騎士と失敗と孤独な姫君
著者:shauna


 その日・・・




 空にはまるで落ちてきそうな程に大きな月が地上を静かに照らしていた。

 時刻はまさに深夜。
 人々だけでなく、動物も、木々も、草花もが静かにその息を潜め、眠る時間帯。


 そんな中でたった一つだけ明かりを灯している場所があった。
 
 街の中央・・・教会である。

 ステンドグラスのはめ込まれた美しい外装のゴシック建築の内部からは司祭達が厳かに祈祷をする声だけが聞こえてくる。



 そう・・・こんな深夜にも関わらず・・・。



 そして・・・この日・・・起きていたのは教会だけでは無かった。



 静かな月夜。
 
 にも関わらず・・・


 その月からまるで落ちて来るように・・・
 一人の少女がその教会へと急降下したのである。



 10枚の羽を背にした少女は一直線に教会の屋根を突き破り、瓦礫の音と共に、内部へと降り立った。
 美しい少女である。歳の頃は14歳程度。光輝くような純白の髪を肩で切り揃え、静かに上げたその顔はまさに誰もが魅入る程に美しい。瞳は左右で黄金とサファイアのコントラストを演出し、一言で表すなら・・・そう・・・まるで天使のような少女だった。


 しかし・・・


 天使は突如として悪魔へとその姿を変えた。


 驚きに満ちている教会の巫女たちを手に持った純白の装飾槍で攻撃し、次々にその命の華を散らせていった。

 数人を床に堕としたところで、教会側も我に返り、反撃を開始した。

 残った巫女たちは手にそれぞれ武器を取り、少女を攻撃しだした。


 だが・・・


 槍、薙刀、剣、弓・・・アリとあらゆる攻撃が注がれ、果ては魔術を使っての魔法の矢の攻撃までしたというのに・・・

 少女は身体をまるで雌豹のようにしなやかに動かしながら、その反撃を切り抜け、再び振るった槍で次々に巫女達を神の元へと導いていく。

 それはまるで機械のような精密さで・・・。機械のように感情を表さずに・・・。
 そして、最後に残った一人・・・すなわち、教壇の神父の姿を見るや否や、真っ直ぐに突っ込む。


 そして、神父が僅かな牙を見せようと手にしたナイフを軽々と弾き飛ばし、首元の十字架の上に手をピストルの形にして構える。


 それは本当に一瞬としか言えない時間だった。


 その信じられない出来事に神父は体を震わせる。


 そして、震える声で以って、少女に問いかけた。





 「き・・・貴様・・・」
 
 少女の姿を見て、神父は確信した。


 「その白い髪とサファイヤと黄金の2色(ふたいろ)の瞳・・・“幻影の・・・白孔雀”か・・・」

 その問いに対し、少女は今宵の月夜の如く滑らかで静かで美しい声で・・・

 


 「己の犯した罪の果て・・・悠久の闇に眠りなさい。」



 と静かに呟き・・・

 『射撃(ドロゥ)・・・』と唱えると共に、指先から射た白い飴程の光弾で男の喉を貫き、地に堕とした。

 溢れ出る血液を確認してから少女は静かに飛びあがる。
そして、月夜の彼方へと消えていった。




   ※          ※          ※




 倒れた死体を映し出していた水晶板がスッと透明になる。


 「ターゲットの死亡を確認した。」


 広く薄暗い広間に置いて、3つの古い蓄音器の内、中央の物がそう告げた。


 「任務御苦労。ヴェルンド。」
 「中々の手際だったと褒めておこう。」

 と左の蓄音器。

 名前を呼ばれた壮年の男はその紫ががった黒の髪を揺らしながら、静かに頭を下げる。


 「貴様の開発した兵器のおかげで、教会の名を語った独裁者は滅び、街には平和が戻った。」
 「早速だが、次の指令だ。少々難しい任務だが・・・貴様の兵器ならやり遂げるだろう。」

 と今度は右側の蓄音器が発声する。

 「言うまでもないが・・・これもまた、極秘任務だ。人眼には触れぬようにな。」
 「内容は追って書類で伝える。」


 そう話し終えると、それ以降、蓄音機はなんの声も発さなくなる。
 男は立ち上がり、静かに声を漏らした。



 「シルフィリア・・・仕事だ。」


 その声に反応し、部屋の隅で畏まっていた白髪の少女は静かに頭を上げた。














 場所が少々変化する。





 リューシャ大陸の西側。そこに小さな街があった。名前を市都“フィーネ”という。
 話はその街の大通りから始まる。

 巻き上がる色とりどりの紙吹雪。地上ではピエロやまるで水着の如く肌を露出したサンバ衣裳の女が踊る。そして、パレードの中央では全身を白のスーツに包んだ男が爽やかな笑顔で大きく両手を振っていた。
 しかし・・・これは断じて祭りでは無い。

 それは、そのピエロや女達が口々に言っている言葉を聞けばハッキリと分かることが。


 「平和な街!!美しい街!!ビル=ガーランドはそんな街づくりを目指しております!!」


 「街を変える新しい風。ただひたむきに頑張り続けるビル=ガーランドに清き一票を!!」

 そう・・・これは派手な選挙活動なのだ。
 投票日を明後日に控え、おそらくは最後の街頭演説に向かうところなのだろう。
 街には公約が書かれた選挙ポスターが列を成して並び、街頭では支援者たちが大きく手を振っている。

 だが・・・それを快く思わない者も居る。そして、その内の一人が、今、大通りを曲がってすぐの路地裏に居た。


 「何が市長だ。」


 悪態をつきながらアリエスは静かにポスターを見つめる。
 普段の軍服を脱いで、黒のスーツで身を固めたアリエスはどこか少年が背伸びをしているような愛嬌があった・・・。
 だが、そんなことを一切気にせずに少年はポスターを見つめ続け、静かにポケットから黒いカードのようなモノを取り出し、2つ折りになっているそれを静かに開く。



 「リブラ7(セブン)からリブラクイーンへ。」

 少年がそう言うと、カードの中央に設置された平らな魔法石が輝きを増す。そして、そこから・・・

 “は〜い。こちらリブラクイーン。”

 妙に明るい女性の声が響いた。通信相手は当然、シェリー様だった。

 「ただ今よろしいですか?」

 少年がそう聞くと、カードは意気揚々と答える。


 “もちろん。アホな官僚の話より、可愛い部下のお話の方が退屈しないもの。”
 「・・・あまり不適切な表現は控えた方がよろしいかと思いますが?」
 “だって、本当のことじゃない。アリエス君。”
 「それと、任務中はコードでお願いします。リブラクイーン。」
 “固いこと言わない言わない。それで、どうしたの?”
 「例の極秘任務の件です・・・ターゲットを見つけました。」
 
 そう言った途端、カードから聞こえてくる声は一気に真面目な物となる。


 “場所は?”
 「皇国の東側。フィーネです。」

 “状況は?”
 「市長選挙の投票日を翌々日に控え、最終演説中。」

 “それは、ビルが・・・ってこと?”
 「はい。」

 カードの向こう側から盛大なため息が聞こえる。

 “まったく・・・マフィアが政治家なんて・・・時代は変わったわね。悪事の限りを尽くした小悪党が政治家なんて許されるかっつーの。”
 「前皇陛下の時のようにはいきませんよ。何しろ、今のボンクラ国皇とゴミじょうお・・・」
 “はい。そこ。不適切な発言は禁止〜・・・”
 「・・・すみません。」
 “まあ、君が怒るのも無理ないけどね。でも、まあ、とにかくだ。そんな暗い世の中を少しでも良い国にする為に、私達は私達でがんばりましょうよ。ね?”
 「・・・はい。」
 “ってことで、後は手筈通りにお願い。いい?必ず生きたまま確保してね。以上!!交信終了。”


 カードの音声が切れ、同時に少年は静かにカードをコートの胸ポケットへと放り込んだ。


 「さて・・・とりあえず、宿と食事かな・・・。」


 そう呟くと同時に少年は静かに大通りの方へ向けて歩いて行った。







 しかし・・・時を同じくして・・・
 この街にとてつもない禍が来ていたことを少年は知る由もなかった。

 「ビル!!ビル!!ビル!!ビル!!ビル!!」

 選挙演説を終え、未だ鳴りやまぬコールの中、唯一演説台に背を向けて静かに歩いていく人影。全身を黒のローブで覆ったそれは・・・・
 シルフィリアであった。





 ナポリタンにピザにクラブハウスサンドイッチ。
 そのどれもこれもがあり得ない程のインフレ価格で、少年は少々戸惑っていた。
 いくら活動資金は軍から出ているとはいえ、それが無駄遣いして良い理由にはならない。特に今は貧富の差がより顕著になってきているご時世だ。役人たるものある程度は自重しなければならないというのがアリエスの考えである。

 いや・・・というより、貧乏性と言った方だ正しいかもしれない・・・
 最も・・・この考え方が最上権力者にも届いていたのなら、貧富の差などでる筈もないのだが・・・。
 

 とりあえず、店員に対し、コーヒーとカルボナーラを注文し、少年は外を見つめる。
 
 ビル=ガーランド・・・絶対逮捕してやるからな・・・


 そう決意を固くしていると・・・

 「コーヒーになります。」

 ウェイトレスが少々クスクスと笑いながら、目の前に注文した品を出してくれた。

 「何か?」

 アリエスがそう聞くと・・・。

 「ウフフ・・・コーヒーだって・・・マセちゃって。かわいい。」

 うぅ・・・まあ、確かに14歳でコーヒーを注文するのはどうかと思う。ってか正直言うと、自分はコーヒーが大の苦手だったりするし、本当ならアイスミルクとか飲みたいんだけど・・・でも、仕方無いじゃないか!!こちとら、ビルを探しまわって、もう2日ぐらい寝てないんだ。眠気覚ましにもなって、しかも人ひとりを逮捕するだけの集中力を養うとなると、どうしてもこの苦い液体に頼るしかなくなる。
 照れ隠しに少年は静かに頬を染めながら熱いコーヒーに口を付けると・・・

 「ウフフ・・・ねえ、君、どこから来たの?」

 どうやら、ウェイトレスの方も暇らしく、そんなことを聞いてきた。
 とはいえ、軍法上の重要機密任務であるため、わざとはぐらかすように答える。

 「どこだと思います?」
 「観光・・・なわけないよね。もしかして、君も市長就任のお零れを狙いに来た小悪党?」
 「お零れ?」
 「そう・・・最近そういうのが多くて迷惑してるんだよね〜・・・ほら、それに近頃は犯罪の若年化が進んでるって言うし・・・。」

 それを聞いて、静かに店内を見回してみると・・・なるほど・・・

 少なくともアリエスのように整った身なりの人間は皆無だった。俗に言う、ヤンキーとか少し前の言葉を使うならチンピラとかいう言葉がジャストミートする方々が大半。
 しかも、学ランやリーゼントはもう古いらしく、両肩にトゲトゲの付いた鉄製プロテクター付き革ジャンに鎖をジャラジャラ付けたジーンズと色とりどりのモヒカンというなんとも言い難いトレンドである。

 「まるで、猿山の猿ですね・・・。」
 「あ・・・わかるわかる!!」

 アリエスの言葉にウェイトレスが激しく頷いた。

 「いや〜・・・こんなまともな会話したのって何時ぶりかな〜?・・・ねえ、君、名前は?」
 「アリエス・・・アリエス=フィンハオランです。」
 「へ〜・・・あのフィンハオラン家と同名なんてうらやましいな〜・・・」
 「フィンハオラン家?」
 「あれ?アリエス君知らないの?」

 いきなり自分のことを名前で呼んだウェイトレスは壁にかかった営業許可証を指差す。

 「エーフェ皇国の4大貴族の一角で、この国で最も歴史ある家柄、それがフィンハオラン家なんだよ。常に礼節を大切にして、貴族であることに誇りを持ってて、しかも、とっても優しい人なの。この前なんて、タダでホームレスの人たちにパンを配ったりしたんだよ。」
 「へ〜・・・それはすごい・・・。」
 「ねえ、もしかして、君、そのフィンハオラン家の子供だったりして・・・」

 確信を突かれた質問にアリエスの体が少しだけ弾んだ。


 「アハハ!!冗談だって・・・大貴族の御子息がこんな田舎町で呑気にカルボナーラ食べてるわけないもんね。」
 
 いや・・・その・・・実はそうだったりする。
 どういうことかというと・・・自分アリエス=フィンハオランはまごう事なきその大貴族の長男だ。家名の継承権は長女である姉にあるし、そのうえアリエス自身は養子であるとはいえ、籍も統合されているから間違いなく・・・
 とはいえ、そんな余計な事を言えば、それこそ大問題に発展する為、アリエスは静かに笑って誤魔化し、再びコーヒーに口を付ける。
 そんな素っ気ない態度のアリエスに対し、ウェイトレスは呆れたような口調で続ける。

 「まあ、でも・・・一言だけ言っておいてあげるわ。」
 「・・・何をですか?」
 「やめときなさい。ギャングのお零れに預かろうだなんて・・・見たとこまだ十代前半だし、下手に関わり合いにならない方がいいわよ。場合によっては、何も分からないように麻薬(ドラッグ)に漬けられて何も分からないまま気が付いたらド変態の貴族の愛玩用になってた・・・なんてことがあるかもしれないわよ。」
 
 「冗談でしょう・・・」と言ってやりたかったが、残念ながら、ウェイトレスの言葉に冗談と取れるような軽い口調は混じって居なかった。

 だから・・・アリエスは正直に言ってやることにした。


 「大丈夫ですよ・・・。僕は・・・正義ですから・・・」
 
 その言葉を聞いた瞬間・・・

 「はぁ〜・・・」
 ウェイトレスの顔が一気に呆れ一色に変わる。

 「君さ・・・どうでもいいけど、正義なんて・・・そんなポリシーこの街で貫いてたら5分でハチの巣よ。いい?闇に染まりつつ、心だけは純粋に生きる。それがこの街での生き方・・・よく覚えておきなさい。」


 そんな言葉に「身に染みました。」と小さく応え、アリエスは再び窓の外に目線を戻した。
 そこでは相変わらずビルが友愛だの平和だのを並べ立てた心にもない演説を繰り広げている。

 と・・・

 アリエスはあるモノを見つける。そんなビルの隣・・・。そこに先程とは異なり、一人の女性が立っていたのだ。白いドレスに身を包んだ黒髪の美しい女性だった。
 しかも、ビルが何かをその女性の耳元で囁くと・・・
 女性は可憐に口元に手をやって無邪気にクスクスと笑ったのだ。


 「へぇ・・・」


 ギャングでもこんな一面もあるのかとアリエスが静かに微笑むと・・・。




 「キャアーー!!!」



 いきなり店内に悲鳴が響く。
 何かと思い、そちらを見てみると・・・

 「またあいつらか!!!」

 ウェイトレスが即座に反応し、手に持った銀トレーをそちらに向かって投げつけた。
 投げたトレーは見事にどうやら一人の女の子にセクハラしようとしていた男達の一人の頭に命中する。そしてウェイトレスは

 「覚悟しろ!!!」

 そんな怒声と共にそちらの方向へと走り去っていき、皿の割れる音が響いた。
 アリエスはそれを無視して、カルボナーラの最後の一口を口に放り込み、大分残っていた苦手なコーヒーに手を付ける。


 向こう側のテーブルでは相変わらず怒声が響き合う。


 「なんだこの女!!?」
 「なんだとは何よ!!!」
 「ついでだ。この女のさわっちゃお〜ぜ〜!!」
 「おぉ!!」
 「ちょっとやめてよ!!」
 「う〜ん・・・いい香りだ・・・」
 「キャア誰か!!!」
 「触んなよ!!ここはそう言う店じゃないんだよ!!」
 「じゃあ、そう言う店にしよ〜ぜ〜!!」
 「触んなよタコ!!!」
 「どうせ減るもんじゃないし、別にいいだろ!!?」
 

 などと・・・

 もう明らかにファミレスとかでは聞けない声が響き渡る。
 アリエスは静かに飲み終えたコーヒーのカップを置いて、ゆっくりとした足取りで出口に向かう。
 
 そして、その道中・・・

 静かに腰の得物をさ鞘ごと引き抜き、一閃させ、2人の男の腹部を直撃させた。


 途端に・・・

 2人の大の男が泡を吹いて床に倒れこみ、ウェイトレスとそれから最初の悲鳴の女性らしき2人がそれを呆然と見詰めていた。
 アリエスはそんな2人に静かに投げた銀トレーを渡し・・・


 「お釣りいらないから・・・」
 とその上にチップを含め代金より心ばかり多めのお金を置く。

 そして、店を出ようとした時・・・

 「あ・・・あなた一体・・・・」
 ウェイトレスが驚いた口調でそう問いかけてきた。

 「・・・かけだし正義の味方・・・です」
 
 アリエスはそう言って微笑み、店を後にするのだった。














 日はドップリと暮れ、街には明かりが灯り始めていた。
 そして、そんな時間帯の路地裏ともなれば・・・そこは必然的に真っ暗な暗黒の世界となる。
 そんな場所にある一軒の安宿の屋根の上・・・そこに少女は牛乳瓶を片手に夜空を見上げていた。思い出すのはつい先日命を奪ったあの男のこと・・・。

 「た・・・頼む・・・見逃してくれ・・・頼む!!」

 あの時、自分が殺したあの男・・・。確かそんなことを言っていた。だが、少女には分からなかった。
 見逃せとはどういう意味なのだろうか・・・。何をそんなに頼んだのだろうか・・・。
 結果、それはまったくわからない。

 もう一度最初から考えてみよう・・・そんなことを思っていると・・・


 「ニャ〜ゥ・・・」


 自分の隣から、この上なく切なさそうな声が聞こえてくる。
 見ればそこには一匹の黒い子猫が銀色の皿をカタカタと揺らしていた。
 皿の中には先程あげたミルクが入っていたのだが、飲んでしまったらしく、すでに空だった。少女は手に持った牛乳瓶の中身を全てその中に注ぎ込み・・・

 「・・・今日はこれでおしまいです。」

 そう呟くと静かに立ち上がった。

 「さて・・・仕事開始と行きますか・・・。」

 少女は大きく伸びをしてポケットからあるモノを取り出す。
 それはまるで香水を入れておくような手のひらサイズの美しい瓶で、中には美しい青の光輝く液体がたっぷりと入っていた。

 「残り3日。早く終わらせなければ・・・」

 そう呟き、少女はその瓶の栓をあけ、中身を一口だけ飲みほした。







 それから3日の時間が経った。
 ビルは候補ではなくなっていた。すなわち、当選したのだ。つい昨日に・・・。
 そして、それは市長ビル=ガーランドの誕生を意味していた。
 そんな状態の中で、アリエスは未だ、ビルを捕縛することが出来ずに、建物の上から双眼鏡で遠目に彼を見ていることしかできなかった。

 しかし・・・まあ、想定内の出来事といえよう。

 パレード中や投票中は否が応にも警備の目が厳しくなり、民衆の目線も集まりやすい。
 そんな状況下で逮捕捕縛するなんて無理に等しいし、もしできたとしても彼の部下達によって奪い返されるのがオチであろう。


 故に、アリエスはずっとこの日を狙っていたのだ。

 今日はビルの市長就任式が市内の高級ホテルで行われる。


 狙うならここしかない。一度就任してしまえば、警備の手は一気に緩まると踏んだのだ。


 そして、それは狙い通りだった。確かにSPもいるし、専属の部下達もビルの周りを固めてはいるモノの、選挙活動中程では無い。あれぐらいなら、タイミングを間違えなければ何となるはずだ。



 ただ・・・


 「やっぱ外じゃ無理か・・・。」

 アリエスは静かにそう呟いた。そう・・・確かに警備の目は少ないにしろ、市民のほとんどが彼を支持するゴロツキであることに変わりはない。故に、こんなに人が多い状況では歯痒いが、逮捕なんて出来ない。


 そして、再び日が暮れ、夜となり、知事就任式のパーティー会場に人が集まり始める。



 「この度、皆様のご支援により、この商市フィーネの市長となりました。ビル=ガーランドです。私を支持して下さる方々に祝福を・・・」


 などという泥臭い演説がまた始まる、
 そんな状況の中、偽の招待状で会場内に入り込んだアリエスは静かに周りを見回した。
 多分、ビルの一番近くに居る男が側近。そして、会場内の壁に貼り付くように立っているのがSPだろう。ざっと数えて50人といったところ・・・。流石に警備は厳重。

 どれ・・・腕の方は・・・と・・・


 アリエスは試しにテーブルから意図的にワイングラスを落とし・・・
 


 パリーン!!
 という音と共に・・・
 男達が揃いも揃って胸元からナイフをちらつかせたのを確認した。


 「あはは・・・ごめんなさい。ついつい、手が滑りまして・・・」

 少年っぽい無邪気な笑顔で周りを見回すと、SPはナイフを納め、人々は再び談笑へと戻って行く。
 なるほど・・・こりゃ一流だ・・・。



 「今日の良き日は歴史に永久に刻まれることでしょう!!この地に、私ビルが平和をもたらした日として!!」



 そんな言葉で演説は締め括られ、会場内に拍手が喝采する。
 だが、そんな中でアリエスは冷静にチャンスを見つけていた。

 SPが少数になる瞬間・・・すなわち・・・



 ビルが席を外した瞬間が勝負・・・




 そう心を決めた瞬間・・・
 会場の照明が一気に落ちる。



 「ここで、皆様方に、もう一つ、ご報告がございます!!!」


 その言葉と共に、照明は一人の女性へと注がれた。

 「あれは・・・」
 アリエスが思わず口に出す。そう・・・確かあの女性は・・・3日前の昼間・・・ビルの隣に居たあの・・・



 「私の婚約者。ミス・ジョアンナを紹介しましょう。私と彼女は、この度、来月に入籍することと相成りました。」


 ビルの急激な発表に会場内がどよめきに包まれる。が・・・


 「私と彼女の愛同様!!この街の平和も永遠に不滅です!!!」
 演説がそう締められると同時に、声は喝采の拍手へと変貌する。


 その中で、アリエスは静かに目を細めた。




 一度、会場の外に出て、静かに大きく深呼吸をする。






 「・・・・まいったな・・・」


 そう小さく呟き、ボサボサの頭をクシャクシャと掻き廻す。

 「まったく・・・」
 その声が示す意味は自嘲だった。
 そう・・・婚約者が居ると聞いたあの瞬間・・・

 アリエスの脳内に浮かんだのは“本当に捕縛するべきかどうか?”という戸惑いだったのだ。
 まったく・・・本当に呆れてしまう。

 たかが婚約者が居るという程度で気持ちを揺らすなんて・・・



 いけないいけない。たとえ14歳と言えど、今は軍に・・・いや、シェリー様に仕える身。



 そう自身を正し、頬を両手で叩いて気合いを入れ直して、静かに腰の剣に触れる。
 倭刀と呼ばれる片方だけに刃の付いた独特な反りを持つ剣。それに付けていた安全装置をゆっくりと外す。そして、ゆっくりと胸のポケットに手を忍ばせ、予定の物“催眠ガス”が濃縮されて入ったボトルがあることを確認した。


 狙うは一撃・・・。作戦は単純・・・。パーティーが終わり、ビルが会場から出て馬車に乗り込む一瞬のタイミングを見計らい、あらかじめ用意しておいた睡眠薬入りのガスで眠らせ、その隙にビル一人を確保する。


 大きく深呼吸をし、ゆっくりと踵を返し、スッと足を止めた。



 先程まで誰も居なかった場所に、誰かが座っている。
 少し近づいてみると、それは小さな机と椅子のセットに紫色のテーブルクロスを敷き、その上に水晶玉を乗せた黒いローブの小さな人影・・・


 俗に言う占い師だった。



 不可思議ではあったものの、「ビルが余興のひとつとして呼んだのかな・・・」程度の認識でアリエスは静かにその前を通り過ぎようとすると・・・

 「・・・そこのお兄さん。」

 占い師に呼び止められ、アリエスは小さくそちらを振り向く。
 見ればまだ幼い子供だった。
 火のような茶短髪に灼眼の少女。
 予想だけで言うなら、年齢はおそらく自分より下。12歳程度だろう。


 「・・・なにか?」

 そっけなく答えたアリエスに少女は静かに言う。
 
 「いやいや・・・お兄さん。ただ、お兄さん面白い人だな〜って思っただけ。」
 
 ?・・・なんなんだろうこの女の子は・・・でも・・・

 「悪いけど、今はちょっと忙しいから・・・占いなら後で聞かせてもらうよ。」

 とりあえず、今はそんなことをしている場合じゃない。占いをしている間にターゲットに逃げられてしまったらそれこそ目も当てられない。
 早々に立ち去ろうと、目の前を素通りしようとしたところで・・・


 「あ・・・そうそう・・・」


 占い師の少女がスッと微笑む。



 「ビル・・・死ぬよ。」

 「何!!?」


 アリエスが慌てて振り返ると、灼色の瞳がこちらを見つめていた。

 「本当だよ。私の占いは良く当たるから。」

 イタズラっぽく笑う少女にアリエスは言い返す。

 「馬鹿も休み休み言え。あの厳重な警備の中、そんな簡単に奴を捉えられる訳がないだろ!!!」

 大声での尋問にも少女は余裕を崩さない。

 「まあ、信じるか信じないかは君次第だけどね・・・でも・・・ひとつだけ忠告してあげる。」
 「・・・・・・」
 「東の空から来る小鳥にご用心。」



 「それってどういう・・・」

 訳も分からないお告げにアリエスが再び言い返そうとしたのだが・・・



 「いたぞー!!!こっちだ!!!!」




 パーティー会場の玄関の方から響いてきた声にその声はかき消されてしまった。
 そちらの方を見てみると、ゾロゾロと出てきた黒服の男達がアリエスを囲んで行く。



 そして、全員が胸元から武器を取り出し・・・その中でもひときわ目を引くスキンヘッドの男がアリエスに問いかけた。


 「パーティー会場に鼠が入り込んでいるらしいという情報を仕入れて、慌てて招待状を調べ、イレギュラーを割り出してみれば・・・まさかこんな子供だとは思ってもみなかったよ。」
 
 くっ・・・この状況で・・・
 アリエスは静かに自身の腰の剣のグリップを握る。

 「おっと、無駄な抵抗はしない方がいい。」

 男の一人が言ったこの言葉は確かに正しい。なぜなら、一般人が訓練を積んだボディーガードや傭兵に勝てるはずなどないのだから・・・
 すなわち、余計な怪我を負わなくて言い分、おとなしく捕まったほうが、抵抗して捕まるよりも遥かにマシ。そんな当然のことはアリエスだって理解している。

 まあ、最も・・・

 これはアリエスが一般人が武器を持っている・・・そんなレベルの人間だったらの話ではあるが・・・。


 黒服の忠告を無視してアリエスは静かに腰から刀を抜く。
 そして、刃を反転させ、峰を下にすると・・・



 「押し通る。」



 静かにそう一言を発した。
 そして、それから、振り返り・・・



 「占い師!!君も早く逃げたほうが!!!」

 と忠告をしようとしたところ・・・


 「あれ?」


 すでにその姿はどこにもなかった。
 おかしいな・・・さっきまでは確かにそこの庭木の脇に座っていた筈なのに・・・。
 
 と、

 「よそ見してんじゃねー!!!」


 いきなり後ろから長ドスで切り付けられそうになり、アリエスは慌てて体を前転させた。
 そして・・・


 「成敗!!!」

 そう見栄を切ると、刀を両手でしっかりと握りしめ、切りつけてきた黒服の腹に向けて剣道の胴を思わせる動きで一気に叩き込む。
 鋼鉄製の剣での一撃を腹に叩き込まれ、黒服が小さなうめき声や冷や汗と共に態勢を崩した処へさらに追撃。
 肩に強力な一撃を叩き込み、男を地面へと沈めた。


 まるで舞うように刀を薙ぎ、再び構えを作るアリエスに、残りの黒服達が一気にどよめく。


 だが、アリエスにしてみればこのぐらい当然のこと。
 なにしろ、10歳の時にフィンハオラン家に養子入りしてから、14歳の誕生日に宮廷入りするまでの5年半、ロクに勉強もせずにずっと剣術の修行ばかりさせられてきたのだから。

 「学力は歳をとってからでも補えるが、基礎体力や精神力は若い内しか身に付かない。」とは剣術の師であり、フィンハオラン家の総帥でもあるシルバーニ=ド=フィンハオランの言葉でもあるのだが、それにしたって、毎日毎日朝早くから夜遅くまでのあのトレーニングプランはどうかと思う。下手をしたら軍特殊部隊よりも辛い山籠りは精神と肉体の摩耗がものすごく激しかった。おかげで、毎晩筋肉痛に魘され、何度逃げ出そうとしたことか・・・



 まあ、そんなわけもあって、アリエスは自他共に認める剣術馬鹿だったりする。
 ちなみに学力は当然ながら、スキル配分をしなかったんじゃないかというほどに低い。もちろん、字の読み書きぐらいは出来るがせいぜい小学校6年生程度が限度だ・・・


 ただ、この状況においては・・・
 この状況はまさに天恵。

 敵が傭兵なら、こっちは戦車か騎兵。
 
 そんなありえない14歳の少年を目の前にして黒服達はわずかに動じるものの・・・



 「何をしてる!!全員で抑え込んじまえば、大したことはない!!やれ!!」
 
 おそらくリーダー格であろう黒服の発言で、一気にその状況は一転した。


 まずい・・・腕が二本しかない以上、流石に一度に全方向を囲んで向かってくる10人近くを相手にするのは不可能に近い。
 どうする?と考える前にアリエスの手は自然とジャケットの胸ポケットに入っており、すぐにそこから小さなボトルを取り出す。

 そして・・・


 自分だけ大きく息を吸い込み、ついでに刀を地面に落して空いた利き手でポケットからハンカチを取り出し、口と鼻を覆ってからボトルを地面に向かって叩きつける。


 圧濃縮の睡眠ガスが大量に入ったボトルは当たると同時に粉々に砕け散り、あたりに白い煙が立ち込める。

 と同時に・・・



 黒服達が一斉にクラクラと体を揺らしながら倒れていった。


 煙が止むと同時にアリエスはハンカチを外し、大きく息を吐いてから荒く深呼吸する。



 そして、黒服達を茂みに隠すと、そそくさとその現場から逃げるようにして会場へと戻るのだった。








 パーティーに戻ると、ビルは最終演説の衣装替えの為に一時控え室に戻っているということで、会場内にはくつろぎのムードが流れていた。それに合わせるかのように、生演奏のクラシックも柔らかな旋律の曲へと変更されている。
 だが、アリエスにおいては、普段使わない脳をフル回転させ、ビルを捕まえる作戦を考えていた。
 催眠ガスを使ってしまった以上、もはや手段は実力行使しかなくなる。
 
 しかし、そんなことが果たして可能なのだろうか・・・

 鼠が入り込んだということで、会場の警備は一転し、一気に選挙中のそれに匹敵する程に高められていたし、この状況下でビルが一人になるなんて、考えられない。
 それに気になるのはやはり、先程の占い師が言っていた一言。


 −ビルが死ぬ−


 果たして、あれはどういう意味なのだろう。
 考えられるケースとしては2つのパターン。事故死か暗殺かだ。
 すなわち、心臓麻痺や交通事故など突発的な何かにより、ビルが死亡するパターンか、あるいは・・・

 この会場内に自分以外の暗殺者が潜んでいるパターンのどちらかだ。

 だが、これから知事になろうという人間が果たして心臓麻痺なんて起こすだろうか・・・。

 
 
 それに、これだけのボディーガードが付いているのだから、馬車や路面電車に轢かれるなんてことも考えにくい。
 となると、適用されるのはもう一つのパターンなのだが・・・

 果たしてそんなことが可能なのだろうか・・・

 この3日間、アリエス自身この会場について独自に調査したが、狙撃手を警戒したのかガラスはすべて防弾ガラス。会場内にはかなりの数の黒服の傭兵とボディーガード。さらに会場にはかなり複雑な結界魔法により、幾重にも魔術対策が講じられていた。
 こんな状況では例え刺し違える覚悟でもその刃はビルには届かない気がする。


 もちろん、あの占い師がデタラメを言った可能性もあるのだが、どうにもあの占い師が気になって仕方ないのだ。
 それに、彼女の言っていたもうもう一言・・・



 −東の空から来る小鳥にご用心−


 はたしてあれはどういう意味なのだろうか・・・



 と・・・



 会場の照明が静かに暗くなり、ステージに置かれた演説台にスポットライトが当てられる。




 「皆様、本日はビル=ガーランドの市長の就任記念式典にお集まりいただき、大変ありがとうございました。それでは、本日の締めといたしまして、ビル市長から最後の演説を頂きたいと思います。」
 司会者の言葉に会場内は拍手が巻き起こり、ステージの袖から薔薇のような真紅のスーツに身を包んだビルが姿を現す。



 そして、それと時を同じくして・・・
 アリエスの髪が僅かに揺れた・・・。



 おかしい・・・空調魔法は切られている。不審に思ったアリエスが辺りを見回してみると・・・
 会場の最も高い所に付いた天窓・・・


 それが・・・


 キィキィと軋む音を立てながら風に吹かれて揺れていた。

 そう・・・すなわち・・・



 開いていた・・・。




 !!!



 アリエスが「まさかっ!!」と身を強張らせた次の瞬間・・・

 それはあまりに繊やかだった。

 自分の丁度背後・・・
 そこに・・・


 静かにローブの裾に空気を纏わせ柔らかく浮き上がらせながら、注意している人間でも聞き取れないような僅か過ぎる音で・・・



 一人の少女が舞い降りていたのだ。



 そして、アリエスが振り返ろうとしたその瞬間・・・



 目線を後ろに移す間に少女は自分の脇を駆け抜けていく。
 身を屈め、信じられない程の速さで、テーブルの上の蝋燭の炎すら揺らさずに雌豹のような動きで・・・


 当然、真っ暗な会場内では、この変化に気が付く人間なんているわけがない・・・
 ただ一人、アリエスを除いて・・・




 慌てて後を追うが、人ごみの激しい室内。思うように動けない。
 その間にも少女はビルへと近付き、檀上に上がり、ビルの後ろに控えていたボディガードの後首に持っていたナイフの柄を叩きつけ、気絶させると、すぐに演説台の後ろであり、ビルの後ろでもあるところにしゃがみ込む。

 すなわち、会場内からは完全に視覚の位置に・・・。



 「やめろぉぉぉーーーー!!!!!!!」


 ついに間に合わなかったアリエスが大声を張り上げた瞬間・・・
 ビルも自身の後ろにいる異質な存在に気が付き、演説を止め、静かにそちらを振り向くと・・・
 雪のように白い髪の少女のサファイアと黄金の見事なまでの双眸のコントラストが僅かに目に入り・・・そして・・・自分の背中から胸の中央・・・すなわち心臓に向けて突き付けられたピストル型の指を確認し・・・



 「己の犯した罪の果て・・・悠久の闇に眠りなさい・・・」


 その言葉が紡がれる・・・



 そして・・・

 『射撃(ドロゥ)・・・』

 その言葉と共に、白い閃光が走り、ビルが大きく仰け反った。
 それを確認すると同時に、少女はスッと舞台袖へと姿を消す。
 
 婚約者であるジョアンナがフィアンセの異変に気が付き、状況を理解して悲鳴を上げたのはそれからすぐのことだった。




 その悲鳴をBGMにするかの如く、少女はローブを揺らしながら静かな足取りでビルが死んだことにより誰も警備する者の居なくなった中庭を通り、会場の外へと向かっていた。

 

 「待て!!!!」



 後ろからの突然の大声に少女は静かに足を止める。
 あわてて会場内から少女を追ったアリエスが息を切らせながら問いかける。
 
 まずは気がついたことを・・・


 「君は・・・2週間ぐらい前にブルーフィールドの森で会った・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「言葉に対し、言葉を持って応えよ!!!貴様!!!自分が何をしたのかわかっているのか!!!」
 「・・・鐘が・・・」


 恐ろしく美しい・・・まるで最高級のガラスベルを鳴らしたかのように透き通った声が空気を振動させる。


 「鐘が鳴り終わる前に・・・帰らなければ・・・」

 噛み合わない会話にアリエスはその意図を探る為にこの前は戦いに必死でそれどころではなかった相手の容貌をより深く相手を観察する。
 背後から見ているため、その顔こそうかがい知ることは出来ないが、肩で切り揃えられた髪は雪のように真っ白で、反対に身体には黒のゴシックなドレスローブを纏わせている。
 
 手には何も持たず、しかし、腰にはひと振りの白鞘の日本刀。
 静かに佇むその姿は後姿からでも分かる程の美少女。

 アリエスはさらに背中越しに言葉を紡ぐ。


 「答えろ!!なぜ、殺した!!!あいつは俺が確保するはずだったんだ!!確かに、悪い奴だった・・・でも・・・殺していい理由にはならない!!!奴は、きちんと法の元に裁きを受けなければならなかった!!!」

 アリエスが叫ぶも、そんな言葉など一切聞いていないが如く、少女はポケットに手を入れ・・・


 「・・・もう空・・・ですね・・・。」


 空になった香水瓶を残念そうに振る。


 「貴様!!!バカにしてるのか!!!殺人罪は最低でも懲役5年!!酷ければ公開処刑にもなる・・・」


 「伏せなさい・・・」


 「は?」とアリエスは呆気にとられ・・・たのも束の間、すぐに身をかがめる。
 なぜなら・・・


 「よくもビル様を!!!許さん!!!」
 
 主人を失い、怒り狂った黒服の一人が、後ろから巨大な火の球がこっちに向かって飛んできたのだから・・・

 「熱っ!!これは・・・魔術か!!!?」

 アリエスが状況判断に必死になる内に少女は静かに袖を少しだけたくし上げる。
 そこには美しく少女には少しサイズ大きめの銀色のブレスレットが着用されていたのだが・・・

 少女が腕を大きく振ながら、振り返ると同時に、それは長さ2mはあろうかとい程に長い純白な美しい魔法杖となった・・・いや、形状から言えば、それは十字架を象った装飾槍にも見えるかもしれない。

 その杖を少女は両手で槍のように構えると・・・

 火球が当たる直前、それを大きく振り払い、自分の上方、空の彼方へと弾き飛ばす。
 そして、間髪を入れずに、杖を構え、先程見せたしなやかかつ高速の動きで間合いを詰めると、驚く黒服の直前で杖を一閃させ、先についた美しい十字架状の槍の部分でその頸動脈を切り裂く・・・。

 まるで噴水のように出る大量の血液。

 それを髪や服にべっとりと付けながらも少女は一切動じる様子はない。


 そして、血染め少女はゆっくりとアリエスの方を振り返る。



 自然と身を強張らせるアリエス。



 だが・・・


 それは、「次は俺の番だ」と恐怖していたわけでも無い。
 それは、「ビルを捕まえるのは俺のはずだったのに!!」と悲願でいたわけもない。


 と言うよりも・・・。
 思わず心臓が跳ねる。


 美少女―などと俗っぽい表現をすると、むしろ彼女の容姿を安っぽく思えてしまう。
 一言で言えば、清楚可憐。ただ、どんな言葉をいくつ並べたとしても、彼女の容姿は正確に表現できなかった。

 もはや、溜息の出るレベル。それも同性から見たとしてもおそらく同様に・・・。

 “この子が人間で最も美しく可愛い少女です”と紹介されればおそらく100人中95人はYesと答えてもおかしくない程に・・・その少女はとんでもなく綺麗だったのだ。




 ただ・・・



 だからこそ、アリエスは戸惑ったのかも知れない。
 こんな少女が髪の毛や顔や服にベットリと血液を付け、無表情で立っている姿に・・・。



 少女がこちらへと足を進めるのを見て、始めてアリエスは恐怖を感じた。
 ヤバい!!無抵抗だったら、一瞬で殺される!!!



 すぐにその手を腰の刀へと掛け、刻一刻と少女が自分の間合いに入るのを待つ。



 しかし、アリエスの間合いに入る前に少女は足を止め、そして・・・


 「先程の言葉が正しければ、あなたは彼らの仲間では無い・・・そうですね?」
 
 その言葉にアリエスが「それがどうした?」と答えると・・・

 「ならば・・・わざわざ殺す必要はないモノと判断します。」

 そう言って静かに杖をブレスレットに戻し、スッとアリエスの脇を通って、屋敷の外へと向かおうとする。



 「私の事は忘れて下さい。よろしいですね・・・」



 ただ一言・・・そんな言葉だけを残して・・・

 だが、これだけで引き下がる程、アリエスは府抜けでも意気地無しでもない。



 「あぁ、忘れてやる。その変わり、ひとつ教えてくれないか?・・・貴様の目的はなんだ?」



 背中越しにその言葉を口にすると、少女は諦めたような溜息を小さく漏らした。



 「愚問ですね・・・。」
 「何?」
 「私とて一人の軍人。意志を決めるのは上です。この意味がわかっておいででしょう?」
 「・・・・・・命令された・・・それだけだってのか・・・・」
 「申し訳ありませんが・・・これ以上話すつもりはありません。」



 会話はそう一方的に打ち切られ、少女は再度こちらを振り向き、あろうことか、深々と頭を下げる。そして・・・


 「失礼します・・・。」



 そう丁寧に口にすると、静かに身をかえし、夜の暗闇の中へと溶けていった。


 それを見送り、アリエスも静かにその場所を後にする。
 そして、自分の宿に戻り、静かにジャケットの内ポケットから通信用のカードを取り出す。



 「リブラ7からリブラクイーンへ。」
 

 暫くしてから応答がある。

 “こちらリブラバトラー。クイーンは現在、会議中により、用件は私が伺いましょう。”

 「申し訳ありません。作戦に失敗しました。報告をしたいので、皇宮への立ち入りの許可を下さい。」

 “・・・了解です。クイーンも『状況が変わった、任務はおそらく失敗するだろうから、すぐに帰還しなさい』と申しておりました。皇宮への立ち入りの申請を済ませておきます。”


 「はい・・・。」



 “それでは・・・御待ちしております。”



 カードを仕舞い、アリエスは帰都の準備をする。




 だた・・・



 この時はまだ・・・アリエスは知る由もなかった。
 自分と、この時会った少女・・・シルフィリアとの因縁が・・・ものすごく深い物になろうとは・・・。




 そして・・・あの占い師が何者なのかもまた・・・



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