破壊と流転と囚われの騎士
著者:shauna


IMMの全員が集まった隊舎・・・レウルーラの中で・・・

「どういうことですか!?」

レーナルドの叫び声が響いた。対し、シェリルは静かにため息をつく。

「見ての通りよ・・・」

手渡された書簡をはねのけ、レーナルドの代わりに今度はリアーネとシーブスが声を揃えて叫ぶ。

「“本国はアリエス・フィンハオランとニーチェ・ドノバン両名をスパイ容疑で逮捕した。他国の機密情報を習得しようとする行為は明らかな戦争協定違反であり、我々の国家の法律により処刑処分とする”って・・・そんなことは分かってます!!」
「なんでこんなことになってるんですか!?ニーチェがあの研究所に行くのは、昨日じゃない!!確か今日のハズじゃ!?」
「そのとおり・・・でも・・・あぁ・・・もう!私のミスよ!!まさか、早く手柄を立てたくて一日早く行くなんて思わなかった!そこまで馬鹿な行動をするなんて!!全部私の責任よ!!チクショウ!!」

珍しく慌て激高する彼女に驚きながらやや冷静になったレーナルドが声をかける。

「それで・・・シェリー様・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわよ・・・書いてあるでしょう!?処刑するって!!」
「アリエスのことじゃありません・・・あなたの事です。」
「わたし?」

レーナルドは静かに首肯する。

「えぇ・・・あなたです。今回の件・・・当然キャスリーンの耳にも入っているでしょう。あの下劣で強欲な女のことです。きっとシェリー様に対して責任を追求しますよ?なにしろ、アリエスの潜入計画はシェリー様の独断で行ってしまったのですから・・・」
「えぇ・・・さっきの書簡が提出されてすぐに、私のところに事態の説明を求めるキャスリーンからの抗議書が来たわ・・・とりあえず、“アリエス・フィンハオランは現在病院から自宅に移して療養中であり、おそらく捕縛されたのはアリエスの名を語る別人だろう”と説明したはずですよね?」
「アリエスの自宅・・・ってことは・・・フィンハオラン家ですか?」
「そう・・・エーフェ最古の貴族ともなれば、キャスリーンとて簡単には手出しできないはずよ・・・」
「・・・・・・今回の事態・・・フィンハオラン家への説明は?」
「済ませたわ・・・」
「彼らはなんと?」
「・・・・・・アリエスとて皇国の軍人であり覚悟の元でシェリル妃殿下にお仕えしたのだから、死も覚悟の上。今回のことに関してはアリエスがもっと早く情報を引き出し、早く脱出していれば問題なかったことであり、妃殿下が責任を感じる必要は一切無い。我々はこのままアリエスをかくまっていることとし、頃合いを見計らって病死したことにするなどして、国を欺こう。なれば、妃殿下は成されるべきことを成されよ。アリエスの為にも・・・という言葉を・・・フィンハオラン家総帥から賜ったわ・・・。」
「・・・・・・優しさが逆に辛いですね・・・」
「そうね・・・私から言わせてもらえば・・・罵って貰った方が・・・どれだけ楽だったか・・・」

一拍置いて・・・
レーナルドが苦しそうに言葉を紡ぐ。
シェリルは不思議な顔を彼に向ける。

「・・・・・・なんであれ・・・あなたはこの国を変えなければならない・・・今の腐った国の体勢を変え、新たな国家を形成できるのは、仮にも王族であられるあなただけです。その為に今までたくさんの仲間が命を落としました・・・今回のアリエスだってその一人に過ぎません」
「私にアリエスを諦めろというの?」
「そのとおりです」
「ふざけないで!!処刑報告書は来てない!!アリエスはまだ生きてるのよ!!」
「ではどうやって助けると?司法取引しようにも敵国に金銭を渡すのは収賄行為として罰せられます。そうなればあなたはキャスリーンに一発で食い殺されますよ。何があろうと、公的に裁ける理由は与えてはなりません・・・ならば、金銭がダメなら人質交換ですか?それも無理でしょう。敵国からの人質は我々が今まで捕えてきた多くの人物を含め、全員が皇国軍によって身柄を拘束されています。つまり人質を使うにはキャスリーンの許可が必要です。しかし、アリエスは実家に居ることになっている上に、そもそも使い捨て軍隊の我々IMMの為に人質など用意してもらえると思いますか?」
「くっ・・・」
「助けられないのは・・・つまり死なんです・・・いままではたまたま死んだものは全員、あなたの目の前で死に、あなたは彼らの最後を看取ることができた・・・しかし、今回のケースは特別なんです。」
「遺言も・・・別れの言葉も言えないのよ・・・遺体だって家族のもとに返せないし、お墓だって作れないのよ!!」
「そういうケースもいままでたまたま無かっただけに過ぎません。いまやっているのは戦争です。わかってください!!」
「そんな・・・」
「あなたに今できるのは・・・死んだアリエスの分まで頑張ることだけでしょう!?」




「・・・・・・私は・・・アリエスを絶対に諦めない!!」
「・・・・・・・・まだ・・・わからないのですか?」
「私は・・・奇跡を信じるわ・・・」
「確かに・・・あなたは今まで多くの奇跡を起こしてきたかもしれません。しかし・・・今回は無理です!解決策がありません!!いかなる奇跡も確率があるからこそ起きるんです!!確率0%の奇跡はありえません!!わかってください!!」
「だから何だって言うの!?」


全員が目を見開く・・・だって・・・
あの優しいシェリー様がブチ切れて・・・レーナルドの胸ぐらを掴んでいたのだから・・・。




「黙りなさいレーナルド!!」
「・・・・・・」
「いい!?奇跡って言うのはね!!信じる者の頭上にのみ舞い降りるの!!いままでだって、信じてたから奇跡が起こせた!!たくさんの戦いで沢山の同胞を守れた!!確率0%!?上等じゃない!?私は信じる!!信じもしないでただ起きるのを待ってて奇跡が起きる!?そんなわけないでしょ!?奇跡ナメんじゃねーーーよ!!!!」



あまりの気迫で室内がシンと静まり返る。
しばらくして、シェリルはレーナルドの胸ぐらから手を離す。

「ごめん・・・言い過ぎた・・・」
「・・・・・・いいえ・・・すみませんでした・・・シェリー様を支持します。」

レーナルドに続き、沈黙の室内が一気に「俺も・・・」「俺も!」「私も!!」という無数の声が響く。

「とりあえず・・・次の作戦を考えつつ・・・信じましょう・・・アリエスがなんとか無事・・・帰ってくる未来を・・・」


その言葉に全員が敬礼した・・・
そう・・・全員が願った瞬間だった・・・アリエス・フィンハオランの帰還を・・・






※          ※          ※





目覚めた時の意識は冷たく・・・そしてなにより暗かった・・・
視界が尋常でなく暗い・・・だから、そこが牢屋の中だと気がつくのにしばしの時間を要した。
石だけで作られた部屋に目の前には猛獣をも閉じ込めておけそうな鉄格子。
その部屋の一番奥にアリエスは座っていた。いや・・・座らされていると言った方が正しいかもしれない。
手足に枷を嵌められ、ご丁寧に枷はピンと伸び、部屋の奥の四隅に結び付けられている。
加えて、体にもまるでジェットコースターのシートベルトのように十字に鎖の枷が嵌められ、とてつもなく冷たかった。
それに、武器などを隠し持てないように上半身は裸にされていた。下半身も七分丈の質素な麻のズボンが履かされているだけ・・・靴もない・・・

「軍服と・・・武器は・・・全部没収か・・・」

苦笑いを浮かべてアリエスはため息をついた・・・。
少し体を動かすと全身が凄まじく痛い。
どうやら牢屋に入れられる前に相当殴られたようだ。
「念入りなことだ・・・きちんと人が寝ている間に拷問済みか・・・」
おそらく、脱獄する可能性を極力減らすためだろう・・・。体力を消耗させ、全身を少し動かすだけで痛みが走れば、それだけで脱獄は不可能に近いものになる。
もう一度、ハァ・・・とため息が出る。
はたして、どれぐらい寝ていたのだろうか・・・
牢屋に窓が無いので時間は一切わからない・・・今が昼なのか・・・それとも夜なのか・・・
それ以前に、いったい捕まって何日眠り続けていたのか・・・

「いや・・・それ以前になんで捕まったんだっけ・・・?」

混乱している記憶を少しずつ整理していく。
そして・・・理由を思い出したとき・・・アリエスの脳内に再びあの絶望感と自らの愚かさを悔いる気持ちが一気にこみ上げた。

「馬鹿だ・・・俺・・・あんな・・・気持ちも篭ってないキスで・・・」

涙がこぼれそうになる。


ただ、うれしかったのは事実なわけで・・・
でも、シルフィリアの唇柔らかかったなぁ・・・とかフルーツに例えると桃かなぁとか・・・
そんなどうでもいい考えが頭をよぎる。
ともかく今は現状確認・・・
アレから何日ぐらいたったのかを判断するのが先・・・
とりあえず餓死という面から見ても、飲まず食わずで、まだ生きてるし、精神がはっきりしているから少なくとも1週間は立っていないだろう・・・。
後は空腹加減と喉の渇き具合から考えて・・・おそらくまだ当日だろう・・・
12時間から24時間の間ぐらい・・・
まあ、でも今は空腹感よりも・・・

「俺・・・この後、どうなるんだろう・・・」


そちらの方が心配だった・・・。





「ふ・・・ざまあ見ろ・・・」



となりの牢獄から声が響く。聞いたことがある声だった・・・

「その声・・・ニーチェか?」

顔こそ見えないものの、となりの相手を一発でアリエスは判断した。自分の作戦をメチャクチャにした男・・・ニーチェ・・・


「その様子だと・・・お前も捕まったらしいな・・・」
「黙れ!!大体なんでお前がここにいる!?」
「それはこっちのセリフだ馬鹿!?どこの国家に軍の命令を無視して動く士官が居る!?」
「クッ・・・お前さえこなければ・・・バレなかったのに・・・全部お前のせいだからな!!アリエス!!女王陛下に言いつけて処分を!!」
「その心配はない・・・俺が何もしなくても、あの演技じゃすぐボロを出してばれていたよ・・・それに・・・どちらにしろ、お前も俺も今は囚われの身・・・敵の国家でスパイ行為を働いたんだ・・・この後に待っているのは拷問と処刑・・・そんなことすらわからないのか?」
「ご!!拷問だと!?」
「何を今更・・・貴様だって士官学校時代に見ただろう?ムチで打たれ、焼けた鉄を押し当てられる捕虜を・・・」
「あれは!!連合の兵士が悪だから!!」
「敵国においては俺らが悪だ・・・子供だろうが大人だろうが関係ない。自分に都合が良い解釈をするのはやめたほうがいいぞ。まあ、怖いのはわかるがな・・・」
「はぁ?別に怖くねーし・・・」
「・・・・・・まぁどうでもいい・・・」



そんな2人の前に牢屋の外から物音が聞こえた。そして靴音と共に牢屋の前へと男が姿を表す。紫がかった黒髪とルビー色の瞳・・・忘れるわけがない・・・

「ヴェルンド・・・」

アリエスが小さな声でその名を呼んだ。

「やれやれ・・・無様だね・・・エーフェの黒狼とよばれた剣士・・・一体何人戦場で斬った?そんな男が・・・一人の女にくちづけされただけで油断し無防備になりこうも簡単に捕らえられるとは・・・しかもこの雪の土地で上半身裸とは・・・」
「フン・・・」
「無理をせず・・・お願いします。助けてくださいヴェルンド様って言えば・・・助けてやらないことも無いが・・・どうするかね?」
「お願いします!助けてくださいヴェルンド様!!」

その声は他ならぬ隣の牢屋から聞こえた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

絶句する2人。しばらくの沈黙の後、ヴェルンドが笑い出す

「アハハハハハハ!!!これは傑作だ!!エーフェが荒んでいるというのは聞いたが、まさかここまでだったとは!愉快愉快!!」

その言葉にアリエスは怒りを覚える・・・同時に隣でまるで主にしっぽを振る犬のような表情をしているニーチェにも。
自分はどんなに馬鹿にされてもイイ・・・ただ、祖国を・・・自分が育った・・・優しい家族の居る祖国を馬鹿にされるのはどうしても許せなかった。

「兵器の口づけ程度で茫然自失になったガキと、助けてやるの一言で敵国にしっぽを振るガキ・・・傑作だよ・・・ククク・・・2人とも処分を待つがいい・・・」
そう言いつつヴェルンドは2人が拘束されていた牢屋に背を向け、ニーチェが汚い言葉で罵倒するのも無視して立ち去ろうとする。


だが・・・


「待てよ・・・」

アリエスのその一言で彼は足を止めた。


「お前・・・俺を襲わせた時のシルフィリアに一体何をした?」
「さて?なんのことかな?」
「とぼけるな!」

怒声が飛ぶ。

「あの時俺を襲ってきたあの子・・・とてもじゃないが正常なようには見えなかった」
「・・・・・・」
「何をしやがった・・・お前・・・あの時のあの子の目は・・・光が宿ってなかった・・・」

対してヴェルンドはまたニヤ付く

「まさか、あの状況でそれに気が付いているとは思わなかったよ。さすがエーフェの黒狼と褒めるべきか・・・」
「御託はいい・・・何をした!?」
「何も・・・」
「ふざけるな!!」
「ふざけてないどいないさ・・・ただ、若干水槽から出して戦闘へ以降する時間が短かったというだけの話だ。」
「どういうことだ!?」
「単純さ・・・あの水槽の薬液は特殊なんだ・・・彼女を落ち着かせるための薔薇の刻印(ブランド・ローズ)の他にコカイン・ヘロイン・筋肉増強剤・栄養剤など様々なものが投入されている。まあ、そのおかげであのとてつもない力をもった兵器として育て上げることができた・・・それに、さらに優れた点が、あの薬液から出した後はしばらくの間自我を失い、目的のためには手段を選ばない人形になる」
「!?・・・じゃあつまり!」
「そう・・・先程君を襲った彼女は・・・意志など無かった・・・残念だったね・・・折角のキスだったのに・・・教えなかったほうが良かったかな?」

そして高笑いするヴェルンド。
だが、それを聞いて・・・アリエスは2つの感情が一気に湧き上がる。
ひとつは当然怒り・・・
全身の血液が沸騰するような絶対的な・・・血の涙さえこぼれ落ちそうな怒り。
だって・・・そんなの・・・己の意志と無関係に命令一つで人を殺さなければならないなんて・・・
殺したくなくても・・・失いたくなくても・・・命令一つで手段を選ばず殺さなければならないなんて・・・
もし手に錠が掛かっていなければ・・・目の前の鉄格子がなければ・・・勝敗なんて行きにせずとりあえず一発ぶん殴ってやりたい・・・

だけど・・・その一方で揺れ動く感情は・・・安堵だった。

安心してしまった。

あの時の彼女が本気で自分を殺そうとしたわけではなかった・・・たったそれだけで・・・
自分が好きになったその人は、あんな形で殺す人では・・・
今まで何度も殺し合ったその人は、だまし討ちしてまで殺す人では・・・
雪山で一夜を過ごしたその人は、そんな簡単に唇を許すような人では・・・
信じていた・・・そうずっとずっと信じていた。だからこそ、先程の行為が信じられなかった・・・裏切られたと思った。

だけど・・・そうじゃなかった・・・

操り人形のように動かされただけだった・・・

だけど・・・だからこそやるせなくって、悲しくて・・・

生まれた怒りをどこにやっていいのか分からず・・・
だから、とりあえず目の前の男にあらん限りの罵詈雑言を投げつけた。
だが、男は笑う。まるで、犬が吠えてるのをあざ笑うかのように・・・
いや・・・実際その通りだ・・・犬みたいにつながれて吠えることしかできなくて・・・
そして、ヴェルンドが去った後もしばらくの間吠えるしか無かった・・・
まあ、いいだろう・・・
隣にいる愛国心なきバカヤロウに少し罵詈雑言を浴びせてやるのも・・・




※          ※          ※




牢屋のある地下の階段をあがり、ヴェルンドはしばらく歩く・・・
そして、一人の少女を見つけ、目を細めた。

「シルフィリア・・・こんなところで何をしている?」

その言葉に少女は静かに頭を下げた


「牢にいる私が捕まえた人物の顔・・・観に行こうと思いまして・・・」
「そんな必要はない・・・どうしていきなり?」
「私が意志を失ってまで捕らえた人物です。少し興味が惹かれただけのこと・・・」
「・・・・・・行く必要はない・・・君には早急に片付けてほしい案件があると宮廷から書状が届いている。そちらを優先させたまえ・・・」
「片付けてほしい・・・案件ですか?」
「そう・・・奴らが逮捕されたことで、帝国内でもスパイ狩りが急務となった。そして新たに軍人の中からエーフェのスパイ容疑のある人間が5名程発見された。容疑は固まっていないが・・・何かしらやましいところがあることは確かだ・・・お前の魔術で全員吐かせて、もしスパイだったら捕縛しろ。」
「わかりました・・・」

そう言ってシルフィリアは緩やかに踵を返して姿を消した。
それを見つつ、ヴェルンドは深刻な表情で語る。


「そろそろ処分も考えなければならないか・・・」


と・・・





※         ※          ※





それから少しの時刻が経った・・・


となりの牢屋の馬鹿を怒るのも疲れて、アリエスは暫し休眠をとっていた。
まあ、これ以上隣の奴に愛国心を語っても仕方ないというのもあるけれど・・・最初は言い返していたが、自分に分が悪いと見るやすぐに話しを終わらせることに尽力し、最終的になんか偉そうな文言を並べて黙ってしまった。
しかし・・・
とりあえず寒い・・・上半身裸なせいか、凍えるような寒さだ・・・ある程度意識を保ったまま目を閉じているのを寝るというのかはわからないが、今なら雪山で寝たら死ぬという言葉の意味がわかる。
と・・・

再び牢の扉が開く音がし、コツコツという靴音が響く。その音に目を覚まし、薄い目を開けながら牢の外へ目線を流すとそこにいたのは・・・


「シルフィリア・・・」


アリエスはその名を呼ぶ・・・それに応えることもなく少女は寂しそうに立っているだけだった。


「おぉ!誰だよ!このメッチャクチャ可愛い子!アリエス!お前の知り合いか!?まあ、そんなことどうでもいい!なあ、君!助けてくれないか!そしたら何でも用意する!何が欲しい!?地位か!?名誉か!?金か!?なんでも用意してやるぞ!なんなら婚約し、貴族にしてやってもいい!そうすればすべてが手に入るぞ!どうだ!?」

隣の牢のニーチェが大声で叫ぶ・・・だが・・・

「どうでもいいが・・・幻影の白孔雀だぞ?」

アリエスがそうつぶやいた途端に、態度が一変した。石の壁で仕切られてるが明らかに顔色が青ざめたのが何となく見えた。

「ひっ!頼む!殺さないでくれ!俺を殺したらどうなるかわかっているのか!?国家に対して重大な損失となるんだぞ!それだけじゃない!俺を殺せば軍の大佐が軍を率いて、お前を殺しにくる!わかっているのか!?」

いや・・・相手は単独で戦空艦3隻沈めるような軍人だって・・・しかも敵だし・・・
というか、命乞いだったのか?今のは・・・挑発行為にしか見えなかったのだが・・・
呆れたため息を一つついて、アリエスは静かにシルフィリアへと目線を戻した。


「それで・・・俺に何か用があって、来たの?」

彼女にそう問いかけると、シルフィリアは静かにうつむき、そして消えるような声で問い返す。


「なぜ・・・ですか?」
「?」
「何故、わざわざこんな場所に潜入を?」
「・・・」

その返答にアリエスは困った・・・なぜここに潜入したのか・・・それを問われれば「シェリー様の作戦だから」の一言でいつもなら片付いてしまう・・・
でも今回は・・・

「確かめたいことがあったから・・・かな・・・」

そう言うのが正しいと思った・・・


「確かめたいこと・・・ですか?」


シルフィリアの問いかけにアリエスは頷く。


「君のことを・・・」
「私の・・・こと?」
「そう・・・君の正体を・・・」
「私の・・・正体?」とシルフィリアは呟き・・・そしてさらに俯いた。
「・・・幻滅したでしょう?」
「?」
「あまりの化物っぽさに・・・」


それにアリエスは首を捻った。


「どうかなぁ・・・イレギュラーで言えば俺もそれなりだし・・・」
「え?」
「あ・・・いや、なんでもない・・・。でもさ・・・はっきり言って君が化物だろうが怪物だろうが、別にそれは大した問題じゃないんだよね・・・」
「・・・・・・」

黙ってしまった彼女・・・隣の牢屋のニーチェに聞かせるのは釈だし、アリエスは唇だけを動かした。彼女なら間違いなく読心術の心得があると思ったから・・・

(俺が確かめたかったのはそういう正体じゃない・・・君が・・・カトレア=フェルトマリアなのか・・・それともシロン=エールフロージェなのか・・・それを知りたかった・・・)

「・・・・・・」

(結果として、君はカトレアだった。それはエーフェからすれば大きな損失だし、大きな絶望なのかもしれない・・・でも・・・俺個人としては、大きな救いだった)

「・・・・・・」

(シロンがまだどこかで生きてるかもしれないという可能性・・・君がシロンでないことで、それが明らかになった・・・)

「・・・・・・(幾度かその名を聞きましたね・・・)」


彼女も声を出さずに口だけを動かして話す。


(シロン=エールフロージェ・・・あなたがそこまで追い求める方・・・どのような方なのですか?)

(・・・大切な人)

(・・・恋人ですか?)



「ばっ!!!違っ!!」



いきなりの大声にシルフィリアも驚き、となりの牢屋からは「何いきなり叫んでんだ馬鹿!」という怒りの声も聞こえたが、顔を赤らめつつ無視して続ける。

(友達だよ・・・)

(お友達?)

(そう・・・昔、命を助けてもらった友達で・・・戦乱の中で別れたんだ4年前に・・・絶対もう一度会おうって約束して・・・)

(まさか・・・その約束を?)

(笑いたければ笑ってもいいよ?)

(4年間も馬鹿正直に守り続けているのですか?)

(まぁね。でも・・・約束だから・・・)

(・・・・・・そう・・・ですか・・・)


シルフィリアの声にアリエスは静かに頷いた。


(ただ・・・よく考えると、もうその願いも叶わないかな・・・見ての通りこうして捕まってるわけだし・・・)

(・・・ごめんなさい・・・)

(どうして謝るの?)

(私が捕まえてしまったから・・・あなたの希望を絶つ結果に・・・)

(君は君の仕事をしただけだよ・・・それに・・・意志無かったんでしょ?)

(無くても何をしたのかはぼんやりと覚えています・・・あなたとは・・・真正面から戦いたかった・・・あんな騙し討ちみたいな手ではなく・・・)

(いや・・・あれは騙された俺が馬鹿だっただけだって・・・君が気に病む必要はないって・・・)

(でも・・・)

(それに・・・殺されるなり実験動物にされるなり・・・この後の俺の処遇はわからないけどさ・・・それでも最後の一分一秒まで諦めるつもりないし・・・)

(何をですか?)

(命を・・・俺には信頼する仲間がいる・・・だから皆が助けに来てくれるのを待つ・・・そして、俺自身もこのままみすみす捕まってるつもりはない・・・今も一生懸命脱出手段を考えてるからね・・・)

(・・・・・・)



呆れたような顔で見つめる彼女・・・でも、アリエスの瞳に宿る光が本物だと気がついた瞬間・・・その表情は静かに尊敬の念へと変わっていった。


「食事の時間だ・・・」


牢屋に研究員が入ってくるのと入れ違いで彼女は出て行く
すれ違い様に研究員が問いかけるのに彼女はいつもどおり意志があまり感じられない声で応える。

「シルフィリア・・・こんなところでなにをしている・・・任務はどうした?」
「いえ・・・ただ自分がどんな人間を捕らえたのかを観たかったという好奇心です・・・任務の方はすでに片付けました。宮廷のスパイ容疑のかかった5人の内1人は容疑が晴れた為、調査報告書を提出。残り4人は始末しました。」
「・・・そうか・・・」
「では・・・」


静かに頭をさげて彼女は扉から外に出て行く。
それを見てアリエスもちょっとだけ微笑んだ・・・
どうやら彼女もここにいるのは燦然たる本意ではないらしい・・・
そして牢の扉が開けられ食事が入れられる・・・昼食は茶色っぽく濁った薄い塩のスープと親指程の黒いパンだった・・・まあ、牢屋にしては豪華というべきか・・・
でもそれ以前にまず問題なのは・・・

「両手つながった状態でどうやって食べろってんだよ・・・」


そこだろう・・・





※          ※          ※




それからアリエスは足で椀をつかむという器用なワザを身につけ食事をとり、その後また目を閉じた。脱出する手段を探しつつ、なんとか逃げる方法を考えて・・・
そしてそのまま日が暮れ夜になった。

動いてないのでなんとも言えないが、空腹加減から考えて時刻はおおよそ夜8時といったところだろう・・・
相変わらず外では雪が舞い、それでも何故か空は晴れていて月が見えた。丁度月明かりが牢の窓から入り、アリエスを照らす形になっている。
おそらく計算されてのことだろう・・・暗闇では牢の囚人がなにをしているのか分からないし、蝋燭や魔光石も定期的に取替や魔力の補充が必要で囚人には勿体無い。
それにしても・・・夜は寒い・・・

シロン大丈夫かなぁ・・・どこか、同じ月の下にいるのだろうけど・・・寒くないかな・・・などとガラにもないことを考えてしまう。
と・・・

蝋燭のぼんやりした明るさが部屋に入ってきた


「食事だ・・・」


どうやら夕食の時間らしい・・・
メニューは今度はキャベツの芯入りの薄い味噌のスープと小指ぐらいの黒いパン。
スープが豪華になった分、パンが小さくなったらしい・・・
まあ、それはともかく・・・せめて食べる時ぐらい、手錠を外して欲しい・・・
アリエスの牢とニーチェの牢に同じ食事を入れると研究員はとなりのニーチェが「もっとマシな食べ物食わせろ!俺は貴族だぞ!こんな扱い許されると思ってるのか!」と昼食時と同様に叫ぶのを無視して、静かに牢屋を出ていった。
とりあえず食べることにする・・・
足で器用にパンをはさみ、味噌スープの中にぶち込み(味噌汁と違って、ダシが入ってないので本当に味噌の味しかしないのが特徴)、割れかけた椀を器用に足で挟んで口に運ぶ・・・
おそらく体が柔らかくてよかったとここまで思ったのは初めて。
そして少しずつ飲んでいく。一気に飲むとせっかくの温かいスープで体温を上げることができないから・・・
そして30分をかけて全部飲み終えたあとで・・・何かが最後に口の中に当たったのに気がついた・・・
それはとてつもなく固いなにか・・・まるで金属のような・・・
(まさか虫が入ってたとかじゃないよな・・・)
家庭内害虫の姿を思い出し慌てて吐き出す。
だが、それは・・・とんでもないものだった・・・
家庭内害虫なんかじゃない・・・鈍色に光る簡素な金属の棒・・・
それは・・・

「え?」

鍵・・・
味噌スープが濁っていたから気がつかなかったが中にはこっそりとそれが入れられていたのだ・・・そしてこの状況で鍵といえば・・・
間違いなく手錠と牢屋の鍵だろう・・・
そしてそして・・・こんなことをしてくれるのは・・・ただひとりしか居ない・・・
シェリー様達なら間違いなくこんな回りくどい手段なんて使わずに、そのまま此処に来て解錠呪文を使うだろうし、ニーチェを潜入させるぐらいだから、ここの研究所にスパイが誰か潜んでるとは思えない・・・だから・・・こんなことをするのはたった一人しか・・・


「シルフィリア・・・」


ちょっと嬉しくて涙が出てきた・・・とりあえずそれを口の中に隠して研究員が食器を下げに来るのを待つ。下手に今逃げ出して、遭遇してしまったらまた牢屋の中へ逆戻り・・・彼女の努力が水泡に帰してしまう。
そして研究員が出ていってから、できるだけ手錠をガシャガシャさせて音を立てながら口から鍵を吐き出して尻の下に隠す。
そしてさらに6時間を寝て過ごすことにした・・・




時刻は深夜3時になった。
いかに夜型の研究員といえど、残っているのは徹夜組だけかという時間・・・
アリエスは静かに目を覚ました。
まずは利き腕である右の解錠から・・・とはいえ両手を縛られているため相当難しいのだが・・・また器用になった足が役にたった。体操選手なんじゃないかというぐらいアクロバットな動きをしてなんとか手錠をはずし、そして次は左側。
右に20分。左に3分をかけて、手錠がカランと床に落ちた。
さんざん手錠で擦れた手首の痛みをさすりながら、できるだけ足音が立たぬように歩き牢の錠に鍵を挿し回す。
カチャンッと言う音と共に、鍵が解き、軋む扉を開ける。
慎重に外を確認するも牢番の姿はない・・・まあ当たり前か・・・あそこまで厳重に両手を鎖で縛り付けていたのだ・・・逃げ出すことなど単独ではどう考えても無理だと思うのが普通だろう。
さっさと牢の錠に鍵を入れて扉を開き、外に出る。一応、となりの牢を見てみると、そこではニーチェが毛布に包まり眠っていた。
そもそも脱出できるだけの実力がないから優遇されているのか、研究員に賄賂でも握らせたのか、あるいは大切な取引材料だからなのかは知らないが、自分との扱いの違いに少々やるせない気持ちになりながらもアリエスはそのまま足音を立てないように牢部屋の入り口へと通じる階段を上がった。
そして入り口のドアを開くと・・・
そこには誰かが立っていた。
あわてて拳法の構えを取る。しかしすぐに解いた。
なぜならそこに立っていたのが・・・


「シルフィリア・・・」
だったから・・・

「無事に脱出できたようですね・・・」

無表情なままで彼女はつぶやく

「あぁ・・・ありがとう。おかげで助かった」

感謝してもしつくせない気持ちと、なぜ助けてくれたのかという気持ちを合わせながら、アリエスは静かに礼を述べる。
対しシルフィリアはそのまま無表情で、

「油断してる暇はありません。礼をいうなれば、脱出した後で・・・」

そう呟き、アリエスにとあるものを手渡した。
それは白衣。研究者に成りすますためのものだった。

「着てください。意味はわかりますね」

研究員になりすまして門から外に出ろ・・・そういうことだろう。
静かに頷いた。
ただやっぱり気になるのは・・・


「なんでだよ・・・なんでここまで」
「勘違いしないでください」

冷徹な声で彼女が言う。

「借りを返しただけです」
「借り?」
「えぇ。いつぞや聖女を殺しに行ったとき、聖堂で私を見つけたあなたは、私にただただ退去するように言いましたよね・・・あの場には魔導師シェリルや、聖女エリーまで居たのに・・・あれだけの軍勢なればあの場で私を殺すことも出来たでしょう。」
「あぁ・・・あの時・・・」
「何故私の居場所を教えなかったのですか?あの位置で聖女にアルウェンを振られていたら私は逃げられませんでした。敵である私を殺すのになにを躊躇ったのですか?」
「うーん・・・」

頭を掻きながらアリエスが応える。

「なんだろう・・・やっぱり、正々堂々勝負してみたかったってのがあるかな・・・」
「・・・は?」

呆れ顔のシルフィリア。だがアリエスは真面目に続けた。


「なんていうかさ・・・今の実力じゃ敵わないのは100も承知だけど、それでも君だけはこの手で倒したかった」
「たった・・・それだけで?」
「いや・・・それだけってわけじゃなくって・・・あの・・・うん・・・」
「?」
「いや・・・なんでもない・・・」

惚れた娘だからせめて自分の手で倒して、なんとかして自分のものにしたかった・・・
なんて子どもじみたことを言うわけにはいかないことに気づき、アリエスは静かに口をつぐんだ。
ともかく、今考えるべきは脱出。渡された白衣に着替え、「どうすればいい?」とシルフィリアにこの後の手順を聞く。
やはり彼女もそれを用意していたようで、スラスラと説明を始めた。

「この廊下を真っ直ぐ抜けると、先に黒い扉があります。そこから階段で上を目指してください。一階に出たらそのまま直進。突き当たりを左に曲がれば通用口から外に出られます」
「・・・それで・・・君は?」
「え?」
「大丈夫だよな・・・俺を逃したりして・・・」
「大丈夫・・・ではないでしょうね・・・しかし、殺されることはないでしょう。私にかけた開発費は莫大です。元を取るまでは壊されることはないと思いますので・・・」
「・・・また・・・会えるよね?」
「・・・戦場でなら・・・きっと・・・」

一拍置いて、アリエスは静かにしかし強い想いを込めた視線で、シルフィリアの目をまっすぐに見つめた。

「次に会うときは、本気で殺す。戦場で会うときには、俺の主の・・・シェリー様の為に・・・そしてなにより、皇国の家族と友達と・・・なにより自分が生まれた国を守るために・・・絶対君と本気で戦う。手加減はしない」
「もちろん・・・こちらも手を抜くつもりはありませんし・・・」
「でも・・・」
「?」
「でも・・・もし、次に会ったとき・・・戦争が終わってたら・・・言いたいことが山ほどある・・・伝えたいことが山ほどある。全部終わったら・・・」
「??」
「な・・・なんでもない・・・ありがとう。助けてくれて・・・この借りは必ず返すから・・・」
「殺すと言ってみたり、借りを返すと言ってみたり・・・私はあなたのことがさっぱりわかりません。」
「アリエス・・・」
「え?」
「名前だよ。アリエス・フィンハオラン。じゃあ・・・シルフィリア・・・ありがとう・・・本当に・・・ありがとう・・・」

そして「また、絶対戦場で・・・願わくば戦争のない世界で・・・」と彼は言い残して、シルフィリアが指定した方向へと姿を消した。
残った彼女は静かに呟く。


「アリエス・・・」


綺麗な名前だと思った。そういえば人の名前を意識して呼んだことはなかった気がする。
なんとなく呼んでいた名前の中で・・・ただひとり・・・意識して口にした名前・・・


「なんでしょう・・・」


モヤモヤ?ゾクゾク?
全身を巡る擽ったくて少し不快な気もする感覚。
自分の知識の中からそれに最も近い感情をスキャンする。

そして・・・その答えはすぐに出た。



あぁ・・・そうか・・・


「これが・・・友達が出来るってことなんだ・・・」


小さな小さな声で呟いた一言。
普通に感謝されて普通に誰かと話す。
今まで許されなかった幸せ・・・
正直戸惑いの感情が強い・・・だが決して嫌ではない。
生まれてはじめての小さな笑みを口元に浮かべ、シルフィリアはそのまま静かに踵を返した。彼・・・アリエスを助けるために、今、自分にできること・・・
微力ながらそれをやろうと・・・想い・・・


足が止まる・・・



なぜなら・・・
廊下のはるか向こう側・・・
そこから聞こえる拍手の音。
立っている人物を見て、シルフィリアは驚愕した。
紫の髪・・・ピンクダイヤモンド色の輝く瞳・・・血色の悪い肌・・・
それは・・・自分を生み出した張本人・・・
「ヴェルンド様・・・」
恐怖で身体が震えるのがわかった。





※          ※          ※





「シルフィリア・・・実に見事だよ・・・まさか友情などというくだらぬ感情まで手に入れようとは・・・私ですら考えなかった」

ガタガタと震えながら冷や汗を流すシルフィリアにヴェルンドは不敵な笑みを浮かべながら近づく。

「私が画作し続けた、命の研究。生み出したかったのは化物。他の力を寄せ付けない圧倒的な化物。そして、どこかの大陸が制作しだした機械などという文明とはわけが違う。自我を持った生体兵器。だがしかし・・・」



ヘラヘラとした笑いをしたままヴェルンドは・・・
シルフィリアの首を鷲掴みにしてそのまま高々と持ち上げた。

「やはり、私に触れられている間はすべての魔術を使えず攻撃も一切できないようにプログラムして正解だった。さて・・・シルフィリア・・・聞かせてもらおうか・・・」

顔はヘラヘラとした笑いのまま・・・しかし瞳は怒りと憎しみに支配された色を含ませ、シルフィリアの首をぎりぎりと締め上げながら、ヴェルンドが問う。

「なぜ捕虜のガキを逃がした・・・友達意識など何を学んでいる・・・そんなくだらぬ・・・兵器としての性能を劣化させるような自我をどうやって身につけた・・・答えろ・・・」

細く白い首にヴェルンドの指が食い込み、爪が突き刺さり光る血が吹き出した。
苦しみと痛みに藻掻くシルフィリア・・・

「言っておくが、失神しようとしても無駄だ。お前は戦場で生きる生体兵器。当然失神などというくだらぬプロセスは踏まぬようにプログラムしてある。さぁ答えろ。どうやって身につけた。」

彼女は答えない・・・ただただ抵抗できずに苦しみ・・・そして・・・涙を流す・・・
ビキッと・・・何かが切れる音が響いた。
ヴェルンドはシルフィリアの身体をそのまま大きく投げ飛ばし、そのまま彼女は壁にぶつかってボロ雑巾のように床に転がる。その頭を革靴で激しくなんども踏みつけながら、ヴェルンドは問う。

「ふざけるのもいいかげんにしろ!!涙だと!?だれがそんなものを流すようにプログラムした!!貴様は自立型生体兵器!!ただ誰かを殺し、誰かを騙し、国家を!!俺を!!勝利させるためだけの物だ!!何のために美しい容姿を与えたと思っている!!なんのために強い魔力と俊敏な身体能力を与えたと思っている!!それが涙だと!?ふざけるな!!貴様にそんなモノは必要ないだろうが!!!」

発光する血液がバシャバシャと床に飛び散る。
ヴェルンドは乱暴にシルフィリアの前髪を持つと自分の顔の前まで彼女を引っ張り上げた。


「答えろ・・・貴様・・・どこでそんなくだらぬ感情を覚えた・・・仲間意識、友情・・・私は言ったはずだ・・・お前が覚えるべきは軍を動かす戦略、一騎当千の戦術、世界のありとあらゆる魔術、情報を聞き出すための男を喜ばせる奉仕術、そしてなにより私以外の誰をも信じぬ狡猾さと冷たさ・・・誰が敵を逃がし、なおかつ敵に対して友情を抱くようなそんなくだらぬことを教えた!!答えろこの欠陥品!!!!!!」


そして彼女の身体を何度も何度も殴りつける・・・顔を傷つけたら商売ができなくなる・・・だか身体ならごまかせるから・・・
血を吐こうが何をしようが、やめない・・・ひたすら「早く答えろ!」と拳を殴りつける。

そして・・・

これ以上やったら死ぬという程傷めつけ・・・真っ白な彼女の髪と美しかった彼女の服が血で真っ赤に染まってから・・・駆けつけた研究員に強引に押さえ込まれる形で、ヴェルンドはその手を止めた。
だが、彼の怒りは収まらない。
なぜ失敗したのか・・・なぜいらない感情を習得したのか・・・
一体何が間違ったのか・・・自らが作った完璧作品に何の落ち度があったのか・・・

「絶対に吐かせてやる・・・どうすればいい・・・どんな拷問を用意する・・・死ぬ寸前まで薬を絶って・・・いや、電気を全身に流し壊れる寸前まで・・・いや、あるいはもっと激しい痛みの伴う何かを・・・いや・・・」

今の今まで暴れだそうと研究員達に抑えられていた両腕から静かに力が抜けた・・・
訝しげに2人がヴェルンドの顔を覗き込むと・・・

「・・・ら・・・い・・・」


小声でなにかを呟き始めた・・・薄ら笑いを浮かべながら・・・
ニタァと壊れたように・・・


「ヴェ・・・ヴェルンド様?」「ち・・・チーフ?」


心配そうに研究員が声をかけるが、ヴェルンドはひたすらつぶやき続ける。



「・・・らない・・・」


「は?」






「・・・いらない・・・」





言ってる意味がわからず、研究員が顔を見合わせる。

「ヴェルンド様・・・今なんと?」
「いらない・・・もはや、必要ない・・・」

虚ろな目で語るヴェルンド・・・。そして倒れているシルフィリアを踏みつけると・・・

フハハハハハハハ!!!!

壊れたような高笑いに研究員が「お気を確かに!!」と本気で心配を始める。
だが、直後・・・彼は反して怒りと喜びを両立させた顔で微笑みながら告げた。


「まったく・・・私も甘くなったものだ・・・コレではこのゴミを笑っていられないな・・・」

ゲシゲシと無抵抗なシルフィリアを幾度も踏みつけ、不敵に笑う。



「単純なことだったんだ・・・成功したと思われたこの個体・・・だが、所詮は失敗作だった・・・たかがその程度のことじゃないか・・・なら、これまで同様、破棄処分すればいいだけのこと・・・まったく・・・何を私はくだらぬことで悩んでいるのか・・・」

もう一度大きく蹴りつけ、彼女の身体を反対側の壁まで蹴り飛ばすと、ヴェルンドは研究員達の方へと向き直る。


「破棄するぞ・・・準備しろ・・・」
「よろしいのですか!?シルフィリアにはすでにかなりの額の投資を!!」
「構わないさ・・・コレ意外にもすでに後続の研究個体(ムーンダスト)は何体も居る・・・問題ない」
「では、今までと同じように焼却処分、もしくは殺処分を?」
「いや・・・それでは勿体無い・・・折角これまでで一番出来が良かったモノだ・・・十分に利用してから殺そう」
「具体的にはどのような・・・」
「そうだな・・・折角だから学習データの収集と・・・耐久試験・・・それに・・・ついでだ・・・国内貴族たちにも尻尾を振っておこうか・・・とりあえずまずは学習データの収集と耐久テストだ・・・必要なものをすべて地下に移せ」
「は・・・はい・・・」
「それとあのゴミは、研究所の四階中央に鎖で縛り付けておけ」
「!?・・・ま・・・まさか・・・」
「あぁ・・・そのまさかだ・・・研究所を爆破するぞ」
「なぜわざわざそのようなことを!!」
「研究だよ。それ以外に何がある。それに、皇帝から借り受けたこの建物もさすがに老朽化が激しくてね・・・近々取り壊すことになっていた・・・いい機会だ・・・性能実験に使わせてもらおう」
「・・・・・・」
「ついでに、あのアリエス・フィンハオランも同時に葬れるやもしれない・・・急いで準備しろ」
「い・・・イエッサー」






※         ※          ※





アリエスが研究所の入口にたどり着いたその時・・・
とてつもない音と衝撃に身体が吹き飛ばされ、数百メートル身体が宙を舞った。
幸い雪がクッションとなってくれた為、命に関わるようなことにはならなかったが、それでも肋骨数本と左腕骨をもっていかれた。
それでもなんとか、這いずって雪の中へ身を隠し、後ろを振り返ると・・・
研究所がキノコ型の雲を上げながら倒壊及び炎上していた。

「なっ!?」

あまりの突然の状況にアリエスの脳はオーバーヒート寸前だった。
何がどうなっているのか?どうしてこういうことになったのか・・・
その真相はまったくわからない。
ただそれよりも気になることは・・・

「シルフィリア・・・」

まさか・・・あの爆発に巻き込まれて・・・
だが、今は他人のことなど気遣っている余裕なんてない。


「いつか・・・生きて・・・今度は戦場じゃないところで・・・」


静かに祈りを捧げながら、アリエスは隠れながらその場から逃げざるを得なかった。





瓦礫の山を見つめつつ、ヴェルンドは笑いとも怒りとも取れる表情を浮かべながら、目の前のモノを見つめていた。

「見事だよ・・・まさか、あの状況で生き残るとは・・・」

服はボロボロ・・・体中は傷だらけ・・・頭や腕などいたるところから出血しつつも、なんとか意識を取り留め、地面に転がっているシルフィリアがそこには居た。


「さて、どうするか・・・」

顎に手を当てて考えながら、ヴェルンドはまた小さく微笑む。そしてシルフィリアを抱え上げると大きく高笑いした。


「そうだ!おもしろい余興を思いついた!!シルフィリア・・・喜べ・・・お前には最高の仕事を最後にさせてやる!!」

そしてそのまま彼女を小脇に抱えて、馬車へと乗り込む。







運命は大きく流転することとなった。



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