夜明けの大地



 戦いは不毛と言うほかなかった。
 クラフェルの召喚したデーモンどもをオレは魔術で、ルスティンは拳でぶち倒す。
 しかし、クラフェルも負けじとデーモンを召(よ)び出す。
 どちらかのスピードが勝っているならまだしも、デーモンを倒すのと召び出すのがほぼ同じとなると、本当、不毛としか言いようがない。なんていうか、キリがない。

 やがて、そんな戦いにも変化が訪れた。

「蠢く死体(ウィガー・アンデッド)!」

 クラフェルに召喚されたのは、なんというか、死体だった。ブクブクに太った、動く死体。それも四体。太った部分には腐敗した際のガスが詰まっているのだが、それさえ知っていれば――炎を当てて引火さえさせなければ、動きの緩慢なでくのぼうに過ぎない。まあ、力はそれなりにあるし、打撃が効きにくいので、完全に油断も出来ないが。
 召び出された四体の死体たちは、未だ火の手収まらないサーラの家へと歩を進め――って待った待った待った! それはマズい! 詰まっているガスが爆発する!

 動きがノロいから詠唱の時間はあるだろうが、なにを使う? とっさに唱えかけた火の精霊魔術の詠唱をやめ、しばし考える。――よし、あれにするか。

「三方操衝弾(ダーク・スティング)!」

 召喚されたアンデッド一体に狙いを定め、重ね合わせた掌から黒い帯を三本同時に撃ちだす! 一本はそのまま直進して狙い通りに動く死体を一体、撃ちぬいた。そして残りの二本は軌道を大きく曲げてそれぞれを葬り去る。オレが頭に思い描いた、そのままに。

 実はこの術、慣れれば黒い帯の軌道を三本ともコントロールすることが出来るのだが、いまのオレにはそれはまだ無理だった。だから一本にだけはまったくオレの意志を干渉させず、直進する軌道上にアンデッドが居るように狙いを定めた。結果、そのどれもを動く死体に命中させ、倒すことが出来たわけだ。
 しかし、まだ一息はつけない。まだ動く死体は一体、残っている。けれど、

「精神裂槍(ホーリー・ランス)っ!」

 続けざまにオレの放った蒼白い光の槍が、残った動く死体の身体を貫く! 塵となって崩れ去る人の姿をしたアンデッドモンスター。サーラの使った<精神滅裂波(ホーリー・ブラスト)>ほどの魔術はさすがに使えないが、それよりレベルの低いこの術ならオレにだって使えるんだ。

「魔族召喚(サモン・デモン)!」

 <蠢く死体(ウィガー・アンデッド)>はどうやら、単に<魔族召喚(サモン・デモン)>を唱えるための時間稼ぎに使用しただけらしい。クラフェルの声に応え、現れるエビル・デーモン五匹。
 よく考えてみれば、あんなアンデッド四体でオレたちを倒せるなんて、クラフェルも思ってはいないだろう。動く死体四体とまがりなりにも魔族であるエビル・デーモン五匹。どちらが強いのかなんて、考えるまでもないのだから。

 しかし、オレはなかば勝利を確信していた。
 なぜならこの戦い、表向きはクラフェルが次から次へと召び出すエビル・デーモン対ふたりの人間という、オレたちに不利なものに見えるが、デーモンがクラフェルによって召喚されている以上、戦いの本質はクラフェルが召喚術を使うたびに消費する魔法力と魔術でデーモンやら動く死体やらを倒すたびに消費していく魔法力、それが先に尽きたほうが負けるというものだからだ。

 また、オレの魔法力が尽きたとしても、まだ負けにはならない。ルスティンが魔術を使わずにデーモンを倒せているからだ。それも、楽々と。
 そして忘れてはならないのが、いまは戦線離脱しているサーラの存在だ。彼女が破邪の――オレのより高位に属する<精神滅裂波(ホーリー・ブラスト)>以外の破邪の術を使える可能性は極めて高いのだから。
 別に義務づけられているわけではないのだが、僧侶にはそういう『神聖』なイメージがついているから、破邪の術を覚えておこうとする人間が多かったりする。

 だがクラフェルほどの奴なら、そこにも気づいていて切り札のひとつも用意していておかしくない。だからオレもそれを警戒し、最強の術を使えるだけの魔法力は確保していたりする。

 クラフェルが切り札を使うときこそが、デーモンを召喚するための魔法力が尽きたとき。そう考えて間違いないだろう。
 少々、深読みしすぎな気もしたが、ここまで押さえてあればこちらの勝利は確定。負ける要素なんてどこにもない。そう思い、魔術でデーモンを一匹倒したそのとき――

「――動くなっ!」

 クラフェルが大声を張り上げた。気絶している下っ端ひとりの首に小ぶりのナイフを当てて。オレは思わず動きを止めた。首だけを動かし、あたりを見回してみると、あちこちに下っ端の死体があった。クラフェルに捕まった奴以外の下っ端はデーモンの攻撃に巻き込まれ、すでに全員、絶命していたらしい。

 下っ端を人質にとられたところで、かまうことなどなにもないはずだった。クラフェルの<精神意操(マリオネット)>で操られている『敵』なのだから。しかし、逆に言うのなら、『暗闇の牙』の下っ端どもは操られていただけだというのも、また事実で。

「…………。くそっ……!」

 これは正直、予想外だった。まさかオレにとって敵となる奴を人質としても利用するだなんて。完全に、想像の外だった。
 睨みつけるオレに、クラフェルは嘲笑を浮かべてみせる。

「やはり弱いな、ファルカス。いつだったか忠告したじゃろう。人を殺すことに罪悪感を覚えるようでは近いうちに命を落とすことになりかねんぞ、とな」

 悔しいが、クラフェルの言うとおりだった。こんな手を使われたんじゃ、魔法力を残しておいたことさえ、なんの意味も持たない。
 クラフェルに突っ込んでいってあの下っ端をなんとかしたいが、奴には隙というものがない。

 ――と。

「――ファルカスは弱くなんかないよ」

 声は火の手の上がる家のほうから聞こえてきた。優しく、強い声だった。

「裏世界で生きながら、なお、人間(ひと)としての心を失わなかっただけだよ」

 声がしたほうを向くと、そこには白いローブではなく緑色の神官服に身を包んだサーラの姿。

「……や、やかましいっ! やれっ!」

 クラフェルの命令に従い、吠えていっせいに闇の矢をサーラに浴びせかける五匹のデーモン!
 しかし、その闇の矢はどれも彼女に――いや、彼女の服に突き刺さると同時に消滅する! そう、まるで服の表面に闇の矢を無効化する結界が張りついているかのように。

 そうか! あれがサーラの両親が手に入れた『魔法の品』! エビル・デーモンの放つ闇の矢をことごとく無効化してしまうなんて、一体、どれほど高位の――いや、いまはそれよりも――

「――ぐっ!?」

 オレがクラフェルに視線を戻したとき、すでにルスティンが踏み込み、奴に拳を放っていた!

「クラフェル。本当に弱いのは、下っ端やら動く死体やらデーモンやらをアテにしているあんたのほうなんじゃないのかい?」

 地に倒れ伏したクラフェルを見下ろし、冷たく言うルスティン。

「くっ、ぅ……」

 呻くクラフェル。それを攻撃の合図と思ったのだろうか。デーモンたちが吠え声と共に闇の矢を放ってくる。しかしオレのほうは難なくかわし、サーラに向かっていった矢は先ほどと同じ末路を辿った。

 小声で呪文を唱えていたのだろう。サーラが呪力を解き放った!

「破邪滅裂陣(ホーリー・グランド)っ!」

 あたりがまばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間にはすべてのデーモンが消え去っていた。かなり高位の破邪の術なのだろう。サーラが肩を大きく上下させていた。

「だ、大丈夫か……?」

「……大丈夫。ちょっと、疲れた、だけ……」

 言って、サーラはオレに笑みを向けてくる。

「――で、その服が魔法の品?」

「うん。地下室に隠して、おいたの……」

 なるほど。地下室に、か。そこになら火の手も回っていなかっただろう。しかし、魔道士の家には研究のため、隠れ地下室とでも言うようなものがよく存在すると聞くが、まさかサーラの家にもあったとは……。

「それにしたって、悠長に服を着替えてこなくても……」

「だって、着ないと意味、ないでしょ……?」

 それはまあ、そうなのだけれど。

「まだじゃ……。まだ、負けてはおらんっ……」

 クラフェルが弱々しい呟きを洩らす。

「来い、ハルクっ……!」

 ……ハルク……?

「――おやおや、ボロボロだねぇ、じーさん」

 『それ』は、闇の中から現れた。
 海賊の船長のような帽子を被り、魔道士のローブらしきものと漆黒のマントを身に纏っている。ただ、顔は真っ黒で、瞳があるべき場所には緑色の光が灯っていた。鼻や口といったものはどこにもない。

「――魔族……」

 サーラの呟きが、耳に届いた。

「そう。オイラは魔族ハルク。そこのじーさんの命令だからね。あんたらを消させてもらうぜ」

 やはりクラフェル、切り札を用意していたか。ならこっちも――

「断罪の光(デマイズ・レイ)!」

「――うぉっ!?」

 素早く呪文の詠唱に入っていたらしい。サーラの声に応え、蒼白い光の柱がハルクを押し潰さんと虚空から降り注ぐ!

 ……想像以上に戦い慣れしてるなぁ、サーラ。<断罪の光(デマイズ・レイ)>もオレに向けて放たれたときとは段違いの威力になってるっぽいし。しかし、決定打になったとは思えない。

「……いきなりでびっくりしたぜ。まったく、人間ってのはせっかちだねぇ……」

 ……びっくりした? その程度の効果しかないのか? サーラのおそらくは本気で放った<断罪の光(デマイズ・レイ)>が? なんて奴だ……。

 サーラも一瞬、詰まった表情を見せたが、すぐに気を取り直し、次の呪文の詠唱へと――

「待った待った。ここはオレに任せてくれ」

「――え? でもファルカスひとりで、なんて……」

 いや、実際はサーラにもやって欲しいことがあるんだけどな。全部を任されたら、いくらなんでも困るし。

「サーラ、消音の術は使えるか? 風静振動陣(サイレンス・フィールド)みたいなやつ」

「えっと、風静振動陣(サイレンス・フィールド)は使えないけど、似たようなのなら、一応。でも、なにをするの?」

「よし。じゃあ――」

 サーラに作戦を話し終えると、オレは剣を片手にハルクへと突っ込んでいった。

「無謀な突撃は死期を早めるだけだぜ?」

 ハルクは右手に闇の剣を創りだし、左手から一条の光の筋を放ってくる。

「もっともだな。オレだって無策で魔族を相手どるつもりはないさ!」

 夜の闇に銀色の残像を刻み込み、オレは闇の剣を手にしている剣で受けた。一条の光線は身をひねってかわし――クラフェルが人質にしていた下っ端の左胸に突き刺さった!
 せっかくルスティンが助け出したというのに、運がないというか、なんというか……。

 ともあれ、ハルクの繰り出してくる攻撃をかわしつつ、呪文の詠唱を開始する。
 唱えるのは、この世界の魔王――漆黒の王(ブラック・スター)ダーク・リッパーの力を借りた無差別破壊呪文。これを使ったらオレの魔法力はほとんど尽きるだろうが、問題はないだろう。クラフェルにはもう魔法力は残っていないはずだし、ハルクは見るからに下級魔族。魔王の力を借りた術にまで耐えられるとは思えない。

「黒の精神(こころ)を持ちしもの
 破壊の力を持ちしもの
 我らが世界の理(ことわり)に従い
 我に破壊の力を与えん
 その力 神々すらも滅ぼさん
 闇に埋もれしその力を
 我が借り受け 滅びをもたらさん!」

 詠唱を終え、オレはハルクと大きく間合いをとる。
 この術、実はこんな町の真っ只中(まっただなか)で使っていいものじゃなかったりする。理由は単純。威力――というか、爆発力が強すぎるからだ。下級のではあれ、魔族を一撃で倒せる威力を持つこの術は、考えなしに町の中で使った日には広範囲に渡って多くの家を爆発に巻き込んでしまう。けれど――

「黒魔波動撃(ダーク・ブラスター)っ!」

 オレの放った黒い波動がハルクに向かって突き進む!

 あの波動は確かに、ハルクに接触すると同時に大爆発を起こすだろう。それは防げない。あるいは防ぐ方法があるのかもしれないが、少なくともそんな方法、オレは知らないし、考えてもいない。
 要するに、爆発してもかまわないのだ。ここは町の端っこで、爆発に巻き込まれる家なんて、すでに炎上しているサーラの家くらいのものなのだから。

 そして、唯一の問題である爆音のほうは、

「風力無効(キャンセル・エア)!」

 クラフェルが<核炎球(コア・ブレイク)>を使ったときにオレがやったように、サーラに魔術で消してもらった。まあ、本来のこの術は確か、風の精霊魔術を無効化するためのものだったはずだけれど、こういう使い方もあるってわけだ。

 直進していた黒い波動は、ハルクに接触すると同時、大爆発を起こす!

 ……なんか、音を消したせいでかなり迫力に欠けたな……。まあ、いいけど。いいんだけど、なんていうか……。

 ――と。

 ……どぉ……ん……

 <風力無効(キャンセル・エア)>をも破るか、あの術……。まあ、小さい音だったし、町の人間が見にくることはないだろう。……たぶん。

「――なんか、ミもフタもない気がしないかい……?」

 まあ、確かに、な。なんか、あっさりやられすぎだよな、ハルク。盛り上がりもなにもあったものじゃない。
 しかしオレはルスティンの呟きが聞こえなかったフリをする。たとえ心の中でであっても、いまはおちゃらけている場合じゃない。

 小さく息を吸って、クラフェルのほうへと足を向ける。サーラがなにやら動いたようだが、気に留める余裕もなければ、つもりもない。

 一歩一歩、クラフェルと間合いを詰めるにつれ、緊張感が増してくる。もちろん、頭を支配する『熱さ』も。『熱さ』と『冷たさ』がオレの中に同居している。それを生みだす感情は、『クラフェルへの怒り』という、同じもので。あるいは、人間はこれを『殺意』と呼ぶのだろうか、と頭の片隅で冷静に思う。

 そして――双方が攻撃できる間合いの場所で、オレは立ち止まった。

 しばしの沈黙。オレの――いや、オレとブラッドの人生を狂わせた男は、怯えも逃げもせずに、黙ってそこに立っている。

「――覚悟!」

 オレは剣を振りかぶり――
























































 剣に血が滴ったのは、振り下ろす前のことだった。

 ――なんで……?

 オレが剣を振り下ろすのを止めた人間――サーラは、つま先立ってオレを後ろから包むように刀身を握っていた。この場にそぐわぬ優しい、穏やかな表情で。

「どうし――」

「もう、やめようよ。ファルカス」

 感情にまみれたオレの問いをさえぎり、サーラが言葉を紡ぐ。

「『暗闇の牙』の人間が殺されたって、悲しくもなんともないけどさ。ううん、わたしだって殺してやりたいって思うけど、さ。それでも……それでも、こんなことをしたって、なんにもならない。無意味にファルカスの心が傷つくだけだよ……」

 指先から血を滴らせながら、サーラは続ける。

「ファルカスは知ってるでしょ? 人を殺す恐ろしさ――自分の心が闇に染まっていく恐怖を……」

 サーラをふりほどいて剣を振るうことも、出来なくはなかった。しかし、そうする気には、なぜか、なれなかった。なぜかは――自分でもわからない。

 けれど――。

「――行けよ。とっとと」

 オレのセリフにクラフェルが一歩、退った。

「もう二度とオレの前に現われるな! オレの気が変わらないうちにとっとと、どこかに消えろ!」

 びくっ! と身をすくませるとクラフェルは、脱兎の勢いで走り去った。さっきまでの態度は、ただ虚勢を張っていただけだったらしい。

 まあ、あれだけ脅かせば、もうオレにちょっかいは今後、かけてこないだろう。おそらくは。

 それからオレはひとつ息をつき、

「いい加減に剣から手を離してくれ、サーラ。見てるオレのほうが痛くなってくる……」

「――あ、ごめん」

 照れ笑いを浮かべながら、ようやく剣から両手を離すサーラ。

 ――と、そういえばルスティンは……?

 あたりを見回し、探してみると、彼女の姿は町の出口あたりに見つかった。

「もう行くのか?」

 ルスティンはオレの言葉に肩越しに振り向いて、

「留まる理由はないからね。それとも――『ブラッドを裏切ったお前をこのまま見過ごすわけにはいかない』とか言うつもりかい?」

「…………。ひねくれてるよなぁ、お前って……。オレはただ単に礼を言いたかっただけだよ。お前が共闘してくれていなかったら、デーモンたちにもっとてこずっていただろうし、さ」

 それにしばしきょとんとすると、今度は全身で振り返るルスティン。

「――礼なんて別にいいさ。アタシはあんたの力をちょいと利用させてもらっただけなんだから」

 ……そういう言い方をするか。まったくコイツは……。

 オレは少し苦笑を浮かべる。

「……それでも、さ。やっぱり、助けてもらったのは本当だし――」

「あははははっ!」

「な、なんで笑うんだよっ!」

「いや、悪い悪い。あんたにそんな改まって言われると、なんか、可笑しくって、つい、ね。――けど、変わったねぇ、あんた。ちょっと前までなら『オレの力を利用するなんて――』って怒ってただろ?」

「え? そう、だったか……?」

「そうだったさ」

 ルスティンはサーラに視線を移し、

「あんたが変わったの、きっとその娘の影響なんだろうね。――じゃ、そろそろ行くとするか。あまり遠くまで逃げられても面倒だしね」

「は? 逃げられても……?」

「こっちの話だよ。じゃあね、ファルカス!」

「――あ、ああ……」

 そうして、今度こそ。

 ルスティンは二度とこちらを振り向くことなく、去っていったのだった――。


 火の手が収まりつつあるサーラの家(跡地)に、オレは身につけていた赤いマントを投げ入れた。すると炎はわずかにその勢いを増す。次にオレは頭につけているバンダナへと手を伸ばし――

「――なんで、燃やしちゃうの?」

 静かに、サーラが尋ねてきた。オレはそれに淡々とした口調で答える。

「もう、必要のないものだからだ。このバンダナといま燃やしたマントは『暗闇の牙』の一員だという証としてブラッドにもらったものだから。ブラッドが死んで、組織がなくなったいまとなっては、もう、必要のないものなんだ」

 自分でもわかっていた。この言葉はオレ自身に言い聞かせているものなのだ、と。

「必要なくなんか、ないよ」

 うつむき気味になっていた顔を、オレは無理にあげる。すると、優しいけれど、どこか強い意志を感じさせるサーラの瞳と出くわしてしまった。彼女は焼け崩れた家のほうへと、少し悲しげな眼差しを向けて言葉を紡ぐ。

「いまはもう、焼けちゃって跡形もないと思うけど、あの白いローブはお母さんが組織に関わる前、魔法医をやっていた頃のもの。お母さんのお古で――唯一の形見だったんだよ」

 そういえば、あのローブには傷こそなかったものの、だいぶ着古していた感じがしたことを思い出す。

「わたしはあれを燃やさざるを得なかったけれど、ファルカスは違うでしょ? なのに、なんでファルカスは燃やしちゃうの?」

 初めて見る、オレを責めるような表情のサーラ。

 ――けれど、オレは――

「それに、ブラッドはやり方を間違えはしたけど、その意志や目的までもが間違ってるとは、わたしには思えないよ」

 それはそうだろう。オレにだってすべてが間違っていたとは思えない。でも、マントとバンダナを燃やしすことで、ブラッドのしたこと、やろうとしていたことをすべて忘れたい、ブラッドの意志を背負いたくないとも、オレは思っていて。だから、オレは――

「ブラッドの目的を――その意志を尊いと思うなら、考えを正しいかもしれないと思うのなら、誰かがそれを記憶して、どんなものでも形として持っているべきだよ。人間(ひと)は死んだら、その人間と触れ合った人間の心の中でしか、生きられないんだから。だから、すべて燃やして忘れようとしちゃ、駄目だよ。
 それに、人間の記憶は少しずつ薄れていくものだから、たしかな形を持ち続けないと」

 オレは頭につけたままのバンダナを握り、言葉を絞りだす。

「――けど、嫌なことしか詰まっていないこれを持ち続けるなんて、オレには――」

「本当に、嫌なことしかなかったの? 楽しい、嬉しい記憶はひとつもないの? 迷い込んだその道には、『よかった』って思えること、ひとつもないの?」

 サーラに問われ、オレはしばし沈黙した。
 このバンダナはブラッドの意志。あいつの、形見だ。ブラッドの考えが本当に正しかったかは、よく、わからないけれど……。

 けど、『よかった』って思えること、ひとつはあった。

 サーラ・クリスメント。――彼女に会えたこと。

 ガルス・シティでくすぶっていたら、彼女との出会いも、きっと、なかった。


「今日は、町の中で野宿かな」

 ポツリとそう洩らすサーラ。

「なんでだよ。お前、弟子がいるんだろ? ならそいつの家に泊めてもらえばいいじゃないか」

 ちなみにオレとサーラの怪我だが、サーラも魔法力がほとんど尽きているため、回復はまったく出来ていない。……あ、<病傷封(リフレッシュ)>で痛みの感覚をマヒさせていた脚が、気のせいか、また痛くなってきたような。まあ、止血はしたから、大丈夫だろうけどさ。

「ファルカスはどうするの?」

「オレか? オレは、そうだな……。ま、あちこち宝探し(トレジャー・ハント)しながら気ままに旅するさ」

「ふうん。……ねえ、ファルカス。わたしもその旅、ついていっていいかな?」

「え? まあ、オレはかまわないが、弟子のことはいいのか? それにこの町にはお前しか魔法医はいないんだろう? 大体、突然お前がいなくなったら町のみんな、心配しないか?」

「大丈夫だよ。弟子っていっても、一流と呼べる腕は充分持ってるし、わたしがいないほうがむしろ、カレンも魔法医としての自覚が出るだろうし、ね」

 魔法医をやらざるを得ない状況を作るわけか、カレンも可哀相に……。

「それに、わたしがいなくなっても『また先生の放浪癖だろう』で済むよ。あとファルカス、回復呪文は使えないんでしょう? わたしがいたほうが助かるんじゃない?」

「……まあな。けど――」

 オレは一度言葉を切ると、ブラッドがかつて言っていたセリフを真似る。

「この道は、決して平坦なものじゃないぞ。――なんてな」

 言って、ひとしきり笑った。

「じゃあ、出発しようか。放浪癖だろうって思わせるなら、町に戻ってきてることは知られないほうがいいもんね」

「ああ、そうだな」

「――あ、でもなんで『宝探し』の旅なの? それに宝探し屋(トレジャー・ハンター)なんて職業、認められてないよね?」

 また答えに詰まる質問を……。仕方なく話をずらしにかかるオレ。

「あー、それは、だな……。オレがガルス・シティを出るとき、値打ちのありそうな一冊の本を王宮から持ち出したのが始まりなんだ」

「それって、ドロ――」

 よし、話は逸らせた。それはそれとして、サーラに皆まで言わせず、オレは続ける。

「で、値打ちのあるものを探しだしては売るという生活を始めたわけだな。うん」

「そうなんだ……。まあ、他人に迷惑さえかけなきゃ、いいと思うけどね……」

 オレを見るサーラの視線にうさん臭げなものが混じったが、まあ、気にしないことにする。

「――さて、行くか」

「うん、そうだね。ファル」

 オレはその言葉に思いっきりずっこけた。

「ふぁ、『ファル』って……?」

「え? 『ファルカス』じゃ他人行儀な感じがしたから。……ファルじゃダメ、かな?」

「…………。まあ、どう呼んでくれてもかまわないけど……」

「じゃあ『ファル』に決定!」

「はいはい……」

 適当にあいづちを打ち、オレは星空を仰いだ。

 呑み込まれるような錯覚を覚えていた闇色の空なのに、いまは星や月の輝きに目を惹きつけられる。オレが呑み込まれそうになっていたのは、夜の闇にじゃなくて自分自身の心の闇にだったのだろうと、いまは、そう思えた。

 やがて、空が白み始めてくる。

 それはこの世界に生きる――オレを含めたすべての存在にいつかは等しくやってくる、『夜明け』の色だった――。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 どうも、ここに『夜明けの大地』の第七話をお届けします。第一章の決着のお話、お楽しみいただけましたでしょうか?

 これにてファルカスとサーラが紡ぐ『夜明けの大地』は終了となります。一応、まだエピローグが一話ほど残ってはいますが、そちらは完全に彼らとは(まだ)接点のない物語ですので。
 あ、第八話は『マテリアルゴースト』(富士見書房)と『テイルズ オブ シンフォニア』(ナムコ)を知っていると、より面白く読めると思います。なにしろ『マテリアルゴースト』のキャラと『シンフォニア』のアイテムが登場(?)しますので。まあ、もちろんそれらを読んだことがなくても問題ないように書くようにはしますが。

 それにしても、やはり原稿用紙から丸写しするとクオリティの低さが浮き彫りになってしまいますね。ハルクとの戦い、あの決着の仕方はないだろう、と書いた僕ですら思いましたから。

 さて、この物語は『夜』から始まり、『夜明け』で終わりました。ここからがファルカスにとっての『朝』になるわけです。しかし、それが幸福にあふれたものになるのかというと、やはりそんなことはなく、次の章ではまた『夜』を体験することになるのですよね。物語である以上、それは自然なことだとは思いますが。
 次の章をいつ書くかはまだ決めておりませんが(『マテそば』も書きたいので)、そう間が空かないうちにお届けしたいものです。ちゃんと第二章の構想は出来ていますからね、続きが書けないという心配はありません。……いまのところは。

 次に、サーラというキャラについて。
 彼女が今回、一番描くのが難しかったですね。キャラクター的に。とりあえず、聖人君子ではありません、彼女。人を憎む気持ちも人並みにあって、最初はファルカスを殺そうと思っていて、でも……。という葛藤を抱いていたキャラです。つまり、完全に味方とはいえないポジションにいたんですよね、彼女は。
 でも次の章からは、ファルカスと共に旅をする正真正銘の『仲間』です。<通心波(テレパシー)>という特殊な術を使える彼女にはぜひとも、これからも『ファル』ことファルカスを隣で支えていってもらいたいものです。心を読める以上、よほどのことがない限り、ケンカはしないでしょうからね(笑)。

 そうそう、『恋心』だのなんだのというのは、いまの二人にはまだ淡くしか存在していません。二人とも基本、鈍感ですから。ただ、二人ともお互いを『人間として好き』ではあります。ただ、それ以上の感情はまだ二人にはありません。わざと意識しないようにしている、というのもありますけどね。
 そして第二章では、そんな二人に『恋』を見せつけるようなキャラを出したいな、とも思っています。

 さて、今回のサブタイトルですが、今回は出典はありません。完全にオリジナルです。なので、このサブタイトルに込めた想いを語ろうと思います。
 このお話のタイトルにはこの物語のサブタイトル『夜明けの大地』と同じものを使いました。これはぜひともやりたかったのですよ。市販の小説でも割とよくやっていたりしますし。つまらないこだわりではありますが、それでも、こういう形のサブタイトルは格好よく思えて、絶対にやりたかったのです。

 このサブタイトルに深い意味は、特にないのですよね。本当、そのままの意味なのです。ただ、強いていうならば、この夜明けは『ファルカスにやってきた夜明け』ではなく『ファルカスとサーラにやってきた夜明け』なんだということですね。
 サーラもまた、この事件でやっと過去と向き合い、過去を自身の未来への糧とすることが出来たのだ、と僕は思っていますから。

 さて、長くなりましたが、こんな駄文にここまでおつき合いくださり、ありがとうございました。もしよろしければファルカスたちの登場しないエピローグも、ひいては今後の僕の小説にも引き続きおつき合いいただけると嬉しい限りです。

 それでは、また次の小説でお会いできることを祈りつつ。



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