聞かせた直後のことだった・・・
「シェリル様!!」
隣で黒馬にまたがったレーナルドが声を上げ、前方を指差す。
シェリルも目を細めてそちらを確認すると・・・
おおよそ40人というところだろうか・・・
黒色の軍服・・・アルフヘイム連合の最も南に位置し、そして連合のトップであり、連合盟主でもある国家・・・
神聖アリティア帝國のものだった・・・
「・・・作戦行動中は、認証コードで呼んでね。“LibraButler(リブラバトラー)”・・・」
「・・・了解です。LibraQUEEN(リブラクイーン)・・・」
敵がこちらに向けて多数の矢を放ったのを確認し、シェリルは静かに杖を持っている手とは逆の手を自らの前に突き出す・・・そして・・・
『”Round Shield(ラウンドシールド)”』
静かにそう唱えると同時に彼女の・・・いや・・・隊員全員を正面から覆う程巨大な魔法陣が彼女の掌を中心に出現し・・・
赤い光でできたソレに、矢があたると・・・全てまるで水の中にでも打ち込まれたかのように威力を失った。
「ま・・・魔術師・・・いや、魔導師か!」
敵の声が微かにそう聞こえると同時に、今度はシェリルは杖の切っ先を敵へと向け・・・
「Regina Caridus(レギナ・カリドゥス)」
静かにそう唱える・・・すると、先程まで出現していた巨大な魔法陣は消え去り・・・代わりに・・・
杖の切っ先から戦艦の主砲を思わせる程の巨大な真紅の光の一撃が敵に向かって一直線に飛来した・・・そして着弾すると同時に、大爆発を引き起こす。
本当に一瞬・・・たった一瞬で・・・敵の先遣隊が全滅したのだった・・・
「急ぎましょう・・・もう少し近づかないと、こちらに有利な地形を得られない上に、引きつけられる相手の量も限られてくるわ・・・」
それを誇るでも笑うでもなく、シェリルはひたすら険しい表情のまま静かに馬を走らせた・・・
彼女に弱点があるとすれば、それはまさにこういう敵にすら情けをかけようとしてしまう優しい部分かもしれない・・・
その妄想を払拭するかのようにシェリルは僅かに首を横に振って、急ぎ敵基地正面へと向かうのだった・・・
一方で・・・
その報告はすぐさま、敵基地で指揮に当たっていたベネディクトへも伝わった・・・
「・・・エーフェの攻撃か・・・」
ドーベルマンのような厳格な面持ちで静かに報告された事項を繰り返す・・・
「はい・・・偵察兵の報告によりますと・・・敵は40人前後・・・指揮を取っているのは赤い髪の女だということです・・・」
それを聞いて、ベネディクトは小さく舌打ちする。
なるほど・・・シェリルか・・・ということは敵はIMMということになる・・・
寄せ集めばかりの人材で構成された雑魚と噂されているが、その実態はエース揃いの特務隊だとも・・・いや・・・そんなことよりも・・・今は・・・
「・・・身の程知らずが・・・」
たったそれだけの戦力で現在846名にも及ぶこのブルーフィールド補給基地を攻略しようなど・・・
「我々も舐められたものだな・・・警備兵を残し・・・全部隊を出動させろ・・・一人残らず殲滅しろ!!」
マントを翻し・・・ベネディクトはしたたかな怒りを込めて言った・・・
※※※
獣道・・・
それは本当にその言葉がしっかりと噛み合う場所だった。
一応道にこそなっているものの、草木が踏まれたただそれだけの場所・・・
一歩一歩確かめて歩かないと脚を取られそのまま沈むかもしれない湿った泥を踏みしめながら・・・しかしできるだけ急いで15人の兵士たちは脚をすすめる。
すると・・・
・・・遠くから幾つもの爆発音が聞こえる・・・
「始まった・・・」
リアーネが静かに呟いた。
「シェリー様が魔法を連発してるってことは・・・大丈夫。まだ勝ってる。」
「急ごう・・・できるだけみんなに負担かけたくないから・・・」
そう言って脚をすすめるリアーネの軍服の袖をそっとアリエスが引っ張った・・・
「リアーネ・・・大丈夫か?」
「え?」
「脚が震えてる・・・」
アリエスの言葉にリアーネは静かに自分の足を見つめる。
すると・・・
意識してもないのに脚がガタガタと震えていた・・・止めたいと思っても止まらない・・・
これは・・・もしや・・・
「・・・・・・怖いに決まってるじゃない・・・」
本音を漏らした。
「でも・・・怖いって思ってるだけじゃ、結局何にも変わらない・・なんにも出来ない・・・だから・・・今はせめて・・・やるだけやってみるしかないじゃない・・・」
その言葉にアリエスは目を見開く・・・自分と同じ・・・14歳の少女が・・・
戦争の悲惨さは人を強くする・・・そういうことの表れなのだろうか・・・
「・・・背中は任せるよ・・・リアーネ・・・」
アリエスがそうつぶやくと、リアーネはうれしそうに「うん!」と頷いた・・・
一方で全軍が投入された本隊はやっぱりというか結局というか・・・勝ちも負けもしない・・・いわば膠着戦へともつれ込んでいた・・・
重装歩兵の盾は矢で凹み、欠け、中には半分になったものもある。
そうなった武器を道の傍らに投げ捨て、兵士たちは倒れた敵の手から盾や剣を奪いとって戦い続けた。
シェリルも必死に敵からの攻撃を魔法壁で防ぐが、それでもやはり限度がある。
敵の数はこちらの約20倍・・・
しかし、それはある意味に置いてそれは成功を意味している。
ここにこれだけの戦力が集まっているということはつまり、現在基地の中は空っぽ・・・
でも・・・
敵側から飛んでくる多数の魔法矢・・・
弾幕の如きそれがこちら側の進撃を阻む・・・
岩陰に隠れていたメルガバが叫んだ。
「レーナルド!!右前方の魔術師3人を何とかできないのか!?」
「わかってる!!」
レーナルドは静かに腰からレイピアを抜き・・・そして・・・
岩陰から一気に飛び出し、魔法矢飛び交う中を彼にかわしながら突き進み・・・
中央の魔術師の首の頚動脈を一閃の突きで仕留める。
そして他の2人が怯(ひる)んだ隙にレイピアを横に薙ぎその首を刎ねた。
しかし、敵はすぐに新しい魔術師を補充して応戦し、レーナルドは身を翻して再び岩陰へと隠れた。
「この我慢がまだまだ続くことになるのか・・・本当に持ちこたえられるのか・・・たったこれだけの兵員で・・・」
その時・・・静かにシェリルが魔法壁を切って、岩陰に隠れ・・・
『雷霆の咆哮(ライトニング・カリドゥス)!!』
呪文と共に、巨大な雷が敵へと放たれる。
「レーナルド!!やる前からあれこれ考えるな!!とにかく今は、生き残ることと戦線を維持する事だけ考えろ!!」
男勝りなシェリルの口調に、レーナルドは静かに・・・しかし強く頷いた。
「イェス、ユアハイネス!!」
※※※
「姿勢を低くしろ・・・」
アリエスの小声での命令に全員が従い、1m程度の長さに伸びた草の中に別動隊全員が隠れる・・・
そして慎重に草根をかき分け、少しひらけたその先にあるものを全員が見つめた。
木の倉庫に高い物見櫓・・・その周りはフェンスで覆われ、何人かの衛兵が立ちその場所を守っている。
「6人か・・・あれだけなら俺ひとりでなんとかできるけど・・・問題は物見櫓の上のスナイパー2人か・・・リアーネ・・・あの2人を連続・・・または同時狙撃できる?」
その問いにリアーネは答えない・・・
「リアーネ?」
再びの問いかけにもリアーネは無言だった。
そして、何度かの問いかけの後・・・
アリエスがおもむろに近くの草をむしり取り・・・それを使ってリアーネの首筋をくすぐった・・・
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
驚いたリアーネは気がついたときにはアリエスを殴っていた。
「何すんのよバカ!!今の状況わかってんの!?どういう神経してんのよ!!」
声量は下げているものの明らかな怒りの声を上げる彼女に対し、アリエスは殴られた頬を撫でながら静かに真面目な顔でリアーネに言う。
「緊張は冷静な判断を欠如させ、体をこわばらせる・・・緊張している兵は・・・どんな兵にも劣る。」
驚いた顔をするリアーネにアリエスは続ける。
「それに、一人が緊張すると、周りまでその空気に流されて緊張するんだ・・・怖いのはみんな一緒・・・でも、ソレ以上に、俺達はシェリー様を信頼してる。普段はふざけてるけど、あの人はやる時は必ずやるよ。」
「うん!」
その時の彼女の返事は酷く落ち着いていた。
「それで・・・狙撃できる?」
「高台の2人ね・・・」
「あぁ・・・同時か・・・あるいは連続で仕留めて欲しいんだけど・・・」
「同時で行くわ・・・」
「よし、そしたら、オレが一気に突っ込む。皆は跡に続いて支援を頼むよ。」
「「「「「まかせとけ!!」」」」」
「リアーネ・・・支援中に後ろからオレを撃つなよ?」
「当たり前でしょ!!」
その言葉と同時にリアーネは背中に折りたたんで背負っていたアーチェリーを静かに組み立てた・・・そして・・・腰の矢入れから2本の矢を取り出し、中指を中央に人差し指と薬指の間に平行に構え・・・
兵員が交代する為に、人数が3人に減った瞬間・・・
リアーネの弓から矢が勢い良く放たれた。
矢はほぼ直線の軌道を描き・・・そして・・・
櫓の上に居た2人を音もなく滅殺する。
「すげぇ・・・」
流石、リアーネというかやっぱりリアーネというか・・・
本当に2人同時に射殺すなんて・・・
「アリエス!何してるの!!早く行かないと流石にバレるよ!!」
リアーネに急かされ、やっと現状を冷静に判断し、アリエスは静かに剣を抜き払った。
そして・・・
―ファントムマナー・・・―
心のなかで静かにフィンハオラン家の剣術の名前を唱え・・・慎重に技を選択してから・・・
一気に飛び出した。
敵に気づかれ、放たれる矢の嵐・・・
その中を、アリエスは全ての矢を見切りながら突き進む。
どうしても、かわしきれない矢は仕方なく体に接触させ軍服はボロボロになり、皮膚が裂け、所々から血がにじみ出ても、走る速さは変えず、致命傷や大怪我を避け・・・そして・・・
敵の元へとたどり着くと同時に腰の刀を抜き払った。
「―散香!!ニ閃!!―」
居合道を利用し、そのまま二度の散香。
ツバメ返しとも言うこの技で3人を同時に切り捨てる。
そして、西側からの奇襲の報告はすぐに基地司令のベネディクトの元へと伝わった。
「全軍を呼び戻し、基地の中で篭城する。急ぎ、命令を徹底せよ!!」
慌てず騒がず、その時点で最良の選択をするベネディクトに部下の男は潔い敬礼と共にすぐにテントを出て行った・・・
しかし・・・
ベネディクトとて基地の司令官の立場にある有能な軍人である・・・。
この時、既に・・・彼はある程度予知していた。
数的有利に立ち、勝利を確信していた兵士たちの動揺を狙った今回の敵の作戦・・・
この状況を立て直すのは・・・それこそ容易ではないということを・・・
一方でこの状況を最も笑っているのはシェリル。
予定通り・・・
混乱した敵は最善の策として籠城作戦に打って出ようとしている。おかげで、本隊はそのまま進軍し、そして今頃、別働隊も基地内部へと進行している頃だろう・・・
そして・・・
敵が有能なベネディクトなら・・・おそらくは・・・
「き!!貴様!!クラウド!!」
唐突なテントへの訪問者にベネディクトが怒りと驚きに満ちた声を上げる。
金髪にロングジャケット風の軍服を羽織った男・・・アリティア帝國中将クラウドは腕組みをして静かに微笑む。
「“アリティアの悪魔”とさえ恐れられたあんたにしては・・・随分とお粗末な戦いぶりだな・・・」
「黙れ!貴様、一体何をしに来た?」
叱責の声が飛ぶ。
「おやおや・・・忘れたのか? オレの仕事はあんたらの後方支援だぞ?」
「これぐらいの局面・・・私の力でなんとかしてみせる。貴様ともあろう男が・・・功に目がくらんだか?とっととその小娘を連れて、大人しく帰れ。」
小娘と呼ばれた少女・・・シルフィリアは特に反応するでもなく、静かに眼を閉じて腕組みをして、ベネディクトを無表情で見つめる・・・
「おいおい・・・人聞きの悪いことを言うなよ・・・何もオレだって援護の押し売りをしようとしてるわけじゃないさ・・・だが・・・ここは引くべきだと一応進言しておくぞ・・・確かにこの拠点を失うことはデカいが・・・これ以上被害を拡大させ、大切な人員と貴重な兵器を失うわけにはいかないだろう?」
ソレを聞いて、ベネディクトも表情を曇らせ・・・怒りに震える。
そう・・・彼にだってわかっているのだ・・・
今回の戦が、別働隊を突入させてしまった時点で負け戦であることが・・・
「心配するな・・・オレが部隊と、このシルフィリアを連れてきたのは、ここで戦う為じゃない・・・。あんたらと大切な物資や兵器を守るためだ・・・アンタらの顔を潰しに来たわけじゃない・・・」
ソレを聞いて、ベネディクトは静かに目を閉じた。
そして・・・
「ライナス!!」
側に居た男の名前を呼びつけた。
「撤退だ。物資と兵器の輸送を最優先で考え、全軍に撤退命令を出せ!」
「ハイ!」
男が敬礼するのを確認すると、ベネディクトは自分の撤退の準備をするため、静かにテントを後にした。
最後にクラウドを睨みつけて・・・
ソレを見て、当のクラウドは静かに笑みを浮かべる。
並の将校では、自分の非を認めずに自滅の一途を辿るものだが、ことベネディクトに限ってはそれはありえない。
その点においては流石ベネディクトというべきか・・・
「さて、シルフィリア。悪いが支援をお願いしていいかい?戦わなくていいから、できるだけ皆の手伝いをしてやってくれ・・・」
「御意・・・」
アリエスはフェンスを切り落とし、内部に侵入すると同時にリアーネに呼び止められ簡単な応急処置を受けていた。
流石に全身切り傷だらけだったし、どうしても体の動きが鈍る。
その為、特性の傷薬を使って一瞬で治療するのだが・・・
この傷薬というのがとんでもなく沁みる。
まるで塩なんじゃないかってぐらい・・・
ともかく痛みに耐え、そしてなんとか傷口から痛みが引くのを確認してから、アリエスは静かに立ち上がった。
そして、剣の握り直し・・・
「リアーネ・・・ここに居てくれ・・・敵も脱走を始めてるから、オレは出来る限り、足止めして、運び出そうとしている物品を置いていくように仕向けてみるから・・・」
そういってやると、リアーネは「わかった・・・」と静かに頷いた。
そして、やがてアリエスの背中が見えなくなると・・・
リアーネは静かに立ち上がった・・・そして歩き出す・・・
アリエスにはああ言ったけど・・・
流石に戦場でジッとしていうわけにはいかない・・・
せめて一人か二人ぐらいは威嚇射撃して、荷物を置いたまま逃げさせるぐらいのことをして武勲を上げないと、軍法上休暇すらとれない・・・。
まあ、指揮系統の違うIMMに有給というか、休日を選んで取るなんて制度があるかどうかは知らないけど・・・
ともかく、腰の矢入れから再び矢を引きぬき、静かに弓に番える。
約30本ぐらい持ってきていたはずなのに、最初のスナイパーを撃ち落としてからさらにアリエスの援護や狙撃などでかなりの本数を使ってしまったので、残りは後7本程度しか残って無かった。
建物に隠れながらも慎重に敵を探していく。
しかし、敵も撤退に必死なようで、その足取りはかなり早い。
既にほとんどの人間が基地を放棄し、出て行ったしまったようだ・・・
と・・・
咄嗟にリアーネは小屋の影に隠れた。
―見つけた・・・―
そこでは3人のグレーの甲冑を身につけた兵士が荷車に食料と弾薬を積んでいた。
おそらく最後の撤退部隊だろう・・・傍にあった樽に隠れ、慎重に小屋と樽の隙間から弓を引く・・・そして・・・
放つ! 矢は一人目の肩に命中。よし、狙い通り!!
殺す必要はない。あくまでモノを持てなくすればいいのだから。
悲鳴をあげるひとりを尻目にリアーネは深呼吸して呼吸を整える。
そして二射目を放とうと静かに弓を番えたところで・・・
ある人物が敵の輸送部隊に近づいてきたことを察知し、あわてて再び小屋の影へと隠れた。
そして、敵の方を伺っていると・・・
―・・・・・・!!!!!!!!!!―
目を疑った・・・
そこに小走りでかけてきたのは・・・ゴシックな白ドレスに美しい黒のドレスローブを羽織った・・・純白の長い杖を持った女の子だったのだ。
しかも・・・
あんまり長く見続けると、逆にこちらが見つかる可能性があるため、本当に一瞬しかみられなかったというのに・・・
それなのに、リアーネの脳裏に彼女の顔はしっかりと焼き付いていた。
美しい・・・
美少女なんて俗っぽい言葉は通用しない・・・俗っぽい褒め言葉など10や20並べたところで彼女の前には安っぽく聞こえてしまう程に・・・
リアーネ自身、自分の顔のソバカスを除けば、一応は美少女の区分にギリギリ入らないことも無いと思っていたが・・・今となっては自信喪失どころの騒ぎではない。
なにしろ、同性の自分ですら一瞬見ただけで見惚れてしまうほどに美しいのだ。
そして・・・再び覗きみると、彼女は静かに先程自分が放った矢で肩を撃ちぬかれた兵士の元へしゃがんでいた。
そして傷口に触れた手から淡い緑色の光子が漏れ、キラキラと輝いている・・・。
―魔術師?―
しかも治癒魔法は他の魔法とは違い、絶妙な力加減が必要となる。
それなのに・・・
自分と同じぐらい・・・わずか14歳の・・・あんなに綺麗な女の子が・・・
もう一度そっと小屋の影から向こう側を覗いてみると・・・どうやら女の子はこれから自分が射ろうとしていた2人の兵士と何か話しをしている様子だった。
そして・・・
少女がすっと振り返る・・・いや・・・正確にいうなれば・・・一瞬目があった気がした・・・
まさかバレた!!?
慌てず騒がず静かに身を引き、再び小屋の影に・・・
「・・・いや・・・バレる訳無い・・・だって私・・・気配消してたし・・・」
小声で独り言を呟きながら、必死に脳内を整理し、そして・・・
「一応退避・・・かな・・・」
そう言って、後ずさろうと、足音をたてないように静かに静かに一歩一歩少しずつ後ろに足をすすめると・・・
「どこに行かれるつもりですか?」
不意に後ろからした声に、すぐに背中と腰から弓矢を手に取り、声のした方向に構えるが・・・
一閃・・・
リアーネの手に持った弓矢が真っ二つに切り裂かれた。
見れば、そこに居たのは先程までの少女・・・
あの恐ろしく美しい少女だった・・・
手に白鞘の刀を持ち、それを大きく振り抜いた姿勢でこちらを睨みつけている・・・。
ゾッとした・・・
その目の持つ恐ろしい冷たさに・・・
まさに蛇に睨まれた蛙という単語がぴったり当てはまるように、全身から冷や汗が吹き出て、足がガクガクと震える・・・
そして・・・なんとか震える手を抑えながら、腰のナイフに手を伸ばし・・・カタカタと切っ先の定まらない手でそれを構えると・・・
!!!!!!!!!!!
凄まじい痛みがリアーネの手の甲を貫いた。
信じられなかった・・・少女の持った刀が手の甲を貫いていた・・・・
「イヤヤヤヤヤヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
甲高い女の子の悲鳴が響き、鮮血が滴り落ちる。
ズルッと手から抜かれる瞬間は本気で失神するかとおもった・・・。
そして少女は刀を大きく空振りして刀身についた血液を払い飛ばし・・・
静かに一歩近づいて・・・
捉えたのはリアーネの首だった・・・。
―殺される!―
直面した命の恐怖に想わず口から「イヤ・・・ヤダ・・・」という心の叫び声が震える唇を伝って搾り出される。
しかしながら、それで少女が顔色を変えることは一切なく・・・
「お願い・・・助けて・・・」
リアーネのその声に静かに少女が刀を静かに振りかざし、反応した・・・
「助けて・・・随分と虫の良い事を言いますね・・・」
綺麗な・・・だが、氷のように冷たい声で少女が言う。
「あなたは狙撃手でしょう?つまり、他人に“助けて”と言う暇すら無く、殺すわけですよね?それで自分の時は助けてくれなど・・・甘いにも程があると思いませんか?」
「お・・・お願い・・・お願いだから・・・」
自然とボロボロと涙が出てくる。
嫌だ・・・死にたくない!!
「大丈夫。一撃で送ってあげます・・・」
息ができなかった・・・
まるで喉がふさがったかのように・・・肺を直接鷲掴みにされたかのように・・・。
自然と何故か目がぎゅっと閉じられた・・・いや・・・ひょっとしたら涙を見せたくなかっただけかもしれない・・・
そして・・・
「己の犯した罪の果て・・・悠久の闇に眠りなさい。」
少女の手から刀が振り下ろされ・・・
だが・・・
ガキンッ!!という鈍い金属同士のぶつかる音と共に思っていた痛み、衝撃は一切訪れなかった・・・
そっと目を開けると・・・
そこには一番信頼する剣士が立っていた。
「アリエス!!」
名前を呼ぶ。彼は静かに呟いた。
「バカ!!待ってろって言っただろうが!!」
静かに剣を大きく振り払い、少女の剣をはじき飛ばしてから、アリエスは中段に構える・・・。
ただ・・・少女も負けてはいなかった・・・。
弾き飛ばされた衝撃を利用し、地面を後ろに蹴って、バク宙してから静かに脚を地につけ、絶妙な間合いをとる。
しかし・・・
何かを確認すると、少女は静かに剣をおろした・・・。
「?・・・どういうつもりだ?」
アリエスが問いかけると、少女は静かに剣を腰の鞘へと収め、静かに背を向けた。
「これ以上戦う意味が無くなりました・・・私の任務はあくまで脱出する部隊の護衛・・・あなた達を殺すことは任務には含まれてません・・・。」
少女はそうつぶやくと同時に、指をパチンと鳴らし、まるで空気に溶けるようにその姿を消した・・・。
「時間を稼がれたか・・・」
鞘に刀を戻しつつ、アリエスがつぶやく。
見れば、先程リアーネが狙撃したあの最後の輸送隊はすでにどこにもその姿を残していなかった・・・。
「追撃しよう!!」
リアーネが叫ぶ。
「このまま舐められたままじゃ、納得行かないもん!!私の魔力を込めた矢なら120m先の的でも当てられる!!今なら十分間に合うよ!!」
「・・・・・・わかった・・・行こう・・・」
そう2人が決断したとき・・・
「やめておきなさい・・・」
聞き覚えのある声が2人の鼓膜を刺激した・・・
振り返ると・・・そこには赤い髪に赤い騎士服・・・シェリルが立っていた。本隊が合流したのだ。
「私達に出された命令はこの基地の制圧であって、敵の殲滅じゃないわ。」
「「でも!」」
「それに、流石ベネディクト・・・形勢が変わると見るやすぐに全軍を撤退させた・・・ここまで潔い指令を出せるあの男相手に勢い任せで追うのは危険過ぎる・・・。これ以上あなた達を危険な目に合わせるわけにはいかないの・・・それに私達も今回の戦闘で、ジョセフ、カルトロ、エミール、ラングトンの4名が死亡した。これ以上犠牲者を増やしたくないの・・・わかるわよね?」
ソレを聞いて、2人は押し黙った・・・。
それはシェリルの言うことが正論でもあり・・・また・・・
顔見知りだった4人が死亡したためでもあり・・・
そして、シェリルはアリエスの肩を軽く叩いて、静かに笑顔を見せる。
「でもまぁ・・・勝ちは勝ちよ。幸い、あいつら・・・兵器や軍事機密を優先して食料はそれなりに置いていったし・・・さっきリアーネが狩った猪もあるでしょう?帰るのは明日にして、今日はみんなでパーティーしましょう、失った仲間への追悼も込めてね・・・。」
「「はい!!」」
「それじゃ、みんなを呼び集めて頂戴。後、料理はレーナルドに任せましょう。きっと極上のディナーを作ってくれるわよ。」
シェリルの微笑に2人はうれしそうに走りだす。
やはり、戦場で戦う優秀な兵士とはいえ、2人ともまだまだ14歳。
子供ざかりな処はあるのだろう・・・
「せめてああいう子たちが・・・年齢相応の生活ができるように・・・私も頑張らないと・・・」
そして、シェリルはシェリルで新たな目標が増えたことを喜ぶのだった。
一方でまるで野うさぎのような華麗な身のこなしで、木々の間を滑るように移動していた少女は約束されていた合流ポイントへと到着した。
「ご苦労さん。」
その地点には数人の兵士とクラウドが待ち構えていて、少女のことを笑顔で迎える。
「悪かったなシルフィリア・・・殿(しんがり)なんて任せちまって・・・だが、お前が粘ってくれたおかげで、アリティア軍の重要機密は全て持ち出すことが出来た。礼を言うぜ・・・」
クラウドがそう賛辞を送るも、シルフィリアは一切顔色を変えようとしない・・・
というよりも、最初から悪いというべきか・・・ハァハァと息を荒くし、目元に薄く隈が出来て、美しいサファイアの瞳も今は濁っていた・・・
「いいから薬を・・・薬を下さい・・・」
辛そうなシルフィリアにクラウドはポケットから小さく美しいガラス瓶を取り出した。中にはまるでサファイアを溶かしたような美しいブルーの液体が満たされている。
「ほらよ・・・」
落として壊さないように慎重にそれを手渡すと、シルフィリアは奪い取るようにそれを手にし、ビンの口を開けて、中身を一気に飲み干した。
そして、体を抱き抱えるようにして蹲り、しばらく震えると・・・
まるで今まで体内を食い荒らしていた何かを吐き出すように、はぁああああ・・・と長いため息のような呼吸をして肩を上下させながら、なんとかフラフラと立ち上がった・・・。
「大丈夫か?」
クラウドの言葉にシルフィリアは「えぇ・・・」と答える・・・
「近くに馬車を待たせてある。お前は先に乗って休んでろ・・・」
「・・・・・・ご命令とあれば・・・」
シルフィリアはフラフラと立ち上がると、静かに指示された方向へと消えていった・・・。
クラウドはさらに自分の周りを固めていた近衛兵にすら「よし、我々も早くここを出るぞ。全員、急いで馬車に乗り込め。」
と、先に馬車に乗るように進言する。
そして、一人残ったクラウドは静かに言い放った・・・。
「追ってこないとは・・・どうやら敵にも優秀でわかってる指揮官が居るようじゃないか・・・」
※※※
それから時が数時間ほど後になる・・・。
パーティーが始まる少し前、生き残った全員の兵士を集めながら、アリエスは静かに小屋に背を預け、座って再び居眠りをしようとしていた。
宴会のご馳走ができるまでにはまだ時間があるし、シェリー様やレーナルドが煽っている酒はまだ飲めない未成年だからだった。
そして・・・秋の寒空の下で、静かに目を閉じ、悴(かじか)む手をそっとポケットに突っ込んだとき・・・
カサッ・・・と・・・
指先に何かが当たるのを感じた。
引っ張り出してみると、それは小さな封筒だった。
親が子供にお年玉をあげる時に使うポチ袋のような小さな袋・・・
しかし、材質は上質な羊皮紙で、裏を返してみれば封筒を閉じている封蝋に押されているのは、蝶と薔薇を象った紋章。
シェリルのものだった。
「あの時か・・・」
そうアリエスはつぶやく・・・
あの時・・・それはつまり、先程肩を軽く叩かれた時だった。
そして、あの場で直接渡さずに、こっそりと渡された封書の意味・・・
それをアリエスは理解していた。
すなわち・・・最重要極秘任務・・・
単独でのシークレットミッション・・・
封書をポケットに戻し、アリエスは静かにため息をついた。
「まったく・・・人使いあらいよ・・・あの女王様・・・」
ただ・・・アリエスは知らない・・・
今日出会ったあの少女・・・
一瞬でアリエスも記憶にわずかに留める程度の見るも美しく可愛いあの白い髪の少女・・・
あの少女をめぐって・・・
これから世界の運命が・・・そして、なにより、アリエス自身の運命が大きく左右するということを・・・
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