潜入と真実と禁忌の魔術
著者:shauna


 シロン=エールフロージェ・・・
 
 闇の月54日生まれ・・・
 身長148cm・・・体重37kg・・・
 システィナ大聖堂所属修道女。
 10歳で行方不明・・・


 それだけ・・・
 彼女に関する記述はたったそれだけだった。

 
 教会内の人物ファイルを閉じ、アリエスはハァ〜とため息をつく。
 ため息の原因はもちろん・・・彼女・・・シルフィリア・・・



 皇国に入って、国境ですぐに軍部からシェリー様へと連絡させてもらい、迎えに来てもらったその足でメルフィンを実家に送り届け・・・
 
 その後、すぐに軍に戻るつもりでいたのだが・・・
 待っていたのはシェリー様の計らいによる一ヶ月前後の入院生活だった。

 まあ、敵国に落ち、その後雪山を薄着で歩きまわったのだから、むしろ軽い凍傷と肺炎程度で済んだのはまさしく行幸といえる。
 その間にもリアーネやメルフィンやエメラルが何度も何度もお見舞いに来てくれて、そのたびにレーナルドやシーブスから誂(からか)われたりして・・・

 そして、世界も大分動いた。

 硬直していた戦線が白孔雀によって、盛り返されたのだ。

 まず、国内最強軍団とされていた“円卓の騎士団(レオン・ド・クラウン)”の全滅・・・
 とある街に集結し、酒宴を催しているところを襲撃されたらしい。

 まあ、今や名ばかりの貴族が自らの地位として所属する騎士団と成り果てた軍団だったから、それも頷ける・・・


 だが・・・


 驚いたのは、それなりの実力者集団だった国内竜騎士一軍だった“雷の竜騎士団(エクレール)”すら全滅へと追い込み・・・


 そして、現在8つの都市が彼女によって陥落した。

 この状況に王宮も流石に無視はできず、現在グロリアーナに出兵要請をしているらしいのだが、散々蔑(ないがし)ろにし、危険な任務ばかりを与えられていたグロリアーナ家当主ダンヒーリ・エスト・グロリアーナは大公爵の地位を利用し、これを受諾せず、さらにその傘下へと入ったエリー様の直属勢力やジュリオ・チェザーレ率いるいわゆる義勇軍上がりの正規軍も彼によって、無理な軍務への強制参加は抑制されているらしい・・・


 だがしかし・・・


 それゆえに、国家は徐々に侵略されつつ有る。

 幻影の白孔雀・・・彼女一人の手によって・・・
 まあ、国内の実力派3人が揃いもそろって、出兵を規制していれば当然といえば当然の結果。

 残っているのは、キャスリーンの元に仕えることで高い地位を得ている貴族達。
 媚びを売ることで地位を得た人間に戦争ができるはずがない。



 一応戦場には行くものの、対して戦いもせず、幻影の白孔雀が前衛隊を全滅させると大抵は逃げ帰ってくる。


 そんな戦争がいくつも続いて・・・
 僅か一ヶ月でさらに13の都市が陥落した。

 エーフェは確実に侵略されている。幻影の白孔雀の出現まで現れなかったエーフェの完全敗北という結末。
 もちろん、それによってキャスリーンが処刑されるならこれ以上喜ばしいことはない。


 だが・・・


 もし、エーフェが連合の手に落ちたら・・・
 残された国民はどうなるだろう。
 植民地となったエーフェで市民たちは・・・

 同じ人間なのに・・・ただ戦争に巻き込まれた・・・そんな時代に生まれてしまったというだけで、勝った国の人間に蹂躙され、ロクな職業につくこともできず、疲弊していくのを見守るしか無い・・・
 それではあまりに報われない・・・
 それではあまりに・・・勝手な女王に好き勝手に操られ、負ければ蹂躙される・・・
 
 そんな一生に人間としての幸せはあるのだろうか・・・
 もちろん、戦争に勝てば、現在先日の空の作戦“インフィニットダンス”で失墜した国民からのキャスリーンへの偽物の信頼―情報操作による虚偽の信頼と言い換えてもいいかもしれない―も取り戻され、彼女は再び玉座を我がものとするだろう・・・


 だが・・・それでも、敗戦国となるよりはマシという現実がある・・・


 −10と−100なら−10の方がまだいい・・・


 とりあえずは現状維持がなされるのだから・・・



 そんな風に国勢を憂い、14歳ながらに世界とか国なんてものを分不相応にも考えてしまった、そんな時だった・・・







 シェリー様からの召喚状が届いたのは・・・








 退院したいと言ったら、姉にゴミみたいに怒られ、嬲られ、貶されたが、それでもなんとか手続きをして、その足で王宮へと向かう。

 酷く身体が訛っていて、とてつもなく足が重かった。
 それでも途中で馬車を拾うこともなく5kmの道のりを約2時間ぐらいかけて歩き、アリエスはやっと辿り着く。


 雪のように真っ白なエーフェ皇国の城。ラヴィアンローズ。
 良く考えてみればこの前此処に来たのはずいぶん前だった気がしないでもない。
 まあ、実際は1ヶ月程度なのだけれど・・・


 いつもどおり、入り口で身分証を見せると、以前よりもすんなりと通してくれた。
 どうやら兵士達の間でもこの前の戦いで、アリエスが幻影の白孔雀を足止めしたという話が広がっているらしい・・・


 また、自国の戦艦をキャスリーン自身が撃墜したという話もまたしかりで・・・



 いつもどおり、王宮を抜け、後庭に出て、レウルーラ離宮へと向かう。


 そして、ソファに座って、シェリー様の呼び出しを待ち、呼ばれたら部屋に入ってレーナルドが出してくれた紅茶に口をつけていると・・・



 「ゴメンゴメン・・・待った?」


 シェリー様がいつものどおり、真紅のドレスでその姿を見せる。


 「また会議ですか?」
 
 カップを置き、そう問いかけると、彼女は静かに腰に手を当て・・・

 「いいえ・・・今日は、派閥会合。こんな私でも慕ってくれる人が居て、まあそれなりに顔を出しておかないと不味いから、行ってきたの・・・」
 「こんな私って・・・元王妃でしょう?」
 「今は違うは・・・それに王妃じゃなくて“そ・く・し・つ(側室)”。どっちかというと、愛人って言った方が正しいかも。」
 「まあ・・・そうかもしれませんけど・・・」
 
 そんな軽々しく言える程、この人は軽い過去を歩んでいない・・・
 レーナルドがすぐにシェリルの分の紅茶を出し、お茶菓子を補充する。
 

 さて・・・


 「あ・・・シェリー様・・・忘れてました。」


 アリエスはそう言うと、静かに立ち上がり、彼女の足元に立膝で跪く。
 

 「シェリル様におかれましてはご機嫌麗しゅう。ご命令に従い参上いたしました。」


 恭しく言うと、シェリルは嫌そうな顔でアリエスを見る。


 「やめてよ・・・恥ずかしい・・・」
 「皇族からの召喚状を受けたものは礼節を持ってそれに対処しなければなりませんから・・・たとえそれが少年でも・・・アリエスくんは正しいことしてますよ。」

 レーナルドが補足するように、まあ、一種の通過儀礼のようなものである。というか・・・これをしないと、シェリー様との無駄話がついつい長引いて、何をしに来たのか忘れてしまい、お互いになにも無く帰ってから「あれ?」みたいなことがあったりする。


 「で・・・仕事の内容なんだけど・・・」


 案の定、シェリー様は無駄話を後回しにし、すぐに仕事の内容を語ってくれた。

 そして・・・
 その内容を聞いて・・・アリエスは驚愕することになった。









    ※          ※          ※




 「単独潜入捜査・・・ですか・・・」


 命じられた命令に対し、アリエスは不思議そうに首をかしげた。


 「そうよ?不服かしら?」

 紅茶をすすりながら、シェリーはにこやかに言う。


 「不服というか・・・なんというか・・・」


 煮え切らない発言をするにはわけがある。
 というのも、シェリー本人の命令ならアリエスは一切逆らうつもりはない。

 しかし、今回の命令・・・それがどうも変なのだ。
 そもそも、シェリーという人物は何があろうと、絶対に、自分の部下をわざわざ死地に赴かせるような真似はしない。そして、それが潜入捜査なら尚のことだ。

 通常、潜入捜査には3人以上のグループで向かうことが多い。
 その方が、情報を集めやすいし、生存率もグッと高くなる。
 それなのに、あえて、単独でその任務を行うということは・・・


 「・・・また、上からの命令ですか?」
 「鋭いわね。」

 シェリーがクスッと笑った。


 「上の言葉をそのまま伝えるわ。レーナルド・・・。」

 シェリーが声をかけると同時に傍で控えていたレーナルドが静かに書面を読み上げる。

 「『独自の情報網により、近々、敵アルフヘイム連合の盟主“神聖アリティア帝国”が帝都から高等士官をとある研究所に視察させることがわかった。その為、IMMはこの高等士官になり変わり、この研究所へと潜入し調査せよ。尚、この研究所はきわめて重要な施設らしく、敷地内は関係者以外完全立ち入り禁止なだけでなく、例え近隣住民であっても接近することすら禁じられ、もし迂闊に近づけば魔術により拘束されることもあるらしい。実際に今回の視察も軍人一人だけが立ち入るらしい。そのため、今回の潜入も原則一人とする。できるだけ、敵国から多くの情報を仕入れて欲しい。以上である。それでは、最適の検討を祈る。』・・・」
 「だってさ・・・。」
 「・・・・・・」
 「IMMにありそうな任務でしょ?『情報さえ持ち変えれば、潜入した捜査員なんてどうなってもかまわない』って魂胆見え見えだっての。」
 「・・・・・・何で・・・俺なんですか?」


 アリエスの発言にシェリーは静かに首を捻る。


 「・・・・・・やっぱり気になる?」
 「当然です!!こういう任務なら、俺みたいなガキよりもっと適任者が大勢いるじゃないですか!!それこそ、年齢を考えればラルゴ隊長やジュリオ将軍のところのヴェフリさんなんかが適役ですし、レーナルドさんが行っても支障ないでしょう?ってか情報集めならジョーカーさんなんて適任者中の適任者じゃないですか?そんな中で何故俺なんですか?」

 当然と言えば当然の疑問にシェリーはハァ〜とため息をついた。


 「レーナルド。説明してあげて。」
 
 その言葉に「御意。」と頷き、レーナルドが一歩前に出る。

 「アリエス・・・今回君に潜入してもらうのは・・・アリティア帝国の帝都ヴァルハラの郊外に位置する王立第13研究所なんだ。」
 「第13・・・って・・・」

 地球で言えば、エリア51とかあんな感じの場所だ。
 民間人は完全にシャットアウトされた環境にある研究所・・・
 
 確かに収穫は大きいが・・・
 そんなところになぜ・・・
 
 それに、それだけ大きな仕事なら尚更レーナルドやラルゴ等IMMにふさわしい人物がいるし、適任者で言うなら、シェリー様の影役で道化師のジョーカーなんて適任者中の適任者だろう。

 なのに・・・


 「やっぱり俺なのが腑に落ちないんですけど・・・」


 すると、レーナルドがフッと笑う。


 「まあ・・・いくつか理由があるんだ。」
 「理由?」
 「そう・・・理由その1・・・アリティアにはエーフェと同じく貴族の息子や娘が既に軍に入って、士官勉強をしていたりする。今回視察に行くのもそんなとある貴族の学徒達だ。一種の軍部見学ツアーなんだが・・・だったら、いっそのこと少年にした方が怪しまれないし、子供の方が案外相手も秘密は話してくれるかもしれない。」
 「あぁ・・・そういうこ・・・
 「理由その2・・・今回の施設が幻影の白孔雀絡みだから・・・」


 その言葉にアリエスは驚愕し、机を力強く叩いた。


 「どういう事ですか!?」

 見事なまでの食いつきにシェリルもレーナルドもニンマリと魚がかかった釣り人の顔をする。

 「どうやら今回の施設・・・幻影の白孔雀が密接に絡んでるらしい・・・」
 「絡んでるって・・・」
 「わからないのか? 幻影の白孔雀のあの果てしない強さ・・・いかに魔導師といえど、同じ魔導師のシェリー様ですら、圧倒するものがある。」
 「失礼ね! 圧倒じゃないわよ・・・ただ・・・あの緑の閃光の魔術の公式は明らかに私では組み立てられないってだけで・・・」

 そうだった・・・


 「シェリー様・・・あの緑の閃光の魔術ってなんなんですか?」

 アリエスの問いかけにシェリルはため息を一つ

 「・・・・・・あれはね・・・おそらく体内の魔力リズムを著しく崩すことで、心臓を停止させてしまう魔術・・・」
 「!!」
 「術名は“オルタティオ・ディレオ”・・・意味は“我、話すなり よって破壊するなり”・・・属性は“闇”、術式は“オリジナル”・・・とまぁ、私も原理では示せるけど、実現はできない・・・そんな簡単に相手の身体の魔力のリズムを崩すなんてできないし・・・あの子は間違いな技術と魔力という2点で私に勝る。まあ、経験では負けるつもりないけど・・・」
 「・・・・・・」
 「話を戻します。」

 レーナルドが間髪入れず話を持っていった。

 「シェリー様はその秘密が王立第13研究所にあるのではないかと考えてるんです。現にジョーカーが調査した報告によると、彼女は他の兵士や魔術師達と同じく宿舎や自分の隊舎に帰ることはせず、任務終了後その建物に帰っていくらしいので・・・」
 「・・・・・・」
 「現在、あのシルフィリアと4度遭遇し、全て重傷を負うこともなく生還してるのは君しかいない・・・ついでに、あの蒼穹では、君は白孔雀とそれなりに戦えていた。故に君に頼みたいんだ・・・」
 「・・・・・・」
 「ジュリオ将軍でもヴェフリでも俺でもジョーカーでもシェリー様でもなく・・・最も白孔雀と出会った経験が多いのはアリエス・・・君だ。故に、適任者は君以外居ない。」
 

 ・・・確かに・・・
 下手にヴェフリなんかを送り込むよりも自分が行った方が良いに決まっている。
 数度戦ったことのある人間と、まったく戦ったことのない人間・・・
 戦ったことがある方が生還率はずっと高くなるに決まっている。
 なにしろ相手はあのシルフィリア・・・油断はできない・・・それに・・・
 アリエス自身、シロンを殺すなら・・・いっそ、この手でという覚悟もあるわけで・・・


 「シルフィリアと・・・戦う・・・」
 「何か言ったか?」
 「あ・・・いや・・・なんでも・・・」


 レーナルドとシェリルが顔を見合わせる。


 「まあ・・・いい・・・そして、ここからが一番重要になるのだが・・・理由その3だ・・・」
 「あ・・・はい・・・」
 「実は・・・この作戦・・・我々は・・・参加を拒否した・・・グロリアーナ将帥に依頼してね・・・理由は、まあ適当に先の蒼穹の戦争で女王が戦空艦シリウスを撃墜したせいで、隊員にダメージが蓄積し、作戦遂行が難しいってところだ・・・さすがに将帥からのお達しじゃ、女王とはいえ無下にはできない・・・」


 ・・・・・・
 は?

 あれ?拒否したら参加しないんじゃ・・・

 少し考えたがやはりわからないので、シェリー様の見ると・・・顎に手を添えて、シェリルがにんまり笑う・・・その時胸元というか谷間というかが見えてしまったりするのでアリエスは慌てて目線を逸らすのだが・・・


 と・・・


 あ・・・


 えっ・・・


 まさかシェリー様!?


 アリエスはとあることに気が付きあわててもう一度シェリー様を見る・・・





 「気がついた?」

 「ま・・・マジ・・・ですか?」


 アリエスの身体が震える・・・
 そう・・・つまり、シェリルは・・・大博打・・・最強の無頼を行うつもり・・・


 IMMに来た命令を断る・・・すると、当然今の情勢では命令を実行することになるのはキャスリーンお抱えの貴族の誰かだろう・・・
 先程も言った通り媚びを売って出世した貴族だ・・・潜入なんてできる程兵士の教育はしていないはず・・・できたとしてもおそらく時間はかかる・・・
 

 だからその隙をついて・・・



 つまり・・・馬鹿貴族の兵士が潜入する前にアリエスを侵入させ、先に敵の秘密を全部掻っ攫ってきてしまおうと・・・そういう最強の無頼。


 「ね・・・あなたにしかできないでしょ?リアーネ達じゃ話にならないし、私の元から行くならレーナルドかジョーカーかラルゴになるけど、執事やお抱え道化師やIMM隊長の誰かが居なくなったら明らかにキャスリーンに怪しまれる。でも、あなたなら、入院中ということで、私の元に居なくても怪しまれないし、病院には面会謝絶にしてもらえばきっと誰もバレない。それに白孔雀ちゃんとの面識もあって、戦闘経験もある。」

 シェリーの言葉にアリエスは笑う。
 こんなに愉快な作戦はない・・・

 だってそうだ・・・シェリルはつまり・・・自らが所属する宮廷すら裏切ってこの作戦を行うのだから・・・
 

 「それに、リアーネやシーブスには本物の調査団の貴族の息子の足止めにもこっそり力を貸してあげないと・・・お馬鹿な貴族の私兵じゃ不安じゃない?紛れ込ませて、手伝わせる。」


 シェリルの言葉を聞きながらアリエスは震えた・・・

 駄目な国家のためじゃない・・・
 あのいけ好かない女王の為じゃない・・・
 誇るべき祖国の為・・・そしてなにより・・・シェリー様の為に戦えるのだ・・・


 「さて・・・アリエス君・・・返事を聞かせてもらってもいいかしら?」


 微笑むシェリルと、敵国の真紅の学生服を用意してくれているレーナルド・・・
 それを前にして・・・アリエスは声高らかに叫んだ。


 「喜んで!!」












   ※          ※          ※









 侵入経路は簡単だった・・・
 天剣ファフナー山から降りてきたルートを逆に辿り、山には入らず、そこで旅人の服に着替えて、国内に入り、数十の村を経由し、隼便で本物の使者の貴族の息子を捕縛したのを知ってから宿で服を着替える。
 そして、適当に馬車を調達し・・・

 向かうは、神聖アリティア帝国第13研究所。
 そこにあったのは見たこともない素材で作られた建物・・・


 なんというか・・・レンガでもないし、かといって土でもない・・・
 いうなれば鉄筋コンクリートと言うのが近いかもしれない。


 そんな感じの灰色の僅かな窓しか無い無骨でそっけない建物。
 まさに研究機関といった感じの建物だった。

 入り口には大きな木製の扉があり、そのすぐ脇には衛兵室もある。
 どうやら相当重要なものを隠しているらしい。



 しかし、そこはIMM・・・抜かりはない・・・
 制服、身分証、隊員証・・・さらには靴を改良して、来るはずだった貴族の息子と身長まで完璧に揃えている。抜かりはない。

 案の定問題なく入ることができ、そして、そのまま研究所内に入ると、すぐに研究員らしき白衣の男が恭しく頭を下げてきた。
 わざわざ迎えに来てくれるとは・・・どうやら現在なりすましているこの人物はそれなりに大物らしい。



 しかし、問題なのは・・・先程の衛兵といい、施設内で働いている人間といい・・・
 みんながみんな長い耳をしている・・・

 それに肌も白い・・・

 アリエスはそれが何を意味するのかすぐにわかっていた。
 

 エルフ・・・


 彼らはそう呼ばれる種族である。
 人間より高い知能、半永久的な寿命・・・美しい顔・・・生まれつきの魔力・・・


 全てが全て人間より上位種に当たる存在・・・
 だからこそ、不思議だった・・・
 なぜ彼らのような高貴かつプライドの高い種族が連合に味方するのか・・・
 エルフというのは大陸でも数が少なく、特定の場所にコロニーを築き、そこで平和に暮らしているはずなのに・・・

 しかもそのエルフが恭しく頭を下げ、いかに軍部の偉いさんの貴族の息子とはいえ、それを案内するなど・・・プライドが許さないはずなのに・・・



 エルフに案内されるままに応接間に通され、そこで再び身分証やら本人確認が行われる。
 もちろんこれも簡単にパスして、案内役のエルフが出て行くと、入れ替わりで入ってきたのは、紫色の髪のエルフだった・・・


 と・・・



 そこでアリエスは目の前に居るエルフたちが何者かに気がついた。


 ドラウエルフ・・・彼らはそう呼ばれる種族だった。
 エルフでありながらエルフでない・・・
 エルフの掟における禁忌を犯し、エルフの身分を奪われ追放された者達・・・
 数十年前に全滅したと聞いていたが・・・まさか、アルフヘイムのこんな研究所で生きていたなんて・・・


 「どうも・・・ミラー=エスプルンド伯爵子息。当研究所最高責任者のヴェルンド=ガヤルド=レヴィントンだ・・・」
 「こんにちは・・・ケルト=アーガス=エスプルンドの長男・・・ミラーです。」

 握手を求められたため、それに応じ、なりすましている人物の身分を告げる。
 まず目を引かれたのはその特殊な目だった・・・

 ショッキングピンク・・・いや・・・ピンクサファイア色に輝く瞳・・・

 紫色の髪と白い肌色も相まって、その顔はどこか妖艶で美形に見えるが・・・その反面狂気や危うさも十分に持っていた。
 握手を終えると、彼は静かにアリエスの目の前のソファに腰をおろす。


 「さて・・・ミラー殿。我々の研究施設に関して・・・どれぐらいの事を聞いているかな?」
 「・・・・・あまりよく知りませんが・・・幻影の白孔雀が関係しているとかしていないとか?」
 「ほう・・・そこまで知っているなら話が早い・・・」
 

 カマをかけて、幻影の白孔雀の名前を出してみたが、大正解だった。間違いない・・・この研究所と幻影の白孔雀は密接に関係してる。そしてもう一つ・・・このヴェルンドと名乗った男・・・只者ではない・・・

 貴族の子息なれば通常普通の研究員なら敬語を使って話す。事実、門に居た衛兵もここまで案内し本人称号を行ったエルフもそうしていた・・・

 だが、彼は・・・タメ口というか・・・酷くフランクに話す。
 つまり、それほどの地位を持つ人間ということだろう。

 「それで・・・ミラー殿、君は幻影の白孔雀の事をどれぐらいご存知か?」
 
 そして殿をつけてしゃべっているということは・・・おそらく彼はアリティア皇帝にそれとなく近い位置に居ることがわかる・・・少なくともこのエスプルンドという貴族という伯爵と同程度には・・・
 
 「実はあまり・・・父が戦争の影響で宮廷に篭っている影響であまり戦場の情報は教えてもらえません・・・・ですが、連合では有名です。特にあの蒼穹の戦いでは、敵の戦艦を沈め、あのエーフェの黒狼とも対峙したとか・・・」

 白孔雀が敵国でどのような評価をされているのかは知らないが、おそらくエーフェとは逆だろうと予想し、適当かつ適切に答える。

 「あぁ・・・あの戦いか・・・そうか・・・もう貴族の間では広まっているのか・・・」

 広まっている?ということは極秘事項だったのか?

 「私はただ、父から少しだけ話しを聴いただけです。あまり帰らないとはいえ、少しでも時間があれば戦場の話を聞き、いつか私も父と同じ士官になれるよう努力をしておりますので・・・」

 話を慌てて修正する。


 「そういうことか・・・いやはや・・・貴族達には口止めをしたというのに・・・困ったものだね・・・」
 「口止め?」
 「あぁ・・・何しろ、幻影の白孔雀の存在は国内ではあまり公にできない事情があってね・・・その為に彼女の活躍というのは公に広まらないように軍部に情報を操作してもらっているんだ・・・しかし・・・やはり、人間である以上、広まるのは仕方のないことのようだね・・・」
 「しかしながら・・・幻影の白孔雀が実際に実績として残している撃墜数や戦果はどのような処置を?」
 「ん?あぁ・・・それは簡単だよ・・・彼女の戦果はその場に居合わせた兵士たちに分配しているんだ・・・主に国内の将軍たちにね・・・君のお父上も、いくらか幻影の白孔雀の恩恵に預っているはずだよ・・・」


 ・・・・・・


 「どちらの国でも・・・貴族は変わらないってことか・・・」
 「ん?何か言ったかね?」
 「いや・・・父がそんなことをしていたって言うのがすごく不思議に感じただけで・・・」
 「フッ・・・残念ながら、アリティアをハジメとする連合国家の上層部はすっかり衰退してるのが現状だ・・・最もアリティアの貴族の君にこんなことを言うのもどうかと思うが・・・しかし、それはおそらく、エーフェも同じだろう・・・腐った貴族たちが国を動かす・・・まったく困った世の中だ・・・」


 それを聞いて・・・アリエスは実感した・・・ 
 そう・・・これは戦争なのだ・・・と・・・

 上層部達の喧嘩・・・それに国民と兵士が巻き込まれる・・・
 勝っても負けても・・・上層部は腐ったまま・・・

 その分、敗戦国は大量の苦渋を舐めることとなる・・・

 勝って現状維持、負けたら最悪・・・それがこの戦争の真意なのだと・・・改めて・・・



 「・・・・・・そう・・・なんでしょうかね・・・」
 「・・・君のお父上に関して言わせてもらえば、彼は名将だ。敵国のジュリオ=チェザーレに匹敵するほどのね・・・まあ、そのおかげで、軍部でははみ出し者のレッテルを貼られているが・・・私は彼を評価するよ・・・この情勢でよくあれ程のことができると・・・」


 ・・・そうか・・・敵国にもそんな将軍が居るのか・・・


 「父に伝えておきます。」
 「やめてくれ・・・一応身分の差はあるのでね・・・粛清されたら大変だ・・・」
 「・・・わかりました・・・」

 部屋をノックする音と共に紅茶が運び込まれる。
 インスタントだが味はまあまあ美味しかった。

 喉を潤し、アリエスは話を続ける。





 「では、そろそろ、幻影の白孔雀について教えてもらえませんか?」
 「・・・・・・そうだね・・・」


 そう言って、ヴェルンドは立ち上がる。


 「ついてきなさい・・・」


 静かに部屋を出るヴェルンドをアリエスは静かに追いかけた。













   ※          ※          ※





 酷く無骨な研究所の中をアリエスはヴェルンドの後を追って歩く。
 そこには窓も扉もない・・・ただまっすぐな廊下があるだけだ・・・しばらくすると、いくつか部屋も出てはきたが、全てに鍵がかけられている・・・しかも各部屋3つずつ・・・
 なるほど・・・おそらく余程見られたくない物があるらしい・・・窓が無いのも、入り口意外からの侵入を防ぐためだろう・・・

 そして、ヴェルンドがある場所で歩みを止める。
 そこはとある壁の前だった。


 「下がっていてくれるかな・・・?」


 言われるままに少し足を下げる。
 するとヴェルンドは壁に向かって静かに手を添え・・・唱える。

 

 ―夢と永久、春と宵闇、崩れ行く思いは道化の真実を語る。冥府の魔蝶は我が手に降り立ち、その羽根を休める。いざゆかん我が式典の城―



 すると・・・ゆるりゆるりとレンガ作りの壁が、まるでパズルのようにクルクルと変形していき・・・終いにはアーチ型の入口となった。
 

 「合言葉を言わないと、壁が倒れてきて押しつぶされる・・・」

 彼は小さくそう言い、空いた壁の中へと再び歩を進めた。
 アリエスもそれに続く・・・
 そこは真っ暗な空間だった・・・窓が無いため、明かりは入り口からしか入ってこない・・・
 しかしながら、そこがとてつもなく広大な・・・まるでオペラ座の劇場並の広さの空間であることはわかる。

 そして、ヴェルンドが明かりのスイッチを入れると・・・部屋を照らしだす魔光石の明かりで部屋が薄暗く照らされ、それを見た途端・・・
 アリエスは驚愕と衝撃で胃の内容物を吐き戻しそうになる・・・


 そこにあったのは・・・オペラ座のような劇場の光景だった。

 高い天井には金色のシャンデリア・・・壁にはボックス席・・・目の前には真紅の幕の垂れ下がったステージ・・・ただし、一階部分の座席は無い
 だが・・・通常壁に設置されているはずのボックス席の部分に並ぶのは全て超巨大な試験管・・・いや・・・大きさだけで言えば円筒形のフラスコのようにも見える。

 天井から吊るされているシャンデリアと同じくその一つ一つが魔光石で光り輝き、部屋の明かり取りになっているのだが・・・
 その一つ一つに入っているものが酷い・・・


 ライオンに竜の翼の生えた物、首が竜になっている男、身体が鱗になっている少女。動いていないのだから全て遺体だろう・・・だが、全てが禍々しく、筋肉がむき出しになっていたりポコポコと浮き上がっていたり・・・とにかく、目を背けたくなるほどに禍々しく痛々しい。


 そんな様子に目を背けるアリエスに気がついたヴェルンドがうすら笑みを浮かべながら答える。



 「・・・あぁ・・・全て失敗作だよ・・・」
 「・・うっ・・・失敗作・・・?」

 なんとか吐き戻すのは押え、アリエスは彼の言葉に耳を傾けた。


 「そう・・・失敗作だ・・・私の研究は生物学でね・・・とくに遺伝子操作が主なんだ・・・」
 「遺伝子?」
 「そう・・・遺伝子だ・・・まだ一般には知られていないが、人間は“遺伝子”と呼ばれる設計図で作られている・・・まぁもっとも、タンパク質の質や、炭素の配合量や血液型なんかも影響するらしいがね・・・」
 「・・・この研究は連合では一般的に行われているんですか?」
 「いや・・・この研究を行っているのは私だけださ・・・帝国内はもちろん連合内でもね・・・というか・・・エルフでなければこの“遺伝子”の存在は理解することも見ることも、当然操作することもできない・・・エルフの目と感覚・・・そして人間よりもずっと多くの情報を蓄積できる脳・・・永遠とも言える寿命・・・その研究の果てに私はあみ出したんだ・・・この技法を・・・遺伝子の操作を・・・だが・・・エルフの法律では、“人間を作る研究”はご法度であり、禁忌中の禁忌・・・」
 「では、なぜあなたはその研究を?私の聞いた話では・・・あなたはこの研究のせいでエルフの国を追い出されたと聞きますが・・・」
 「なんだ・・・ドラウエルフを知っているのか・・・ふっ・・・なに・・・頭の硬いエルフの長老には私の計画が理解できなかっただけさ・・・むしろ、森から追いだしてくれて感謝してるぐらいだ。おかげで私の研究は大成した・・・200年にも渡る研究が・・・」
 「200年!?」
 「そう・・・エルフは永遠とも言える寿命を持つ・・・200年など・・・今この瞬間を夢見るには短い時間だった。」


 200年・・・それほどの長きに渡る研究・・・いや・・・むしろ200年も趣味を持てる研究と言った方が正しい。
 そこまでして彼が行っていた遺伝子の研究・・・
 そして・・・そう・・・アリエスも気がついていた。その研究の成果が・・・幻影の白孔雀であることを・・・


 「そして・・・研究の果てに・・・私が産み出したのが・・・コレだ・・・」


 ヴェルンドが指を鳴らすと同時に、ホールの中央部分に明かりが灯る。
 そこにいたのは・・・薄い緑色の手術衣に身を包んだ幻影の白孔雀・・・シルフィリア・・・
 金色の試験管の中で溶液に浸かり・・・コポコポと下から湧き出る泡で姿が見えにくいが・・・間違いなく彼女だった。


 「どうだ?美しいだろ?プロジェクト“BLUE ROSE”の傑作だよ!!」


 傲慢な声が響く。


 「他の失敗作とは違う・・・傑作だよ・・・試作品とはいえ・・・素晴らしい性能だ・・・」


 傑作・・・試作品・・・性能・・・
 怖気が走った・・・
 そう・・・幻影の白孔雀・・・彼女はこのヴェルンドという男にとってモノでしかないのだ・・・自分の研究の果て・・・生み出した作品でしか・・・


 だがしかし・・・


 「しかしながら・・・幻影の白孔雀の戦果は凄まじいと聞きます。どのようにして彼女のような存在を創り上げたのですが?」

 アリエスの質問にヴェルンドはフッと笑う。


 「・・・企業秘密だ・・・しかし、なぜそのようなことを?」

 来た・・・当然、質問に対して相手が不思議がるのは予知していた。
 これに対する答えは既に用意してある。

 「いえ・・・貴族学校で生物学を専攻していたので・・・生き物を作るということには少し興味が・・・」
 「・・・なるほど・・・なら少し教えよう・・・」
 「ありがとうございます・・・」

 マニュアル通り・・・ヴェルンドは罠に乗ってきた・・・さぁ・・・話してもらおう・・・情報を・・・

 「さて・・・何から話すべきか・・・とりあえず、彼女を作る過程から話そうか・・・」
 「作る過程・・・ですか?」
 「あぁ・・・遺伝子というのはね・・・とてつもなく不安定かつ繊細なものでね・・・どうしても机上の空論だけではどうにもならなかった・・・」
 「・・・」
 「そこで考えたのが、実践という方法だった・・・まず作ったのがアレだ・・・」


 ヴェルンドが指差すその先・・・そこにいたのは全身を鱗に侵食され苦痛の表情を浮かべて死んでいる少年の死体だった。
 吐き気を抑えながらアリエスが聞く。


 「あれは・・・どうやって?」
 「奴隷の少年の身体を素体として、ドラゴンの遺伝子を50%配合した・・・求めていたのはできれば竜の腕と翼を持つ男・・・その為、遺伝子も腕と背中だけを改造したはずだった・・・後、ブレスを吐けるように胃袋もね・・・だがしかし・・・生まれたのは大失敗作だ・・・。確かに最初は腕と背中に翼を持つ胎児の姿として人工子宮で誕生した・・・だが・・・アレが3歳を迎えたとき・・・突如遺伝子が暴走した・・・鱗が全身を侵食し全身を蝕みその激痛でアレの悲鳴がうるさかったのを覚えている・・・やがて鱗が全身に回ると、今度は胃袋が暴走を始めた・・・外の鱗のせいで汗腺が全滅してね・・・発散できない熱で全身を焼かれ・・・まるで身体がオーブンレンジのようになって非常に興味深い臭いがした・・・まるで鳥の丸焼きのような・・・それを考えると、きっと中は肉だったのだろう・・・そして・・・迎えた結果は自己火葬(メルトダウン)・・・結果4年でアレは駄目になった。」


 ヴェルンドは身を翻し、今度はまた別の遺体を指さす。その少女は天使に視えるが、良く見ると、目が体外に飛び出し、身体中が切り裂かれていた。

 「アレは25体目の実験体だ。その頃になると、私も素体に遺伝子を配合するだけではダメだということがわかっていた・・・でないと必ずホルモンの関係で以上を来たす。そこで私は、次に直接細胞を埋め込む計画を立ち上げた・・・遺伝子と細胞の二段構えというわけだ・・・ちなみにどのように組み込むのかは企業秘密だが・・・とりあえず、アレにはユニコーンを組み込んだ・・・しかし・・・やはり遺伝子は繊細だった・・・羽根と角とその血液を持たせ、最高の医療器具をつくろうとしたのだが・・・移植したユニコーンの血液が暴走し皮膚はズタズタに・・・そして眼球が馬並に大きくなり・・・人間の眼窩には入らず・・・あのような状態になってしまった・・・すぐに安楽死処分させたよ・・・アレでは売り物にならないからね・・・」

 さらに身を翻し、また別の遺体が指差される。それは下半身が魚になっている人魚の死体・・・相当綺麗な少女・・・なのだが・・・これにも吐き気をもよおす。なぜなら、皮膚がコポコポと吹き出物のように盛り上がっている。

 「アレは・・・はて?何体目だったかな? 100体までは数えていたから、おそらくそれ以降のナンバーだろう・・・。この時私はあることに気がついた・・・遺伝子的に優れている・・・つまりそれなりに見た目の美しい人間の方が成功率が上がることがわかった・・・ついでに、奴隷ではダメなこともね・・・ある程度の血統が保証されている・・・いわば犬で言う血統証付きだな・・・の方が良いことがわかった・・・まあ、そんなわけで・・・あの少女はとあるお家おとりつぶしになった貴族の娘の身体を使った・・・合わせたのはイルカと・・・それからピラルク・・・後、ドラゴンも混ぜた・・・結果は大成功・・・美しい・・・理想の人魚となった。だがしかし・・・8歳を迎えたときに問題が怒った・・・少女で作ったのがまずかったのだろう・・・ほら、初潮ってのがあるだろ?アレが起こった時に問題が起きた・・・僅かながら魚を入れたのが間違いだった・・・卵が子宮に溜り、やがて子宮が破裂して体内へと流れこんでしまった・・・これは完全に予想外だったよ・・・」

 淡々と語るヴェルンド・・・
 だがアリエスは聞いてるだけで気分が悪かった・・・
 なんども吐きそうになったし、命を弄んでる目の前のこのエルフを斬り殺してやりたくなった。
 

 だが・・・


 そんなことをしたら今まで散々我慢してコイツの話を聞いていた意味がなくなる。


 まだ、聞き出さなければならない情報がある。


 グッと堪え、アリエスはあたかも興味深そうな顔でヴェルンドに尋ねる。



 「それで・・・白孔雀は一体何体目ぐらいで成功を?」
 「・・・すまないね・・・覚えてないんだ・・・まあ、とりあえず失敗作の中である程度原型をとどめていたものは全部この研究ホールに展示してあるから・・・少なくともここに飾ってある数以上ってのは確かだよ。」


 ということは・・・少なくとも400体目以上だろう・・・目算でもそれ以上はあるはず。

 それよりも・・・
 いよいよだ・・・


 額から冷や汗がこぼれ、やたらとのどが渇く・・・いよいよ・・・確信に迫る質問ができる・・・
 白孔雀の秘密・・・一体どうやって彼女を作ったのか・・・そして・・・彼女の素体は・・・予想通り・・・シロンか・・・それともカトレアか・・・


 「ところで・・・今の話を聞くと・・・どうやら幻影の白孔雀にも何かしらの・・・その、遺伝子というものが組み込まれているように聞こえますが・・・それに彼女も元々はそれなりの貴族の生まれであるらしいことも・・・」
 「あぁ・・・その通りだが?」


 意外にもヴェルンドはあっさりと認めた。


 「一体何を配合したのですか?」
 「そうだなぁ・・・正直あまり覚えてないが・・・不死鳥、ユニコーン、ドラゴン・・・その他100以上の生物の遺伝子を調合した。中でも入手困難だったのは・・・”アルヴィス”だ・・・」
 「アルヴィス?」
 「私も知らなかったのだが・・・”とある本”に記載されていた。今から200年ほど前に滅んだ・・・妖かしの森に住んでいた民族さ・・・その美しさは大陸一と言われ、背中には純白の羽根を生やし、涙には癒しの力があったともされている・・・白きフェニックスのようなものだったのだろう・・・だが、エルフによって妖かしの森から追い出され、その後はその美しさとしてペットとして売買されたり・・・血液を求めて殺されたりして・・・絶滅へと追い込まれた・・・だが、彼らの魔力は凄まじかった・・・最も彼らはそれを戦闘に使う術は持たなかったがね・・・」
 「その一族の遺伝子を・・・彼女に?」
 「手に入れるのに苦労したよ・・・幸いにもその羽根を兜に付けている将軍が居て2,3枚譲ってもらった・・・そのおかげもあってか・・・成長していくにつれ、私も非常に驚いている・・・ある程度遺伝子を操作し、美しくなるようにしたが・・・まさかここまで綺麗な顔と身体が生まれるとはな・・・どうだ?よかったら見せようか?」
 「何をですか?」
 「彼女の裸。」


 それを聞いたとたん、アリエスの頭から煙が上がる。

 「けけけけけけけ結構です!!!」
 「ふっ・・・まぁ貴族の息子だ・・・下賤な奴隷の身体は見られないということにしておいてやろう・・・それであとは・・・あぁ・・・彼女の出生だったか・・・」


 っ・・・
 来た!!いよいよ確信に迫る答えが!!
 アリエスが息を飲む。


 一体どっちだ!?シルフィリアはカトレアか!?それともシロンなのか!? 
 ヴェルンドが驚かせようとしているのかはたまた思い出そうとしているのか・・・


 ともかく彼が口を開くまでの僅かな時間がとてつもなく煩わしかった。




 早く


 ハヤく!


 はやく!!!!





 「彼女は・・・」

 どっちだ!?

 「・・・ミラー子息・・・君は数年前のブルー・ル・マリアという事件を知っているかな?」

 答えが出た・・・
 安堵とそして絶望をが同時に来た・・・そう・・・その言葉は・・・シルフィリアがカトレアであることを示していた・・・
 同時に・・・シロンでないことも・・・
 とりあえずいい面としてはまだシロンが生きているかもしれないという希望が持てたこと・・・そしてもうひとつは・・・国を救う術は・・・もう無いということ・・・
 
 
 「はい・・・今の戦争の引き金にもなった事件ですよね?」
 「そう・・・エーフェのフェルトマリア一族殺害事件だ。そして・・・彼女は・・・」
 「カトレア・・・」
 「ふっ・・・もの分かりがいいな・・・ブルー・ル・マリアの後、拉致された彼女をとある筋から買った・・・最もその頃には同族のエルフに大分ペットとして飼われすぎ、心身ともにズタボロだったがね・・・だが、極秘にしてくれ。一応軍部の最重要機密事項だ。彼女がカトレアだとバレたら、それこそ連合が・・・帝国がブルー・ル・マリアの首謀者だと思われかねない。」
 「・・・事件の首謀者か帝国ではないのですか?」
 「さぁ・・・一応皇帝は『指示していない』と言っているが・・・真相は私にもわからんよ・・・というか私にとってはどうでもいい。」
 「どうでもいいって・・・」
 「だが・・・まあ、そのフェルトマリアがきっかけで始まった戦争だ・・・同じフェルトマリアの・・・直系最後の一人が決着をつけるのはある意味道理といえるかもしれない・・・まったくもって笑えることにね。」


 笑える・・・笑えること?
 狂ってる・・・アリエスは奥歯をぎゅっと噛み締めた・・・

 笑えない・・・全然笑えない・・・
 目の前に居るエルフが悪魔にすら見えてきた・・・
 フェルトマリア・・・それはエーフェにおいて大きな意味を持つ名である。

 天才宰相の一族。その異名は正しくその一族のおかげで誰もが笑って暮らせる世界になるはずだった。だが・・・世界は一変した。
 神の一族が倒れ、その代わりに出てきたのはダメな国王と宰相・・・いや、自身は女王すら名乗るクソアマ・・・悪魔の一族だった。
 
 そして、敵国もしかり・・・
 フェルトマリアが始めた戦争・・・だからフェルトマリアの手で集結させる・・・

 違う!!そんなわけがない!!フェルトマリア・・・上手く言えないが・・・それはこの世で一番不幸な一族だったにすぎない。なのに、まだ彼らを苦しめようというのか・・・このエルフは・・・
 正しき者が苦しみ、間違っている者が繁栄する・・・

 もし、この世界に神という存在が居るとするなら・・・エーフェの宗教で歌う“天上におわします我らが神々”という存在が居るなれば・・・
 間違いなくズタズタに引き裂いて殺し、その死体を朽ち果てるまで晒してやりたいと思う。

 それとも、この苦しい時代に何か意味があるというのだろうか・・・
 もし意味があるとすれば、この苦しい時代を生きる人々は一体何をしたというのであろうか?


 「そして、私が完成させた・・・“ムーンダストシリーズNo.1 シルフィリア”・・・すなわち幻影の白孔雀は・・・私の最高傑作となった!!アルヴィスの民を超える容姿と姿!!ドラゴンをも超える戦闘能力!!不死鳥を超える寿命!!人類最高の知能!!そして・・・半永久という寿命!!どれをとっても素晴らしい!!」


 狂気すら浮かばせる表情でヴェルンドが大きく手を広げて叫ぶ。自分の研究成果に対して・・・まるで恋人を自慢するが如く、邪悪に微笑んで。
 


 先程彼はこう言った・・・プロジェクト“BLUE ROSE”
 和訳すれば、青い薔薇計画・・・

 青い薔薇・・・それは天然では決して生まれることのない・・・逆に言えば遺伝子配合のみでつくることの出来る傑作を意味する。


 そして“ムーンダスト”・・・生み出された花の名前・・・そして同時に・・・シルフィリアのコード。


 プロジェクトで生み出された試作品。それがシルフィリアの立場。
 そう・・・彼女は製品に過ぎないのだ・・・生きていて・・・温かくて・・・話して、見て、聴いて、感じられるのに・・・それでも・・・その辺の剣や槍や弓と変わらない・・・



 戦闘兵器なのだ・・・



 しかし・・・表情が一変した・・・一気に今度は厳しい表情に・・・


 「だが・・・彼女は成功作品であり、なおかつ私最大の失敗作となってしまった・・・」


 失敗作?


 「どういうことですか?」


 アリエスの問いかけにヴェルンドは失望するように首を振る。


 「彼女の魅力の一つに左目がある。」


 左目・・・そういえば幻影の白孔雀の左目は戦闘時のみ普段のサファイアブルーから溶かした黄金のような素晴らしくきれいなゴールドに変化する。それのことだろうか?


 「あの目・・・実はスペリオルの目と言われる物なんだ・・・」
 「スペリオルの目・・・ですか?」
 「そう・・・神話に登場する女神さ・・・全てを見通し、全てを見せる瞳・・・あれを移植したおかげで、彼女は見たいものは何でも見えるように・・・そして見せたいものはなんでも見せられるようになった。」
 「・・・どういうことです?」
 「つまり・・・彼女は10km先だろうが100km先だろうが視えるし、壁だって透過して見ることが出来る。そして、彼女は目を透して幻覚だろうが自分が見た映像だろうがなんでも見せることができる。魔術の構造もね・・・故に彼女は一度見た魔術なら全て使うこともできる・・・自分と目線を合わせた人間に現実と区別がつかない程の終わらない悪夢を見せることもできる。」


 !!?
 反則だ。そんな人間に・・・勝てるわけがない・・・全てが視える!?それじゃあ打つ手が無い!?エリー様よりもすごい瞳を持った彼女に・・・
 

 「だが・・・やはりというか・・・それほどのモノだ・・・使いこなせるわけがなかった。」
 「?」
 「まず、未来予知・・・これは彼女にはできない・・・数秒先を予測してみることはできても、未来は刻一刻と変わる・・・それには対応できなかった。また、あの瞳・・・どうやら展開させると激痛をもたらすらしい・・・拒絶反応だな・・・」
 「激痛って・・・」
 「一度数値化したことがあったが・・・近い感触としてはそうだね・・・溶かした金属を目薬がわりに眼球に流し込まれる感触に近いらしい・・・常人では1秒で精神が崩壊するだろう・・・最も彼女はどうやら数十秒は持ち堪えらるようだがね・・・まあ、諸刃の剣ってところだ・・・それにこれは一種の拒絶反応だから仕方ない。」


 使える時間は否が応にも制約されるということか・・・確かにそれだけの反則技・・・いわばバグだ・・・仕方ないといえば仕方ない。


 「だが・・・問題なのはそれじゃない・・・別のもっと大きなものだ・・・」
 「もう一つ?」
 「あぁ・・・これは完全なるミス・・・人間に似せて作ったのが間違いだった。そもそも人間の小娘を使ったのが間違いだったのかもしれない。」
 「?」
 「最初はとてつもなく有効な手段だとおもったんだ・・・自我を持たせることで、戦闘判断を自身で行い・・・学習能力でどんどん知識を吸収していく自立型知能はとてつもなく都合が良いと思った・・・だが・・・どうしても余計な知能まで吸収してしまう。おかげで任務内において人を殺さないというとてつもない失敗まで犯してくれた。ここ最近は特に顕著で・・・エーフェの黒狼とかいうあのフィンハオランの娘や息子まで逃がしたらしい・・・いくら、被害状況報告が任務だったとはいえ・・・まさかそこまで私に恥をかかせるようなことをしてくれるとは思わなかったよ・・・」


 でも・・・そのおかげでリアーネは助かった。アリエスもエリー様も・・・


 「そして・・・さらには彼女が優秀すぎた・・・。定期的に薬の投与が必要になった。」

 あの青い小瓶のことかと・・・アリエスは予測する。


 「薬ですか?」
 「あぁ・・・なにしろ常人よりも数十倍の情報処理によってあの戦闘力を生み出しているのでね・・・例えば魔術ひとつとっても的確に術式と相対距離と有効範囲を計算しなければ使えない・・・加えて戦闘中ともなれば敵からの攻撃回避や反撃のタイミングなど様々な重要課題が出てくる。よって、過度の情報処理能力に脳がおいつけないんだ。」
 「おいつけないと・・・どうなるんですか?」
 「苦しむんだよ・・・激しい頭痛で・・・脳がオーバーヒート状態なわけだからね・・・高熱と吐き気と・・・とにかくすべての不快感が身体を襲う。」
 「それじゃ!?」
 「そう・・・その為の薬だ・・・」


 それを和らげる薬・・・そんなものはこの世に一つしか無い・・・頭痛薬?違う・・・そんなヤワなものじゃない・・・そう・・・





 麻薬だ・・・


 「“BRAND ROSE(ブランド・ローズ)”と名付けた。意味は薔薇の烙印。奴隷に烙印を押すものだからね・・・アレにとっての烙印さ。脳内麻薬によって強制的にその痛みを抑えている・・・ただ・・・依存性がある上に、最終的には廃人となってしまうだろう・・・まあ、兵器だ・・・耐久年数があるのは仕方ない。」

 耐久年数・・・命を・・・耐久年数・・・
 沸々とこみ上げる怒りをまた抑えるのに必死になる。


 「それに、この薬・・・悪い面だけじゃない。無論いい面もある。シルフィリアが任務遂行時目的を達成できなかった時には当然お仕置きが必要だ・・・だが、並の拷問人では逆に彼女の自己防衛本能で殺されてしまう。だから、任務が達成できなかった時にはアレを厳重な部屋で監禁し、薬の不投与を行う。たったそれだけでアレは最大の不快感を味わうことになるのだから・・・死よりもきつい苦しみを・・・しかも最近では薬に対する禁断症状もある・・・2倍の苦しみだよ・・・これによって、任務の遂行率がかなり上昇した。」
 「それは・・・無理矢理・・・彼女の意志を無視して・・・戦わせているということですか?」


 押し殺す声でアリエスが尋ねる。
 
 「あぁ?当然じゃないか?というか意志なんて存在しないよ。アレはモノなんだから・・・君だって剣や槍が『いやです〜殺したくないです〜』と言ったら気持ち悪いだろ?」
 「でも・・・彼女は生きてるじゃないですか・・・」
 「だから・・・生体兵器が生きてなかったらそれこそ問題だろ?」




 「生きている人間が人殺しに対して意志を持てないのが問題だと言ってるんだよ!!!このクソヤロウ!!!」
 ついに怒りは頂点に達した。



 気がついたときには、ヴェルンドの襟を掴んで彼に詰め寄っていた。
 アリエスは怒りの形相・・・なのにヴェルンドはそのまま笑う。


 「意志を持たずに戦うのが問題か・・・中々君は面白い考え方をするね・・・」
 「なんだと!?」
 「ならば私は君に問いかけたい。君は虫を飼ったことはあるかな?」
 「・・・それとコレと何の関係が?」
 「あるんだね・・・なにを飼ったんだい?カブトムシか?それともアリかな?まあ、どちらでもいい・・・その時君は・・・自分に飼われる虫の気持ちを考えたことがあったかい?」
 「!?」
 「カブトムシがいい例だ。普通に森で樹液を吸って普通に自然の中で生きるはずだったのに、人間によって捕まえられ、飼われ、そしてムシバトルとか言って戦わされる。戦闘の意志がないのに、目の前に敵が居るから戦わなければならない・・・それと一緒じゃないか?」
 「人間と虫は違う!!」
 「違わないさ!!どちらも生き物だ!!!君達は単純に虫の上位存在として虫の生死を扱っているだけじゃないか!!それと一緒さ・・・エルフである我々が下級な人間を兵器にして何が悪い!むしろ人間社会のことを少しは考えているんだ!感謝の言葉を貰ってもいいぐらいだよ!!」
 「だからって・・・あんたはシルフィリアがどんな気持ちで戦っているかを知っているのか!?」

 「そんなものを知る必要はないだろう・・・くらだないことを言ってないで、さっさとこの汚い手をどけたまえ・・・」

 「貴様!!!」
 

 我慢ならずアリエスは拳を振り上げる・・・


 しかし、その拳が振り下ろされることはなかった・・・









 なぜなら・・・








 「ヴェルンド様!!」



 2人の喧嘩を知ってかしらずか一人の研究者が割って入ってくる。それを見てアリエスもここでこれ以上の騒ぎを起こすのはまずいと拳を引っ込めたから・・・
 まったくタイミングが悪い・・・

 「どうした?」

 ヴェルンドは静かに襟をただし、研究者の方へと歩いて行く。
 その間にもアリエスは、静かに沸き立つ怒りを抑えていると・・・


 次の瞬間・・・


 研究者が放った一言にアリエスの背筋が凍った。



 「それが・・・ミラー男爵子息と申される方がお越しになっていまして・・・」

 「何?どういうことだ?彼なら今そこにいる・・・」
 「いえ・・・ですが・・・」



 馬鹿な!!? 一体どういうことだ!? 
 本物はIMMが監禁してるから来られるはずがない・・・そして、エーフェ本国から派遣されるはずだった偽男爵子息もジョーカーの情報操作で到着は明日に偽造されているはず・・・
 IMMがミスを犯す?ありえない!!シェリー様とジョーカーとレーナルドが揃いもそろってミスをするなんて!!


 計画では、その偽物よりも1日早く到着し、必要な情報を掻っ攫って帰る・・・それが予定だった・・・
 なのに!?一体どういうことだ!?






 「やぁやぁ・・・あなたがヴェルンド博士ですか?」




 胡散臭い芝居がかった声が響く。
 同時に全員の視線がその声の方へと集まった。
 そこにいたのは、やや小太りな青年。年齢はアリエスと同じ14歳ぐらい・・・
 過度に装飾された赤の軍服に従者も2人従えている・・・


 そして・・・アリエスは彼を知っていた。


 (ニーチェ・ドノバン・・・なんでここに・・・)


 ニーチェ・・・彼は本来なら明日、この研究所に来るはずだった人物だ。キャスリーン派の侯爵の息子でその典型例とも言える存在・・・
 アリエスの兵士研修生時代の同期であり・・・当時から貴族であることを鼻にかけそれゆえに自己中心的で辺りに尊大な態度をとっていたのは記憶にも新しい・・・僅か数年前の出来事・・・

  研修兵だった時代にアリエスは何度か彼と話したというか・・・一方的につっかかってこられたことがあったが、性格はまさにダメな貴族の典型例とも言えるような存在だった。

 「貴殿がミラー男爵子息か?」

 ヴェルンドは上手くアリエスが見えないようにニーチェの視界を塞ぐように立ち、無表情で彼に問う。


 「いかにもいかにも。私の名前はニ・・・ミラー=エスプルンド。アリティア帝国の伯爵の息子にして、今日は研究所の視察に訪れました。」

 ものすごくわざとらしく腰を折る彼・・・
 というか軍服といい、言葉遣いといい、本当に騙すつもりがあるのかどうかが疑わしい。
 だが、ともかく・・・彼の登場で確実に不味いことになった・・・

 そもそも視察予定は明日だというのに何故今日来るんだ!!

 「いやはや・・・本来は視察の予定は明日のはずだったのですが、どうしてもドキドキして眠れずに一日早く来てしまいましたよ。」

 馬鹿かコイツは!!?軍部の指令を無視した!?そんなことが認められると思っているのか!?
 たった一人の勝手な行動で軍は一気に崩れるというのに・・・ソレをドキドキして眠れないから一日早くきた!?舐めてるとしか思えない!!

 一体、兵士研修で何を学んでいたというのだ!?


 「それはそれは・・・ようこそお越しくださいましたミラー伯爵子息。しかしながら・・・申し訳ありませんが既に問題が・・・」
 「ん?何かあったのか?」
 「既にミラー伯爵子息はご到着なさっていますが・・・」
 「な!?何!?まさか計画が・・・」
 「計画?」


 あろうことかバラした!?どこまで愚かなんだ!?

 「いえ・・・その・・・」 (おかしい・・・なんでだ・・・確かに本物は監禁されているはずなのに・・・)


 小声で状況を確認するとか・・・ありえない・・・
 兵士とかそう言う前に、まず人間としてありえない。ヴェルンドの目線は一層のキツさを増した。そして・・・


 「なるほど・・・よからぬ企みがあるようだな・・・」


 むしろ当然のようにバレた・・・彼が指を鳴らすと同時にミラー伯爵子息を名乗っていたニーチェは捕縛される。
 そして・・・当然、この状況で不味いのは・・・アリエス自身も偽物と疑われることだ・・・


 どうするどうするどうする?
 悪い頭を全速力で回転させて考える・・・

 この状況で最善の成果・・・それは現状でなんとかニーチェと自分の2人で連れ帰る方法。
 


 そのためには・・・


 自分が本物を演じ、そして彼を本物を語った敵国スパイの嫌疑で裁くことを理由に本国に連れ帰る・・・これしかない・・・
 いくらニーチェが馬鹿でも、こちらが何かしらの考えをしていることぐらいには気がつくはず・・・せめて黙っているぐらいはしてくれるだろう・・・
 気持ちを一転。ポーカーフェイスを作り、腕組みをして去勢をはる。


 「残念だったな偽物・・・私を捕縛し、入れ替わるつもりだったのだろうが、そうはいかない・・・私を捕らえた愚かな敵兵なら既に全員捕縛した。後は貴様だけだ!観念し・・・
 「あああああああああああああああああーーーーーーーーーーアリエスてめぇ!!!!!」


 ・・・・・・
 

 は?


 え?コイツ何してくれてんの?この状況で目の前に唯一居る味方の名前を叫ぶ?


 ありえない・・・本当にありえない・・・一体何をするつもりだ・・・頼むからこれ以上邪魔をしないでくれ!!


 「アリエス?・・・どういうことですかな?ミラー男爵子息。」
 「違う!!そいつはアリエス=フィンハオラン!!エーフェ皇国のIMMに所属する兵士だ!!てめぇなにしてやがる!!なんでお前がここにいる!?作戦の邪魔をするためか!?俺たちが白孔雀の調査にスパイに来たのを邪魔するためか!!!」


 捕縛されたニーチェが叫ぶ。
 あろうことか素性を全部バラしやがった・・・それどころか作戦内容まで・・・本気か!?一体何をどうしたらそうなる!?

 この状況で・・・なんで目の前の味方を不利にする発言なんかする!?



 「・・・アリエス=フィンハオランだと?」
 「こいつ・・・エーフェの黒狼か・・・」
 「白孔雀が何度か仕留め損なったという・・・」

 ヒソヒソと当たりに敵の話し声が充満し始める。もはや・・・どうあっても逃げられない・・・
 ニーチェのせいで現状は最悪・・・もはや彼を助けだすなんて限り無く不可能・・・


 こうなったら・・・今すぐなんとか一人で逃げる方法を探すしか無い・・・



 「そうか・・・貴様が噂の・・・アリエス=フィンハオラン・・・なるほど・・・シルフィリアを苦しめる相手か・・・おもしろい・・・まさか実際に垣間見えるとは思わなかったよ・・・」
 


 ヴェルンドが薄ら笑いを浮かべながら一歩一歩近づいてくる。同時にいつのまにか周りは衛兵に取り囲まれていた。
 

 この状況で逃げるには・・・
 袖口を探って、仕込んだワイヤーの先端の金具を指先まで引っ張る・・・


 「できれば、違う形でもう少し政治的な話をしてみたかったよ・・・エーフェの黒狼くん。だが・・・こっちの彼はエーフェとの人質交換に使わせてもらうが・・・残念ながら君には消えてもらおうか・・・非常に悲しいが・・・秘密を知りすぎた。君は今・・・私にとっての一番の危険材料だ。」



 ヴェルンドが冷静な顔を崩して怒りを心頭させ、手を大きく掲げる。
 同時に周りの衛兵達がアリエスに槍を突きつけた・・・武器は無い・・・逃げるなら・・・方法は一つしかない・・・


 「下等な人間が・・・エルフを騙そうなど・・・許されることではない!!!」
 

 一気に手が振り下げられ、同時に周りの兵士が一斉に突撃してきた。
 と、同時に・・・アリエスは勢い良くワイヤーの先端を天井のシャンデリアへと投げる・・・よし!上手く引っかかった。


 そして、いっきにそのワイヤーを手繰りよせてシャンデリアへと登った。


 「何をしている!!早くシャンデリアを下ろせ!!!」
 下から命令が飛ぶ・・・同時にアリエスも跳躍した・・・行き先は・・・天井の通気口・・・おもいきり体当たりして入り口を壊し、中へ身体を押し込む。
 

 狭いが14歳の少年なればなんとか通れる広さ・・・初めて身体が小さいことに対して感謝した。









 「ハッハッハ!!!!バカ!!!逃げられると思うな!!!俺を陥れやがって!!!お前も道連れだ!!!八つ裂きにされちまえ!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハ」





 後ろからニーチェの下品な笑い声が響く。
 腹の中に怒りが込みあげた・・・侮辱に対するものではない・・・そんなくだらない・・・身勝手な理由で仲間まで落とし入れようとしている行為に対してだった。
 


 だが・・・
 その一言で彼を捨てていく決心がついたのもまた事実だった。

 人質交換に利用すると言っていたから、殺すということはないだろう・・・
 狭い配管の中を這いずって外を目指す。







       ※         ※             ※








 アリエスが消えた研究室で・・・ヴェルンドは一人天井を見て佇んでいた。
 

 「ヴェルンド様!!追撃の指示を!!!」
 「・・・・・・」
 「ヴェルンド様!!!」
 「いや・・・追撃はいい・・・」
 「は!?何を言っておられるのですか!?」
 「おもしろいことを考えた・・・」

 そうつぶやきヴェルンドは部屋の中央へと静かに歩いて行く。そう・・・
 シルフィリアの元へと・・・
 ボタンを押すと、試験管の中から溶液が抜けていき、そして・・・硝子が消え、シルフィリアがボトッと死体のように地面に転がった。
 その髪の毛を無理矢理掴んで、ヴェルンドはシルフィリアを起き上がらせ、口に無理矢理ブランドローズを飲み込ませる。
 

 そして・・・次に・・・
 懐から出した注射をシルフィリアへと差し込んだ・・・


 「ヴェルンド様!!それは実験中の精神喪失剤では!!!?」
 「いい機会だ・・・実験してみよう・・・」
 

 痛みと苦しみでシルフィリアはもがくが、やがて静かに手足を垂れる。


 「シルフィリア・・・命令だ・・・私の大切な研究所に悪いねずみが入り込んだ・・・始末しろ・・・」
 「・・・特徴は・・・」


 朧気な光の無い瞳でシルフィリアが問いかける。


 「アリエス=フィンハオランだ・・・わかるね?」
 「・・・御意・・・」
 「いいかい?殺してはいけない・・・できるだけ傷をつけずに生きたまま捕らえるんだ・・・」
 「かしこまりました・・・マイマスター。」
 

 そう呟くとシルフィリアは静かに歩き出す・・・途中で杖を召喚し、やがて走って通風口の出口へと急いだ。


 「ヴェルンド様・・・一体どういうことで?」


 訳がわからなそうな研究者の言葉にヴェルンドは・・・


 「フフフ・・・アハハハハハハハッハハハハハハ」


 いきなりの高笑いに壊れたのかと思った。
 だが・・・
 
 「どうやら私は・・・よほど神に愛されているらしい・・・」
 「どういうことです?」
 「アリエス=フィンハオランだよ。」
 「?」
 「貴族の名門フィンハオラン家の子息で、あの賢さと強さ・・・そして状況判断能力・・・」
 「・・・・!! まさかヴェルンド様!!?」







 一息置いて・・・ヴェルンドは静かに囁くように呟いた・・・













 「そう・・・最高の実験材料だ・・・」




   ※           ※               ※





 通風口を抜け、天井板を蹴破ると、そこは研究所の屋上だった。

 いつのまにか雪が降って、外は真っ白になっていた。

 建物の際まで言って、下を覗いてみる。

 地上からの高さは約30m・・・雪が積もっているとはいえ、地面は土・・・飛び降りるのは無理っぽい。

 ならば、どこかにワイヤーを引っ掛けて・・・


 そう思い・・・振り返ると・・・



 !?



 そこにいたのは・・・


 「シルフィリア・・・」


 アリエスはその名を呼ぶ。
 まずい・・・武器になりそうなのは袖のワイヤーだけ・・・戦闘したら間違いなく負ける・・・


 なら・・・どちらにしろこの後これ以上無いぐらいの危険をおかさなければならないのだ・・・なら・・・


 「なぁ・・・シルフィリア・・・どうして・・・俺たち・・・戦わなきゃならないんだろう・・・」



 言葉で説得するつもりはなかった・・・ただ彼女の真意が知りたかった・・・
 彼女がどういう意思で・・・もし薬がなければ・・・戦いたいと思っているのかどうか・・・


 いや・・・もっと単純・・・


 短絡的で・・・もっともっと単純。意志とか希望とか・・・そういうことじゃなくって・・・
 

 もっともっと簡単なこと・・・


 ある意味諦め・・・


 だったらせめて・・・殺される前に・・・



 言いたいことを言ってから・・・



 「俺さ・・・シルフィリアのこと・・・好きなんだ・・・」


 ずっとずっと心の奥底で思っていたことを打ち明ける。
 本当に・・・それは簡単なことだった・・・ただ・・・自分の気持ちに対しての答えが欲しかったのだ・・・もしかしたら・・・ここで殺されるかもしれないのだから・・・


 「初めて会った時・・・一目惚れした・・・こんなにきれいで可愛い女の子・・・この世に居るのかと思った・・・君は『私のことは忘れなさい』って言ってたけど・・・忘れられるわけがなかった」
 「・・・・・・・」
 「でも、君は・・・俺の敵だった・・・それも仲間を大勢殺した・・・敵のエースだった。」
 「・・・・・・・」
 「俺は人をできるだけ殺さないようにしてる・・・だから落ちこぼれって呼ばれたりもする・・・そんな俺とは正反対だった。」
 「・・・・・・・」
 「だから・・・ずっと心の中で葛藤してた・・・このまま好きでいいのか・・・相手は敵の兵士なのに・・・って・・・」
 「・・・・・・・」
 「そして・・・君がシロンかもしれないと思ったとき・・・絶望した・・・俺はシロンと・・・大好きだったシロンと・・・一目惚れしたシルフィリア・・・2人を殺さなきゃならないのかって・・・」
 「・・・・・・・」
 「でも・・・君はシロンじゃなかった・・・もうひとつの可能性・・・カトレアだった・・・知ってる?俺たち・・・戦争なんて何もなければ・・・本当なら結婚してたかもしれないって・・・」
 「・・・・・・・」
 「・・・・・・でもさ・・・君がシロンだろうとカトレアだろうと・・・関係ないよ・・・」
 「・・・・・・・」
 「あの日・・・雪山で一緒に一夜過ごした時・・・思ったんだ・・・わかったんだ・・・本当に好きって・・・敵とかシロンとかカトレアとか・・・全部どうでもいいことなんじゃないかって・・・」
 「・・・・・・・」
 「可愛くて可憐で・・・強くて凛々しくて・・・そして、敵だろうが命令じゃなきゃ助けてくれるぐらいに優しくて温かくて・・・俺自身・・・君のことを好きになったのには・・・何も後悔してない・・・」
 「・・・・・・・」
 「シルフィリア・・・ありがとう・・・」


 本当に笑ってしまう・・・
 生死の瀬戸際だというのに一体何を言ってるのだろうか・・・


 こんな言葉で見逃してくれるとは思わない・・・だけど・・・せめて気持ちぐらいは知って欲しかった・・・
 ソレに悲観しすぎることはない・・・


 生まれる時代が悪かった・・・たったそれだけのことだ・・・


 さて・・・じゃあ、とりあえず・・・一か八か・・・


 飛び降りてみようか・・・もしかしたら骨折ぐらいで済んでなんとか上手く逃げられるかもしれないし・・・


 そう思って・・・シルフィリアに背を向けた瞬間・・・



 カランッと・・・後ろから音が響いた・・・




 振り返ると・・・シルフィリアが杖を落としていた。




 そして・・・それを拾おうともせずに、一歩一歩アリエスに朧気な足取りで近づく・・・



 「・・・シルフィリア?」



 やがて目の前まで来て立ち止まる・・・そしてそのまま静止・・・


 アリエスはその顔を覗き込む・・・
 その顔は・・・やたらと穏やかに微笑み、そこから一切表情を変化させようとはしなかった・・・まるでそう・・・
 意志のない人形のように・・・


 「どうしたの?」


 アリエスが心配になってそう問いかけた瞬間・・・


 「え!?」


 不意に彼女が動いた・・・
 白く冷たい手が両頬を包み込む。そしてそのまま、かなり強い力で引き寄せられたので、彼女の真意を探ろうと、その瞳を覗き込もうとした瞬間・・・
 

 「ンッ!!!!」


 唇が重ねられる。


 生まれてはじめてのキス。
 それも、愛おしくて愛おしくて・・・ずっと葛藤し続けていた相手からの・・・
 その感触は溶けるようにみずみずしく柔らかく・・・僅かに甘いような味すら感じられて・・・
 状況の不自然さなど、一切気にもとめられなかった・・・
 自分の言葉を受け入れてくれた・・・そうとさえ思えた・・・
 ただただ心の奥底から溢れてくる幸福感に身を浸す。








 だが・・・





 「――――!!?」

 次の瞬間・・・腹部に死ぬほどの痛みと衝撃を受け・・・そのまま動けなくなった。
 

 「ど・・・どうして・・・」

 倒れこむ最中・・・
 アリエスはシルフィリアの瞳を見た・・・冷たく・・・氷のような・・・
 意志が通ってない瞳・・・
 


 酷い絶望感と自らの愚かさを闇に発散させながら・・・


 アリエスは静かに・・・床に倒れこみ・・・









 そしてそのまま・・・意識を失った・・・。



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