白き侵略者は足元を見下して嘲嗤う
著者:新夜詩希


「―――」



 月夜は深まり嵐は過ぎ去り、侵入者は何事もなかったように城下街を歩く。アリアハン城兵士達は終ぞ侵入者を排除する事が出来ずに須らく平伏している。情けない……と言ってしまえばそれまでだが、そも実力の次元が違いすぎたのだ。暗闇を上手く利用したとは言え、これほどの軍勢をたった一人で打ち倒した侵入者の実力こそが、異常。この場に於いて唯一膝を屈していない戦士ジークフリードは歯応えの無さに嘆息しつつ、白短髪を掻き散らすと自らが打ち倒した兵士の一人を掴み上げて言葉を発す。

「今すぐ国王に謁見願いたい。我はこう見えても特使でな。王との謁見が通ればお主らをわざわざ弄る必要もない。まあそれは今だけの話だが」

「……お、王との謁見……だと……? ふ……ふざけるな! これほどの無茶をやっておいて、今更何を……!」

「すまぬな、これから『同盟国』になるやも知れぬ国の兵士がどの程度の実力なのか、いち早く確かめてみたかったのだ。無礼は詫びよう」

 兵士は予期せぬ言葉に目を見開く。

「ど……『同盟国』……だと……!?」

「残念だが、貴様とここで問答をしている暇はない。王と会えるのか会えないのか、どちらだ? 貴様はそれだけ簡潔に答えればいい」

 要領を得ない返答にジークフリードは僅かに苛立ち、語気を強める。

「……今の時間では謁見は不可能だ。宿でも取って明朝に出直すがいい」

「そういう訳にはいかん。生憎と、我にも事情がある。今すぐに謁見願いたいと先刻から言っているだろう?」

「しかし規則では……」

「ならば結構だ。『同盟』と言っても内容は穏やかなものではないのだからな、そちらがその気ならこちらも相応の手段を取らせて貰うまで。我を止めたくば心して掛かって来い。次は手加減せん」

 言い捨てるが如くジークフリードは兵士を再び放り出し、城へ向かって歩を進める。

「わ……分かった……! だからもう暴れるのは止めてくれ……!」

 自国であるにも関わらず、完全に主導権を相手に握られている。しかし兵士は従わざるを得なかった。あれほどの多勢でさえ打倒出来なかった相手。満足に動けさえしない自分一人がどうこう出来る筈はない。悔しさを噛みしめつつ、兵士は力の入らない足を引きずって起き上がる。

「そうだ。初めからそのような殊勝な態度を取れば良かったのだ。これでまた一つ勉強になったであろう? フフフ……」

「くっ……開門ーーー!!」

 苦渋に満ちた兵士の声が響く。このような深夜にこのような不慮の事態で開門する事など異例中の異例。アリアハンはその歴史に泥を塗り、遂に侵入者をその城内に招き入れた―――――





「貴公かね? 我が国の兵を虚仮にしてくれた特使とやらは。かような刻限では大した持て成しも出来ぬが、不躾なのはお互い様であろう?」

 アリアハン城謁見室。豪奢な外套を纏い齢から来る威厳以上の迫力を以て国王ラルス13世は不機嫌を顕わにし、向かい合った『特使』と睨み合う。

「フッ……確かに。こちらこそ、仕事を一刻も早く片付けたいという気持ちが逸り些か過ぎた真似をした。事を荒立てた非礼は詫びよう」

 ジークフリードは気圧された様子など欠片も見せず、恭しく片膝を着く。

「よい。其の方にも事情があろう。手段は褒められたものではないが、それよりも我が国の兵士の脆弱さに些かの失望を覚えておる。自国を守る兵は賊を追い返せて然り。だと言うのにたった一人の相手に何十倍もの兵が膝を屈するとは……我が国の軍事力も見直さねばならぬようだ」

「流石は南海を代表する軍事国家元首。器量が広い。我が国の王に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいな」

「お、王様……! 何を手緩い事を仰います! こやつは誇り高きアリアハンに攻め入った賊ですぞ! 引っ捕らえて死罪とするのが常ではありませぬか……!!」

 王の傍らに控える大臣が悲鳴に似た声を上げる。大臣の意見は尤もだが、ラルス王は自国の不甲斐なさを憂う。今回は相手がそこまで凶悪でなかったが故に事がこの程度で済んでいるが、いざ本気で国を潰しに来ていたならば……想像するだに恐ろしい。沈静化しているとは言え、冷戦中である事は間違いないのだ。現状はむしろ幸運な方であると言えよう。

「さて、特使との事だが、貴公は一体どの国の特使でどのような訴状を持ち込んだのだ? ここまで来たのだ、今更遠慮は不要であろう?」

「然り。申し遅れたが、我の名は戦士ジークフリード。エジンベア王より託った訴状を持ち、遠路遥々このアリアハンの地に降り立った。この書簡を以てエジンベア国の総意を汲んで頂きたい」

 南海にアリアハンあれば北海にエジンベアあり。共に島国でありながら、世界の北と南の海を支配する有数の軍事国家だ。ジークフリードは荷物袋から筒状に丸められた書簡を取り出し、ラルスに手渡す。

「エジンベアとな……。船が港に着いたという話は聞き及んでおらぬが」

「船で入国を試みても、上陸前に砲撃に遭うのが関の山。さすれば書簡を届けるどころか全面戦争の様相を呈すだろう。そうなれば当然他国も黙ってはおらん。それはエジンベアとしても本意ではない。従って此度は、禁止を承知で『旅の扉』を使わせて貰った」

「成程な……。確かにこちらとしてもエジンベアとの海上戦争は本意ではない。配慮、痛み入るぞ。だがそれならば我が国の兵に書簡を渡せばそれで済む話……」

「そして何より、『我がこの場にいる事』こそがこの書簡で特に重要な点なのだ」

「…………?」

 ジークフリードの物言いに若干の疑問を覚えつつ、書簡を広げる。そして……その内容にラルスは目を疑った。



『親愛なるアリアハン王ラルスよ。

 突然だが我がエジンベアは其の方の国を貰い受けたい。表向きには同盟でも何でも構わぬが、アリアハンをエジンベアの配下とし、従属させる。さすれば世界の北と南両点に足掛かりが出来、海上のほぼ全域が我がものとなる。ポルトガやサマンオサとて敵ではない。』



「これは……何を考えているエジンベア……!」

 エジンベアの若き王ミュルス6世は野心家として知られている。アリアハンやポルトガと言った世界に名立たる軍事国家に比べれば新興国の部類に入るが、その貪欲な向上心で列強各国に肩を並べる程に軍事強化に力を注ぎ、猛烈な速度で繁栄させて来た。その野心は列強各国の首脳陣に危険視されていたが……まさかこれほどまでに直接的な手段に打って出ようとは。
 書簡には続きがある。



『……と言っても素直に首を縦に振るほど、お主とてお人好しではあるまい。故に、そこにいるジークフリードを我が国の特使として派遣した。ジークフリードを見事打ち倒し、追い返す事が出来たならこの話は取り下げよう。しかし彼一人にアリアハン全ての兵士が負けるようならば、その時は軍事法を用いてでもエジンベアに従って貰う事とする。簡単な話であろう? 良い返事を待つ。

 エジンベア国王ミュルス6世』



「理解出来たか? つまりはそう言う事だ。我を打ち倒す事が出来なければ、アリアハンは是非もなくエジンベアの従属となる。街で兵士を負かしたのは事を性急に運ぶ為。連中程度の実力では束になっても我を倒すなど不可能である事は実証済みだ。さて、どうするアリアハン王よ。アレがこの国の全てではない所を見せてくれ。クックック……!」

 白髪の戦士がさも愉快そうに嘲笑を零す。その表情はあくまで尊大。それもその筈、本人が口にするように先刻打ち倒した兵程度の実力では彼には歯が立たない事は自明の理。彼が臆する要素など欠片も見当たらないのだから。

「くっ……仕方がない。大臣、ライゼンベルトを呼んで参れ」

「…………はっ、かしこまりました」

 ラルスは苦々しく大臣に指示を出し、大臣は礼を返した後足早に謁見室を出て行く。

「ほう……? やはり隠し玉がいたか。そうでなくては愉しみがない。我が剣を披露するに値する相手である事を切に願おう。クックック……!」

「…………………」

 ジークフリードの嘲りとラルスの沈黙が場を支配した数秒の後、謁見室に一人の兵士が姿を表す。

「失礼致します」

 深々と一礼をしたその男は明らかに巡回兵達とは異なる空気を纏っていた。所作は丁寧にして優雅。屈強にしてしなやかな体躯と礼節を弁えた態度は見る者に一種の安心感を抱かせる。

「アリアハン国兵隊長を拝命しております、ライゼンベルトと申します」

 彼はジークフリードの姿を見とめると、もう一度会釈をした。

「我が名はジークフリード。エジンベア国が遣わせた戦士だ。……しかし若いな。兵隊長というと妙齢で堅物の印象があったのだが」

「若輩者で申し訳ありません。兵隊長であるにも関わらず威厳の無さが目下の悩みに御座います。しかし貴殿ほどお若くはありますまい」

 アリアハン国兵隊長ライゼンベルト。齢26にして兵隊長の座に上り詰めた豪傑である。その実力は年に一度開催されるアリアハン武道会で三連覇を果たす程であり、圧倒的な強さを誇る掛け値なしにアリアハン最強の『戦士』。力量もさる事ながら、柔らかな物腰と強靭な精神力で多くの支持を集めている歴代でも屈指の兵隊長なのだ。
 対するジークフリードも僅か22歳。『疾風の申し子』と冠されるその超絶した身のこなしと卓絶した剣技は他の追随を許さない。戦士の常識を覆した『異端児』であった。

「さてと……我が目的は聞いておろう? 早速始めたいのだが……河岸を変えた方が良いのなら応じるが? 充分な広さがあるとは言え、謁見室で試合うのも中々に気が引ける」

「ご高配痛み入りますが、この謁見室はアリアハン武道会場としても利用される舞台に御座います。余程の無茶をしない限り問題はありません。ただし、立会人たる王を故意に攻撃する事だけはやめて頂きたい。その時はどのような手段を用いてでも貴殿を拘束し、法にて処罰致します」

「無論だ。そのような事をしては我が剣が穢れる。実力で捩じ伏せなければ意味がない事は先刻承知。だからこそエジンベア王は我に委託したのだからな」

 そこでジークフリードは言葉を切り、城下街で兵を打ち倒した時と同じように携えた二振りの剣を一本だけ『鞘から抜かずに』構えた。
 対するライゼンベルトも3mはあろうかという『槍』を持ち出す。しかし刃は鍛錬や武道会で用いられる模造に取り換えられており、触れても切れる事はない。そう、このライゼンベルトの得物は槍。『豪槍無双のライズ』と言えばアリアハンでは知らぬ者無し、長物を扱わせれば右に出る者無しとまで謳われる豪傑であった。

「それを聞いて安心致しました。城下街での前例がある以上、常識が欠落した狂戦士で話が通じないかとも思いましたが、杞憂に御座いました。非礼をお詫び致します。しかし、これで心置きなく刃を交える事が出来るというもの」

 ライゼンベルトは長く重い槍を軽々と振り回す。力強くも柔らかく、それは一種の演舞のような優雅さで観る者を魅了する。やがて槍は刃を標的に向けた水平の位置で止まり、一点のブレもなく獲物を捉えんとその時を待つ。
 ピン、と息苦しい程に空気が張り詰める。迸る緊張感。それはあたかも嵐の前の静けさ。未熟者ではこの空気にすら耐えきれまい。

「では始めるがよい」

 ラルスの号令一下。研ぎ澄まされた闘志が質感を得てぶつかり合う。



『――――参る』



 そう発したのは、さてどちらだったか。或いは両者だったのかも知れない。その短い言葉さえも置き去りにして、両雄が激突する。張り詰めた空気は膨張し、熱を帯びて破裂し、波動を成して残響。侵略する者と守る者。強き意思を孕む網膜を焦がす程の剣気は、正に『決闘』を語るに相応しい。

 今ここに、様々な思惑と己が力の証明が交錯する―――――



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