夢と絶望と吹雪の一夜
著者:shauna


 外は猛吹雪が吹き荒れていた・・・

 室内ではたった一つの小さなランプがキィ・・・キィ・・・と耳障りな音を鳴らしながら隙間風に揺れる・・・

 そこは夜の山小屋だった・・・
 暫く使われていなかったためか、妙に埃っぽい。

 そんな中で・・・アリエスは濡れた軍服のせいで氷の塊を押し付けられているかのような酷い寒さすら忘れて、暗闇に紛れ、鞘滑りの音が聞こえないように慎重に剣を抜刀しながら、物陰に隠れていた。
 そして、そっと、入り口の方を見る・・・


 そこにいたのは・・・間違いなく・・・幻影の白孔雀・・・


 奥にはメルフィンも寝てるというのに・・・なぜ、こんなことに・・・





   ※        ※        ※





 問題だったのは、まず全身の痛みだった。

 魔力が切れ、さらに高高度から落とされたということもあって、全身が軋むように痛んだ。
 次に問題なのは、となりには意識を失い、高熱に苦しむメルフィンがいた事・・・

 魔力切れだから免疫力が大幅に落ちたのだろう・・・ 
 そして・・・一番の問題は・・・

 ここが樹海のさらに奥にある雪山だったことである。
 
 天剣ファフナー山・・・その名のとおり、エーフェの進行を拒むかの如く、まるで巨人の如くそびえ立つ巨大な山脈である。

 山頂までの高さは9200m。おそらく、先程、飛んでいた高度も考えると、今居るのはその中腹なのだろうが、この山はその特徴的な形故に年中気圧が低く、低気圧の墓場なんて呼ばれてたりもして、一年を通して雪を称える雪山だった。


 そして・・


 そんな中に落ちたため・・・

 当然ながら問題なのは・・・全身が雪で濡れてしまったことだった。
 全身に氷の塊を押し付けられているかのような冷たさ・・・
 そして、それはおそらくメルフィンも同じ・・・あの、可愛らしいドレスのような制服も今はきっと雪を吸い、とてつもなく冷たくなっているはず・・・

 さらに、悪いことに空からは深々と雪が降っている・・・風も出てきた・・・おそらくこのままだと吹雪になるのだろう・・・


 国境に近いとはいえ、ここは敵国のド真ん中。


 そんな状況で軍服を来た自分が大声で助けを呼ぶわけにもいかない・・・
 いや・・・自分だけならまだいい・・・近くにはメルフィンも居る・・・

  となれば、エーフェの黒狼としてある程度名の通った自分が見つかれば当然、妹も捕縛され捕虜とされるだろう・・・なにせ、エーフェ最古の貴族の実の娘だ。いくらでも取引材料にはできる。


 「・・・どこか・・・避難できる場所・・・」


 痛む体を必死に起こして、アリエスは周りを見回す。別に民家があってほしいわけじゃない・・・洞窟でもいい・・・とにかく、なんとか雪を凌げる場所・・・
 
 だが・・・周りに見えるのは全て雪・・・雪・・・雪・・・
 そこは大規模な雪原だった・・・


 しかし、僅かながら救いもあった・・・


 遠くに何やら灯りが見える・・・


 「・・・行ってみよう・・・」


 寒い中、アリエスは自分の軍服の上着を脱ぎ捨てて、それをメルフィンに羽織らせる。
 そして、そのメルフィンをおぶって、静かに灯りの方へと近づいていった。

 意識が朦朧とした・・・
 
 とてつもなく寒いし、眠たい・・・

 でも寝たら間違いなくもう二度と目覚めることはできないだろう・・・

 それぐらいわかっていた。

 降りだした雪で視界が悪い中をメルフィンをおぶって一歩一歩歩く。

 途中、何度も雪に足を取られ、滑った。それでも転ぶときはメルフィンに負担をかけないように前かがみに転んだ。


 「寒い・・・」


 メルフィンがそうつぶやいたので、今度はズボンの裾を破いて彼女の足を覆った。

 貴族院の初等部女子制服は、膝下10cmのプリーツスカートに少しだけかかとのあるフォーマルな女の子用革靴・・・いかに靴下を履いているとはいえ、寒いに決まっている・・・
 そして、やっと、灯りの方へ近づいたと思えば・・・

 それは残党狩りをしている敵兵であり・・・

 ひっそりと逃げてはまた、灯りを見つけ、そしてまた残党狩りに出会い、こっそり逃げる。
 


 そんなことを数時間繰り返しているうちに・・・


 酷く焦燥感と疲労感に襲われ、頭がおかしくなる寸前・・・



 日はすっかり沈んで、暗くなり、雪が吹雪に変わったそのころ・・・





 アリエスはやっと見つけた・・・

 それは灯りの点ってない小さな山小屋だった。おそらく秋に使われる狩猟小屋なのだろう・・・中に人気は無く、鍵もすんなり開いた。
 おそらく遭難などの際に使用できるよう鍵を外してあるのだろう・・・有事の際に使用できないのでは山小屋としての価値はないに等しい。
 真っ暗な中、入り口付近の壁にメルフィンの背中を寄りかからせて座らせるように下ろし、小屋の中を見つめ、目が慣れるのを待ってその構造を確認した。。
 この小屋は主に3つの部屋から成っていた。

 1つ目は、入ってすぐにリビング、キッチン、ダイニングを兼ね備えた小さな暖炉のある広さ10畳ほどの部屋。
 その部屋から奥に進むと4畳半の部屋にシングルベッドと小さなストーブのある一室。
 そしてもう一部屋は物置とトイレが壁で仕切られて設置された部屋。

 とにかくその小屋の中でアリエスは使えそうなものを集める。

 家探しを初めて10分・・・

 見つかったのは3本だけ入ったマッチ箱、ひとり用の毛布、古びたランプ、そして、ランプとストーブに入れて半日ぐらいは持つ程度の油。


 ほんのこれだけ・・・

 しかしながら、贅沢は言えない・・・ともかくメルフィンを・・・

 マッチを折らないよう注意しながらマッチを擦り・・・それでも失敗して一本折ってしまったが、二本目でようやくランプに火をつける。そして最後のマッチでストーブに火を入れ、埃だらけのベッドを一生懸命払って、自分のワイシャツを脱ぎ、自分のワイシャツを脱いでシーツ替わりにしてメルフィンを寝かせ、一枚しか無い毛布をかける・・・

 そして自分はメルフィンにかけていた制服を着こみ、普段は締めない首のホックまで閉めて必死に寒さをしのいだ。
 後はできれば暖炉に火を入れたいところなのだが、この大雪では湿ってない薪なんてあるはずもなく、ましてやたった一本の古びたマッチで火なんて起こせるわけがない・・・それこそ、新聞紙すら無いのだ。確かに薪に油をかければ燃えるかもしれないが、そんなことをしたらランプかストーブの油が足りなくなる。
 
 まさに極限状態だった。

 メルフィンは未だ具合悪そうに呻いていたが、それでも先程よりは少しはマシなようで。寒さもある程度しのげている様子だった・・・
 小さくても火があると落ちつくし、わずかではあるが暖かかった・・・

 山小屋は秋用ということもあり、隙間風の吹きこみもわずかだった。それに部屋が狭いということもあって、それほど大きな火でなくとも室温を10度程度に保つことができる。

 寒いかもしれないが、氷点下の外に比べれば天国。

 外は相変わらず吹雪いていて、小屋をキシキシとすごい音できしませていた。

 そして、雪山を歩きまわっていたこともあり、また冷えた体が僅かなりに温もりを感じているのだ・・・
 自然と瞼(まぶた)がとてつもない重さへと変化し、頭が一気に重くなる。

 この室温なら凍死することはないだろうが、それでも脳内が万力で絞めつけられるように痛いのは我慢できず・・・それが過ぎると、何も考えられなくなって、意識がふわふわ、目がトロトロと蕩けそうになっていた・・・
 そして・・・自然と意識は夢の中へ・・・


 本人も気がつかない時計の針が11時を告げた頃、アリエスは深い眠りへと堕ちて行ったのであった・・・








     ※            ※           ※







 意識が再び戻ってきたのはそれから僅かに3時間後のことだった。
 

 きっかけは音・・・



 トントンッ・・・と・・・



 吹雪の夜だというのに・・・誰かが訪ねてきたような・・・ドアを叩く音・・・


 ほわほわと漂うような意識を無理矢理覚醒させ、アリエスは小さなベッドルームを出て、広間の方に出て・・・
 慌てて物置の方に隠れた。


 そう・・・そこにいたのは・・・

 幻影の白孔雀・・・



 山小屋は冬季の遭難者が利用出来るように鍵がかからない構造になっている。

 だが、今はそれが恨めしかった・・・
 そのせいで彼女は普通に小屋に入ってきた・・・


 ・・・・・・・・・


 いや違う!!


 おそらく彼女は小屋に灯るランプの灯りを見て、調査に来たのだろう。


 敵国の兵士がこんなところに居る理由・・・
 そんなのは決まっている。


 残党狩りだ。


 あの空の戦闘で生き残った敵国の兵士を捕虜にし、場合によっては殺すために。


 そして、今この小屋に居るのは、エーフェの大貴族。フィンハオラン家の息女と息子・・・



 格好の取引材料・・・


 捕虜としての価値も十分高いし・・・

 なにより心配なのはメルフィンと一緒ということ・・・
 若い女の子・・・しかも敵国の・・・
 

 シロンと同い年の妹が・・・


 つまり辿る末路はたくさんあるものの、どれも幸福とは言えないものばかりだった・・・
 場合によっては、一人の女の子のとして一生残る心の傷を負うことにもなるだろう・・・


 いや・・・もっと酷ければ、貧民窟の娼館にでも売り飛ばされて・・・
 ともかく、どうにかしなければ・・・


 しかし・・・


 落ちた衝撃でアリエスは武器のようなものは何も持ってなかった。
 対し、彼女は腰には刀こそ差してないものの、手にはあの純白の長い装飾槍と、大きく重厚そうな綺麗なトランクを持って入ってきた・・・

 対抗手段がなさ過ぎる・・・


 できればメルフィンを連れていますぐ出ていきたいが、彼女を連れ出すには、白孔雀の居る広間を通らなければ寝室にはいけない・・・
 現状で2人とも捕虜とならず、殺されもせずに、エーフェに帰る術はたったひとつ・・・幻影の白孔雀を殺すか・・・それとも幻影の白孔雀が探索を辞めて返ってくれるか・・・

 前者は現在の装備からして望み薄。後者もわざわざ調査に来て突然踵を返すという意味で望み薄。



 なら、どうすべきか・・・


 再び暗闇に慣れてきた目を凝らして物置の中を探す・・・


 と・・・


 アリエスはとあるモノを見つけた。

 それは一本の木の棒。
 おそらく物干し竿かなにかに使われるものであろう・・・

 もはや朽ち果てる寸前だったが、それでも無いよりはマシ・・・ささくれの多いそれを手に取り、アリエスは静かに構えた。そして・・・物置の戸影から幻影の白孔雀を見つめる。
 入ってきた彼女はひと通り広間を見回すと、持っていた大きなトランクを入口の傍に置き、槍を持ったまま中に入ってくる・・・そして、コートを静かにその場に落とした。おそらくこの吹雪だ。濡れたのだろう。見慣れたあの黒いローブを着たゴシックロリータなあの服で、広間をうろつき、人が居ないことを確認する。


 そして、まず彼女が調査に訪れたのは・・・・









 アリエスが隠れていた物置だった・・・




 一気に冷や汗がこみ上げる。



 どうする!?入ってきた瞬間に殺すか!?それしか方法はない・・・

 彼女がドアを開け入ってきた瞬間に殴る・・・
 もちろん、そんな奇襲みたいな方法を使えば騎士道武士道両方に逆らうことになり、フィンハオラン家の家系図からは抹消されるだろう・・・

 だが・・・


 それしか・・・方法は・・・

 メルフィンを助けるには・・・それしか・・・方法が・・・

 彼女がこっちに来るのを確認して、静かに入り口の影に隠れて棒を大きく振りかざす・・・



 しかし・・・





 ドタンッ!!




 大きく響いたその音と共に、白孔雀の視線は隣のベッドルームへと移る。

 つま先の方向を変え、何食わぬ顔でベッドルームの方へと歩む彼女。




 その中でアリエスは・・・おそらく人生で最も頭を働かせた。
 おそらく先程の音は・・・あの小さなベッドからメルフィンが転げ落ちた音だろう。
 病気の女の子・・・マッチを投げるけるような魔法しか知らない8歳の少女。

 しかも、最悪なのは彼女がメルフィンを敵国の人間だということを知っていることだ。
 なぜなら、一度、空の戦場で敵として対峙しているから・・・

 しかも今、メルフィンは体調を激しく崩している。
 逃げることすらかなわず捕虜への道をたどるしか無い・・・
 いや・・・白孔雀のことだ・・・きっと、少しでも抵抗すれば殺されるだろう・・・



 アリエスが焦っていることなど気にも止めず、白孔雀は隣の寝室へと入っていった・・・





 そして・・・


 さんざん考えた挙句・・・
 アリエスは決めた・・・白孔雀を後ろから殴り殺すしか無い・・・と・・・


 彼女が寝室に入ったのを確認して、静かに部屋の中を確認する・・・
 そして彼女の姿を確認して・・・ゾッとした・・・


 白孔雀が・・・メルフィンの首に・・・左手の指をかけていたから・・・


 気がついた時には体が動いていた。


 棒を振りかざし・・・


 構えは上段・・・


 全てが全て・・・練習通り・・・
 パニックになっていた・・・でも・・・体は自暴自棄にならず、基本を忘れなかった・・・

 そう育てられたから・・・そう教え込まれたから・・・
 振りかぶった棒はそのまま幻影の白孔雀の脳天を捉えていた・・・

 そして、棒と彼女の頭を触れ合う直前・・・
 完全に殺し、もはや空気と同化できるレベルだったアリエスの気配を察して・・・彼女は振り向こうとし、同時に襲われている事に関する恐怖と・・・諦めの顔を浮かべる・・・


 ゴメン・・・でも・・・


 心のなかで謝りながらアリエスは必死に棒を振りかぶっていた。



 そして・・・


 棒は見事彼女の脳天へと振り降りた・・・
 人を殺せる完璧な角度で・・・人を殺せる完璧な速度で・・・人を殺せる完璧な威力を持って・・・


 だが・・・


 彼女の頭に当たると同時に・・・棒は勢い良くバラバラになった。


 そう・・・腐っていたのだ・・・


 腐って脆くなった棒・・・それはアリエスの力に耐えられず・・・白孔雀の頭を割る前に、折れたのだ・・・いや・・・分解したと言ってもいいかもしれない・・・

 と、同時にアリエスが感じたのは・・・


 死・・・

 唯一の武器を失い・・・目の前の幻影の白孔雀と対峙する・・・その無謀さは今まで4度・・・彼女と対峙してきてよくわかっていた。

 いっそ泣いて助けを乞うてみようか・・・「お願いです!妹と俺を助けてください!!見逃してください!!」と・・・
 今となっては最初からそうしていた方がよかったかもしれない・・・

 腐った棒で殴り殺そうとするよりもよっぽど勝算があっただろう・・・最も・・・
 棒が折れるなんて・・・そんなことは予測すらしていなかったのだけれど・・・


 来るべき彼女からの反撃を待ち、アリエスは目を閉じた・・・
 よみがえる走馬灯のような過去・・・

 彼女を殴って・・・失敗して・・・まだ僅か数秒もたたないというのに・・・一気に駆け巡る・・・

 14歳のIMMの入隊・・・
 10歳のフィンハオラン家への養子入り・・・
 シロンとの出会い・・・
 
 やがて・・・
 その前の・・・

 8歳の時のイヌのような生活・・・
 宿屋のゴミ箱を漁り、捨てられた食べ物から湧いた虫を払い落として噛み砕く生活・・・
 道に迷ったいい子を装い、道行く人から財布を盗んだ生活・・・
 道行く人から ゴミ 人間以下 ウジ虫 と罵られ、殴られ蹴られした生活・・・


 そしてその前の・・・
 金色のポニーテールに・・・白いワンピースの少女・・・
 そしてその更に前の・・・
 幸せでも不幸せでもなかった・・・孤児院の・・・



 もういいんじゃないか・・・



 シロン・・・もう一度会いたい・・・だけど・・・



 もういいんじゃないか・・・



 あぁ・・・



 初めて諦めた・・・生きることを・・・



 そして待つ・・・彼女が殺してくれるのを・・・



 だが・・・

 いくらたっても、彼女から与えられる痛みはなかった・・・
 なんだろう・・・もしかしたらあの緑色の閃光の魔法か?



 もう死んだのだろうか・・・痛みもなく・・・



 そう思って・・・



 静かに・・・しかしゆっくりと目を開く・・・



 すると・・・



 目の前の光景に、アリエスは目を疑った・・・



 あの幻影の白孔雀が・・・



 頭を抱えて痛がっていたのだ・・・

 それこそ、普通の女の子が上から黒板消しでも落とされたように・・・ちょっとだけ涙を浮かべて、頬を紅くして・・・泣き出しそうな顔で・・・


 ・・・・・・・・


 今考えれば、この時、メルフィンを連れて逃げる手段だってあった・・・
 だけど・・・

 それ以前に、アリエスは見惚れてしまっていた。
 目の前の少女のあまりの可愛さに・・・いつもは無表情な戦争マシンの彼女の・・・以外すぎる表情に・・・

 「あ・・・えっと・・・ごめん・・・大丈夫?」

 悩んだ末に一番最初に出た言葉がそれだった。
 自分で殴った相手にそんな言葉を言うのはどうかと思ったが・・・それでも・・・他に言うべき言葉は見当たらなかった・・・
 彼女は静かに頭を撫で・・・床に取り落とした白い装飾槍を手に取り・・・『回復(アールフェ)・・・』と呪文を唱える。

 すると、どうやら痛みは引いたようで、まだ頭を撫でてはいたが、それでもゆっくりと立ち上がった・・・

 そして・・・

 なんともいえないやる気のないというか・・・敵意の無い表情でこちらを振り返る。

 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」

 当然、お互いに言葉なんて出ない・・・

 「あっと・・・えっと・・・」

 先に喋ったのはアリエスだった。

 「その・・・殴っちゃってアレなんだけど・・・俺のこと・・・わかる?」

 白孔雀が頷く。

 「じゃあ・・・えっと・・・敵国の・・・しかもエースにこんなお願いするのは明らかにおかしいと思うんだけど・・・その・・・お願いします!見逃してください!!」

 思いっきり頭を下げる・・・

 「俺はいいんだけど・・・妹だけは・・・その・・・女の子だし・・・捕虜の扱いとか・・・そんなのはあまりにも可哀想だし・・・それに彼女は軍人じゃない・・・ただの学生なんだ・・・って・・・そんな事行ったら、民間人だからより捕虜にしやすいじゃないか・・・ましてや貴族の娘だからより人質にしやすいじゃ・・・・あぁもう!!とにかく!!!!お願い!!見逃して!!!!代わりに俺の事を好きにしていい!!だから、お願い!!彼女だけはどうか!!」

 必死の懇願に、目の前の白孔雀は半分キョトンと・・・半分また痛そうに頭を撫でる。

 「あぁ・・・えっと・・・その・・・じゃあ!そういうことだから!!!」

 これはチャンスかもしれない・・・おそらく神様が与えてくれた最後の!!
 そう思ったアリエスは急いでメルフィンを打き抱え、荷物を持って、そのまま外でと飛び出そうとする・・・
 急いで、脱いでいたワイシャツを着て、服を整え、メルフィンには毛布を巻いて、おぶって、そのまま外へ・・・
 それこそ奇跡的な速さでその行為を行った。
 
 ドアを開けると、外は先程にも増して猛吹雪だった・・・
 死ぬ程寒いし、視界など無いにも等しい・・・
 それでも、幻影の白孔雀と一緒に居るよりはよっぽど安全だというのだから不思議・・・
 何がおかしいのか少し笑ってしまった・・・あまりの寒さに精神が崩壊しかけていたのかもしれない・・・

 そして、外に踏み出して一歩・・・
 いきなり雪に足を取られて転んだ・・・せっかく乾かした服がグショグショになった・・・
 それだけじゃない・・・どうやら足首も捻ったらしい・・・

 痛くて寒くて・・・眠くて・・・壊れそうで・・・
 だけれども、アリエスは涙を見せないで必死に歩き出そうと立ち上がった・・・
 せめてメルフィンだけでも助ける為に・・・その為だけに・・・

 
 そう考えたところだった・・・



 「あ・・・あの・・・」

 

 弱々しい・・・だけれどもガラスの鈴にように美しい声が聞こえてきたのは・・・
 振り返ると、ランタンを持った白孔雀が戸口のところに立っていた。

 殺される!!

 そう思って足を早めようとしたが・・・痛みと深い雪と向かい風で足は思うように動いてくれない・・・

 だけどだけど・・・


 「逃げるのはいいのですが・・・そのままだと、その子死にますよ?」


 ・・・・・・
 え・・・・・・?

 白孔雀の放った一言にアリエスは体を凍らせた・・・

 


 今なんて言った?



 死ぬ?メルフィンが?



 そんな・・・馬鹿な・・・

 

 「嘘だと思うなら教えましょう。その子の症状。大きく分けて3つです。1つ目は風邪・・・これはおそらく、長い間薄着でこの雪山を歩きまわったせいでしょう・・・2つ目は魔力の使い過ぎ・・・制御できない程の魔力を使ったので、体がオーバーロード状態になってます。そして3つ目・・・これが一番深刻なのですが・・・高山病です。高高度で魔力という唯一自分を守れる鎧を失ったので、酸素の供給ができずにそのまま・・・放っておけば、脳浮腫や肺水腫になります・・・それもこの吹雪の中を連れ回せば確実に・・・」

 ・・・・・・

 「加えて言えば、この山には今、アリティア帝国の軍人がそこら中で残党狩りをしています。この吹雪ではおそらく別の山小屋に避難してると思いますが・・・もし、そこに出くわしてしまったら・・・」


 間違いなく殺されるか捕虜だろう・・・


 「安心してください・・・私は残党狩りが任務ではありません。私の仕事は空の戦闘での被害状況の調査です。味方がどれだけ損害を受け、敵にどれだけの損害を与えたか・・・それを調べてこい・・・と言われたにすぎません・・・だから、いm」
 「治せる・・・のか?」

 白孔雀の言葉を遮って、アリエスが告げる。

 「え?」
 「メルフィンを・・・助けられるのか?」

 絶望に垂れた・・・たった一本の糸に縋るような目で白孔雀を見つめながら、アリエスは問いかける・・・対し、白孔雀は・・・



 静かに頷いた。


 「薬草も僅かに持ってきましたし・・・薬を飲ませて・・・後は彼女に合わせて私の魔力をチューニングして分け与えれば・・・おそらくは助かるとおもいますが・・・」

 ソレを聞いたとたん・・・アリエスが次にする行動は決まっていた・・・
 彼女の足元にすがり・・・我慢していた涙を全部流して・・・彼女のスカートをつかみながら必死に・・・


 「頼む!!!お願いだ!!!!助けてくれ!!!たった一人の・・・代わりの効かない!!!死なせたくない!!!たった一人の・・・妹なんだ!!」

 たった一人・・・というと語弊がある・・・なぜなら、メルフィンの上にはエメラルという姉がいるから・・・
 でもそんなことは関係なかった。メルフィンはたった一人だ。エメラルにメルフィンの代わりはできないし、その逆もしかり・・・


 だから・・・


 「なんでもする!!命だろうが、金だろうが!!なんでもやる!!一生あんたの奴隷になったって!!俺は構わない!!だから、メルフィンを助けてくれ!!生きたまま、自由の身で!!親のところに返してやりたいんだ!!」


 男泣きしながら、目から涙をボロボロこぼして・・・
 何も食べてない胃袋から胃液がポタポタ口を伝って雪の上に堕ちる程に・・・それ程に・・・


 死ぬほどに懇願した・・・


 「・・・・・・とりあえず中へ・・・」


 それが彼女の返事だった。





   ※           ※          ※





 白孔雀はまず、中に入ると、暖炉に火を灯した・・・
 アリエスにはできなかったが、彼女はアリエスがかき集めた湿った薪を暖炉に無造作に突っ込み、手のひらに小さな青い炎の球を出現させたかと思うと、それをフゥ・・・っと優しく吹き・・・その球を暖炉に放り込む・・・すると、たちまちパチパチと小さかった火が巨大になり、暖炉を煌々とした灯りで照らしたのだった。
 魔術・・・一般人には使えない技術・・・選ばれた人間しか使いこなせない技術・・・それはかくも、便利なものなのかが思い知らされる。



 そして・・・次にあろうことか、メルフィンの服を脱がせ始めた・・・慌てて後ろを向いたので、ここからは音声だけの判断だが、どうやら彼女はメルフィンの服を乾かしたらしい・・・そして、再びその服を着せると、ベッドに彼女を連れていき、自分が着ていた外套とローブを脱いで、彼女にかけて先程までの薄い毛布一枚よりずっとずっと暖かそうな状態にする。

 次に、持っていた自前のランタンの油を全部、古びたストーブに移し替え、その出力を全開にする。そしてそのストーブの上でこれもまた、自分が持っていた薬缶でお湯を沸かし、自分のトランクから取り出した数種類の薬草を煎じて、小さな布の袋に入れ、その中に入れて薬湯を作り・・・自前のマグカップに入れて、メルフィンに飲ませる・・・

 と、同時に彼女の鼻から上を自分の腕に巻いた包帯でグルグルと巻いていった。


 もちろん、なぜ、そんなものを彼女が巻いていたのか・・・その理由をアリエスは知っている・・・なにしろ、空の戦いで自分が斬りつけた傷だ・・・忘れるわけがない・・・
 しかし、なぜ彼女の視界を奪うようなマネをするのか・・・聞いてみると、「もうすぐ、薬湯の効果で一時的に目を醒ますはずです・・・その時、私が傍に居ることでパニックになったら困るでしょう?」と言われて納得した。


 そして、彼女の言ったとおり・・・メルフィンはその後、すぐに小さなうめき声をあげて覚醒した・・・
 うれしさがこみ上げ、今度はうれし泣きをしそうなアリエスに白孔雀はその袖を引張り、口パクで問いかける。


 ―読唇術の心得は?―


 アリエスは頷いた。


 ―視界を奪われていることで、おそらく不安でしょうから、教えてあげてください・・・まずは、自分がそばにいること・・・後、ここからは嘘になりますが・・・ここは人の居る街なこと・・・次に、今私は医者で、診察してもらったこと・・・今は目が凍傷になりかけてるから包帯をしてるけど、明日の朝には綺麗に治っているということ・・・後は・・・なんでもいいですから。彼女が安心出来るように・・・―


 指示に従う。


 「メルフィン・・・」
 「おに・・・い・・・ちゃん?」
 「安心しろ・・・さっき、小さな村を見つけた・・・今、お前が居るのは病院だ・・・先生が治療してくれたぞ・・・もう少し治療はしなきゃだけど、大丈夫。元気になれる。それと、今、メルの目はちょっとだけ寒い空気のせいで怪我をしちゃったんだ・・・だから、包帯をしてるけど・・・大丈夫。明日の朝には見えるようになるよ。元気になったら一緒に・・・母さん達のところに帰ろう・・・」
 「う・・・ん・・・」
 「さ・・・元気になるにはもう少し寝なさい・・・」
 「わかっ・・・た・・・おやすみ・・・おにい・・・ちゃん・・・後、お医者さん・・・ありが・・・とう・・・」


 そうつぶやき・・・メルフィンは再び夢の世界へと旅立っていった・・・
 白孔雀の方を「これでいい?」的な視線で見つめると、彼女は満足そうに頷く。
 そして、メルフィンの手に静かに自分の手を重ね・・・


 そっと眼を閉じる・・・


 何が起きているのかはわかった・・・魔力の供給だ・・・
 自分の魔力を他人に波長を合わせて提供する。とてつもなく難しく、一流の魔法医ですらできる人物は少ないのだが・・・幻影の白孔雀相手に、できるかどうかの心配など不要だった・・・

 ・・・何も出来ない不甲斐なさを味わいつつ・・・部屋から出て暖炉の傍に居ると・・・

 しばらくして彼女が出てきた・・・



 そして、そのまま彼の前を通過し・・・自分のトランクを持って暖炉の前に来る・・・



 「ありがとう・・・」



 アリエスの言葉に白孔雀は特に反応しなかった。



 「本当にありがとう・・・助かった・・・えっと・・・君がいなかったら・・・ほんと・・・きっと、2人で死んでたと思う・・・だから・・・本当にありがとう・・・って・・・ソレしか言ってないな・・・でも・・・ありがとう・・・約束通り、なんでも言いつけてくれてイイ・・・奴隷でもなんでも・・・殺してもイイ・・・それだけ・・・俺は・・・感謝してる・・・ありがとう・・・」



 拙い言葉・・・でも誠意のある言葉で彼女への礼を表す・・・
 対し彼女は・・・


 「お腹・・・」
 「え?」
 「空きませんか?お腹・・・」


 そう問いかけてきた・・・
 言われてみればペコペコだった・・・
 なにしろ、軽く20時間ぐらいなにも胃に入れてないのだ。


 「実は・・・かなり・・・」
 

 そう言うと・・・彼女はトランクの何やら銀色の包装紙に包まれたレトルトカレーのパックみたいなものをアリエスに渡す。一緒にスプーンも・・・


 「食べて・・・いいの?」


 アリエスが問いかけると、白孔雀は静かに首肯した。


 「ありがとう!」


 嬉しくなって、封を開ける。中はなにやら白いドロドロしたものだった。牛乳で炊き込んだおかゆを放置したって感じ・・・
 そして、一口食べると・・・




 そのあまりの不味さにむせ返った。
 なんというか・・・腐ってるわけではない・・・だが、甘くもなく辛くも無く・・・グチャグチャと食感にも乏しい・・・これはひどい・・・
 味は・・・そう・・・ハーブで歯磨きしたような味とでも言えばいいのだろうか・・・ついでに臭いもなんか酷い・・・


 だけれど、もらった物・・・
 なんとか二口目・・・三口目と食べ進める・・・


 と・・・


 ソレを見ていた白孔雀は意外と言うか驚いた表情でこちらを見つめていた・・・



 「・・・どうしたの?」
 「いえ・・・」
 「?」


 「よく食べられるなぁ・・・と・・・」


 ソレを聞いて、アリエスの顔が青くなった・・・

 
 「何!?やっぱり、なにか食べちゃいけないものだったの!?それとも、敵国の軍人からの施しって意味で!?」
 「いえ・・・そうではなく・・・」
 「じゃ・・・じゃあ何?」
 「・・・・・・相当不味いですよ・・・それ・・・」
 

 ・・・・・・


 「・・・・・・なんなのこれ・・・」
 「アリティア帝国で、雪山などの極地用として作られた携帯食料です。どんな温度でも凍らず、栄養価も高く、栄養素もものすごくバランス良く入っていて、また半年ぐらい腐らないという優れものなのですが・・・そのせいで、味は・・・」
 「・・・・・・でも、食べてもイイ材料で作られてるんだよね?」
 「もちろん・・・」


 そう言って、彼女はポケットから小さな飾瓶を取り出す。綺麗で透明なそれには何やら中に青色の液体が入っていて・・・彼女はそのフタを開けると、中身をコクコクと飲む。


 「それは?」


 問いかけると、おもむろに彼女はそれをアリエスに差し出した・・・飲んでみろってことなのだろうか・・・だけれども、そのまさしくサファイアのような色にどうしても気が引けてしまったので・・・瓶の縁を少しだけ手で撫でて舐めてみる・・・すると・・・



 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 途端に悶絶した。


 なんだこれは・・・さっきのレトルト食品なんて非じゃない・・・舌が痺れる程苦く、臭いも嗅いだだけで、頭が痛くなった。


 「なにこれ・・・」


 涙目でアリエスが聞くと、シルフィリアは再びそれを口に付けて何の躊躇も無く飲む。


 「薬です・・・」


 そう短く答えて・・・
 一応、「何の?」と聞いたのだが、そしたらまた彼女は飲んで自分で判断して?とでも言いたげに瓶を押し付けてきたので、アリエスはそれ以上言及しないことにした。


 さらに白孔雀から水を貰い、なんとか先程のレトルト食品を食べ終え、パチパチと燃える火で暖を取る・・・

 とりあえず、火がある分ありがたいものの、寒いのは変わらない・・・何しろ、先程雪に思いっきりダイヴし、服は未だに濡れたままだからだ・・・

 だけれど、脱いだらきっと凍死するだろう・・・
 なら、この火にまかせて乾くのを待った方がいい。



 と・・・



 白孔雀は再びトランクを漁る・・・
 そして取り出したのは・・・
 大きな赤い毛布だった・・・ひとり用にしては結構大きく、彼女なら身体を二周巻いても尚余りあるだろう・・・


 だけれどあるのは一枚だけ・・・
 彼女はその毛布を両腕を広げて大きく開くと、マントを着るような感じで自分自身の身体を包み込む。


 いいなぁ・・・あったかそうだ・・・


 アリエスが静かにその光景に羨望の眼差しを向けると・・・



 「何をしているんですか?」



 と、彼女からかけられた声にアリエスは首を捻った。

 え?・・・何?

 何か彼女からするように言われた覚えはない・・・先程のレトルト食品のパックも捨てたし、スプーンも水道で綺麗に洗った。


 他にすることがなにかあったか?



 「早く服を脱いで毛布の中に入らないと風邪をひきますよ?」


 え?でも・・・


 「毛布って言われたって・・・俺、実は毛布持ってなくって・・・」
 「一緒に使えばいいでしょう?」


 ―――そんな重大事項は初耳だ・・・


 「いやいやいや!?何、言っちゃってるの!?そんなの駄目に決まってるでしょ!?マズイ以外の何者でも無いでしょう!?」

 明らかに慌てて顔が熱くなるのを感じ、手をバタバタさせて、拒否すると、彼女は僅かに首を傾げ、キョトンとした顔で・・・

 「何故ですか?」
 
 そう聞き返してきた。


 「何故って・・・」


 この少女には羞恥心という言葉がないのだろうか・・・
 ってか、そもそもアリエス=フィンハオランだって14歳という思春期真っ盛り・・・いわば、男性が一番エロい時期・・・中学2年生と同年代である。教室内でいかがわしい言葉を叫ぶ生徒すらいる年代である。

 同い年・・・超絶美少女・・・柔らかそうな身体・・・ふんわりとする女の子特有のいい匂い・・・胸こそ無いものの・・・身体のラインはまさしく女の子のソレ・・・
 そんな子と一緒に毛布に包まって抱き合いながら一夜を明かすとか・・・

 確かに温かいこと間違い無しだが・・・
 眠れないのも間違いない。


 「どうしました?早く濡れた上着を脱いで毛布に入らないと風邪をひかれますよ?もし、風邪をひかれた場合、持ってきた薬草はもう有りませんし、薬も調合できないので困るのですが・・・」
 「いやいやいや!?ってか恥ずかしくないの!?君はそれでOKなの!?」
 「恥ずかしいって・・・まあ、羞恥はありますが、この状況で体裁を取り繕っても仕方ないでしょう・・・裸同士、下着同士というわけではありませんし、覆った中で密着していれば、間違いなく熱が保てます。なにより、私自身、暖炉が灯っているとはいえ、この隙間風の吹き込む小屋の中では毛布を一人で使っていても少し寒いですし、もしあなたに風邪をひかれて肺炎に発展し、治療手段の無いまま死なれでもしたら、私は残されたあなたの妹を完全に持て余します。まあ、私が育てるわけにはいきませんから、殺すしかないでしょうね・・・しかしながら、せっかく助けた命ですから、できれば殺さず穏便に済ませたいのです・・・」
 「でも!!さすがに毛布の中で2人で抱き合うってのは!!」

 「抱き?」
 
 それを聞き彼女は暫く考えていたようだが・・・すぐに自問自答で答えを出す。
 
 「なら、2人で背中合わせなり、横に並ぶなり・・・取るべき手段はいくつもあります。まあ、しかしながら・・・背中合わせというのはお互いナイフでも隠し持っていて、背中越しに相手を刺し殺すようなことがあっては困りますから、この場合、横に並ぶ形が適切かと・・・」

 しばし、呆然と立ち尽くしていたアリエスだったが・・・互いに無言の時間を数分過ごし・・・

 「もし、脱がないと言うのであれば、私が脱がせましょうか?」

 と・・・白孔雀が立ち上がり、自分の服に手をかけようとしたところで・・・
 
 「だあああああああああ!!!!!!!わかった!!!!脱ぐ!!!!脱ぐから!!!」諦めた・・・

 ってか同年代の女の子に服を脱がせてもらうとか・・・そんなことしたら恥ずかしさで爆発しかねない・・・

 仕方なく、服に手をかけてボタンを外していく・・・と・・・


 「・・・・・えっと・・・白孔雀さん・・・なんで見てるんですか?」


 隣からの視線にアリエスは気まずそうに問いかける。

 「一応・・・武器を隠していないかという確認という意味もありますが・・・」
 「ありますが?」
 「男性の身体って、私のような女とはずいぶん違って、筋肉とかそういうものが綺麗に付くものなのだなぁと関心をしめし・・・」
 「だああああああああ!!!!!!!!!!わかった!!!!!!!もういい!!!もういい!!!」

 恥ずかしさが余計に上がる。
 ともかく、早く服を脱ぎ、それを暖炉の傍に落とす。これで少しは早く乾くだろう・・・

 だが、おかげで、とてつもなく寒い・・・死ぬ・・・1分このままで居たら凍傷になるってぐらいに・・・上にTシャツ、下はトランクスという、夏場の男子用パジャマな格好は、寒いというよりは全身を針で刺されたように痛かった。
 そんな彼の様子に見かねて、白孔雀はそっと、毛布の傍らを手で広げてくれる・・・


 「ああっと・・・えっと・・・その・・・失礼します・・・です。」

 震える声でそう小さくつぶやき、フルフルと小刻みに震える身体を彼女の横に座り込ませると、彼女は意外にも優しく自分に毛布をかけてくれた・・・
 毛布は見た目以上に大きく、大人二人でも身体を寄り添わせてくっつけば、少し余るほどだった・・・ましてや14歳の子供2人なら、十分すぎる余裕は生まれた・・・
 
 だが・・・対し、アリエスに余裕という二文字はまったく存在しなかった。

 服を一枚隔てているとはいえ、いままで散々冷えていたせいか、彼女の肌は驚くほどに暖かかった・・・熱いと言ってもよかったかもしれない・・・
 加えて相手は幻影の白孔雀・・・戦場で彼女に出会ったら生きて帰って来られない・・・冷血な殺し屋・・・血も涙もない・・・女子供ですら平気で殺す・・・


 なのに・・・


 その彼女が・・・こんなに温かい・・・加えて、トクトクという心臓の鼓動も僅かに聞こえてくる・・・それが一番のドキドキの原因だった。


 息遣いも聞こえる・・・肌の柔らかさも・・・ほんわりと首の当たりから香るとてつもなくいい香りも・・・


 「ねえ・・・何か・・・話ししない?」

 一緒に毛布を使い始めて1分でアリエスは耐え切れなくなり、白孔雀にそう告げた。


 「・・・かまいませんが・・・むしろ、眠気が抑えられるので好都合です。」

 彼女も応じてくれた。

 「えっと・・・まずは名前・・・俺はアリエス=フィンハオラン・・・フィンハオラン家の長男・・・なんだけど・・・養子。」
 「シルフィリア・・・シルフィリア=アーティカルタです。」

 トロトロと眠そうな声で彼女が呟く。


 「・・・相当眠そうだね・・・」
 「今はまだ、大丈夫ですが・・・なにぶん・・・おかげで温かいですから・・・お風呂とかに入っていると、眠たくなるのと感覚的には似ているかもしれません・・・」

 確かにそれは言える・・・先程までとは打って変わって、毛布に入ってからは殆ど寒さなど忘れてしまったかのようにぬくぬくと温かい・・・

 これでは眠りに落ちるのも時間の問題だろう・・・まぁ・・・寝たところでこの状況下では凍死することはまずないだろうが・・・



 「・・・・・・シロン・・・」


 なんとか眠らないために、唐突にアリエスの頭に浮かんだ名前はそれだった。


 「シロン・エールフロージェ・・・彼女の事・・・君は本当に知らないの?」

 アリエスの問いにシルフィリアは静かに答える。


 「・・・・・・聖女から聞いてないんですか?」
 「君が知らないって言ってたのは聞いた。」
 「・・・・・・なら・・・なぜ今更?」
 「いや・・・なんか引っかかってさ・・・」
 「・・・・・・引っかかる?」


 アリエスは頷く。


 「今まで・・・エリーさんがそういう感じで・・・例えば誰かに〇〇さんの事知らない?って聞くときは・・・必ず何かの確信を持って聞いてたんだ・・・そして・・・聞いた相手は絶対に何かしらの事を知っていた・・・でも・・・」
 「?」
 「シルフィリア・・・君は何も知らなかった・・・今まで一度も外れたことのないエリーさんの勘が外れた・・・それって・・・なんでなんだろう・・・」


 そう言って、目線を僅かに彼女の方に向けると・・・彼女は静かにため息を付く・・・

 「ハァ〜・・・しつこいですね・・・何度聞いても同じです。私は本当にシロン・エールフロージェという子供の事は何も知りませんし、そんな話聞いたこともありません・・・それにいくら聖女だからといって、予言が外れることもあるでしょう・・・占いや予言というのは基本的に一部の本物を除いては、それらしい事を言ってごまかすというのが世の常です・・・“たまたま私に聞いたとき、聖女が外した・・・”たったそれだけのことではありませんか・・・」

 「そう・・・なんだけど・・・」

 そう・・・彼女の言うとおり・・・
 たまたま外しただけだったのかもしれない・・・

 というより、そう考えるのが普通だろう・・・どちらにしろ、おそらく彼女は何も知らない。それはなにより、絶対嘘を付くことのない存在・・・彼女の心臓が証明していた。
 通常人間の心臓というのは、確信をつかれると、まず心臓が高鳴り、そして徐々に落ち着いていく・・・・・・逆に、疑われているだけの場合は段々と高鳴っていく、自信が疑われているという焦りと不安と興奮によって・・・
 そして、これだけ近くで彼女の心臓の鼓動を聞いていたのだから、よもや間違えるはずもない・・・彼女は白だ・・・シロンに付いては何も知らないだろう・・・

 とりあえず・・・これでエリー様がたまたま外してしまったという事実が立証された・・・



 一息の間をおいて・・・アリエスは気持ちを切り替える・・・


 そう・・・


 で、あるなら、アリエスにはもう一つ・・・彼女に聞きたいことがあった・・・


 「じゃあ・・・さ・・・」


 今にも寝てしまいそうな彼女にアリエスは問いかける。



 「・・・・・・カトレア・・・・・・」
 
 その名前を出したとき・・・間違いなく彼女の身体は跳ねた。
 本当に僅かだったけど・・・彼女は反応を示した・・・

 アリエスは続ける。
 
 「カトレア=キャビレット=リ=フェルトマリア・・・この子については・・・知らない?」シルフィリアは首を振る。
 「・・・・・・知りません。」

 “流石だ”と思った・・・あの小さな反応以来、彼女は何も反応を示さない・・・とてつもなく訓練された特殊部隊の人間でも10人に一人居るか居ないかという才能だ。


 だが・・・


 「シロンに付いては聖女が何かいくつか言ってましたが・・・そのカトレアとあなたとは・・・一体どのような関係なのでしょうか?」
 
 上手い・・・上手く話をなんとかはぐらかそうとしている。教本的な誘導話術だ。だが・・・
 気がついたからには離すわけにはいかない・・・なぜなら・・・

 「・・・・・・結婚相手だったんだ・・・」

 アリエスの言葉に、シルフィリアは僅かにアリエスに目線を向ける。


 「・・・・・・結婚・・・相手?」
 「・・・・・・俺さ・・・一応、エーフェの中でも名門って言われてる貴族の生まれなんだ・・・だから・・・当然その妻は貴族でなければならない・・・ってことで・・・生まれる前から、俺の家に生まれた長男がフェルトマリアの家に生まれた一人娘を降嫁させるってのが決まってたらしい・・・。でも・・・それは叶わない夢となった・・・」
 
 

 「・・・・・“ブルー・ル・マリア”・・・」


 シルフィリアの言葉にアリエスは静かに頷く。


 「知ってるんだ・・・」
 「あの事件・・・おそらくこの大陸において知らぬものなど居ないでしょう・・・エーフェにしてみれば、味方の最高峰でありそれまでキャスリーンの暴走を止めていた唯一の存在・・・天才軍師ヴィンセント=クリュスタリオ=ル=フェルトマリアとその一族を失った嘆きの事件。そして私達連合にしてみれば、あらぬ罪を着せられ、戦争の引き金の一つにすらなった怒りの事件ですから・・・」


 ・・・・・・


 そう・・・ブルー・ル・マリアは敵にとっても味方にとっても忌むべき事件だった。

 今から約7年前・・・


 当時、エーフェは皇帝アルカディアスが亡くなり、シェリー様と宰相ヴィンセント・フェルトマリアの采配を持って、なんとか混乱を沈めている時期だった。
 そんな折に起こった事件・・・

 フェルトマリアの居城が何者かによって襲撃されたのだ。犯人は、ヴィンセントとマリアを滅多刺しにして、屋敷の金目のものを奪い、当時8歳だった娘のカトレア=キャビレット=リ=フェルトマリアを誘拐。そして城に火を放った・・・
 燃え盛る炎の中で、ヴィンセントとマリアは失血で動くこともできず、ただただ抱き合って、そして・・・生きたまま火あぶりに処される形で亡くなった・・・
 当初、強盗放火殺人として調査されたが、調査責任者がシェリー様に変わると同時に、盗品があまりにもずさんであること(事実、盗まれたものよりも価値のあるものはたくさん見つかっている)と、犯行時間の短さから、手練による犯行ということが確定。

 しかし、調査責任者が国家警察へと移行すると、再び捜査には黒いモヤがかかった。

 後に犯人とされる暗殺傭兵であった“オズワルド・オリヴェイラ”が逮捕され、断頭台に送られた・・・

 もちろんシェリー様は抗議した。たかが暗殺者がフェルトマリア聖を殺害する動機がないと・・・そして、彼は傭兵であり、雇い主が居るはずだと・・・


 しかし・・・キャスリーンは「雇い主はアルフヘイム連合の貴族」というずさんな結果を出して調査を打ち切った・・・


 それ以上の調査費用を出したくなかったというのもあるかもしれないが、目障りであったフェルトマリアが居なくなったことで彼女の天下が確定し、贅沢する予算を使い放題となり、舞い上がっていたというのもあるかもしれない・・・
 そしてこの事件でもう一つ・・・自分に楯突いたシェリー様を一時的に投獄・・・その後左遷を重ねさせ、地位を剥奪し・・・結果、彼女と彼女に従う者だけがいい夢を見る世界が実現した。


 そして、国内から税金が取れないとわかったら、今度は海外から・・・


 キャスリーンはそれまで非常に微妙な・・・針の先に載せたようなバランスでなんとかかろうじて保たれていた連合との平和を軽々崩した。ブルー・ル・マリアを理由に連合に対して宣戦布告した・・・連合に対しても友好的な考え方を示していた皇国宰相を暗殺した敵対組織という名目で・・・それまでにフェルトマリアがしていた外交努力を全て犠牲にして・・・







 だからこそ、言われているのだ・・・






 ブルー・ル・マリア・・・



 それは連合にとっても皇国にとっても忌むべき事件だと・・・
 そして、この事件にはもう一つ疑問が残った・・・

 そう・・・一人娘のカトレアの存在である。

 当初、カトレアに関しては色々な噂が立った。最も有力だったのは貧民街の娼館に売られたというケース・・・貧民街の娼館なら娼婦の過去や経歴は問わない・・・顔さえよければどんな年齢だって雇う。だから、真っ先に調査が行われた・・・だが・・・カトレアは見つからなかった・・・その後、高級娼館、孤児院、その他様々な養護施設・・・果ては貴族の屋敷や怪しい宗教団体まで・・・国内すべてを探したのだが・・・残念ながら彼女を見つけることはできなかった・・・




 だが・・・


 そんな女の子の名前に彼女・・・シルフィリアは反応した・・・
 ずっと見つからなかった少女に・・・

 写真でしか見たこともないアリエスの許嫁の名前に・・・

 「カトレアについては・・・何か知ってるね?」


 確信をついた言葉を言うと、シルフィリアはまた短くため息をついた。


 「・・・・・・軍事機密です。」
 「は?」
 
 
 彼女から発せられた答えにアリエスは素っ頓狂な声を上げる。


 「軍事機密?」
 「ええ・・・一応ある程度のことは知っています・・・が・・・連合の機密事項であるため、申し上げることはできません。」
 「・・・・・・えっと・・・生死ぐらいは教えてもらえないの?」
 「・・・・・・」
 「いや・・・ほら・・・せめて聞きたくて・・・」


 その時アリエスは気がついた・・・彼女・・・シルフィリアの目線がどことなくジトッとしたものに変わったことに・・・


 「・・・・・・割と女好きですか?」
 「なっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!?????????????????」


 おかしい・・・どうしてそうなったんだろう・・・

 「いや・・・まだ見ぬ女の子の事をそれほど気にするとは・・・余程女の子に対して劣情を催すのかなぁ・・・と・・・」
 「ッち!! 違う!!」

 まったく違う予想をされて、アリエスは思わず叫んだ。

 「違うんだ・・・その・・・」

 やや落ち着き、続ける。


 「もし、生きてたら・・・今のエーフェを変えられるかもしれないから・・・」
 「・・・どういう意味です?」


 一息置いて、答える。

 「もし・・・カトレアが生きてたら・・・俺と同じ14歳・・・いや・・・誕生日が闇の月の23日だから・・・もう15歳か・・・そうなると、ギリギリだけど彼女は本家フェルトマリアの生き残りだから、今の分家のジラード・フェルトマリアを押さえてフェルトマリア家の当主になることができる・・・そうなれば・・・もし、それで・・・シェリー様を摂政にしてくれるようなことがあれば・・・エーフェは一気に変われる。」
 「その・・・ジラードという方が現在のフェルトマリア家の当主を?」

 「ついでに、エーフェの摂政もね・・・だけど・・・正直言って、俺はあんな人がフェルトマリアだなんて思いたくない・・・貴族の象徴のような男だ・・・“自分たちは高貴。国民は下賤な下々の者・・・よって下々の者が貴族を尊敬するのは当たり前で、貴族の為に働くのは当たり前・・・そして、貴族のために死ねるなら、国民は最高の栄誉”それがジラードの考え方だ・・・当然、今の女王のキャスリーンとも仲が良い・・・」
 「?・・・あれ?エーフェの皇帝は“アルファディオ”という男性のはず・・・」

「あ・・・えっと・・・名目上はそうなんだけど・・・まだ彼は幼くって・・・だから、事実上摂政としてその母親であるキャスリーンが君臨してるんだ・・・最も、その名目上の皇帝も母親と性格瓜二つだけど・・・唯一違うのは臆病ってことぐらいかな・・・」
 「・・・臆病?」

 「母親みたいにズケズケモノを言うタイプじゃない・・・優柔不断で弱気・・・だけど、国民をゴミ同然に思い、国は自分の物だと思ってるところなんてそっくりだ・・・」
 「・・・そう・・・ですか・・・」

 「でも・・・カトレアがいれば・・・まず、しっかりと調査を行わなかったキャスリーンを法定に出すことが出来る。もちろん、そんなことをされる前にあの女はきっと、法律を替えて、自分を罰せないようにするだろうけどね・・・でも・・・カトレアが宰相になって、シェリー様がその摂政になってくれれば・・・少なくとも今のような・・・国民を無視した・・・悪意で悪意を塗り固める現実からは脱せる・・・」
 「・・・・・・」

 「そういえば・・・そっちはどうなの?」
 「そっち?」

 「連合の事・・・エーフェに居ると・・・なんかとんでもない信じられないほど酷い国みたいな話しか聞かないから・・・実際はどうなのかなぁって・・・」
 「・・・・・・そうですね・・・良い国ですよ・・・ただ・・・表向きはエーフェのように専制君主制ではなく立憲君主制なのですが・・・戦争が起こっている現在は、どうしても議会の立場は弱く・・・結局エーフェと同じ皇帝による軍事国家になりつつあります。ですが・・・今聴いた話しに出てきた・・・エーフェ程は荒廃というか・・・まあ、皇帝は少なくとも搾取するだけではありません・・・・・・ですが・・・」

 「?」
 「・・・・・・私にとっては・・・国家などどうでもいいのですが・・・」

 「??・・・それはどういう・・・・」
 「いえ・・・ただの独り言です・・・忘れてください・・・」


 眠そうな目で寝言のように段々と細くなっていくシルフィリアの声・・・そういえば、先程までの吹雪もどうやら少し収まりを見せているようだ。
 ポケットから懐中時計を出してみると、時刻は深夜3時半・・・2人で毛布に包まっていて温かいし眠たくなるのもわかる。


 「ねえ・・・」
 「・・・・・・はい?」


 けれど、できれば眠りたくないので、アリエスは会話を続ける。


 「なんで、シルフィリアは・・・戦争なんてしてるの?」
 「・・・・・・兵士だから・・・では理由になりませんか?」
 「じゃあ、言い直す・・・なんで兵士なんてしてるの?」
 「・・・・・・」
 
 
 暫く黙って彼女は考えていた・・・一瞬もしかして眠ってしまったのかと思ったが、しかし・・・


 「存在意義だから・・・でしょうか・・・」


 唐突にそう返された。


 「存在意義?」
 「私・・・自分自身がわからないんです・・・」
 「わからないって・・・」
 「生まれも・・・過去も・・・断片的にはいくつも覚えているのですが・・・それが何時の記憶で・・・誰との記憶で・・・どんな思い出なのか・・・それがまったくわからないのです・・・」
 「・・・・・・」
 「頭の中に・・・いわゆるレコードが保存されてるような感覚に似てるかもしれません。断片的に聞こえる音・・・声・・・それが私の全てなんです・・・記憶がはっきりしているのは、とある研究機関・・・これも軍事機密なので申せませんが、気がついたら私はそこに居ました・・・そして・・・そこで教えられたのは・・・戦場で使う知識だけ・・・」

 「・・・・・・」
 「普通の学校で教えるソレを比較するなら・・・国語は魔道言語と通常言語の習得並びに報告書を書いたりするためのもの・・・数学は魔術の展開数式と弾道計算等に使用する微分積分など・・・理科は人体の構造や心臓の位置ややはり弾道計算と魔術の計算の為の物理学・・・社会はスパイ活動の為の各国の歴史や文化や慣習・・・体育はそのままいかなる状況でも超えられるようにするための特殊訓練と・・・後保健という意味では、やはりスパイ活動に使う男性の喜ばせ方等の性教育。一応音楽はピアノを・・・」
 
 「・・・・・・」
 「だから・・・私は闘って・・・戦って・・・たたかうことしかできないんです・・・それしか教えられてませんし・・・ソレ以外に私ができることなど・・・料理もできませんし、裁縫もできなければ、掃除も・・・なれば闘うしかなかったんです・・・まあ、それだけが闘う理由ではないのですが・・・この先は軍事機密です・・・」


 なんだろう・・・
 非常にやるせない気持ちになった・・・
 彼女はかなりのエリート教育を受けてきたらしい・・・・・・戦争に勝つために育てられた存在・・・それが彼女だった。
 時が時ならどんな下賤の生まれだろうが、皇帝の妻にすらなれるほどの器量を容姿とスタイルを兼ね備える存在・・・だが・・・連合はそれすらも・・・戦争に勝つための手段として利用したのだ・・・
 
 魔導師だったが故に・・・超絶的な美少女として生まれたがゆえに・・・戦争に利用され、不幸の道を歩まされる・・・それが彼女・・・幻影の白孔雀・・・

 戦争は人を不幸にする・・・それをマジマジと実感した・・・


 「戦争って・・・ヤダな・・・」


 思わず出た本音にシルフィリアは嘲笑を漏らした・・・


 「あなただって・・・その戦争の中で戦ってる兵士ではありませんか・・・」
 「そう・・・だね・・・」

 怒りもせずただ寂しそうに言い返すアリエス・・・そんな態度を疑問に思ったのか、今度はシルフィリアが問いかける。


 「・・・あなたは・・・何故戦うのですか?」
 「兵士だから・・・」


 彼女と同じ答えで返した・・・ちょっとした意地悪だった・・・

 「では、言い直します。何故兵士をしているのですか?」

 シルフィリアも先程のアリエスと同じセリフで言い返す。

 「なんでだろ・・・」
 「あなたの話に聞くエーフェが・・・もし真実だとするのであれば・・・そんな国の為に何故戦うのですか?私と違って・・・あなたには義理とはいえ、親も家族も居るのでしょう?それもエーフェ国内有数の貴族である・・・いえ・・・それ故でしょうか・・・親から戦争に行くように言われたとか?」

 アリエスは首を振る。

 「いいや・・・親からは行くなって言われたよ・・・ついでに嫌になったらいつでも辞めて帰ってきてイイって・・・」
 「・・・・・・ではなぜ?」
 
 「最初は・・・シロンを探す為・・・だったかな・・・フィンハオランの家でシロンが行方不明になったって話を聞いて・・・探したいと思って・・・最も情報が集まるのは王宮だって思って・・・でもフィンハオラン家は女王キャスリーンに全面否定してたから無期限の謹慎処分になってて・・・王宮に入るには軍に入るしかなくって・・・それで・・・」
 「では、シロンがもう死んでいるとも生きているともわからない・・・いいえ・・・9割死んでいて、1割は奴隷か娼婦か・・・少なくとも一生見つからないであろう・・・もし見つかるとしてもそれは天文学的数字の確率だと分かった今・・・もう軍に居る意味は無いのではな・・・」

 「故郷なんだ・・・」

 彼女の話を聞きつつ・・・食い気味でアリエスはその答えを出した。

 「故郷?」
 「そう・・・どんなに荒廃しても・・・どんなに腐ってても・・・どんなに嫌な奴が皇帝で女王で最高権力者でも・・・エーフェは俺の故郷で・・・俺の家族がいる・・・そりゃ・・・俺は養子だから・・・元々の生まれについて言われたらそれまでだけど・・・でも・・・あの国には俺の思い出と・・・友達と・・・仲間と・・・家族がいる・・・」

 「・・・・・・」
 「だったら・・・俺はこの戦争の中で・・・自分の大切なものを守るために生きたい・・・」

 「・・・・・・・・・」
 「それに、ブルー・ル・マリアの一件もあるし・・・フィンハオラン家だって安全ってわけじゃないんだ・・・敵からは貴族として狙われ・・・女王からは疎まれてる家柄だからね・・・何時襲撃されて暗殺されても不思議じゃない・・・まぁ・・・ウチの爺さんと父さんに勝てる奴なんて居ないだろうけど・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」
 「やっぱりさ・・・故郷は捨てられないよ・・・それに・・・俺はあの腐った王宮の為でも・・・今すぐにでも殺してやりたい女王の為に戦ってるわけじゃない・・・俺は・・・自分の故郷と家族と仲間と・・・自分の国を守るために戦ってるんだ・・・その為だったら・・・俺みたいな安い命ならくれてやってもいいと思うんだ・・・うん・・・命一つで、大切な故郷を守るための強大な力を手に入れることができるなら・・・安いと思う。」

 「・・・・・・立派・・・ですね・・・」
 「・・・そうかな?」

 「・・・・・・でも・・・」
 「?」

 「死ぬのは・・・どうでしょうかね・・・少なくともあなたにはせっかく・・・悲しんでくれる家族がいるのに・・・もったいない気もしますが・・・」
 

 ・・・・・・


 メルフィン・・・アリエスの頭にその顔がよぎった。
 アリエスが殺されそうになったとき・・・自分も死ぬかもしれないというのに、わざわざ出てきて・・・シルフィリアと戦おうとした・・・少女・・・

 そして今・・・彼女はとなりの部屋で静かに眠っている・・・先程まで・・・シルフィリアに2度助けられなければ・・・間違いなく死んでいたであろう少女・・・
 そして・・・彼女が死にかけていると分かったとき・・・


 アリエス自身はどうしようとした?


 自分を殺してでも彼女を助けようとした・・・


 ・・・・・・

 そう・・・
 本人は良くても・・・残された人間はどう思うだろう・・・
 もちろん、シルフィリアはそこまで深いことを言ったわけではない・・・ただ単に思った感想を述べたに過ぎない・・・だけども・・・
 それはアリエスの心に深く深く・・・突き刺さった・・・


 「・・・・・・あの・・・」


 沈黙に耐えかねたのかシルフィリアが声を発した。


 「すみません・・・もう無理っぽいです・・・」
 「え?」

 「少し・・・寝ませんか?」 
 「あ・・・」


 時計を確認すると、夜明けまでもう幾ばくもない・・・
 アリエスにしてもとてつもなく眠いが、だけれど・・・

 「でも・・・まずいんじゃ・・・」
 

 そう・・・
 寝るのはちょっと不味いかもしれない・・・

 だって、一応今は争いはしてないし、ちょっとしんみり会話まで交わしてしまったせいで、どことなくお友達感覚というか身体を密着させているせいで、若干恋人気分だが・・・
 でも、良く考えれば、現状で、両者は敵国の兵士同士・・・

 白孔雀を殺すメリットがアリエスにはある・・・彼女を殺せばエーフェで名が上がるから・・・
 アリエスを殺すメリットがシルフィリアにはある・・・残党狩り・・・そして、エーフェの大貴族の子供を殺せば名が挙がる・・・

 もちろん、アリエスにもシルフィリアにも・・・お互いを殺そうとか、監禁しよう誘拐しようとかそういう事は一切考えていない。
 だが・・・お互いに人間である以上・・・少なくともアリエスに言わせてもらえば、シルフィリアが本当に自分を殺そうとしていないのかはわからない・・・


 故に、この場で寝るのは不味いのだ・・・お互いに・・・


 寝るという行為は人間がお互いに一番無防備になる瞬間・・・たとえ、目の前で包丁を振りかざされていても、寝ていては気がつけないし気がつかない。


 だけど・・・アリエスもシルフィリアも雪山を歩いてこの山までたどり着いているのだ・・・


 しかも現状は、暖炉の前で2人で寄り添って、ほかほかと温かい・・・

 寝るのは時間の問題だろう・・・



 さて・・・
 どうしたものか・・・


 「・・・歌・・・」
 「え?」

 「歌えますか?」

 本当に眠くて頭が働いていないのか、それとも何か考えがあるのか・・・

 いきなり歌とか言い出した彼女に戸惑いながら答える。


 「歌える・・・けど・・・どうして・・・」
 「何か話していれば寝ないでしょうけど・・・話題ももうないですし・・・まったり話をしているだけだと逆に眠くなります・・・だとしたら独り言になるのですが・・・寄り添った状態でお互いに独り言を囁くのはちょっとシュールでしょう?」


 ・・・っというかこわい・・・下手したら精神を病んでしまったように見える・・・朝起きたメルフィンは卒倒だろう。

 「だから歌・・・なにかしら、歌っていれば、独り言に近いですし・・・独り言よりはまともでしょう?」
 「あぁ・・・確かに・・・」

 独り言よりははるかにマシな考え方だ・・・
 だが・・・

 しかし・・・
 歌か・・・

 うーん・・・歌・・・
 最近の流行曲ってなんだろう・・・ってかそもそも、この戦争中に・・・

 エーフェの軍歌でも歌ってみるか? 皇国海軍歌でも歌ってみるか?



  守るも攻むるも黒鉄の!! (゚O゚)o彡゜ 浮べる城ぞ頼みなる!! (゚O゚)o彡゜
  浮べるその城永遠の!! (゚O゚)o彡゜   皇国(みくに)の四方を守るべし!! (゚O゚)o彡゜


 ・・・だめだ・・・シュールってか、女の子の前で歌う歌じゃない・・・


 となると・・・
 やっぱりあれしかないか・・・



 昔、孤児院で教えてもらった唯一の歌・・・
 「みなさん、悲しいときには歌を歌いましょう」それが孤児院の先生が教えてくれた言葉だった・・・

 今は別に悲しいわけじゃない・・・だけど・・・
 まあ、他に思いつかないし・・・



 大きく息を吸い、アリエスは歌を歌い始めた。


 ―♪♪♪〜♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪♪―


 静かな声で・・・柔らかく・・・




 「君の瞳に花開く 夢を奏でる心
  風に吹かれるこの道さえも 星明りに照らされ
  今ただ一人 歩こう

  胸を震わせるときめきを 空と大地に歌おう
  悲しみも笑顔も温もりも 熱い想いに揺れて
  今抱きしめて歩こう・・・」




  っと・・・その時だった・・・






 「旅立ちの勇気を 地平線の光と
  分かち合うこの時  微笑みながらむかずに♪」




 隣から聞こえたその声にアリエスは絶句する。

 綺麗な声・・・まるで歌姫のような・・・柔らかく・・・鈴がコロコロと鳴るような声・・・

 それでいて・・・
 メロディも歌詞も・・・まったく間違っていない・・・まるでプロのお手本のような歌・・・

 だけど・・・

 
 アリエスが驚いたのはそんなことではない・・・





 ―なんで・・・―



 そう・・・アリエスが驚いたのは・・・




 ―なんでこの曲を知っている・・・!?―



 そう・・・この曲は孤児院で歌われていた曲。
 そしてその孤児院はもう無い・・・教えてくれた先生ももう居ない・・・


 つまり・・・
 決して彼女は知りえない曲・・・


 アリエス意外・・・誰も知りえない曲・・・

 なのに・・・彼女は・・・なんでメロディと歌詞がわかった?


 必死に思考をめぐらせる間にもシルフィリアは続ける。




 「争いの日々を乗り越えて 青空に歌う時
  かけがえのない命のはてに 名もない花を咲かそう
  今 ここに生きる者よ 旅立ちの勇気を」




 なんで・・・どうして・・・
 ナナ姉ェが漏らした?いや・・・あの人は音痴だから、歌なんて伝わらない・・・そもそも敵国の人間に歌えるはずがない・・・エーフェでただ一人・・・アリエスしか知りえないはずの歌を・・・



 ・・・・・・・・・



 その時・・・アリエスは気がついた・・・




 たった一人・・・そう・・・たった一人だけ・・・
 この歌を知っている人間が居る・・・
 フィンハオラン家以外でたった一人だけ・・・


 この歌を知っているはずの人間が居る・・・
 理由は簡単・・・アリエスはその人物の前でこの歌を歌ったから・・・とある夏の晩に・・・星を見ながらなんども・・・楽しい会話をしながら・・・何度も・・・







 いや・・・だけど・・・
 でも・・・

 シルフィリアは彼女のことを知らないと言っていた・・・
 エリー様も確認したし、アリエス自身も確認した・・・おそらくそれは事実だろう・・・


 だけど・・・となると・・・

 え・・・ええ・・・
 いや・・・でも・・・だけど・・・他に思いつかない・・・

 けど・・・そんなことが・・・あり得るのだろうか・・・そんな・・・
 こんな・・・悲しい・・・うれしいけど・・・悲しすぎる結末が・・・



 その後もシルフィリアは暫(しばら)く歌っていた・・・メロディも歌詞も間違うことなく・・・
 しかし・・・疲れに負けた・・・

 スッと静かに失神するように・・・フワッと髪を揺らし、アリエスの肩に頭を付けて寝てしまうシルフィリア・・・

 普通ならアリエスはうろたえる・・・慌てて、どうにかしようとパニックになったはず・・・



 だけど・・・



 今はそんなことを考えている暇はなかった・・・



 そう・・・だって・・・





 連合のエース・・・死の凶星・・・戦場であったら生きて帰って来られない都市伝説・・・生ける幽霊・・・



 幻影の白孔雀は・・・・


 今まで・・・仲間を殺し・・・友達を葬り・・・リアーネを傷つけ・・・エリー様を殺そうとし・・・そして・・・
 これからも敵として・・・ずっとずっと・・・アリエスが本気で・・・戦い・・・いずれは殺さねば・・・倒さねばと思っていた・・・圧倒的な相手・・・


 初めて見たときにほんのりと恋愛感情を抱いて・・・複雑な気持ちで・・・しかし、国を守るために・・・殺す気で戦ってきた相手・・・




 そう・・・彼女・・・幻影の白孔雀・・・シルフィリア=アーティカルタ は・・・



 顔も声も・・・背丈も身分も肌の色も髪の色も全部が全部違うけど・・・
 彼女こそは・・・



























 シロン=エールフロージェ ではないのだろうか・・・




















 パチパチと弾ける暖炉の火・・・
 その夜は結局アリエスは一睡もすること無く、翌朝、メルフィンが起きる前にシルフィリアとは別れ・・・
 その時彼女は「昨夜の事はなかったことに・・・記憶から消しておいてください・・・私のためにも・・・あなたの為にも・・・」とか、「エーフェへの近道はここから東・・・今太陽が見えるあの峰を目指して歩きなさい・・・」とか言われた気がする・・・

 そして・・・その後・・・アリエスは起きてきたメルフィンと一緒に・・・静かにその山小屋を出た・・・
 そして・・・なんとかエーフェの片隅の山小屋で拾って貰い、シェリー様に迎えに着てもらう結果になったわけだが・・・


 その間の記憶は・・・酷くうろ覚えで・・・

 寝ながらにして起きている・・・まるで夢の中に居るような・・・歩く自分を第三者の視点から見ていただけなような・・・


 そんな・・・抜け殻のような感じだった・・・




 だって・・・
 そう・・・だって・・・





 そうに決まってる・・・




 俺はこれから・・・大好きだった・・・ずっと探してた大好きなあの子を・・・



 エーフェを守る為・・・家族や仲間を守るために・・・





 本気で戦って・・・その果てに・・・















 殺さなければならないのだから・・・



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