蒼穹と家族と最大戦争
著者:shauna
シロンは既に死んでいるかもしれない・・・
しかも安らかなる死ではない。拷問・・・強姦・・・最低な死かもしれない・・・
その言葉はアリエスの心に深く深く・・・まるで巨大なガラス片の如く突き刺さっていた。
あの後、アリエスはシェリルの計らいで2ヶ月の休暇をほぼ強制的に与えられた。
気持ちの整理をつけてこいということらしい・・・
そして・・・皇国の南部に位置するフィンハオラン領へと強制送還となった。
領地の南端であり、湖畔にそびえるフィンハオランの居城“シュネルドルファー城”内の3階の角部屋に位置する自室で、すでに2ヶ月塞ぎ込んでいた。
ベッドの枕も少し舌を出してみると塩辛い・・・
涙が枯れることも、胸がいっぱいになると空腹すら感じ無いこともこの2ヶ月で知った。
きっと剣の腕も錆びついてしまっているだろう・・・
また今度、祖父に稽古をつけてもらわなければ・・・
ただ・・・今は・・・とてもそんな気分にはなれなかった・・・
ひたすらに・・・心が重たくって・・・
昔居た孤児院の先生はこう言っていた・・・
『辛い時には歌を歌いましょう』
もう・・・この2ヶ月間で100回以上口ずさんだメロディを吐き出す・・・
君の瞳に花開く 夢を奏でる心 ♪
風に吹かれるこの道さえも 星明りに照らされ ♪
今ただ一人 歩こう ♪
胸を震わせるときめきを 空と大地に歌おう ♪
悲しみも笑顔も温もりも 熱い想いに揺れて ♪
今抱きしめて歩こう・・・ ♪
だが・・・
気持ちは少し楽になっても、それでも体が重たくって動く気力は起こらなかった。
体と頭が離れてしまったかのような・・・そんな感覚・・・
別のことを考えようとする・・・
シロンが駄目なら・・・後、気になるのは幻影の白孔雀・・・
彼女・・・一体何者なのだろうか・・・
そもそも・・・人間なのだろうか・・・
その理由は・・・力もそうなのだが・・・それよりもあの容姿・・・
透き通るような白い肌に、結えないのではないかと思うほどに滑らかな白い髪・・・サファイアを思わせる青さの瞳、そして・・・人間とは思えない程に・・・まるで完璧な美しさと可愛さを表現するためだけに作られたような容姿・・・
というより・・・まるで、男に対して「私に恋して当然」とまで言わんばかりの清楚な雰囲気を出す・・・
「こういう形で・・・出会いたくなかったなぁ・・・」
そう言ってアリエスは再びため息をつき、枕に顔を埋めた。
シェリー様、シロン、エリー様、リアーネ、幻影の白孔雀・・・
もしかしたら、自分には親しくなった女の人を不幸にするという特殊能力でもあるのかもしれない。
はぁ・・・と再び溢れるのはため息。
元々、軍部に志願したのは、行方不明と聞かされていたシロンを探すための情報が集まりやすかったというだけでもない。
この腐った国でなんとかひとりでも多くの人を救いたいと願ったから・・・
ひとりでも多くの誰かを助けたいと願ったから・・・
なのに・・・
軍に入団したことで、身の回りの女性の不幸は加速するばかり・・・
どうしようもない・・・
どうすることもできない・・・
「いっそのこと・・・もう退役するべきなのかな・・・」
ウジウジウジウジ・・・
そんなことを考えながら、ひたすらうつ伏せでひたすら枕に頭を突っ込む。
だからこそ・・・
階段を駆け上がって、自らの部屋へと近づいてくる足音に気がつかなかったのかもしれない。
結構な音でドタドタと駆け上がってくる足音・・・
アリエスからすれば、いきなりドアを開け放たれた音による衝撃と共に、驚いてドアの方向を向くと・・・
目に入ったのは、足袋の裏側だった・・・
そして・・・
「鬱陶しいわあああああああああああ!!!!!!!!!」
そんな声と・・・
すっごい衝撃と痛みと共に、アリエスの体が宙を舞い、ベッドの向こう側まで飛び・・・そして・・・たたきつけられる。
壁に・・・後頭部から・・・
「#!##&1!156342161#$”&$!#”#%$&431$#%&!$!$!#$%!##・・・・・・・!!!!!!!!」
頬と後頭部に響く強烈な痛みを味わいながら、アリエスはそのまま悶絶した。し続けた。
もう、めちゃくちゃ痛い・・・死ぬ・・・すぐ死ぬ・・・
痛みがわずかに引いたその瞬間に目線をドアの方に走らせる。すなわち・・・自分を飛び蹴りした相手を詮索するために・・・
そして、
そこに立っていたのは巫女だった。上に襦袢(じゅばん)と白衣(はくい)を纏い、足を緋袴で覆い、千早を羽織ってる女の人・・・
ただ、髪は栗色、瞳も同色。年は17歳ぐらいだろう・・・まだ幼さの残る美女・・・
「な・・・ナナ姉ぇ・・・」
血がドクドク出ている鼻を抑えながら、アリエスは蹴った巫女の名前をフゴフゴと叫ぶ・・・
ナナリー・フィンハオラン。アリエスの義理の姉であり、フィンハオラン家の実子3女1男(義理の息子でもあるアリエスを含めれば3女2男)の中で長女にあたる次期家督相続者。アリエスよりも1年早くエーフェ皇国軍に軍医として招集され、彼女の居る部隊は死亡率が一桁になるとまで言われる腕前で若干17歳にして英雄となり、軍の策略によって、大佐にまで上り詰めた超エリート。
ただ・・・その性格はかなり自分勝手かつ自己中心的で、一言で言うなれば自分至上主義。
上官の命令を無視し、トリアージという医療概念も無視して行動しているといううわさ話はよく聞く。
「いつまでもウジウジウジウジウジウジウジウジ!!!なんなんだ!?お前はあれか!?ウジウジアイランドの人間か!?2週間にも渡って部屋に引きこもりやがって!!少しは戦争中って状況を考えろ、このスットコドッコイ!!!」
響き渡る姉の怒声・・・そこには弟を心配する気持ちなんてまるで含まれていない・・・
対してアリエスは・・・
「ほっといてくれ・・・」
とだけ短く答えた。
対し、尊大なる姉は・・・
はぁ〜っ・・・と深くため息を付く。
「お前な・・・別に私はそのままでもかまわないと思ってるさ・・・」
意外な言葉が口にされ、アリエスは急に身を起こして姉を見つめた。
「泣きたい時は泣けばいいし、涙が枯れたなら心が癒えるまでじっとしてればイイ・・・でもな・・・そのせいで一体どれだけの人間にお前は心配をかけている?」
「・・・」
「私みたいに誰もが誰も事情を理解して・・・そして、それに合わせた対処が出来ると思ったら大間違いなんだ・・・人は心配する生き物だ。頭じゃわかってても、心の問題だから、これはどうしようもない・・・そして、今、お前が落ち込んでいることで、いろんな人達が迷惑している・・・メルにエメ・・・顔には出さないがシリウスや父上はジジイ・・・婆様に・・・そしてなによりも母も元気が無い・・・家族はとりあえずみんな心配してるぞ。私を除いては・・・」
「・・・・・・」
「それに・・・シェリー様からも何度もアリエスの様子を問い合わせる連絡が来ている。リアーネやシーブス・・・ファルも心配してた。というか、IMM全員が心配していた。」
「・・・・・・ナナ姉ぇ・・・リアーネの怪我・・・どう?」
「あ?」
「治療してくれたの・・・ナナ姉ぇだって聞いたから・・・」
問いかけにナナリーはしばし目線を宙にさまよわせる。
そして・・・
「大丈夫だ。確かに手を貫通はしていたが、縫合と薬湯で大分よくなってる。お前が寝ていた二ヶ月の間にすっかり回復して、今はもうIMMで働いてる。階級も2つぐらい上がったらしいぞ。」
「そう・・・ありがと・・・」
「・・・・・・」
2人の間に短い沈黙が流れる・・・
そして約2分後・・・
アリエスがガバッと起き上がり・・・
「・・・ナナ姉ぇ・・・俺が寝てる間の事教えてくれ」
それを聞いて、ナナリーがニヤリと笑った・・・
「ほう・・・少しはヤル気になったか・・・」
※ ※ ※
「現状を教えてやろう・・・お前がウジウジイジイジしてる2ヶ月の間に、大分進展があった・・・シェリー様やジュリオやグロリアーナによって、アルフヘイム連合の7カ国の内、フラヴァロ共和国、ベルリス王国が我がエーフェへと下り、エルアニア王国との停戦協定も結びつけた。だが・・・幻影の白孔雀の影響で、同盟の盟主である神聖アリティア帝国は未だ損害を与えられず、むしろこちらが疲弊し、兵士たちも敵がアリティア兵だとわかった途端に指揮が下がり、死を覚悟して泣く人間まで現れる始末だ・・・戦況は勝っている・・・だが、その分幻影の白孔雀はその地位を確立させてしまった・・・無敵にして絶対・・・彼女の姿を見たものは居なく・・・そして・・・既に数十の街が彼女の手によって殲滅されている」
「つまり・・・戦況では勝ってるけど、状況では負けてるってことか・・・」
「そういうことになる・・・そこで・・・皇国軍はとある大規模な作戦を実行に移すことにした。」
「とある作戦?」
「お前も聞いたことぐらいはあるだろう?作戦名、“INFINITE DANCE(インフィニット・ダンス)”・・・」
それを聞いて、アリエスの顔が蒼白になった。
「インフィニットダンスって!!?あの、昔、軍部の頭の悪い将軍が考えたっていうあの!?」
「そう・・・エーフェの所有するアレをほぼすべて使っての敵国強襲作戦。軍部も、もう4年間に渡るこの戦争による国民の不支持を取り戻す為に必死な様だ。」
「・・・・・・」
「ちなみに、今回の作戦は国中から選りすぐったエリートのみで行うそうだ。残念ながらIMMはメンバーには入ってない・・・とはいえ、そのエリート共も所詮は現在の円卓の騎士団(レオン・ド・クラウン)に代表されるいわゆる『金や権力で地位を勝った軍人による集団』・・・下っ端の兵士がいくら優秀なのを集めたとしても、指揮官があれじゃあ・・・先が思いやられる・・・」
呆れたようにナナリーがつぶやく。
「・・・・・・でも、アレを使うんでしょ?」
「あぁ・・・それにエーフェ軍の4割の兵士がこの戦争に投入される。もちろん、グロリアーナみたいに作戦への拒否権を持つ健全な上級士官と国民から人気のあるジュリオみたいなのは当然、出ないが・・・ただ・・・事実上エーフェの最強部隊である皇国魔法騎士団と皇国竜騎士団も参加する・・・それもメンバーの8割が・・・」
「な!?それじゃあ、もし作戦が失敗して全滅なんてことになったら!!?」
「そんなことすら考えていないのだろう?作戦の実行命令はあのバカ女王と取り巻きの貴族よ。それに・・・奴らは未だにエーフェを伝説にあるような最強の軍国だと思ってる・・・万が一にも負けることなんてありえないと思ってる・・・ついでにこれだけ大規模な作戦よ?成功すれば、長期戦争において落ちている王宮の支持率もあがる・・・それだけが目的だ・・・」
アリエスが奥歯をかみしめた。
馬鹿げている・・・
幻影の白孔雀が居る中で、まず考えるべきことは、兵士達の指揮を高めることであり・・・
幻影の白孔雀に対する対策・・・
つまり、彼女が魔導師である可能性を持つ以上、こちらも魔導師であるシェリー様で対抗するしか手段はない・・・
それなのに・・・
女王キャスリーンがやったのは・・・
2つの国が無条件降伏し、さらに1つの国が中立の立場を持つようになったことによる上っ面だけの戦況を見た大規模作戦・・・
それがどれだけ危険なことか・・・
そんなこと・・・まだ14歳の俺ですらわかるのに・・・
「腐ってる・・・」
怒りを顕にするアリエスに同情なナナリーも深くため息をついた・・・
「まぁな・・・ただ、幸か不幸か・・・私は後方支援部隊への派遣が決まっている・・・私が居る限り・・・死んでいなければどんな人間でも助けてやる・・・だが・・・流石に皇国軍30万ともなると・・・私一人では面倒見切れない・・・となると・・・トリアージの必要は確実に出てくる・・・」
トリアージ・・・それはつまり、救命の順序を決め、そして患者を選別し・・・助かる見込みのある人間から助けるという医療方法・・・それを行うということは・・・
「私は・・・私の道に外れてまで・・・仕事をしなければならないのか・・・」
そうナナリーは寂しそうに言葉をつないだ・・・
途端・・・
「・・・・・・」
暫く黙っていたアリエスが途端に立ち上がる・・・
そして今まで着ていた根巻き替わりの黒の道着を脱ぎ捨て・・・クロゼットからワイシャツとスラックス・・・そして・・・青の専用軍服を出し、それを次々と身に纏う。
唖然とするナナリーに、アリエスは静かに問う。
「ナナ姉ぇ・・・」
「なんだ?」
「作戦・・・インフィニットダンスの開始は何時?」
「・・・・・・2週間後だが・・・なんでだ?」
「・・・2週間か・・・それだけあれば十分だ・・・」
と・・・カッコ付けたところで・・・
後ろからナナリーに殴り飛ばされた・・・
「・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!」
床に這い蹲り・・・悶絶するアリエス・・・・
「な・・・なにすんだよ・・・!!」
「黙れ・・・」
悶絶中のアリエスを足蹴に、ナナリーが呟く。
「大方、その二週間でジジイと父に剣の修行でもつけてもらうつもりだったのだろう?だが、そうは問屋が卸さない・・・まず、お前がカッコいい台詞を吐くのは10年早い。」
・・・・・・それはもう人権侵害じゃないだろうか・・・
「それから、まずは風呂に入って来い・・・毎日毎日簡単にシャワー浴びるだけで済ませやがって・・・鏡で顔見てみろ・・・目の周りが晴れて、頬が痩けてまるで化物だ。まず、風呂で体を綺麗にしろ・・・それから飯を食え・・・2ヶ月も粥やらを少し食べるだけで済ませてきたんだ・・・胃が受け付けなくてもとりあえず食え・・・肉とかチーズとか・・・話はそれからだ愚弟・・・体力が落ちた体でクソジジイの地獄の修行に耐えられると思うなよ?悪いが、私は貴様の葬儀に戻ってこれるほど暇じゃない。」
「・・・・・・・・」
「ん?どうした?」
「いや・・・俺が幸せになることって・・・あるのかなぁって・・・」
「無い。」
・・・・・・・
まあ、とりあえず・・・
こうしてアリエスの心癒休暇は綺麗サッパリ、無理矢理打ち切られたのだった・・・
一方でその頃・・・
王宮では、謁見の間へと進み出る者が居た。
真紅の軍服にありえない事に玉座の間で帯刀しているこの人物・・・
真紅の髪を揺らしながら、シェリルは静かに現在の女王キャスリーンと皇帝アルファディオの前に踊り出ながら、その冷たい視線を2人に浴びせる。
それに皇帝は若干怯えた様子だったが、その母親であり、女王でもあるキャスリーンはひたすら微笑を浮かべていた。
「キャスリーン・・・事情を説明なさい。」
怒り心頭といった感じでシェリルが言う。
「なんのこと?私わからなぁい。」
「惚けないで・・・作戦“インフィニットダンス”・・・どういうつもりなの?」
「何が?」
「現状を分かってるの?現在、敵勢力は確かに二国が自国の植民地化を避ける為に、無条件降伏・・・そして、一つの国が予算と国民批判せいで、停戦したわ・・・それだけ見れば確かに勝っているかもしれない・・・でも、敵連合の盟主である最重要標的である神聖アリティア帝国には傷ひとつどころか指一本も触れられない・・・逆に、アリティアと戦闘を行った部隊は8割以上の損害を出して帰ってくるか、全滅しているか・・・残った兵士も幻影の白孔雀の恐怖をその身に染み込ませてしまって、使い物にならない・・・その状況で、昔のバカ将軍が冗談程度で考えた国力の半分を利用して行う戦闘計画?冗談じゃない!そんな大規模作戦を行えば、むこうも間違いなく幻影の白孔雀を出してくる!!もし、それでエーフェが負けるような事があれば、皇軍は大打撃・・・3年続いた戦争は、エーフェの敗北という最悪の結末で迎えることにな・・・」
「黙りやっ!!!!」
キャスリーンの張り上げた大声が謁見の間の中に響き渡り、誰もが息を飲んだ。ただ一人・・・シェリルだけが表情一つ変えなかったが・・・
「幻影の白孔雀?それが何者なのかは知らないけど、あなたからの報告書にはこう書かれていた・・・『魔導師の可能性がある小娘』だと・・・魔導師っていうのはたった一人で数万の兵力に匹敵するっていう兵士・・・だけれど、どうせ嘘。たった一人で軍隊の一個師団に勝てる人間なんてこの世に居るはずもない・・・それに今回の軍は総勢40万・・・後方支援をいれれば軍の半分を使う60万・・・これだけ居れば、たった魔導師とはいえ、たった一万人の兵力に過ぎない・・・なら、まず彼女を殺し、そして次に敵を殺す・・・この作戦に負けなんて無いの。そして、この作戦を成功させれば、衆愚・・・いえ、バカな国民は王宮を指示するようになる。そうすれば税金を多少上げたって、文句を言われない・・・王宮は満たされるし、民は王宮を指示するし・・・見事なローリスクハイリターンな作戦。これ以上の何が必要だというの?」
「現場を少しは知りなさい・・・キャスリーン」
「必要ない・・・知る必要など・・・いいことシェリル?私は先代皇帝であるアルカディアス陛下の次代の皇帝として即位した我が息子アルファディオの摂政として、政務と軍務を取り仕切っているの・・・そうよね・・・アルファディオ・・・」
そう問いかけると、玉座に座る20代後半の男は笑顔で「その通りです。」と答える。
こんな男が皇帝なのだ・・・大陸の半分を占めるエーフェの・・・
腐ってる・・・腐敗しきった王国・・・その現実を再び突きつけられるのはこれでもう何十回・・・いや、何百回目だろうか・・・
「その私の言葉に従えないというのなら、たとえ、先王の側室であったあなたといえども、反逆罪で投獄する。覚えておきなさい!」
「・・・・・・では何があろうと、この作戦は実行するって言うのね・・・」
「何が言いたいの?」
「なら・・・私は私の意志で参加する。IMMはその名の通り、独立機動部隊・・・私の私兵・・・故にどの戦闘に参加しようが勝手・・・こちらも、微額とはいえ、国民の税金を使ってる以上、参加しろと言われた戦闘に参加しないってのは出来ないけど、参加するなと言われた戦闘ならいくらでもオーバーワークできる。問題ないわよね。」
「・・・・・・いいでしょう・・・」
その言葉を聞いて、シェリルが微笑を浮かべた。
「じゃあ、後は私の権限で動かせてもらう・・・」
「・・・・・・好きにしなさい・・・」
そして・・・2人の会話は終わった・・・
シェリルは礼すらせずに、踵を返し、悠然と謁見の間を出て行く・・・
そして残ったキャスリーンは一人、爪を噛み・・・
「疎ましい・・・!!」
苦渋をなめた顔へと変貌した。
そして、軍の上官を呼びつけ・・・
「シェリルには何もさせるな。アレへの乗船許可ぐらいは与えてやる・・・けど・・・戦闘への参加は極力認めないようにしろ。いいわね。」
対し、上官は「おまかせを・・・」と声とうやうやしく頭を下げる。
しかし・・・IMMは出ることが決まった・・・
やがてこの戦争において・・・最大の戦いと言われる・・・
戦争の名前ともなった・・・
“蒼穹”の戦いが・・・
2週間後・・・作戦前日・・・
IMMが集められていたのはレウルーラではなかった・・・
王宮の庭・・・夜8時ぐらいだというのに大量の松明で照らされたそこは、闇の月だというのに、寒くも無く、暗くも無かった。
そこには信じられない数の兵士が居て、フライドチキンやポテトやポップコーンといった、数々の軽食とソフトドリンクが並び、そしてそこには2000人を越す兵士達が歓談していた。
数時間前に到着したアリエスもこのパーティの前にシェリルから作戦を聞かされた。
この作戦・・・
内容は簡単・・・
エーフェが持つアレを全部使って、敵国へとまっすぐ進行する。通る場所すべてをなぎ払いながら・・・
そしてそのアレというのが・・・
すでに頭上にスタンバイされていた。
巨大な戦闘機を思わせる灰色なそれは全体をライトアップされ、美しく宙に浮いていた。
そう・・・浮いていたのである。
戦空艦・・・
その船はそう呼ばれていた。
文字通り、空飛ぶ戦艦である。
とはいえ、流石にこの艦だけで戦闘を行うわけではない。むしろ、この艦には武装といえば、敵の戦空艦を撃墜するような大掛かりなモノしか付いてない。敵の攻撃はそのとてつもなく厚い装甲によって阻止するという単純な仕組み。
本格的な戦闘は機内に搭載した竜騎士や魔法騎士によって行われる。いわば、空母のようなもの。
今、空に浮かんでいるのは、その名をシリウスという・・・エーフェ皇国における旗艦及び、戦闘指揮官。いざ戦闘が行われれば、艦隊の中央に位置し最も重要な艦となる。
この艦に乗り込むのは軍でも精鋭揃い。
さらに、現在行われているような式典は戦空艦を有する殆どすべての基地で現在同時に行われており、国境にたどり着くまでに全20隻・・・関係する兵士は全部で40万人になるという寸法だ。
そして・・・
歓談する兵士達の前・・・地面から3m以上もあろうかという高い演説台の上に一人の人物が姿を表した。
ウェーブのかかった金髪にスラリと伸びた足・・・スタイルは抜群・・・全身を黒のドレスで覆った美女・・・
だがしかし・・・彼女が・・・彼女こそが今の戦争の現況。
戦争をあくまで勝つためのシステムと考え、勝ってもいない戦争によって生み出される利益のことばかり既に考えている・・・
そのため、国の財政は傾き、彼女の取り巻きの貴族たちによる放漫財政が国を圧迫し、国民は今や苦しみに苦しんでいる・・・
その現況が彼女・・・
現状が、戦争としては勝っているものの、軍隊としては負けているとも知らずに・・・
さらに・・・
今や軍のエリートや将校と呼ばれる人間も、ジュリオ、グロリアーナ元帥、シェリルをのぞけば彼女の息のかかった人間ばかり・・・
彼女の登場と同時に、一気に歓声が上がったのもそれゆえだ。
「あー・・・本作戦の総合指揮は私が取る・・・全員、国家の為に働ける光栄を得たことに感謝し、また、国家の為に尽力せよ。以上。」
国家・・・それはすなわち、自分自身ということだろうか・・・
お伽話に昔・・・こんな事を言った王が居た・・・
“朕は国家なり・・・”すなわち、自分はこの国そのものということだ。
先程のキャスリーンの言葉もそういう意味・・・
先ほどの言葉の国家とは自分自身という意味・・・
つまり・・・私の為に働けることを光栄に思い、私の為に尽力しろと・・・
そういう意味・・・
兵士ひとりひとりの命なんて一切考えていない・・・軍としての集団・・・
それしか考えてない・・・
ましてや、負けることなど一切考えてない・・・
戦争はシステム・・・
何人死のうと、軍として勝つ・・・それが当たり前・・・だからこそキャスリーン自身が指揮に当たるのだ・・・
絶対に安全だから・・・
絶対に護られているから・・・
安全で安全で・・・そして勝てるから・・・
だからこそ彼女自信が出る・・・
人気が上がるために・・・エーフェを勝利に導いた女王として人気者になるために・・・
そして・・・
戦いは始まった・・・
エーフェ最大の戦いが・・・
蒼穹戦争が・・・
※ ※ ※
エーフェに一つの街があった・・・
軍都エメルド・・・海側に位置する巨大な港町・・・
アルフヘイム連合との国境に位置するこの港町・・・
今まで有するその巨大な軍事力で一度足りとも侵攻を許さなかったこの街・・・
しかし今は・・・
あちこちで火の手を上げて燃える街・・・
あちこちで逃げ惑う人々・・・
それは完全に普通ではない光景だった・・・
市民より先に軍人が逃げる・・・軍の施設が跡形もなく焼ける・・・
そして残った軍人は・・・
「この・・・化物が・・・」
その言語を最後に・・・
次々と死んでいく・・・
そして、逃げ惑う市民もまた・・・
追いつかれれば死ぬ・・・その事実に悲鳴をあげながら・・・助けを請いながら・・・
しかし・・・
飲まれる・・・
白い炎に・・・
そしてソレを行っているのは・・・
たった一人の少女だった・・・
いや・・・
少女というにはその姿はあまりにも異形だった・・・
空を飛ぶ・・・10枚の羽根を舞わせながら・・・真っ白な髪を熱に揺らしながら・・・
そして・・・一切の無表情・・・人殺しなど一切気にしないが如く・・・
右手を掲げると、そこに創りだされるのは一匹の鳥・・・
非常に美しい・・・不死鳥の形をした鳥・・・すべてが白い炎で出来た2m程の鳥・・・
それが放たれ・・・再び多くの人が死に、建物が焼かれる・・・
そして・・・
それを上空からみている一艇の戦空艦があった・・・
全身を黒く塗られた鋭利な立体をつなぎあわせたデザインの船・・・
アルフヘイム連合の船だった・・・
そのなかで・・・
一人の人物が微笑んでいた。
紫色の上に赤い瞳・・・尖った耳のエルフ・・・
「・・・・・・異常は無いようだな・・・」
それに隣のメガネをかけたエルフが答える。
「はい・・・まったく異常は見られません・・・やはり3日間に渡る薬剤の不投与による禁断症状と純水による拷問が効いたようです。」
「そのようだな・・・」
満足そうに笑う2人・・・
そしてシルフィリアが軍基地に設置された最後の建物を焼き払うと・・・
同時に、紫髪のエルフは無線機を手に取る。
「作戦終了・・・戻れ・・・シルフィリア・・・」
『了解しました・・・』
短い通信を経て、シルフィリアが踵を返した・・・
数多の生き残り・・・家を焼かれ・・・傷ついた人々がシルフィリアを恨みの目で見つめるが、彼女はそれを一切無視し・・・表情すら変えずに戦空艦へと戻った。
と・・・
「ヴェルンド様・・・」
先ほどの紫髪のエルフの元へ兵士が膝を折り頭を垂れた。
「どうした?」
「恐れ多くも、アリティア帝スティルハート陛下よりのご命令をお伝えに参りました。」
「・・・申せ。」
「はっ・・・近々、エーフェ皇国が大規模な作戦を行うという情報が入っております・・・そのため、この街の平定と残存兵力の掃討は後から来るイルハム中佐に任せ、ただちにアリティアに帰還・・・並びに、来るべきエーフェとの決戦に備えよとのこと。」
「・・・・・・わかった・・・下がっていいぞ。」
「はっ・・・」
兵士の男が去り、再びヴェルンドは眼下の燃える街へと目線を戻し・・・微笑む。
「さて・・・そろそろ終りにしようか・・・このくだらない戦争も・・・」
※ ※ ※
エーフェの戦空艦にはそれぞれ星の名前がつけられている。
例えば皇族専用挺“スピカ”、例えば戦闘総司令挺“シリウス”など・・・
そして、アリエスが乗り込んだシリウスは全長200mを超える巨大な戦空艦だった。
内部ははっきり言って普通の海に浮かぶ戦艦と変わらない・・・ただ、眼下に広がるのは水ではなく雲海・・・
少しテンションが上がりつつも、今から目指す戦場に思いを馳せる。
先ほど、少しこの船の中を見たが・・・
並ぶ大砲や格納庫の収容された100匹を超えるドラゴン。
そして、待機室には全員エーフェの黒い軍服に身を包んで鎧を着けた兵士が緊張感バリバリで、非常に居づらいムードが漂っていた・・・
いや、たしかに、なんでお前ら使い物にもならないIMMがこんなところに居るんだって目線のせいもあるけれど・・・
しかしながら・・・
そんな少し遠足ムードだったのも・・・
本当につかの間だった・・・
国境・・・いや・・・今は戦闘最前線を超え、敵国に侵入すると・・・
始まった・・・
まず全20隻の戦空艦から実に2000騎以上の竜騎士が飛び立ち、戦空艦の護衛に当たる・・・
そして・・・
後はもはや・・・目を背けたくなる光景の連続だった。
戦艦20隻の艦隊が・・・村を見つけるたびに爆弾を落とし・・・そして、消滅させる。
それも基地のある村というわけではない・・・
農村や商村・・・小さな市場にいたるまで・・・
すべてがすべて焼き尽くされていく・・・
逃げ惑う人々なんて構わず・・・
泣く子供、祈る女など・・・一切気にせず・・・
ただただ・・・破壊の限りを尽くす・・・
それはもはや、騎士や侍が己の威信と誇りを持って争う戦の様相ではなかった・・・
そこにあるのは冷たく無慈悲な鉄の塊を用いて・・・一般民衆をも巻き込んで無差別な殺戮を行う・・・
戦争の様相だった・・・。
たしかにこの作戦によって・・・戦争は終わるかもしれない・・・
このまま、敵が出てくる前に一直線に連合盟主アリティア帝国の帝都ヴァルハラを陥落させれば・・・それによって、敵の主要機関を根絶やしにすれば・・・確かに勝てるかもしれない・・・
でも・・・
これで本当に・・・
勝ってうれしいのだろうか・・・
こんな・・・残酷極まりない勝ち方をして・・・
それで本当に・・・
アリエス自信が望んでやまなかった・・・戦争の無い・・・誰も泣かない世界なんて・・・作れるのだろうか・・・
と・・・
その時・・・
艦内にサイレンの音が鳴り響いた。
「来た・・・」
アリエスは静かにそうつぶやき、剣を握りしめた。
『艦内非常警戒態勢、敵航空戦艦が目視された。全竜騎士は自らの騎竜に搭乗し待機、並びに全魔道士はデッキにて杖を携帯。敵竜騎士及び戦空艦の迎撃を用意せよ・・・繰り返す、艦内非常警戒耐性、敵航空戦艦が〜』
艦内放送が切迫した状況を伝える。
それと同時にアリエスも動いた。
戦闘が始まったらブリッジ下にある観測室でIMMは待機・・・それが今回の戦闘に参加する条件。
途中でリアーネやシーブスも合流し、そして観測室にたどり着くと、そこにはシェリルも既に居て、大きな展望の窓からは外の景色が垣間見えた。
戦闘はもう始まっていた。
先ほどまでの戦いとは全然違った・・・
何百騎という竜の羽音が繰り広げるハーモニィ
さらにその音が風切り音に撹拌されて途切れ途切れに聞こえるのがまた心地良い・・・
一番多かったのは赤い竜と緑色の竜だった。つまり、火竜・・・
時々、水色と白の中間のような色の風竜も見られたが、風竜は火竜とは違いブレス・・・つまり火を吐くことができない。その分飛ぶスピードは断然風竜の方が早いが・・・
一塊が7騎の竜騎士・・・それが矢尻みたいな形になって編隊を組み、それがいくつもいろんな処に一艇の速度で飛んでいて、それはまるで立体駐車場みたいだった。
アリエスは目だけを働かせてそれを見た。
一度にたくさんのモノを見られないのは人間の目の弱点だと思う。
やがて敵の戦艦が見えた・・・
同じ・・・こちらと同じ数・・・
戦艦は少し少なく15隻。しかし、敵の旗艦はアンドロメダ・・・
いわば戦艦大和のような、超有名な戦空艦・・・そして・・・大きさはこちらのシリウスとほぼ同等の大きさを持つ・・・大戦闘指揮専用艦・・・
戦闘が始まる・・・
気がついたら自然と拳を握り締めていた。
しかし・・・
「アリエス!!」
息が止まりそうな程の緊迫感はレーナルドの一言でかき消された。
「やばいぞ・・・最悪だ・・・」
「・・・レーナルド・・・順序を追って説明しなさい。」
シェリルの言葉に彼は一度大きく深呼吸し、そして状況を整理してから口を開いた。
「学徒が乗ってます・・・」
※ ※ ※
「は?」
シェリルの口から唖然の声が漏れた。
「エーフェ皇国旗艦シリウスに6歳から15歳までの小中貴族院の生徒・・・400余人が俺たちの観測デッキの上にあるブリッジ展望デッキで・・・戦闘を見てやがる!!」
途端・・・アリエスの脳内がフリーズした。
どういうことだかわからなかったのだ。
意味がわからない・・・なんでそんなことを・・・
戦争に子供を連れ出す?それも戦闘訓練も受けていない子供を・・・
自分のように・・・数年間フィンハオラン家で地獄の訓練を積んだわけではない・・・
シーブスやリアーネのように・・・最初からとんでもない才能があったわけでもない・・・
貴族の家に産まれ・・・普通に学校に通って教育されただけの・・・それだけのガキ共をなんで・・・
「チクショウ!!そういうことか!!!!!」
シェリルが叫んだ。
「キャスリーンの奴・・・そこまで・・・そこまでして玉座がほしいか!!バカヤロウ!!!」
どういうことだかわからず驚くアリエス含め全員にレーナルドだけが納得した表情をしていた。
「どういうことですか?」
アリエスの問いかけに、シェリルは空路図の貼られた机を強く叩いた。
「この戦争・・・キャスリーンは絶対に負けないと思っている。だからこそ、子供にこの戦争を見せたんだ!!戦空艦というエーフェ最強の戦闘兵器を全保有量の8割を投入したこの作戦を!!そうすれば、彼らは自然とエーフェ皇国という国の国力とそれに伴うキャスリーンの凄さと勘違いして実感することになる!!そうすれば、彼らは子供の頃から国家に対して信頼を持つようになる!!キャスリーンという女王を名乗る摂政はこんなすごい戦いを指揮できるようなとっても有能な人なんだ・・・なんて素晴らしいんだろう・・・ってね。そうして刷り込まれた子供達は後々の貴族の当主やそれでなくとも国家の重役に付くことが考えられる・・・そうなれば彼女は今の地位に居座ることができる!!彼女の信奉者でのみ固められた国家の重役が統べる国家・・・たとえ国家が疲弊したとしても・・・国民が苦しんでいたとしても・・・貴族が彼女を信奉することになる。そうすればアイツは安泰・・・今後何十年と彼女は玉座に座ることができるって寸法よ・・・」
「そんな・・・」
全員が唖然とした顔になる。
そう・・・
彼女は何もしていない・・・ただ、指揮艦に乗って玉座に座っている・・・それだけなのに・・・
たったそれだけなのに・・・こんなにひどい・・・子供を懐柔するような手段で人気を取ろうとする・・・
負けることがない?フザケるな!!
少し知識のある指揮官ならばこういうだろう・・・
“確実に勝てる戦争なんて無い・・・全ては偶然。そして今回の戦争は敵が同数の戦艦を出してくれば・・・勝てる確率はそれこそ5割・・・そして、敵の中に幻影の白孔雀が居れば・・・間違いなく負ける・・・”
と・・・
なのに・・・あえて危険な場所に少年少女を放り込む・・・
そんな事・・・
許されていいのだろうか・・・
しかも・・・
「・・・・・・そして、アリエス・・・なんでお前にこの報告をしたのかわかるか?」
レーナルドのその言葉にアリエスは静かに頷いた。
戦場で、彼がここまで慌ててアリエスに報告をする・・・
それはつまり・・・
彼の親族がこの船にのっている事になる・・・
「・・・誰ですか?乗っているのは?」
フィンハオラン家には全部で5人の子供がいる。
この内、アリエスのみは養子であるが、その他は全員実子・・・そして、その中で現在貴族院に通っているのは現在2人・・・
フィンハオラン家次男のシリウス=フィンハオランと、三女のメルフィン=フィンハオラン・・・
いや・・・アリエス自身なんとなくわかっていた。
純粋無垢な子供を教育・・・もとい教育するというのであれば・・・
「・・・・・・メルフィン=フィンハオランだ・・・」
やはり・・・幼く素直な妹の方だった。
2つの怒りを必死に堪える。
素直でいい子という言葉をそのまま形にしたようなメルフィンを懐柔しようとしている怒りと、何も考えずに彼女を最前線というとてつもなく危険な場所に連れ出した怒り・・・
だがしかし・・・
それが向けられている方向は一つだった。
「キャスリーン・・・・」
すごくすごく・・・あつくあつく怒りがこもった声をアリエスが絞り出す。
外に目を向ければ、そこには血生臭い戦争が広がっていた。
敵を焼き味方が焼かれる竜の吐く炎。
敵を貫き味方が貫かれ・・・血を吹き出す兵士の槍や剣。
力としては本当に均衡している・・・
だが・・・
これはあまりにも酷くグロい・・・
そのうち、味方の竜が撃墜された・・・
しかし・・・彼は大きく弧を描き・・・そして・・・
敵の戦空艦に突撃する。
途端、大きな爆発・・・
戦空艦に積んだ爆薬に引火したらしい・・・
何度も何度も大きな爆発をしながら、火の玉となって落ちていく戦艦。
「敵戦空艦“ヒュドラ”沈黙!!」
艦内放送がその事実を告げた。
それと同時に艦内から歓声が上がる・・・敵とはいえ、人が多く死んだというのに・・・
ただ・・・
「しかし、敵の猛攻により、右舷最前線を守っていた味方戦艦・・・プロキオン・・・陥落しました・・・」
「ベガを出せ・・・プロキオンの抜けた穴を埋めろ・・・」
同時に味方の戦艦が一隻陥落したという報告が舞い込む。
「もはや消耗戦ね・・・」
シェリルが静かに言葉を繋いだ。
「シェリー様!!どうにかならないんですか!?」
リアーネが悲痛な声を上げるも、シェリルは静かに首を振った・・・。
「無理ね・・・今回の作戦・・・私たちに軍事的な介入は認められていない・・・見てるだけ・・・それが私たちの仕事よ・・・それに、戦況的には現状ではこちらが有利・・・連合軍も自国の領土に戦艦は落としたくないでしょう・・・それに一応は奇襲作戦・・・部隊の統率と言う意味では、確実に上回っている・・・この状況で撤退なんて言っても、今の愚かな幕僚にはわからないでしょう・・・せめてジュリオかグロリアーナが居れば話は変わるけど・・・2人とも今は東部戦線と南部戦線・・・さすがキャスリーン・・・自分に害なす人間の人払いは完璧ってわけね・・・」
ひと通りの説明を終え、僅かな苦渋の顔をのぞかせた後に、シェリルは後ろで控えていた執事を呼びつけた。
「レーナルド・・・」
「なんですか?」
「“シリウス”の最後部に非常用の通信機があるわ・・・そこで、コードRD-001に連絡・・・私の名前を出して、“スピカ”を出して頂戴。」
「!?・・・スピカって・・・皇族専用の戦空艦のですか?」
「そう・・・最前線の10km後方で待機するように伝えて頂戴・・・」
「・・・了解しました。」
言うなり、部屋を出て行くレーナルド。
「シェリー様・・・どういうことですか?」
アリエスがシェリルの指示の真意について問う。
「・・・・・・ただの保険よ。」
「保険・・・ですか?」
「そう・・・もし負けたとき、撤退する船は欲しいでしょ?だから保険・・・」
「あ・・・そういうことですか・・・」
「えぇ・・・」
・・・・・・・・・
「・・・・保険で済めば・・・いいのだけれどね・・・」
※ ※ ※
エーフェが戦空艦を保有するように連合軍だって戦空艦を持っている。
そしてそこはそんな連合戦空艦の中でも艦隊の中央に位置する戦空艦・・・
名前は“アンドロメダ”・・・エーフェが星の名前で戦空艦の名前をつけるのに対し、連合は星座の名前をつけるのが習わしとなっている。
そして・・・
このアンドロメダという名の船・・・
それはエーフェのシリウスに当たる・・・いわば連合艦隊の指揮官だった。
そしてそんな格納庫の中に・・・彼女は居た。
白い髪を風になびかせ、大きな黒いコンテナの前で静かに立つ少女。
「イイご身分だね・・・」
後ろからした声にシルフィリアは目だけでその影を追った。
緑色の貫頭衣を見にまとった女性がそこには居た・・・
「ルスティン・・・」
シルフィリアがその名を呼ぶ。
「ルスティン!何をしている!貴様は右舷戦線でエーフェの竜騎士を止める手はずだろ!!」
格納庫の上・・・の方からした声にシルフィリアとルスティンは同時に目線をあげた・・・
そこにはキャットウォークの上に立ったシルフィードが長い黒のマントを翻していた。
「っるせーな!補給だよ補給!!竜だって定期的に水分補給しないとぶっ倒れるんだ!!落ちて死ぬなんて私はゴメンだからな!!」
後ろを見ると、ルスティンの風竜がゴクゴクと水を飲み、バクバクと肉に食らいついていた。
「そんなことより・・・シルフィリア・・・いくらクラウド中将の直属に戻ったからって、ずいぶんと余裕じゃないか・・・戦闘中に格納庫でのんびり精神統一とは・・・幻影の白孔雀も偉くなったもんだな!」
鼻で笑うルスティン・・・。
対しシルフィリアもフッと鼻で笑った。
「あまりしゃべると、頭が悪いのがバレますよルスティン・・・」
「な!!貴様シルフィリア!!」
完全に頭に来たルスティンが思わずファイティングポーズを取る。
「なんですか?頭が悪すぎて私とあなたの力の差すらわかりませんか?」
対しシルフィリアも魔力を解放・・・途端に彼女の周りに水色の渦が産まれ、彼女の髪をバタバタとはためかせ・・・
「やめろバカ共が!!!!!」
シルフィードが声を張り上げた。
「シルフィリア!!それにルスティンも!!!貴様達がここで暴れたらどうなる!!旗艦が沈むだろう!!そんなこともわからぬのなら2人とも今すぐに私の権限でこの船から下船させる!!そんなバカでアホで無能な兵士は連合軍の兵士に不要だ!!わきまえろ!!」
「・・・ふん!」
「失礼しました・・・」
ルスティンは不服そうに・・・シルフィリアは素直に頭を下げる。
2人の態度の差に、シルフィードはやや不満ではあったものの、続ける。
「シルフィリア・・・貴様に出撃命令が出た。」
その言葉にシルフィリアの顔が一気に険しくなった。
「いくら、こちらも同数の戦艦とほぼ同数の兵員を導入してるとはいえ・・・民間人を保護しつつ戦わなければならないこちらに比べ、破壊と殺戮の限りを尽くせるエーフェの有利は揺るがない・・・そこで・・・貴様にはこの先のウィツァル樹海の上空にて出撃し、敵戦艦中央領域を単独で突破せよ・・・との命令だ。」
「馬鹿な!!!?」
声を荒げるルスティン。
当然だった。一人で、敵の中央に斬り込んでいき戦況を替えてこい・・・
そんなの命令じゃない。無謀・・・いや・・・特攻、カミカゼ、鉄砲弾・・・
そんな言い方が正しい気がする。
それをやれというのだ・・・
いくら幻影の白孔雀と言われているとはいえ・・・この若干14歳の少女に・・・
「シルフィード・・・軍部の上層部は何を考えている・・・そんな無謀で失敗確実な任務に・・・こんなガキを向かわせるというのか?」
「そう・・・確かに馬鹿げた作戦だ・・・だが、上層部の決定には私は逆らえない・・・だが・・・シルフィリア・・・お前はどうしたい?」
問われた本人は首を傾げる。
「“どうしたい”・・・といいますと?」
「この命令・・・別に私が伝え忘れたことにしても問題は無い・・・」
「!?・・・シルフィード!!お前何を言って!?」
「黙れルスティン。いいか・・・シルフィリア・・・お前が断りたければ断ってもかまわない・・・所詮奴らは人間・・・私やルスティンのような魔族につけられる傷など所詮たかが知れている。いや・・・処分するのも難しいだろう・・・もししようとすれば私は姿をくらませるだけだしな・・・だからこそ、お前に問う。シルフィリア・・・この戦争・・・参加したいか・・・否か・・・」
しばしの沈黙の後、シルフィリアは静かに目を閉じた。
シルフィードからすれば、無理に作戦なんて参加する必要な無いという優しさから出た言葉。年齢を考えればいかに強力な力を持つとはいえ、まだ赤子に近い目の前の少女を守りたいという魔族なりの母性だったのかもしれない・・・
だが・・・
「くだらない・・・」
シルフィリアの口から出たのはそんな言葉だった。
「くだらない?だと?」
「・・・確かに・・・シルフィード様・・・あなたはそれでいいでしょう。伝え忘れたことにして・・・そして処分を受けたら姿をくらましてやる・・・それでいいかもしれません・・・ですが・・・」
「・・・・・・」
「私は苦しむことになるんです・・・」
「?・・・どういうことだ?」
しばし躊躇った後、シルフィリアは言葉を繋いだ。
「薬・・・」
その言葉にシルフィードとルスティンは顔を見合わせる。
「いえ・・・失言でした。忘れてください。ともかく、私は参加します。余計な気を回してくださる必要はありません。
そう言って、シルフィリアは最初に佇んでいた大きな黒いコンテナの前に佇み・・・っそして・・・箱に外付けされたボタンを押した。
すると・・・ゆっくり箱が開き・・・
中に入っていたモノを見て・・・シルフィードは目を見張り、ルスティンは口を開けた。
「これって・・・」
思わずルスティンの口から声が出る。
そこにいたのは・・・
漆黒の鱗にルビーのような赤い瞳・・・鋭い銀色の牙に巨大な黒の翼を持つ生物・・・
黒竜・・・竜種最強と歌われ、飼いならすことなど絶対できないとされるドラゴンの中のドラゴン・・・竜の中の竜とさえ言われる桁外れの力を持つ竜・・・
目の前に居たのはそれだった・・・いや・・・大きさ10m四方のコンテナに収まるということはまだ子供なのだが・・・それでも・・・
「なぜこんなところに黒竜が・・・」
思わずつぶやいたルスティン・・・しかし、さらにありえないことが起こった・・・
その黒竜がシルフィリアに頭を垂れて、その頭を腕に絡ませるようにジャレているのだ・・・
そう・・・まるで小さな子犬が主にそうするように・・・
そして・・・
シルフィリアは他の竜騎士服に混じって掛けていた自信のコートを見に纏い、コンテナに立てかけていた白鞘の刀を腰に刺し、真っ白な装飾槍を手にして・・・
静かにその龍にまたがった。
―オオオオオォオォオォオオオオオォオォオォオォォォオン!!!!―
龍が咆哮を上げる。
耳に通信機を入れ、襟に送信機を付け、そして竜の背を撫でる。
「シルフィード閣下。中央付近の竜騎士に退避命令を。私は命令に従い・・・敵中央をまっすぐ突破した後、敵最終防人領域を突破・・・エーフェ旗艦“シリウス”を迎え撃ちます。」
「・・・了解・・・貴様の作戦コードは今まで通り“アミュレット”。指示はそのコードを通して送られるからよく聞いておけ。ゲートを開けろ。シルフィリアが出るぞ!!」
シルフィードがあげた大声が門兵に通じ、そして、一人の兵士が大きな有線リモコンを操作する。
途端にゆっくりと戦艦後部の扉が開いた。
とてつもなく強い・・・そして氷の塊を押し付けられてるように冷たい風が一気に吹き込む。ゴーグルをつけるか・・・あるいは魔法で目を防御しなければ一気に目が乾きすさまじい痛みが襲う世界・・・
「アミュレット!!!!出陣!!!!!」
その声と一緒に高らかに鳴り響く金管楽器の音。
ファンファーレのように聞こえるが、周りの兵士に対して誰が出るかを知らせる以外に何も意味はない・・・
「では・・・行って参ります・・・」
シルフィリアはわずかに振り返り、そして体感温度マイナス20度。高度1000mの空へと・・・
そしてシルフィードも静かに司令室へともどって行く。
そんな中で、一人残されたルスティンは一人・・・閉まった戦艦の扉を見ながら・・・静かに思っていた・・・
“勝てない・・・”と・・・
“おそらく・・・今のままでは・・・シルフィリアには勝てない・・・”と・・・
「・・・・・・一度・・・訓練をやり直す必要があるかな・・・」
そして・・・自らの竜に補給を終えると・・・
ルスティンも命ぜられた空へと飛び立っていったのだった・・・及ばないまでも・・
自らが命ぜられた任務を果たし・・・なにより・・・戦いたいという・・・自分の欲望を満たすために・・・
※ ※ ※
状況が一変した。
目に映ったのは一気に襲いかかり・・・そして、一気に撃墜される竜騎士達・・・
10騎・・・いや・・・20騎・・・被害はどんどん増える一方・・・
その理由はただ一つ・・・
恐れていた自体が起こったのだ・・・
真っ黒な竜に乗った、真っ白な髪の超絶的な美少女・・・しかし・・・
彼女が加わった途端に一気に戦況は明らかに変わった。
何人もの竜騎士が彼女へと向かっていく・・・
そして・・・
軽々と落とされる・・・
今また5人の竜騎士が矢尻のように隊列を組んで彼女の攻撃に向かう・・・だが・・・
竜の手綱を巧みに操り、そして舞い踊るように反転するとまず一匹目の竜の首めがけて、真っ白な装飾槍をつきたてた・・・
続いて、同時に向かってきた2騎に対して、雷撃の大砲のような魔法を使い、一撃で粉砕・・・火だるまとなって竜と人が落ちる。
そして、後ろから追撃する一人の竜騎士を撒くかのように一気に垂直に上昇・・・
したかと思えば、いっきに速度を落として、背中から地上にむかって落ちつつ、刀を抜いて、後ろからついてきた竜の片翼を切り落とす。そしてそのまま竜の頭を下に向ける・・・ストールターンと言われるアクロバットな飛び方・・・
そして最後の一人が背を向けて逃げようとしたところで・・・
シルフィリアが飛んだ・・・
竜から飛び、背中に10枚の羽根を出現させ・・・
逃げた竜騎士を追撃し、ある程度まで距離を取ると・・・
小さく・・・そして短く呪文を唱えた・・・
同時に彼女の手から、まばゆいオーロラ色の閃光が飛び出しそして・・・
「なっ・・・」
普段は惨殺体や焼死体を見ても、表情すら歪めないシェリルが声をあげて、目を見張った。
もちろんそれはアリエスも・・・
というより、レーナルド、リアーネ、シーブス・・・
その他全員のIMMが声をあげて驚いたのだ・・・
そう・・・
その光を浴びた竜騎士は・・・それと竜は・・・
失神していた・・・
いや・・・魔術に対して多大なる耐性を持つ竜を失神させる魔術などあるはずもない・・・
おそらくは・・・死んでいた・・・
だがしかし・・・問題なのは・・・
彼の体に外傷が一切みられなかったことだった。
遠目に見ても血液が吹き出して居る様子もない・・・焼けて体から煙を出しているわけでもない・・・凍らされたわけでも、雷を浴びたわけでも・・・
ただ・・・光に当たり、体が包まれただけ・・・
たったそれだけで・・・外傷も一切無く・・・命を奪われたのだ・・・
「しぇ・・・シェリー様・・・今のは・・・」
アリエスの言葉にシェリルがグッと押し黙った。
「・・・・・・あの子・・・まさか・・・」
しかし、首を振る。
「いや・・・ありえない・・・アレだけは完成できない・・・魔術公式、魔術論理・・・全部が全部ありえない・・・」
「シェリー様・・・いったい・・・」
レーナルドがそう問いかけようとしたとき・・・
ガラス越しにとてつもない閃光が瞬いた。
全員がそちらを見ると・・・
シリウスを護衛していた戦艦5隻・・・そのうちの1隻が・・・爆発しながら眼下へと落ちていったのである。
全員が下をみる・・・
そこは森・・・樹海だった。
「しまった!」
レーナルドが叫ぶ。
「幻影の白孔雀は・・・これを狙ってたんだ・・・下が開発の樹海だというのなら、敵は落とし放題・・・人的被害も最小限に抑えられる。しかもこの先はアルフヘイム最大の天剣ファフナー山!!奴らはそこで迎え撃つつもりだ!!この船・・・シリウスを!!そこで落とすつもりなんだよ!!」
『!!』
全員がレーナルドを見て固まった。
戦闘指揮官シリウスの陥落・・・
それはそのまま戦闘での敗北を意味する。
指揮する者の居なくなった魚の群れは乱れる・・・指揮するモノの居なくなった鳥の群れは乱れる。
そして・・・
そのまま全てが狩られる。
だがしかし・・・
エーフェだってそれぐらい考えている。
だからこそ、数千という竜騎士と5隻という戦空艦でシリウスを守っていたのだ。
旗艦を・・・2隻の駆逐艦“べクルックス”と“ボルックス”・・・そして3隻の巡洋艦“アルデバラン”、“カペラ”、“カノープス”の3隻に・・・護らせていた・・・
なのに・・・
白孔雀はあっという間に自分に近づく300騎の竜騎士を一瞬で蹴散らし・・・
そして今・・・巡洋艦カペラを沈黙させた。
しかも・・・白孔雀は先ほどシェリルが明らかに怯えていたあの緑色の閃光を出す魔術をそれなりの数連発している。
そしてそれに当たった竜騎士は次から次へと傷ひとつなく、ただただ地上へと落下していく・・・
必死に残っていた4つの護衛艦と旗艦シリウスのデッキから魔道士が魔術を放ち、彼女をなんとか落とそうとする。
戦空艦に搭載された魔砲も次から次へと発射される・・・
だが・・・
当たらない・・・
まるで砲弾が見えているかのように、その隙間を白孔雀は掻い潜り、「逃げ場が無い!追い詰めた!」という程魔術を密集させて浴びせれば、そのタイミングで見たこともない術を使う。
それはオーロラ・・・
オーロラでできた羽衣を纏った天女の如く自身の体を防御し・・・
受けた魔術を乱反射の如く跳ね返す。
言ってしまえば、それは無差別攻撃だった。
自らの放った魔術、魔砲で自らの軍の誰かが死んでいく状況。
味方が密集したこの地点で、彼女はたった一人・・・
通常なら100%彼女が犬死する結末・・・だが、彼女のスピードが、彼女の鉄壁の守りが・・・
それをさせない・・・
黒竜を操る彼女は華麗で、飛び方も明らかに違う・・・そもそも根底となる技術が違う・・・
そんな中で味方が密集して闘う。
それが単(ひとえ)に、あせった味方の竜騎士は連携が取れず、同士討ちし、デッキの魔術師や魔道士もその竜騎士が邪魔で幻影の白孔雀を攻撃できないというマイナスの連鎖を巻き起こす。
対し、彼女は・・・
黒竜のブレスで一気に数人の竜騎士を焼き払い・・・そして一気に上昇・・・
誰よりも高い高度に行くと・・・
―!!!!!―
突然竜を飛び降りた。
何をするのかと誰もが注目。
すると、彼女は空中でその腰の白鞘を抜き払い・・・
戦空艦の横を落下する直前で大上段に構え、そして・・・
一気に振り下ろす。
するとあろうことか・・・戦艦が溶けたような断面を残して真っ二つに切り裂かれた。
「アルデバラン!沈黙!!」
アナウンスが艦内に響いた。
誰もが唖然とするが、アリエスだけは平然と目を細めた。
そもそも一本の刀で人を斬れる数はせいぜい2〜3人と言われている。
刃に血糊が付き、人間の脂が付くことで、切れ味が一気に落ちるためだ。
だが・・・
ある一定の・・・俗に達人と呼ばれる人間がそれをやると、事情は大きく変わる。
たった一本の刀で1000人を斬る・・・一騎当千したとしても、刀は刃こぼれすることもなく、切れ味も落ちることがない・・・剣術というのは使う人間でそこまで変わる。
そして彼女がやっているのは、その達人の域に達した人間のみが使うことを許される技。
やがて、隣を飛んでいたカペラとべクルックスも同じ急降下斬撃によって、沈黙・・・巨大な火の玉となって、何度も何度も爆発しながら地上へと堕ちていく。
状況は明らかに変化していた。
当初簡単に勝利へと道を開ける・・・そう考えていた軍上層部の考えはたった一人・・・幻影の白孔雀によって覆されたのだ。
『・・・脱出する・・・救命艇を用意しろ。』
アナウンスから聞こえた今回の戦闘の統合指揮官・・・キャスリーンの声・・・
『し!!しかし、まだ戦場には撤退してない兵士達が!!』
『彼らとて兵士でしょ?私は国家。私が居ないと国は成り立たない。だから、私は生きるの。わかるわね?』
『は・・・はぁ・・・』
『だったら、彼らは国家を守って死ぬ英雄じゃない。それに大丈夫。10分後・・・私の乗った救命艇が安全圏に出れば、撤退してかまわないわ。たった10分。それぐらいなら持ち堪えられるでしょ?』
『で・・・ですが・・・』
『これ以上何か言うようであれば・・・私はあなただけでなくあなたの家族をも軍法会議にかけなくてはいけなくなるわ・・・』
『!?・・・そ・・・それは一体どういう!?』
『高級将校ともなれば・・・あなたも末席なれど貴族でしょう?戦闘の意志が無い貴族はどうなるか・・・これはフィンハオランが昔作った法よ。これ以上何か意見するというのなら、あなたの行為を背信とみなす・・・よって、一家断絶ということになるでしょうね・・・』
『命令に従わないなら・・・家族を殺すと・・・そしてあなたは・・・命令に従い・・・・・・ここで私に死ねと!?』
『私は何も言ってないわ。あなたが勝手に死ぬの。それに、死ねとは言わない・・・20分後には脱出しろと言ってるの。』
『今の国家にはキャスリーン様が必要なのだ。』『わきまえよ・・・』
2人の別の貴族の声が聞こえた。
『・・・・・・吾が家は・・・代々、エーフェに仕え・・・歴史ではフィンハオランに次ぐ名門家系として・・・』
『名門であるからこそ厳しく処罰しなければならんのだ!』
また別の貴族の声・・・
彼らの魂胆はみえていた・・・どうせ・・・
『キャスリーン様・・・脱出艇の舵は私が取ります。』『では航路は私が・・・』『なれば、私はキャスリーン様の安全の為、身辺警護を・・・』
そう・・・キャスリーンに味方することで・・・自分たちは脱出艇でこの場を一緒に逃げようとしているのだ・・・
たった一人・・・先程から無理難題を言われている一人の将校に全責任を押し付けて・・・
そして・・・
『・・・・・・わかりました・・・我がエーフェの忠実なる下僕の名において・・・ここは死守いたします・・・どうか脱出を・・・』
若い将校は悔しそうに・・・そしてとてつもなくキツそうに声をあげた・・・
そして・・・扉が開き・・・20人ほどが出て行く音がする。
『・・・・・・』
残された下士官の誰もが息を飲む中で・・・若い将校は続ける。
『・・・今から20分間・・・我らエーフェ国軍は国家の殿(しんがり)を務める・・・シリウスと護衛艦・・・そして、カペラとレグルスを前面に出せ!他の船は退避!!できるだけ後ろに下がり、救命艇を守るフリをして、戦線を後退しろ!!エーフェの意地・・・ここで見せないで何時見せる!!気合を入れろ!!』
『おぉお!!!』というとてつもない怒声がスピーカーだけならず、上のブリッジから直接聞こえた・・・
そして・・・シリウスは静かに進軍を始める。
幻影の白孔雀によって、またも一隻が撃墜されたこの状況で・・・
そんな時・・・アリエス達の耳に入ったのは・・・数十の靴音・・・
このデッキの外の廊下を誰かが歩いている・・・そして、この状況で歩いているのは・・・
キャスリーンとその部下達・・・何万という命を犠牲にして、生き残ることが決まった人間たち・・・
今なら事故にみせかけて殺せる・・・あの太った豚達とゴミクズのような女王を・・・
咄嗟にアリエスは剣を抜こうとした・・・
が、すぐに停めた人間が居た・・・レーナルドだった。後ろから羽交い絞めにされ、身動きをできなくされた・・・
そして、それに伴いIMMの男勢に体を取り押さえられる。
「放せ!!!!!殺してやる!!絶対殺してやる!!!」
蔑み、憎悪、怒り、悔しさ・・・そのすべてが混ざった恐ろしい顔でアリエスが抗議したが、だれも彼を解放しようとはしなかった。それどころか、逆に何人もの男に馬乗りにされて身動きがとれない・・・
「シェリー様!!行かせてください!!あいつら!!絶対ぶっ殺す!!粉々に砕いてやる!!焼いてやる!!潰して、引きちぎって、ぐちゃぐちゃにした後で・・・豚のエサにしてやる!!」
「アリエス・・・」
「お願いします!!」
「残念ながら却下よ。ここで、彼女を殺しても・・・私たちは生きて帰れない・・・今は生き残る方法を考えない。それに、おそらくさっきの足音・・・何人か女王の親衛隊が居る・・・いくらあなたとはいえ、金でのみ動くあいつらには勝てない・・・キャスリーンは脱出し、あなたは軍法会議行き・・・そんなことになれば、あなただけでなくIMM全体が危ないの。殺してやりたいのは私も一緒・・・でも、今はまだその時期じゃない・・・国民はまだ彼女を『最低のクズだが、戦争に勝つためには必要な人材』という認識を捨てきれてない・・・時期が来たら、絶対あなたの手で・・・いえ・・・私自身の手でアイツを殺してあげる。だから、今は待って・・・お願いだから・・・」
「・・・・・・」
アリエスの体から力が抜けるのを確認してから、彼を取り押さえていた全員が手の力を抜いた・・・が、すぐにまたその力を入れなおした・・・
なぜなら・・・
『それで・・・今回の戦闘を見学していた学徒はどうしますか?脱出艇の定員はせいぜい20名・・・詰めても40名程・・・とてもじゃないが、乗り切りませんが・・・』
『放っておきなさい・・・元々、私に反発心のある貴族の子供を招いて戦争にかつ瞬間というのを見せることで刷り込み教育する予定だったけど・・・死んでくれるのならありがたいわ・・・私に反発する人間が居なくなるんだもの・・・ついでに、親が子供を殺されたことで逆上して、私に襲いかかって来ようものなら、尚嬉しいわね・・・。だって、反逆の目を摘み取る絶好の口実じゃない?っていうか、戦争で子供を失ったら、案外アイツらも戦争に加わってくれるんじゃない?子供を殺された怒りで。ある意味、寝返ってくれて万々歳・・・みたいな?』
『なるほど・・・そこまでお考えでしたか・・・いや、実に聡明でいらっしゃる。美しく聡明な女王陛下にお使えできて、我々は幸せでございます。』
そんな会話が聞こえてきたから・・・
「シェリー様!!」
一度は静まったアリエスの怒りはまた再沸騰した。
「お願いします!!殺させてください!!でないと・・・でないと!!」
そこでアリエスは言葉を切った・・・
なぜなら・・・シェリルがとてつもない憎悪に満ちた目をしていたから・・・
それだけではない・・・怒り心頭で、唇を噛み切り、口からは血の筋がいくつも垂れていた。そして手からも同様に握り締め過ぎての出血・・・
ポタポタと真っ赤なシェリルの鮮血が床に滴り落ちる。
ソレを見て、逆にアリエスは自然と冷めていった・・・
普段、シェリー様はオレなんかが考えつかないぐらいとてつもない怒りを覚えているのだろう・・・なのにオレは・・・
そう考えると・・・頭がクリアになっていくのだ・・・
やがて、小さな方舟がシリウスの船尾から脱出するのが見えた・・・おそらくあれが脱出艇だろう・・・
それが見えなくなるまで見つめると・・・アリエスは自然と次に自分がすべき行動について考え出していた。
―助けなきゃ―
何をではない・・・言うならば全部・・・
この状況で事態を覆せるとすれば・・・それは自分の剣術・・・
フィンハオラン家から地獄の毎日で叩き込まれた、無敵の剣術“ファントムマナー”・・・
これならあるいはシルフィリアを止められるかもしれない・・・
俺にはシェリー様みたいな魔導師としての絶大なる魔力もない・・・リアーネみたいに狙撃が得意なわけでも、シーブスみたいに槍に風を纏わせ、自在に長さを変えたりそんなすごい戦闘ができるわけでも、リアーネみたいな狙撃能力も・・・そして・・・ファルのような剛力もない・・・
だが・・・
俺には剣がある・・・
逆にそれがいいのではないだろうか・・・
―やらないで後悔するよりは・・・やって後悔するほうがいい・・・―
自然とアリエスは力を抜いた仲間達の肩を借りて立ち上がった。
そして・・・
「シェリー様・・・出撃命令をください・・・」
静かにそう告げる。
「なんですって?」
「現状で幻影の白孔雀と対峙して・・・無傷で生き残ってるのはエリーさんと俺だけです・・・そしてエリーさんはここには居ない・・・なら、俺が一番適任だと思うんです。大丈夫。足止めぐらいできます。お願いします!出撃命令を!!」
「許可・・・できないわ・・・私は無意味に仲間を殺すつもりはないの・・・」
「お願いします!!シェリー様!!・・・このまま何もしないのは嫌なんです!!それに上の展望デッキには妹が・・・メルフィンが乗ってるんです!!ここで家族を守れないで・・・俺だけ生き延びたりしたら・・・俺は後で死にたく・・・いや・・・後悔と自責でもう立ち上がれないと思うんです!!お願いします!!シェリー様!!!お願いします!!」
何度も何度も・・・アリエスは頭を下げる・・・
「・・・私はこれから操舵室(ブリッジ)に行って、CIC(戦闘指揮所)に入る・・・だから一切支援とかそういうのはできない・・・それでも行く?」
「はい!!」
「リアーネの矢はこの高度じゃ真っすぐ飛ばない・・・レーナルドも白孔雀程の速さの人間を捉えられる程の魔術をこの硬度で使うことはできない・・・他のみんなも同様・・・本当の意味での孤軍奮闘よ?おそらく死ぬ・・・それでも行くの?」
「はい!」
「死ぬのよ?間違いなく・・・怖くないの?」
「・・・怖いですよ・・・死ぬほど・・・」
「なら、無理していく必要は・・・」
「でも・・・それよりも誰か・・・大切な家族を失ってしまう方が怖いです。どのみちこのままここにいても死ぬかもしれないのは同じです!お願いします!!戦わせてください!!」
・・・・・・・・
「・・・好きにしなさい・・・」
最後にシェリルはそう言って、観測デッキを出て行った。
「ありがとうございます!」
深く深く頭を下げ、アリエスもデッキを飛び出す。
後ろから「絶対生きて帰ってこい!!」「死んだら許さないぞ!」そんな言葉を何十と背にうけながら・・・
出口のない雲海で出口を探す戦いは・・・こうして静かに始まった・・・
まるでハリケーンの中に居るような・・・波乱の中で・・・
※ ※ ※
「竜が貸せない!?どういうことですか!!!」
ハンガー(格納庫)の中でアリエスは竜を管理する整備兵2人・・・いや、正しく言うなら調教師兼飼育員に竜の貸し出しを頼んだのだが・・・
帰ってきた返事は意外すぎるものだった。
「だから・・・IMMの奴には竜なんて貸せるわけないだろ?ましてやお前みたいなガキに。」
「なんでですか!!今は一人でも兵士が必要でしょう!?増してや貴様のようなガキに・・・貸してほしけりゃ、出撃命令書持って来い。キャスリーン陛下直々の捺印入のな。」
「そんな!!外には今、幻影の白孔雀が居るんですよ!?」
「そんな報告は受けていない。」
「じゃあ、外を見てくればいいでしょう!?今の外の味方の被害を鑑みても同じことが言えますか!?大勢の竜騎士が落ち、護衛艦も次々に落とされ、この艦だって、何時落とされるか時間の問題なんですよ!?」
「見てくることはできない。我々は持ち場を離れるわけにいかないからな。大体、先ほど、キャスリーン様から直々に聞いた話では“外は善戦しており、女王陛下も戦線に出る”と聞いた。帰れ。貴様のようなガキの戯言に付き合っているほど、俺達は暇じゃないんだ。」
一切真面目にとりあってくれない整備兵にアリエスはギリッと歯ぎしりした。
しかし・・・冷静になってみれば当然かもしれない・・・
IMMという組織はそもそも、国内の正規軍から見れば、多大なる戦績をあげている鼻つまみ者。出る杭として打たれる存在だ。
なら、キャスリーンからすれば、この状況はとてつもなく都合がいい。
自分に反逆してる貴族の子供と共に・・・IMMと最大の敵“シェリル”をも同時に始末することができるのだから・・・
なら、下手に竜なんて貸して脱出でもされたら困る。
だから、ワザワザこの整備兵達に言いつけたんだろう。
戦況が悪くなって・・・護衛艦がバンバン落とされて・・・自分は逃げる・・・
その途中に・・・
戦況は良く・・・・・・戦艦はドンドン進軍し・・・自分も戦前に出て指揮する・・・
と・・・
だから、持ち場を絶対離れず、職務に従事せよと・・・
そう言ったのだろう・・・職務に従事することが生きがいのエリート兵士の彼らに・・・
格納庫というのは非常に無機質で窓というものがない・・・
さらに、艦内でも重要な設備であるため、装甲も厚い・・・
だから、外は見えないし、外の音だって聞こえない・・・
そして、そこへやってきたのがエリートの大敵・・・IMM所属の14歳のガキ・・・
貸してくれないに決まっている。
それに気がついたとき、アリエスの中に渦巻いていたこの兵士達に対する怒りは消え、ただただ女王キャスリーンに対する憎悪だけが高まった。
無言で拳を握り締め、必死に怒りによる震えを抑える彼に、整備兵たちは続ける。
「そもそも、お前・・・竜に乗ったこと有るのか?その年で・・・そして、お前みたいなガキが一人戦場に行ったところでなんになる?すぐ撃墜されて、それでおしまい・・・可哀想に竜はあっという間に死んでしまうのでした〜だろ?そんな事のために竜を貸せると思うのか?馬鹿が・・・」
完全にバカにするような物言い・・・完全に頭に登りかけた血をなんとか治め・・・
心で念じる・・・“悪いのはキャスリーンであり、彼らではない”と・・・
そして・・・
あろうことか整備兵は最後にとてつもない事を言い出す。
「まぁ・・・どうしてもって言うなら・・・これでも使いな・・・」
嫌味たっぷりに言われて・・・渡されたのは・・・
一本の古びた箒だった。
魔法の箒・・・昔は魔女や魔法使いが跨って戦ったらしいが・・・
今では完全に廃れてしまったアイテムだ。
しかも、今渡されたのは竜の整備用に高所に登るときに使われる整備用の箒。
言ってしまえばリフト替わりで、早く飛んだり、急旋回なんて当然出来ない・・・作業用の箒だった・・・
というより、そもそも箒に跨って剣なんて振れるわけがない・・・
足運び、腰捌き、背中の捻りに腕の動き・・・
それら全てを使うのが剣術・・・なのに・・・
箒に跨るということはその全てを封殺してしまうことになる。
それはつまり・・・
実力の1割も出せずに、あの幻影の白孔雀・・・シルフィリアと対峙することになるのだ・・・
殴りかかりたいのを必死に抑えながら、笑いながら立ち去り、竜の整備に戻って行く2人の兵士を見送る。
もはや絶望だった・・・
このまま何も出来ないで・・・
死ぬ・・・
フィンハオランの名において、最も不名誉な事だった・・・
どうしたらいいのかと必死に頭を巡らせる。
どうやったら彼女と対峙することができ・・・彼女を足止めすることができるのかを・・・
とりあえず魔法の箒を引きずりながら、格納庫を出て、横のデッキに出た。
上の戦闘デッキでは、まだ何人もの魔道士魔術師達が血を流しながらも幻影の白孔雀に魔術を放ち続けていた。「しっかりしろー!!」とか「大丈夫かー!!」などという痛々しいお決まりのセリフも聞こえてくる。
アリエスがデッキに出たとき、護衛の戦艦はさらに一隻減っていた。“リゲル”が落とされたらしい・・・さらに、今・・・シルフィリアの斬撃によって、また一隻の戦艦が火の玉になって堕ちていく。
「レグルス!沈黙!!」
遠くを見てみると、幻影の白孔雀が居ない地点ではどうやら互角の戦いが繰り広げられているらしい・・・シェリルの指揮が行き届いているのだろう・・・
味方の戦艦も堕ちるが、敵の戦艦も堕ちていた。
そんな中で何も出来ない・・・
アリエスは手に持った箒を握りしめて悔しさに顔を歪めた。
あそこまでいけば・・・シルフィリアの処まで良ければ戦えるのに・・・
せめて竜さえあれば・・・シルフィリアの乗る竜種最強と歌われる黒竜にだって・・・対峙できるかもしれないのに・・・
それができない・・・両手が自由に仕えず、足も宙ブラ状態の箒じゃ・・・
その時・・・
アリエスの頭で光が弾けた。
そうか・・・
手が使えて、足も踏み込める状態なら・・・
アリエスの頭の中に・・・あるプランが思いついたのだった。
※ ※ ※
シルフィリアからしてみれば・・・この戦・・・とてつもなくくだらなかった。
なぜ自分にこの人達は向かってくるのだろう・・・
死ぬだけなのに・・・命がそこまで必要ないものなのか・・・
だから奪った・・・
また一人の竜騎士が・・・ランス片手にまっすぐ飛んでくる。
並の竜騎士なら間違いなく貫き通せるである一撃だ・・・
だがしかし・・・
シルフィリアは静かに装飾槍を構え、その先端を向かってくる竜騎士へと合わせた・・・
そして・・・
『我話すなり…よって破壊するなり。(オルタリティオ・ディレオ)・・・』
静かに呪文を唱える・・・
杖の先から飛び出すオーロラ色の閃光・・・それは竜騎士に命中し・・・そして・・・
僅かに手綱を右に引いて黒竜を右側に移動する。すると、突撃してきた彼はそのまま彼女の横を通り過ぎ・・・
静かに地面へと落下していった。
はぁ・・・と小さくため息が漏れる。
しかし、それも束の間・・・今度は上と下からの同時攻撃・・・
しかもまったく同じタイミングで突撃してくる・・・
『我話すなり…よって破壊するなり。(オルタリティオ・ディレオ)・・・』
今度は上から来る竜騎士に術を放った・・・また飛び出すオーロラ色の閃光・・・そして・・・
彼女はまた僅かに見を反らせる・・・すると・・・
上から来た竜騎士は、そのまま彼女の横をすり抜け、そして、下から来た竜騎士を貫き・・・
2人は同時に地面へと堕ちていった。
行き着く間もなく、今度はまわりの戦艦からの魔砲と魔道士達の攻撃・・・まっすぐに飛んでくる細太の光線・・・光の矢に氷の矢・・・炎の矢もある。
『絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・』
そう唱えると、自分の周りにオーロラの壁が出現する。
腕を綺麗に動かし、大気の魔力を動かして、オーロラの角度をまるで羽衣のように調整する・・・すると、向かってきた魔術や魔砲は全て反射され・・・放った戦艦の魔道士達の居るデッキを直撃した。
悲鳴がいくつも小さく聞こえた。
自分を囲むように飛んでいた戦艦達からは火災が発生していた。
ソレを見て、シルフィリアはまたため息を付く・・・
もうやめればいいのに・・・
何度もそう思った。
どうせ勝てないのに・・・
現に、今まで自分に向かってきた兵士達は全員、自分に傷どころか触れることも・・・そ10m以内に生きたまま近づくことすらできていない・・・
もう何人殺しただろう・・・特にそれに罪悪感は覚えない・・・向かってくる時点で、相手も私を殺すつもりで居る・・・なら、自分が殺されても文句は言えないはずだ・・・
だがしかし・・・
もう・・・嫌だった・・・
ひどく眠かった・・・連戦で疲れているのだろうか・・・
いや・・・違う・・・飽きているのだ・・・ひたすらに続くこのゲームに・・・
隙を見つけて黒竜の手綱を強く引き、再び急上昇・・・
そのまま飛び降りて、刀を抜き、真下にいた戦艦を真ん中からぶった斬る。
被害を受けないところまで羽根で飛んで、再び黒竜に跨る・・・戦艦は火の玉になって堕ちて行った。
これで残すは後2隻・・・小さな戦艦と・・・本丸であろう巨大で荘厳な戦艦。
再び迫り来る竜騎士・・・
流石に飽きた・・・終わらせよう・・・
手に魔力を集中させ、遠くでこちらの様子を見ていた竜騎士達に狙いを定める・・・
先ほどまでは自分に向かってくる竜騎士がいた。だから、防御をおろそかにするわけには行かず、使えなかった・・・だが、今なら・・・使える・・・
明らかに逃げ腰になっている今なら・・・
空中に術式を刻み、手に集まる魔力を変換・・・そして魔術の名を口にして、イメージを増幅させる。
『拡散する白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン ディフューシオ)』
頭上に掲げたバレーボール大の光の球から次々に光の矢が放たれる・・・そして、その矢は一本も逃すところ無く、目標へとまっすぐに飛び・・・
やがて、魔術が止む頃には、人影はなくなっていた。まだ何百と残っていた竜騎士も・・・デッキの魔道士も・・・
後残るは2つ・・・小型の護衛艦と本丸の大戦艦。連合の戦空艦もかなり摩耗されているし・・・そろそろカタを付けよう・・・
黒竜の口を小型戦艦の方に向け・・・指をピストル型に構えて頭上から振り下ろす。
“炎(ブレス)を吐け”という合図だ。
まっすぐに吐かれる真っ黒な炎。
その炎はあっという間に戦艦を包みこみ・・・
燃え上がり・・・
そのまま戦艦を跡形もなく消滅させた。
温度が高すぎる炎で戦艦に使われている金属素材もが蒸発してしまったのである・・・
最も、こんなことができるほどの威力を持つブレスを吐くことができるのは、黒竜ぐらいなものであろうが・・・
・・・・・・
そして・・・
残るは・・・たった一つ。
旗艦であろうあの船・・・
兵士たちが「シリウスを守れ!」と叫んでいたのだから、きっとシリウスという名前なのだろう・・・
遠目にまた連合の軍艦が沈む・・・おそらく指揮官が優秀な人間へと変わったのだろう。
明らかに先ほどとは違う。今まで読まされた様々な書物から照らし合わせてもとてつもなく優秀だ。
だが・・・
それもここまで・・・
旗艦を沈めれば全て終わる・・・
「参りましょう・・・・・・」
シルフィリアは静かに黒竜を撫でた。
そして・・・
ゆっくりと手をピストル型に構え・・・
目の前の戦艦を壊すべく振り上げる・・・
と、同時に手綱を口で掴み、開いた右手で杖を振り上げ、魔術を組み立てる・・・
空中に魔方陣を描き・・・創りだす魔術は『雷霆の咆哮(ライトニング・カリドゥス)』・・・
戦艦の主砲に相当する魔術・・・
これを同時に打てばさすがのあの戦艦だって・・・
と・・・
そんな時・・・
シルフィリアの目にとあるものが飛び込んできた・・・
「・・・こ・・・子供・・・」
おそらく艦橋であろう場所の上に備え付けられた展望デッキ・・・
そこに数十人・・・いや・・・奥も入れると数百人の子どもが泣きながら震え、こちらを恨めしそうに見ている・・・いや・・・悔しそうに・・・わからない・・・ただとてつもなく悲しい顔で・・・
それを見て、一瞬、魔術を打つのを躊躇った時・・・
「やめろーーーーーーー!!!!!!!!!!」
とてつもない大声が聞こえた・・・
でも一体どこから・・・
当たりを見回しても誰も居ない・・・
こんな空中を飛んでいるのだ・・・少なくとも巨体な竜が見えないなんてことはありえないはず・・・
とすれば雲の中?白竜に乗っているというのなら見えないかもしれない・・・
シルフィリアは一瞬だけ激痛をこらえ、聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)を使ってみる。とじた左目が溶けた黄金色に輝き、瞳の中にシルフィリアの七芒星の魔方陣が描き出された・・・そして雲の中をスキャンする・・・
だが、そこにも誰もいない・・・ならば一体どこに・・・そう思った瞬間・・・
シルフィリアは即座に体を捻った・・・
そして、すぐに捻った方向と逆側を見る。
スカートに明らかな斬撃の傷が入っていた。
すぐに索敵する・・・すると・・・
そこにはありえない方法で飛んでいるものがいた。
そう・・・シルフィリアは竜に乗っていることを前提に大雑把に探していた。
だがしかし・・・なるほど・・・見つからないわけである・・・
なぜなら、彼は・・・単体で空を飛んでいたのだから・・・
もっと的確に言うなら・・・
魔法の箒の柄にロープで足を括りつけ、縛って・・・まるでスケートボードにでも乗るような格好で・・・
「幻影の白孔雀・・・悪いけど・・・あの船だけは落とさせるわけにはいかないんだ・・・」
そしてそこに乗っていたのは・・・あろうことか・・・
何度も何度も自分と対峙している・・・あの黒い髪の少年だったのだ・・・
※ ※ ※
デッキでなんとか飛ぶ方法を考えていたとき・・・もうこれしか無いと思った。
本当に昔読んだ漫画・・・それにこんな描写があったのだ・・・
ソレは大気に満ちているトラなんとかという物質を利用してするサーフィン・・・
その漫画の主人公はまさしく空を飛んでいた。しかも・・・空でブーメランを使って戦っていた気さえする・・・
ならば・・・と考えた・・・
魔法の箒は空気中の魔力との反発で浮く・・・後は原理は一緒だ。
幸い、スノーボードは孤児院にいた時代の遊び道具として使っていた。というより、孤児院があったのが雪山で板たった一枚で作れてしまうスノーボードはまさに安価で格好の遊び道具だったのだ。
だからそれを魔法の箒に応用した・・・
これで飛べる・・・そう思ったとき、とてつもなく嬉しくなった。
これで俺も・・・役に立てる・・・そう思ったとき・・・
本当に・・・
ただ、当然こんな飛び方は流儀に反する・・・
というより、やった人間の前例がなかったのだろう・・・シルフィリアはかなり唖然とした顔で、まさに狐につままれたような顔をしていた
「悪いけど・・・後、15分前後・・・エーフェが撤退するまでの時間を稼がせてもらう・・・だが、白孔雀・・・君ほどの頭脳があればわかるだろう・・・この戦況・・・もはやエーフェに覆す余裕はない・・・君が来たことで・・・本当に戦況は変わってしまった・・・だから・・・ここで手を引いてくれないか・・・連合の司令官に伝えてくれ・・・エーフェは撤退すると・・・この戦の負けは認めると・・・」
それを聞いて、シルフィリアはほんの数秒目を閉じた・・・
そして・・・
「残念ですが・・・それは認められません・・・」
そう結論付けた。
「なぜ!?」
「私が受けた命令は正しくはこうです・・・『エーフェ皇国戦空艦の中央に位置する敵戦闘指揮艦を強襲し、出来る限り最大の損害を与えよ・・・』」
「そんな・・・」
「つまり、私は何があろうと、その命令に従わなくてはならない・・・最大の損害・・・それはあの戦艦・・・シリウスも含まれます。」
「・・・・・・・・なぜそこまで・・・命令を遂行することにこだわるんだ・・・」
「・・・あなたにはわかりません・・・苦痛と恐怖と・・・そして際限なき虚無感・・・それに耐えられるほど・・・私は強くできてないのです・・・」
「え?」
「いえ・・・なんでもありません・・・交渉は決裂です。」
「・・・そうか・・・わかった・・・」
幻影の白孔雀が何を言ったのかは正直わからなかった・・・
だが・・・ここでもし、彼女が聞き入れず・・・あくまで闘うというのなら・・・
俺は妹を・・・そして・・・自分の居場所を護らなければならない・・・
決意を固め・・・腰から静かに剣を抜く・・・
「エーフェ皇国軍・・・IMM・・・いや・・・ エーフェ最古の貴族にして、最も誇り高き名誉を背にするフィンハオラン家が長男・・・アリエス=フィンハオラン・・・参る!!」
声高らかに宣言をあげ・・・剣を振りかざす・・・
そして箒の後ろを力強く踏み、次に前も踏む・・・スケボーでオーリーと言われる技・・・通常はこれで宙にボードが浮くわけだが。箒でやると・・・
一気に急上昇する。
シルフィリアもそれに続いた。竜の手綱を裁き、急上昇・・・アリエスに付いていく・・・
しかし真後ろではない。真後ろだと、アリエスが動きを止めた瞬間にぶつかってしまうから・・・だからアリエスを中心に円を描く様な軌道で付いていく。
と・・・アリエスがいきなり上昇をやめた
そして・・・空中で2回転半して体を下向きに捻り・・・一気に風を受けて減速する。
向きを調整・・・太陽は丁度真後ろ・・・
アリエスから見ればシルフィリアが逆光になる形・・・
アリエスからはシルフィリアが視えるが、シルフィリアからアリエスは太陽の影に入って見えない・・・
目をしかめたその瞬間をアリエスが斬りつけた・・・だが、間一髪避けられ、また服を切り裂いただけ・・・
小さく舌打ちをして、そのまま全速力で雲の中へと突入する・・・
シルフィリアもソレに習い、すぐに身を翻した・・・
そして・・・
2人は初めてこの時・・・お互いの力を認め合った・・・
自分に初めて傷をつけた・・・この少年・・・只者ではないと・・・
一方のアリエスも・・・タイミング、環境共に完璧だった・・・なのに先程の一撃を避けられた・・・これでわかった・・・やっぱりこの少女・・・自分の数段上を行く実力者
だと・・・
だが・・・同時にアリエスは僅かな楽しさすら覚えた・・・そして2人はほぼ同時に思った・・・
―さぁ、踊ろう・・・最高の戦闘(ダンス)を・・・―
アリエスは雲から抜けた・・・
雲がまわりから一気に無くなった。こんな広場は珍しい。
太陽の位置は右側・・・最初の位置としては互角。
魔道士がこちらに打ち込んできている音がするが、シリウスからかなり距離をとったので、届かない。あるいは風を見ているのか?それともただの脅しか?
後ろからシルフィリアが追いついてきた。
これは黒竜と整備用箒の差・・・考慮済み・・・
すぐに魔法をいくつも撃ってくる・・・が・・・
白い矢の魔法・・・先ほど100%の確率で味方の兵士を撃墜した誘導性の魔法だ・・・
だが、その魔法に対する対策はすでに考えてある。
箒を180度回転させ、シルフィリアと対峙するむきになる・・・
そして、一気に加速・・・彼女に向かって突進した。
当然矢も向きを替えて付いてくる。
そして、彼女にぶつかる直前・・・
一気にオーリーで上昇。ついでに一回転も決めるついでにワン・エイティー(180度回転)・・・シルフィリアはすぐに魔術を止めた・・・あのままでは反応が追いつかず、自分に直撃するから・・・
攻略した・・・
アリエスの顔に笑が溢れ、シルフィリアは苦悶の表情をする。
そして今度はこっちの番・・・
回転を利用して、彼女の背中から斬りつけようとする・・・
が・・・彼女も刀を抜いた。
逆手で持った刀でソレを防御し、同時に手に持った装飾槍の一撃が来る。
危なかった・・・なんというグッドタイミングでの判断。
なんとかかわしたが、このまま上に居たら、魔術が飛んでくる・・・それに箒も失速してこっちが危ない。
我慢して、箒の頭を蹴り、相手の下から回りこもう。
竜ではどうしても意志のある動物故に、操縦者が竜に伝える際の誤差で反応速度が遅れる。なら簡単に速度は落とせないはずだ。
下から近づいていく。
じわじわと射程に入る。
そして剣を握りしめたとき・・・
シルフィリアはまるで木の葉が風に舞うようにスナップした。
それに追随するように、すぐに左へ反転。
彼女はそのまま上昇する。
後を追う。
元々あまり無い魔力をありったけ箒に注ぎこみ、フルスロットル。
同時に体を箒に対して平行にする。
風の抵抗から解放され、一気に加速した。
彼女がしたように真後ろにつかないようにクルクル円を描きながら追随する。
と・・・彼女は時々左右に竜を振った。
どうやら後ろを見ているようだ。
この状況でよくそんなマネができる。
それとも何か秘策が?
チラリと時計を見る・・・
後7分。
なのに満タンだったはずの魔力はもう1/4もない。
こんなことなら、もっともっと魔力の鍛錬をしておけばよかった・・・
こんなに面白い空戦(ダンス)ができるなんて・・・
急に相手が遅くなる。
「まさか!?」
このタイミングでストール(減速)!?
自殺行為だ!!
彼女が宙からまっすぐ堕ちてくる・・・斬撃の射程範囲。
一気に剣を振り抜く。
しかし、当たる直前・・・彼女は手綱を絞って左へ倒れこんだ。
今のは何だ?
トルク・ロール?
否・・・竜の翼に一気に風を当てて、強制的に方向を変えたのだ。
すぐにワン・エイト(スノーボードによる180度の回転技)しておいかける。
だが、もう魔力がない・・・次が最後の攻撃になるだろう・・・
一気に剣を構え・・・そして・・・切り裂こう・・・
そう考えた瞬間だった。
キラリと雲の中に何かが光る。
しまった!
戦っている間にシリウスに近づいてしまったのだ。
シルフィリアも静かに首を振った。
そう・・・彼女からしてみれば・・・
シリウスさえ落とせば戦闘は終わる。
彼女の命令の前提は敵への最大の損害を与えること。
なれば・・・アリエス一人とシリウス・・・どちらが被害が大きいと言えるだろうか・・・
いわば先程の首振りは「せっかく離れていたのに・・・残念でした」の合図。
シルフィリアが手綱を口で握り、片手でアリエスを牽制しつつ・・・・・・左手で杖を構え、空中に魔方陣を出撃させる
『雷霆の咆哮(ライトニング・カリドゥス)』
術が唱えられた・・・
2つの魔方陣が連なる・・・彼女に近い魔方陣から攻撃は発せられた。そして、2つ目の魔方陣を通り抜けたとき・・・魔術が爆発的に加速する。
「やめろ!!!!!」
思うやいなや、アリエスは箒を爆発的に加速させていた・・・
そして・・・
砲撃に前に自ら進み出た・・・
同時に凄まじい痛みが襲った。
残る魔力で防御したのに・・・
体中にこれ以上無いぐらいの痛みが走る・・・眼を閉じていなければ目が潰れる程の閃光と共に・・・
一方のシルフィリアからしてもこれは意外な結末だった・・・
まさか自分から艦砲射撃に勝る程の魔術の中に飛び込むなんて・・・
だが・・・おかげで、魔術は見事にアリエスに直撃・・・シリウスには当たらなかった・・・
すぐに次弾装填の準備を始める・・・
再び術式を中に描き・・・
が!!!
それはあまりにも唐突で対応できなかった・・・
自分が放った光の中から・・・アリエスが一気にこちらに向かって飛び出してきたのだ・・・
剣をまっすぐに構え・・・まるで槍による刺突攻撃のように・・・
防御魔法を・・・駄目だ間に合わない・・・
気がついたときには、腕に激痛が走っていた。
なんとか反射で避けたものの・・・左二の腕の丁度半分ぐらい深さをザックリ斬られた。
ボタボタと血液が止めどなく溢れ出す・・・
だが・・・それを見て・・・アリエスは一人目を見張った・・・
なぜなら流れだしていたのが・・・赤い血液ではなかったから・・・
いや・・・おおまかに言えば赤い・・・だが・・・
彼女の血液は自ら発光していたのだ・・・赤く・・・紅く・・・
「驚きましたね・・・まさか・・・私に太刀を浴びせるなど・・・初めての経験ですよ・・・戦闘において、怪我をするなんて・・・ですが・・・あなたの方ももうボロボロでしょう?」
痛みに顔を歪めながら、シルフィリアはアリエスを見つめる。
そう・・・彼はもう浮いているのがやっとだった。
服はケシスミのようになっていたし、意識も朦朧としていた・・・
「ですが・・・私に傷をつけた・・・やはり・・・あなたはここで殺しておかなくては・・・今後の障害になりそうです・・・」
シルフィリアはそう言うと・・・静かに杖を構える・・・
あ・・・やばい・・・アレが来ると思った・・・
そう・・・あのオーロラ色の魔法・・・
『我話すなり・・・(オルタリティオ・・・)』
静かに一人死を覚悟した・・・
けれど・・・その先の詠唱はなされなかった・・・なぜなら・・・
「ぐっ・・・」
シルフィリアが竜の上で右肩を抑える。
そしてすぐ後ろを振り返ると・・・
2射目が腰の当たりに命中した・・・
また苦痛が走る・・・だが、今度は何が起こったのかはっきり見えた。
デッキだ・・・
シリウスのデッキから矢が放たれたのだ。
放った相手を見たとき、アリエスはぎょっとした。
「リアーネ!!!!」
思わずその名を叫ぶ・・・
「アリエスに・・・手を出さないで!!」
一度彼女に対峙して殺されたかけたトラウマから、声と手が震えていた。
だが、彼女は・・・それでも必死にシルフィリアに向けて3射目の矢をつがえていた・・・
一方のシルフィリアもキレた。
「ATTACK!」
羽根を出して黒竜から飛び立ち、自分の力で宙に浮く・・・そして解放された黒竜は・・・
まっすぐにリアーネの居るデッキへ・・・
「きゃあ!!!!」
そのまま、リアーネの居るデッキへツッコミ・・・
そのままシリウスの一部が爆発する・・・
「リアーネ・・・・」
そんなまさか・・・
死んだ・・・リアーネが?
そんなまさか・・・こんな簡単に・・・嘘だろ・・・
それを考えた時・・・
アリエスの脳内が黒く染まった・・・
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
シルフィリアに向かって一気に突っ込む。
何をしているのかわからなかった。
ただただ無我夢中で思った・・・
―このやろう!!よくもリアーネを!!!ブチ殺してやる!!―
と・・・
体がバラバラになろうとかまわなかった・・・とにかく殺したくて・・・殺したくて・・・
だが・・・そんな感情しか篭っていない、激情の一撃がシルフィリアに通るはずもなく・・・
「がはっ・・・」
一撃で粉砕される・・・
「・・・・・・せめて楽に逝かせてあげます・・・」
シルフィリアはそう言うとまた、杖を構える・・・
いけない・・・あのオーロラの術が来る・・・
そう思ったとき・・・
「お兄ちゃん!!!!!!」
え・・・
聞いたことがある声だった・・・
まさか・・・と自分の前に立ちはだかった人影を見る・・・
栗色の髪のツインテール・・・可愛らしい顔立ち・・・
年齢はまだ10歳に見たないほど・・・
練習用の魔法の箒に練習用の杖・・・
そして、訓練生用のローブに身を包み・・・
目に涙をいっぱいにためながら・・・彼女はそこに浮いていた。
「め・・・メルフィ・・・なんで・・・お前・・・」
そこにいたのは・・・守るべきはずの・・・末っ子の妹だった。
「お兄ちゃんをいじめないで!!!あなた!!強いんでしょ!!強い人は弱い者いじめなんてしちゃいけないんだよ!!!」
シルフィリアに向かってこれ以上無い子ども理論を大真面目でぶつける。
「何してんだ!!逃げろ!!!」
「逃げないもん!!私がお兄ちゃんを助けるんだもん!!私・・・お兄ちゃんが死んじゃうなんて!!絶対に嫌だ!!!」
「バカ!!なにいってんだ!!この状況で!!!お前まで殺されるぞ!!!」
「うるさい!!!私が絶対に護るの!!!」
ガタガタガタガタ震えながら、箒にまたがった見習い魔法少女は目の前に世界最強の魔導師に杖を突きつける。
「あっちいけ!!おまえなんて大っきらい!!どっか行っちゃえバカ!!!」
浴びせられる罵詈雑言・・・
対しシルフィリアは静かにそれを見つめていた。
メルフィンは・・・ついに魔術を放った・・・
『炎よ(ファイア)!』
小さな見習い用の炎の魔術・・・あれじゃ、マッチを投げつけるに等しい・・・案の定簡単に避けられる。
だがメルフィンはそれでも何度も何度も同じ魔術を打ち続けた。唯一使える魔術を・・・
20回を撃ったところで、アリエスが後ろからメルフィンを抱きしめる。
「ありがとう・・・メルフィン・・・もういい・・・もういいから・・・」
涙を流すアリエス・・・それが何の涙だったのかはわからない・・・ただ・・・多分うれし泣きだったのだと思う・・・
「白孔雀・・・俺だけ殺してくれ・・・でもメルフィンには手を出すな!もしこの子を殺してみろ!一生呪ってやる!悪魔になっても・・・地獄に落ちても・・・お前を呪ってやる!!」
それを聞いて・・・
シルフィリアは静かに目を閉じた・・・
そして・・・
ピュィと指笛を鳴らす・・・
すると、今までシリウスを半壊させていた黒竜がシルフィリアの元へと舞い戻った。
そして耳に手を当て・・・
「Amulet・・・the mission was complete・・・I back to the ANDROMEDA・・・」
短い通信をして・・・そして・・・
竜の背にまたがり・・・静かに空高く舞い上がって・・・自らの艦隊の方へともどっていった。
その様子を見て、アリエスとメルフィンは顔を見合わせる。
「助けて・・・くれたの?」
メルフィンの言葉にアリエスは「みたい・・・だね・・・」と続けた・・・
やがて・・・遠くに金色の装飾が付いた船が近づいてくるのが見えた・・・
王族専用船・・・スピカである。
『アリエス!!』
全周域放送で名前を呼ばれた。シェリー様の声だった。
『時間を稼いでくれたおかげで・・・IMMは全員こちらに乗り移ったわ・・・現在は、子供を優先させて搭乗させてる・・・後残るはキャスリーンに残された兵士だけよ。さぁ・・・帰りましょう。お疲れ様・・・』
『・・・・リアーネが・・・』
『大丈夫よ・・・重傷ではあるけど・・・なんとか生きてるわ・・・』
―え?―
ソレを聞いて・・・涙があふれる。
『馬鹿者・・・後ろで私が控えているのを忘れたか?』
さらに姉の声。
その声が聞けたとき・・・本当に心の底から安堵した・・・
終わったんだ・・・
何もかもが・・・
そして・・・生き残った・・・
まだ生きてる・・・
そんな些細でも大きな感動でまた涙があふれた・・・
そして、2人は静かに王族専用船 スピカ へと向けて飛ぶ・・・だがしかし・・・
この時・・・アリエスは自分たちの後ろを警戒していなかった・・・
そしてシェリルも・・・IMMの全員も・・・
アリエス達だけを見て・・・
そちらの方向は一切警戒していなかったのだ・・・
『撃て・・・』
別の全周波放送で聞こえたその声は・・・間違いなく・・・
あのゴミのような女王の声だった・・・
と・・・同時に・・・
いくつもの魔砲が・・・艦砲射撃が・・・シリウスに降り注いだ・・・
誰もが驚く・・・誰もが何が起きたのかわからなかった。
だが・・・その攻撃で・・・
シリウスが大爆発した・・・
爆風で吹き飛ばされ、地表に落下する中で・・・アリエスに空の上の声が聞こえた。
『キャスリーン!!あなた!!なんてことを!!!』
『あ〜ら・・・なんのことかしら・・・』
『惚けないで!!自分が先に逃げた情報を隠すために・・・乗員をシリウスごと沈めるなんて!!』
『違うわー・・・私はただ、そこに敵の竜騎士が居たから撃ったの・・・でも、もう確認なんてできないわよね〜・・・だってシリウス毎第爆発したんだもの!!アハハッ!!』
『キャスリーーーン!!』
もはやスピカしか残っていないはずの空に・・・もう一隻の船が登場した・・・
アレは確か・・・建造中だったはずの・・・エーフェ皇国新造戦闘艦・・・アンタレス・・・
空の上ではまだ壮絶な言い合いが続いていた。
だけど・・・アリエスは・・・そんなことはどうでもよかった・・・
ただひどく眠くて・・・もう飛ぶ力も残ってなくって・・・
メルフィンがなんとか飛んでくれて・・・
そして地面に到達した時・・・
そこはやけに冷たかった・・・
地獄かとも思ったが・・・違った・・・
雪山だ・・・
「メルフィ・・・大丈夫か?」
アリエスの声にメルフィンははぁはぁと肩で息をしながら顔を真赤にしていた
「だ・・・だいじょうぶだよ・・・おにいちゃ・・・」
そしてそのまま・・・地面にバタンと倒れ込んだ・・・
「めるふぃ・・・メルフィン・・・」
慌てて駆け寄る・・・すごい熱だった・・・おそらく慣れない高度何千メートルという環境が祟ったのだろう・・・
とにかく・・・なんとかしなきゃ・・・
・・・・・・
味方に撃たれて雪山に堕ちる・・・
それがアリエス達のこの戦いの終わり方だった。
味方戦艦損害21隻・・・敵戦艦損害同数・・・
戦闘員・・・敵味方合わせて殉職者86万7821人、行方不明者35万7208人・・・
こうして・・・皇国と連合の間で起こった最大規模の戦闘・・・
後にこの戦争が、蒼穹戦争と呼ばれる所以(ゆえん)となる戦いは・・・
互いに多大なる損害と遺族を出して・・・集結したのであった。
R.N.Cメンバーの作品に戻る