対面なき邂逅



 ――三回目の『蒼き惑星(ラズライト)』、三回目の『世界』。
 ときは『蒼き惑星(ラズライト)暦』1900年、『光の月』下旬。
 これはその世界に生きる『希望の種(ホープ・シード)』たちと、それに関わる存在(もの)たちが紡ぎだす『三回目の世界』の物語――




 ――あの、すべてを呑み込むような闇空を、いまでも憶えている。今日と同じ、あの闇空を――

 もうすぐ日づけも変わろうかというこの時間。オレは外に出て、二階建ての家と、それに覆いかぶさるような闇空を眺めていた。
 オレがなんで真夜中に人様の家を眺め、静かに佇んでいるのか。それを説明するには、少しばかり日を遡らなければならない。


「――つまり、暗殺――か」

 ポツリとオレは呟いた。

「別に暗殺にこだわる必要はないさ」

 言って硬質の壁にひとりの女性がもたれかかる。肩の辺りで結んでいる茶色い三つ編みが揺れた。

「そう。ワシら『暗闇の牙(ダーク・ファング)』が殺(や)ったと露見しなければ、それでいいんじゃ」

 元は戦の女神をかたどったものであろう石像にもたれるように座っている老人が、夕飯のメニューを提案するような口調で、恐ろしいことを口にする。

「さらっとすごいことを言うなよ……」

 老人は怪訝そうに眉根を寄せる。オレの言ったことがよくわからない、と言うように。
 女性も老人もオレの知り合い――というより、仲間だ。裏組織『暗闇の牙(ダーク・ファング)』の。

 女性のほうはルスティン。年齢は見たところオレと同じ19くらいか、20代前半。一般的な緑色の拳闘着(けんとうぎ)を身にまとっている。
 いまは外しているが、戦闘時には必ず銀色のナックルを手にはめているという、典型的な闘士(とうし)だった。

 闘士に関してくどくどしい説明は不要だろう。剣や槍といった武器も、魔術も使わず、拳のみで戦うような奴のことだ。
 ただ、彼女はえらくきれいな顔をしていた。美人だ、とか、モトがいい、というのもあるのだが、彼女の顔には傷がない。オレの見る限りでは、過去に一度たりとも敵の攻撃を受けたことがない。彼女は――強かった。

 ただ、ルスティンは闘士以外の何ものにも見えない格好のせいで、たいした特徴は三つ編みと、人を小バカにしたような瞳。そしてボーイッシュな口調くらいのものだった。
 頭には赤いバンダナ。さらに赤マントをはおっているので、本来最もそこに注意がいくはずなのだが、いかんせんオレも老人も同じバンダナとマントをつけているので、残念なことにそこには個性を認められない。

 で、老人のほうの名はクラフェル。ルスティン以上に個性のないじいさんで、ありきたりな黒いローブに身を包み、肌身離さず木の杖を持っている。頭は白髪だらけで、この老人を一言で言い表すなら『浮浪者(ふろうしゃ)』が最も適切。五年前はこんなんじゃなかったのだが……。

 クラフェルがいつも杖を持っているのはなにも彼の足腰が悪いから、というわけではない。なにせ彼、もう60を過ぎているというのに、自前の足で歩くこと歩くこと。世の中には<浮遊術(フローティング)>という便利な術があるのだから、それを使えばいいと思うんだけど……。失礼、話が横に逸れてしまった。実はあの杖、クラフェルの武器だったりする。あの杖で『召喚陣(サモン・サークル)』や『魔召喚陣(デモン・サークル)』と呼ばれる魔法陣を描き、動物やモンスターはおろか、魔族まで召(よ)ぶという。

 もう気づいた人も多いだろうが、クラフェルはずばり、召喚術士なのだ。
 ついでに言うと、ルスティンもクラフェルも、この裏組織『暗闇の牙(ダーク・ファング)』の幹部だったりする。で、そんな二人にタメ口をきいているオレも当然ここの組織――『暗闇の牙(ダーク・ファング)』三幹部のひとりなのだ。それも19という若さで。

 しかしルスティンやクラフェルと同類だから、といってオレまで個性がないとは思わないで欲しい。
 切るのが面倒でいつの間にやら腰まで伸びてしまった金髪。常に決意が込もっている(はずの)茶色の瞳。肩は軽めの素材で作られている黒いショルダー・ガードで覆い、右腰には風の魔力が込められている魔道銀(ミスリル)製のエアブレード。赤いバンダナとマントはルスティンやクラフェルと同じだが、鎧がはっきり言って自慢の品! なにせそんじょそこらの店で売っているものじゃない。この鎧は威力の低い攻撃呪文なら無効化できる『魔法の防具(マジック・ガーダー)』なのだ。魔法の品なのだ!
 そりゃエアブレードだって魔法の品なのだが、このシブい黒色のマジック・アーマーに比べたら格ってものが違う。なんといってもこの鎧、オレがとある闇市場で手に入れた素性の分からない物だが、かなりの軽さを誇ると同時に、硬度もバツグン。なまくら剣なら傷をつけるのも不可能なほどだ。

 鎧ひとつにここまで熱く語るオレの職業。分かる人間には分かるだろう。そう、宝探し屋(トレジャー・ハンター)だ。世間一般ではこの職業は認められていないため、表向きには魔道戦士としてあるが、オレの本職は宝探し屋(トレジャー・ハンター)なのだ。
 裏世界にいて、『暗闇の牙(ダーク・ファング)』の幹部でいる理由の半分は、こういう立場だとそういった情報が耳に入りやすいからだった。
 そして、裏世界にいる理由のもう半分は――いや、いまそれを語る必要はないだろう。

「いつまで沈黙したとて無意味であろう。決まったか? ファルカス」

「へ?」

 いきなりクラフェルに問われ、オレは思わず間の抜けた声を出した。

「『ヘ?』じゃないだろ。まさか、なにも考えてなかったんじゃないだろうね?」

 呆れた声でルスティン。
 別になにも考えていなかったわけじゃない。しかし、鎧のことで満足感に浸っていたなんて言えるわけもない。

「……考えてたさ。オレが思うにはだな……え〜と、そうそう、別にオレじゃなくてもいいんじゃないか、と思うんだよ。例えば下っ端の暗殺者とかにでも――」

「駄目じゃ」

「うん、そう。ダメだ――って、なんで!?」

 オレのナイスな提案に、しかしクラフェルは首を横に振った。

「お主が殺(や)ることに意味があるんじゃ。ファルカス、おぬしがこの組織に入ってもう三年になるかの。そんなお主がまだ二〜三度しか人を殺した経験がないのでは、下っ端どもに示しがつかんのじゃよ」

 オレははっきり言って、人を殺すのが苦手だ。いまクラフェルの言った『二〜三度』というのも、事故のようなものだったし。大体、別に示しなんてつかなくても、オレはかまわない。

「それとも、殺人をためらうその態度は、ブラッドを裏切る前兆と見るべきか?」

 オレはクラフェルのその言葉に少しだけムッとなる。
 ブラッドとはこの組織のトップの男のことだ。職業は戦士。魔術というものが当たり前に使われているこの世界で、組織のトップや三幹部にひとりも魔道士がいないというのは、妙といえば妙だった。

 余談だが、オレたちの身につけているバンダナとマントは、ブラッドの部下であり『暗闇の牙(ダーク・ファング)』の一員であるという証である。

 あからさまにカチンときているオレをクラフェルは小気味よさそうに見て、続けた。

「さらに情報じゃ。殺(や)ってもらいたい人物の両親は数年前に起こった封魔(ふうま)戦争で戦死した、我が組織の下っ端じゃ」

 ルスティンが言葉を継ぐ。

「つまり、今回のターゲットも裏世界とまったく接点がないわけじゃないんだよ。いまは普通の生活を送ってるけど、いつ裏世界とかかわりと持つか分かったもんじゃない。また、そのときにそいつがアタシらを恨まないとも限らない」

 クラフェルが杖を地面に打ち下ろした。コンと小さな音が鳴る。

「不安の芽は摘み取っておくに限るというわけじゃ。――それと、その両親は封魔戦争の折に、争いの種となっていた魔法の品を手に入れ、自宅に隠したという。これをきっかけに戦争は激化し、奴らは死に至った。――いや、いまはそんなこと、どうでもいいの。ワシらからすればその魔法の品とてどうでもいい物なのだが、ファルカス、お主からしてみればなかなかに興味深い話じゃろう?」

 ここ十数年の間、フロート公国とガルス帝国は数多くの戦争を繰り広げた。実はこの『暗闇の牙(ダーク・ファング)』のアジトも、そういった戦争により廃墟となった城だったりする。
 ガルス帝国は負け続きだったため、ここ四〜五年はフロート公国に攻め入ることもなく、両国はそれなりに平和なのだが、これからもずっとそうだとは限らない。

 で、封魔戦争のことだが、この争いは『魔力を封じる』というアイテムを巡るものだったという。そのアイテムの姿形、効力はどんなものなのか、まったく知られていない。ただ、噂によると、魔族に対抗する切り札なのだという。もっとも、噂なのだからかなり誇張が加えられているとオレは思っているわけだけど。

 ――しかし、封魔戦争が始まるきっかけとなった魔法の品、か。面白そうではある。

 裏世界の情報はかなり正確。裏世界に生きる者にとって、その情報には絶対といっていいほどの信頼がおける。

「……わかったよ。けど、オレの好きなようにやらせてくれ。――で、ターゲットの名は?」

「サーラ・クリスメント」

「まさか――女、か?」

 ルスティンに訊き返す。

「男の名前に聞こえた?」

 いや、そうは聞こえなかったけどさ……。
 いやー、参ったなー。ターゲットは女、か。

 クラフェルが立ち上がった。

「メルト・タウンに住む、青い髪の小娘じゃ」

 そしてオレに背を向け、二階への階段へと向かう。オレが殺しを引き受けたことをブラッドに報せに行くのだろう。
 ふと、足を止めるクラフェル。

「ひとつ忠告しておいてやろう。人を殺すことに罪悪感を憶えるようでは、近いうちに命を落とすことになりかねんぞ」

「そりゃ、ご親切にどうも」

 オレはそう返すだけにした。
 クラフェルはククッ、と笑うと、階段を昇っていく。足音もたてずに。静かに。


 さて、いつまでもたたずんでいないで始めるとするか。
 気の進まないままに呪文を唱え始める。
 関わりのない人間は絶対に巻き込みたくないので、いきなり家を呪文で破壊することはしない。そんなことをしたら、ものすごい音が夜の町に響き渡ることになるのは分かっているから。

 呪文が完成した。

「浮遊術(フローティング)」

 声に応えて身体が宙に浮く。そのまま二階の窓に近づいていった。どうやって窓を開けたものか考えながら。
 まずは窓についている取っ手を軽く引いてみた。意外にも窓はあっさり開く。

 ……不用心な……。

 窓を完全に開けると、素早く中へ入り込んだ。大きい窓だったため、ショルダー・ガードが引っかかることもなかった。

 ――っ!

 前方に人の気配。こいつがターゲットか!?

 一瞬ためらってから呪文を唱える。攻撃呪文ではあるが、殺傷能力の低い術を。
 しかし――

「激流水柱砲(アクアラー・ブラスト)!」

 水の柱が押し寄せてくる!
 しまった! 呪文を唱えるスピードはあっちに分があったか!

 水の柱に流されるまま、オレは開いたままの窓から宙に投げ出された。
 ちなみにオレのこの黒い鎧、物理的な水圧には効果がない。
 なので……再び<浮遊術(フローティング)>を唱えることもできず、オレはそのまま地面に叩きつけられた。
 ……ムチャクチャ痛い……。

 しかし――いまさっき術を放ったのは、声からして若い女性。おそらくサーラ・クリスメントその人だろう。……真っ暗で顔は見えなかったけれど。

「浮遊術(フローティング)……」

 再び宙に身を浮かせ――宿に戻ることにする。全身痛くて立ち上がれないし、今日のところはひとまず退散することにした。
 オレがターゲットの顔を見れなかったのと同じように、オレの顔も見られていないと判断しての行動だった――。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 『ルーラーの館』に置く初の小説をここにお届けします。管理人のルーラーです。
 今回はプロローグみたいなものなので、短いですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
 いや、これ以上話を進めると、サブタイトルと中身が合わなくなってしまうのですよ。もう合っていないという指摘は聞こえないフリ、ということで。
 さて、この作品はいまから2年ほど前に原稿用紙に書いたものです。なのでいまとは若干作風が違うかもしれません。一応多少は手直ししたんですけどね。
 ちなみにこの長さで、原稿用紙(20字×20行)約13枚といったところです。
 字の文が長いのは、まあ、昔の作品であることと、第一話であることに免じて許してください。

 今回のサブタイトルは元永さん発案の『対面無き邂逅』からです。ありがとうございます。
 『無き』はひらがなにさせて頂きました。そのほうが作品に合うかな、と思いましたので。ちなみに意味は『邂逅はしているけれど、顔(面)は合わせていない』というものです。まんまですね。
 しかし今回、展開が暗いですねぇ。第一話なのに……。『無き』のほうが合っている気さえします。
 それにしても原稿用紙からの写しというのは、思ったよりもキツかったです……。
 常に視線を原稿用紙のほうに移動させるわけですからね。目への負担が普通に書いているときよりも大きい気がしますよ。まあ、途中でまったく詰まらないというメリットもありますけど。
 それでは、また次の作品でお会いできることを祈りつつ。



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